第5話「バカと決戦!奴隷オークション! 前編」

前回までのあらすじ


異世界にやってきたバカな男、樽谷安太郎は侵略者との戦いで手柄を上げたことで王国騎士団へ入団を果たした。




「おはようございます! アンタローさん! 今日もいい天気ですね!」


 安太郎の部屋に入ってきて、元気よく挨拶したのは、少年騎士ラトス。


「ああ、おはよう。ふぁー」


 安太郎は目を擦りながら返事をした。


 ここはリンシー王国騎士団の独身寮。先日騎士団に正式に加入したことで安太郎もここで暮らすようになったのだった。


「で、朝っぱらからなんの用だ?」


「もう、忘れたんですか!? 買い物ですよ! まだ日用品も揃ってないから街に買い物に行こうって昨日言ったじゃないですか」


「そういやそうだったな」


 異世界にやってきたばかりの安太郎は何も持っていない。せいぜい着ていた学ランと財布ぐらいだ。そのため安太郎の部屋は殺風景。


 少し前まで無職だった安太郎だが、今は公務員だ。先日国から給料を受け取ったばかりなので金はある。その額50万GOLD。50万GOLDがどれくらいの価値があるのか、安太郎はよくわかっていなかったが。


「まず服買いましょうよ。今着ているの以外持ってないんでしょ? それに馬も必要ですね」


「馬? そんなの必要なの?」


「特別小隊の仕事がどんなものか分かりませんが隊長ならあったほうがいいですよ」


「ま、とりあえず街歩きながら、他に必要なものも考えるか」


「じゃあ行きましょう!」


「その前に飯な」



 朝食を終えた2人は城下町へとやってきたのだった。


「やっぱりこの町って結構賑わってるな」


「リンシー王国は小国とはいえ、ここは国の中心地ですからね」


 賑やかな町を話しながら散策する安太郎とラトス。その内安太郎はある場所で足を止めた。


「ん、あそこの広場になんか人だかりができてるぞ」


「本当ですね。何かやるんでしょうか?」


 興味を持った2人が人だかりに近づくと誰かに声をかけられた。





「お、小隊長とラトスじゃねーか。買い物か?」


 その人は騎士団の鎧を身に纏い、タバコを咥えた30代前後の男。


「ん? 誰だアンタ?」


 安太郎が首を傾げるとラトスが横でささやく。


「同じ騎士団のポルトさんですよ」


「おいおい失礼だな。ちょっと前に一緒にフラーノ軍と戦っただろ?」


「覚えてないわ。ごめん」


 その時安太郎は自分のことでいっぱいいっぱいだったので団員の顔を覚える余裕などなかったのだ。


「ま、団員はいっぱいいるから仕方ねえか。でもこれからは覚えてくれよな。実は俺も特別小隊ってやつに入ることになったんだ」


「え!? ポルトさんも特別小隊に!? 実は僕もそうなんですよー」


 ラトスは何故か胸を張って言った。


「どんなことするか知らねえけど、これからよろしく頼むぜ小隊長」


「その小隊長ってのはよしてくれよ。アンタの方が年上そうだしアンタローでいいよ」


「そうか。じゃあよろしく頼むぜアンタロー」


 そういった自己紹介もひとまず終わってから、安太郎はこの人だかりについてポルトに聞いてみることにした。


「そういえばこの人だかりってなんなんだ?」


「ポルトさんは知ってますか?」


「ん? なんだアンタローだけじゃなくてラトスも知らねえのか。この広場では不定期でモンスターハンターの親父が捕まえた珍しいモンスターをオークション形式で売ったりしてるんだよ」


「へぇ、モンスターのオークションか」


「だからこんなに人がいるんですね。でもいくらなんでも人が多すぎじゃないですか? 国外からのお客さんもいるみたいだし」


「ああ、いつもはこんなじゃ無いんだけどさ。なんでも今日の商品はすごいらしいんだ。だから国外からも金持ちが大勢やって来てるらしい」


 安太郎が周りをよく見ると確かに身なりの良さそうな人達が人だかりの前方を陣取っていた。


「で、すごいって今日はどんなモンスターが商品なんだよ」


「ああ、なんでも……お、オークションが始まるようだ」


 客たちが騒ぎ始めた。例のモンスターハンターの親父とやらがやってきたようだ。黒い布をかぶせ、車輪のついた檻を引きずりながら。


「皆さんお待たせしました。これより恒例のモンスターオークションを開始します。しかし残念なことに今日の商品は一種類のみ。さらに限定一体となっております」


 挨拶をしている親父に対して、見物人が野次を飛ばす。


「御宅はいいんだよ! さっさと商品を見せろ!」


「そうだ! 俺たちは商品を見にきたんだからな」


「さっさと檻の布を取れ!」


 そんな野次にも慌てず、親父は余裕の笑みで言う。


「まあまあ、そう慌てないで。では、今日の商品を紹介されていただきます。ご覧ください!」


 親父が布をとると同時に、広場に歓声が上がる。見物人の視線が檻に釘付けになった。


 サラサラとした美しい金色の髪、大きくて蒼い瞳、透き通るような白い肌、服の上からでも十分にわかる豊満な胸とくびれたウェストとお尻。そして長くてとんがった耳。


 安太郎の元いた世界でのアニメやゲームでお馴染みのモンスター、エルフが檻の中にいた。


「す、すげえ……」


「僕エルフなんて初めて見ましたよ。綺麗ですね……」


 ラトスとポルトも女エルフの美しさに心を奪われていた。2人だけでなく他の見物人たちも同様だ。


「アンタローもエルフ見るの初めてだろ? あれ? アンタロー?」


「アンタローさん、一体どうし……」


「オレ絶対にアレを落札する!」


 安太郎は突然大声を上げて、そう宣言した。


「え!?」


「あの奴隷エルフを絶対オレのものにする!」


「え、いや奴隷エルフって……」


「夢だったんだよ! エルフを自分のものにするっていうのが! そのためにこの世界にやってきたんだからな!」


「え、僕たちの国を救うためじゃなかったんですか!?」


「違うわ!」


 そもそも安太郎が異世界に行きたいと思っていたのは「ライトノベルの主人公のようにかわいい女の子とすけべするため」である。安太郎は異世界で定職についても初心は忘れていなかった。


 安太郎の思惑は以下の通りである。


(まずあのエルフを落札する。そしてすぐに解放してやるんだ。そうすりゃあエルフは『今までの人間は私を性奴隷扱いしてきたのに、なんて優しいお方なの!? 好き! 抱いて!』となり自然とオレのものになるっていう寸法よ。これがオレの異世界ハーレム計画の第一歩だ!)


 都合の良さと煩悩で構成されたゴミのような計画実行のため、安太郎のオークションでの戦いが始まった。


「さあ、貴重なエルフの少女だよ! ペットにするも奴隷にするも落札者の思いのまま! 10万GOLDからスタートだ!」


 会場がざわめく。


「な!? いきなり10万GOLD!?」


「だめだこりゃ。落札は無理ですね」


「は!? なんでだよ!? オレは入札するぜ! はい、10万GOLDだ!」


 安太郎はいきなり手を上げて入札を宣言。しかし、他の客たちも負けじと値段を吊り上げていく。


「15万GOLD!」


「20万GOLD!」


「30万!」


「40万!」



「くそう、やりやがる! こうなったら50万GOLDで……」


「ま、待ってくださいよ! その金額はこの間もらったお給料の全部じゃないですか!」


「そ、そうだぞやめとけよアンタロー」


「うるさい! エルフを奴隷にするのなぁ! オレの夢なんだよ! たかが1ヶ月飲まず食わずでもオレは……」


「1ヶ月? も、もしかしてアンタローさんなんか勘違いしてませんか!?」


「アンタロー! 俺たち王国騎士団の給料は年俸制だ! 月給じゃ無いんだぞ!」


「な、何!? そうだったのか!?」


「そうです! いくらなんでも無一文で1年間生きていくなんて無理ですよ!」


「そ、それでも……それでもオレは買うんだ!! いくぜ! 50万GOLDだぁ!!」


「やめろぉ! アンタロー!!」


「アンタローさん!!」


 まさに命を懸けた入札だった。しかし現実は非常で、金持ち達は安太郎のつけた値段を軽々飛び越えていく。


「60万GOLD!」


「70万GOLD!」


「ま、こんなもんか。これでアンタローも諦め……」


「諦めない! 絶対に落札してやる!」


「諦めないって、もうお金がないじゃ無いですか」


 そこで安太郎は閃く。閃いてしまった。


「なあ、そういえばお前らもこの間給料日だったんだよな?」


「え、ええアンタローさん含めて団員全員のお給料日でしたから」


「ちなみにいくら?」


「えーっと40万くらいですかね」


「俺もそれくらいだな」


 ラトスとポルトは正直に答えた。


「それにオレの50万を加えれば合計130万GOLDってわけだな」


 安太郎はそう言ってニヤリと笑った。


「おい! アンタロー! テメェ何を考えて……」


「お前らの命(かね)オレに預けろ! 130万GOLDだぁ!」


 安太郎、皆の思いをのせた魂の入札。


「ふざけんなぁー! アンタロー! 飲み屋のツケまだ払ってないんだよ!」


「アンタローさーん! 僕も実家への仕送りがぁー!!」



 だが、そううまくはいかない。



「140万GOLD!」


「150万GOLD!」


 安太郎渾身の一撃も、他の金持ちの入札によってあっけなく流れてしまった。


 ラトスとポルトの2人は安堵する。


「た、助かりましたね」


「ああ、うっかり落札したら俺たちまで無一文になるとこだったからな。おいアンタロー、いい加減諦め……お前泣いてるのか!?」


 安太郎は泣いていた。子どもみたいに泣きじゃくっていた。もうすぐ30歳の成人男性が子どものように。


 安太郎が泣こうが喚こうが、オークションは続いていく。


「170万!」


「200万!」


 エルフの値段はどんどん上がり、安太郎から離れて手の届かないところに行こうとしている。


(こんなのことでいいのか安太郎!? こんなことで諦めていいのかよ!? 夢を計画を……いや、絶対に嫌だ! 絶対に諦めたく無い! でもどうすればいいんだ。もうあのエルフの値段はとてつもなく高騰しちまっている。あんな金額どうやって払えば……)


 しばらく思案した後、安太郎はハッと気がつく。


(まてよ!? 発想を逆転させてみよう。オレは金がないから金を用意する方法ばかりを考えていた。でも逆にあの高騰した金額を下げることができるとしたら……見つけたぞ、とっておきの方法が!)



 ラトスとポルトは地面にうずくまって何かぶつぶつ言っている安太郎を放って、オークション見物を続けていた。




「どうやらこのオークションの落札者は最前列にいるあの3人のおっさん達の中の誰かに決まりそうだな」


「ええ、みんな見るからにお金持ちですしね」



 その3人のおっさん達、1人は恰幅の良い男、もう1人は頭髪の薄い目つきの悪いの男、最後の1人はシルクハットを被り髭を生やした男。


 便宜上このおっさん達をそれぞれデブ・ハゲ・ヒゲと呼ぶことにする。デブ・ハゲ・ヒゲは大商人だったり貴族だったりする大金持ちであり、エルフの噂を聞きつけてリンシー王国にやってきた助平である。


「ブヒヒヒ。噂以上の美しさよ。落札した暁には奴隷として我が家で可愛がってやることにしよう」


 デブはそう言いながら涎を垂らして下品な笑みの浮かべている。


「ケッケッケッ。悪いがあのエルフをいただくのは俺様だ。ケッケッケッ」


 ハゲは笑う。


「誰がなんと言おうと私が落札しますよ。そしてあのエルフを……グフフ。さあいきますよ! 一気に300万GOLDです!」


 そしてヒゲはさらに値段を釣り上げた。


「させるか! 400万GOLD!」


「負けんぞ! 500万GOLD!」


 すかさずデブとハゲも入札。どんどん値段は上がっていく。


 3人の入札合戦により奴隷エルフオークションはますます熱を増した。


 この様子にほくほく顔なのはもちろんモンスターハンターの親父である。


(ヌフフフフ。想像以上の値段がついたものだわい。いやー俺っちもついてたなぁ。大型獣捕獲用の罠仕掛けてたらたまたまエルフが捕まったなんて。これで貧乏暮らしともおさらばだ。郊外の静かなところに豪邸建てて、これからは優雅に暮らそう。その前に今日は町飲み屋で勝利の祝杯だな)


「800万GOLDだ!」


「なんの900万GOLD!」


「これで決まりだ! 1000万GOLD!」


 とうとう1000万GOLDの大台に乗ったエルフの値段。オークション会場は大盛り上がり。


 しかし、この熱狂ぶりに水を差すようなとんでもない発言をしたヤツがいた。




「130万GOLD、だぁー!!」




 もちろんヤツとは安太郎のことだ。既に1000万GOLDの値段がついているのに、今更130万GOLDで入札したのだ。


 これについて親父をはじめとする周りの人間はまず安太郎の言い間違い、次に自分の聞き間違いを考えた。本当は1300万GOLDだったのではないかということだ。


 そう考えていたのはデブ・ハゲ・ヒゲも同じで、安太郎が1300万GOLDで入れたのだと仮定してさらに値段を吊り上げる。



「なんの1350万GOLD!」


「1400万GOLD!」


「1500万GOLD!」


 しかしそんな中安太郎が再び入札した。


「130万GOLD、だぁー!」


 同じ値段。言い間違いでも聞き間違いでもない。ハッキリと「130万GOLD」で入札した。


 そこで親父の待ったが入る。


「ちょっとお客さん! 今の値段は1500万なんで……」


 しかしそんな親父にも構わず、安太郎は続ける。



「130万GOLD、だぁー!」


 流石に親父もブチ切れた。


「おい! あんたオークションの仕組み分かってやってんのか!」


 親父の一喝により、会場が静まり返る。


「オークションってのはな! 1番高い値段をつけた奴だけが商品を買うんだよ! 今の値段は1500万GOLDだからそれ以下の値段つけてなんの意味もないんだよ! 分かったらさっさと引っ込め!」


 だが、安太郎は構わず言った。


「90万GOLD、だぁー」


先ほどまでと同じ1500万GOLD以下の金額、しかも厚かましいことにさらに値段が下がっていた。親父の怒りが頂点に達した。


「いい加減にしろ! このバカが!」


 親父の拳が、安太郎の顔面にブチ当たる。安太郎の顔にはあざができ、血が垂れている。だが、安太郎は全く怯まずに続けた。


「50万GOLD、だぁー!」


「な、何!?」


 しかもさっきより値段が下がっているではないか。親父はもう安太郎を殴らない。安太郎の意味不明さに恐れを抱いたからだ。親父は後退り、何も言えない。


 代わりに口を開いたのはデブ・ハゲ・ヒゲの三おっさん。


「おい! オークションの邪魔をするんじゃねえ!」


 そう言ったのはデブ。


「目障りだ! どっかいっちまえ!」


 ハゲはそう言い。


「オークションのルールも知らない貧乏人は速やかに立ち去りなさい!」


 最後にヒゲが言った。


 その3人に対しても安太郎は全く怯むことなく言い放つ。


「バカ野郎!」


 3人のおっさんは一瞬誰のことをバカ野郎と言っているのか本気でわからなかったが、自分達に対してを言っていると理解した後も首をかしげるしかなかった。この状況ならバカ野郎なのはどう考えても安太郎である。


 そんなおっさん達に対して、安太郎は続けて言う。



「分かんねえのかよ!? おっさん達は!?」


 安太郎は泣いていた。


「100万GOLDだの1000万GOLDだの……そ、そうやってオレたちが醜く争えば争うほど値段が釣り上がり……あのモンスターハンターの親父がほくそ笑む仕組みにになってんだよ! そんなの悔しくはねえのかよ!? 悔しくは、ねえのかよ!? うおおおおおお!!」


 安太郎はそう泣き叫んだ。


(いや、オークションってのはそもそもそういう仕組みなわけだし、俺っちが悪いみたいな言い方はちょっと……)


 親父は安太郎の言い分に対して、そういった冷静な分析をしていたが、そう言う空気じゃなかったので黙っておいた。


「オレは抗うぞ! この地獄に最後まで反抗してやる! おっさん達も何を迷ってるんだ! オレと共に戦うんだ! ここがオレ達のターニングポイントなんだよ!」


「俺達の?」


「ターニング?」


「ポイント?」


 3人のおっさんは思わず安太郎の話に聞き入ってしまった。


 一方で親父が我に帰る。


「はっ! 俺っちは何ぼーっとしてんだ! あのバカを排除しないとオークションが滅茶苦茶だ! おい! さっさと出ていきやがれこの……」


 しかしそれを遮るように、デブが口を開く。


「おい、若いの。俺も共に戦うことにした」


「で、デフのおっさん!」


「お前の言葉を聞いて大切なことを思い出せた気がするよ。45万GOLD!」

 

 おそらくそれはデブの勘違いである。


「ケッケッケッ。じゃあ俺様も協力してやるよ。ケッケッケッ。40万GOLD!」


 続けてハゲも加勢。


「は、ハゲのおっさん!」


「ケッケッケッ。か、勘違いするなよ。俺様の得になる話かもしれないから手を貸すだけだ。ケッケッケッ」


 ツンデレのようなセリフを吐く気持ちの悪いハゲであった。


「私の力は必要ですか? 35万GOLD!」


 ヒゲも続いた。


「ヒゲのおっさんも!」


「ここで逃げては家名に傷がつくと言うものです」


 もちろんそんなわけはない。



「おっさん達……よしいくぜ! オレ達の無敵のスクラムで価格をぶっ壊すぞ!」


 安太郎の号令に3人のおっさん達は「おう!」と答えた。


「そ、そんなバカな!?」


「いくぜ親父! これがオレ達の団結の力だ!」


 価格の崩壊、今はじまる。


つづく

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