最終回 幸せな結末
夏休みのある朝のこと。
小春は東弥に言った。
「東弥様、どうして小春を抱いてくれないのですか!?」
「な、なんだよ朝から急に……」
「だって、私たちは恋人なんですよ? なのにエッチの一つもしてくれないなんておかしいじゃありませんか!」
「いや、まあ俺たちまだ学生だし……それに、付き合ってからも日が浅いしさ」
「私がいいって言ってるんですからいいんです! もうキスだけじゃ飽きました」
と、小春がそう言った瞬間に東弥の表情が曇る。
「待て、キスが飽きたってどういうことだ? 俺、まだ何も」
「東弥様が寝てるときにさんざんしました。えへへ、寝てても東弥様、ちゃんと舌を絡めてくれるんですよ」
「う、嘘だろ? 俺、そんな記憶ないぞ」
「だって寝てましたし」
「お前、人の寝こみを襲ったのか!」
「失礼ですよ、ちゃんと合意の上です」
「寝てる俺が返事したってのかよ」
「はい、ちゃんと『キスしてもいいですかー?』って聞いたら『うーん、むにゃむにゃ』って言ってました」
「寝てるんだよそれ! いや、マジでなにやってんだバカ」
と、朝から喧嘩。
……とまではならないのがこの二人。
基本的に東弥は女性に甘い。
怒鳴られた小春が「ひー、ごめんなさいー」と泣き顔になるとすぐに東弥は「もういい」と
呆れながら許す。
ただ、今回のことは聞き流すにしては二人の今後を左右する大事な話。
なので東弥は言う。
「俺だって、興味ないわけじゃない。でも、俺はちゃんと高校も大学も出て、そっから結婚とかは考えたいんだ。だからもししたとしても、子供とかはまだだからな」
「じゃあ、もし今小春と東弥様の間にお子ができても、迷惑なだけなのですか?」
「べ、別にそれだけが幸せじゃないだろ。それに、ちゃんとできないようにしてすれば、それならまあ」
「いいのですか? では小春は今夜、夜這いされるのを待っててもいいのですね?」
「……わかったよ」
こういうのに積極的なのは普通男の方が多いのでは、と。
東弥はいつも小春のペースで進んでいく話にウンザリしながらも。
この日の夜のことを考えると、少しソワソワしていた。
◇
「東弥様、どーぞ」
「……うん」
夜、ベットに寝転がる小春に誘われて俺も布団の中へ。
「えへへ、ドキドキしますね」
「……いいのか、ほんとに?」
「おかしなことを聞きますね。私は大好きな東弥様に求められたいのです」
「……うん、わかった。じゃあ、いくよ?」
「はい、お願いします」
手探りなまま、小春と東弥はこの日、互いの初めてを迎えた。
夜遅くまで二人で体を重ね合わせ、やがて力尽きて眠った。
そして翌朝、先に目が覚めたのは東弥だった。
「……しちゃったなあ」
くうくうと寝息を立てながら眠る小春の可愛い寝顔を見ながら、昨日の夜のことを思い出す。
夢中だったし、部屋も暗くてはっきり覚えていないこともあるが、しかし夢のような時間だった。
昨日までより、一層小春が愛おしく感じる。
この手に抱いた小さな女の子のことを、ずっと大事にしなければという気持ちにさせられながら、小春が起きるのを待つ。
「……ん、東弥様? おはようございます、起きてたんですね」
「おはよう小春」
「えへへ、なんか満たされた気分ですね。私、これから毎日頑張れます」
「うん、俺も。なんか幸せな気分だ」
「それじゃ東弥様、今日の夜、また、しましょ?」
「う、うん」
怖がっていたことも、経験してみると案外そうでもなかったということの方が多いものかなと。
しみじみ、東弥は思いながら小春の肩を抱く。
そして、幸せなまま夏休みは過ぎていった。
◇
「うっぷ」
夏休みの終わり。
朝から気分悪そうにする小春を東弥は心配する。
「大丈夫か? 昨日食べすぎたんだろ」
「いえ、それもあるのですが……多分、できちゃいました」
「……え、うそだろ?」
「これは間違いありません。私、できちゃいました」
「ま、まじか」
東弥は戸惑った。
できた、というのはつまり子供ができたという意味だろう。
まさにつわりの初期症状のように吐き気を催している小春を見て、そう確信した。
「小春、すぐに式あげるぞ。俺、父さんにお願いしてくる」
「ど、どうしたんですか東弥様?」
「いいから。こういうことはちゃんとしないと」
順序が逆にはなったが、こうなった以上は責任をとって結婚だと。
すぐに父玄弥に報告すると、「ほほう、それではすぐに手配しよう」と。
で、すぐに手配された。
明日、結婚式が行われることになり、親族が集まる予定となった。
「小春、おじいさんにもちゃんと挨拶させてくれ」
「いいですよそんなの。それに、急にどうしたんですか?」
「いや、できたんだろ?」
「はい、できましたけど?」
「……病院、いくか」
「え、なんでですか? 喉は大丈夫ですよ?」
「喉? いや、できたってなんの話だ?」
「えへへ、いつか結婚式の時にサプライズで、飲み込んだくないを吐き出すって曲芸に挑戦してたらできちゃいました」
「え?」
「でもでも、明日結婚式なんて夢みたいです。東弥様、幸せになりましょうね」
「……」
全くもって妊娠などしていなかった。
紛らわしい、というより東弥も東弥で確認が甘かった。
「……今更、変更なんてできないよなあ」
「ねえねえ東弥様、結婚式でやってもいい?」
「花嫁が人間ポンプなんかするな。あーもう、なんかグダグダだよほんと」
「東弥様は私との結婚式は嫌?」
「……そんなことは、ないよ」
「嬉しくない?」
「……はいはい、俺の負けだ。嬉しいよ。早く小春のドレス姿、もっかい見たい」
「東弥様……はい、一緒に幸せになりましょうね♪」
「……だな」
こんな結末もありかな、と。
結果として、派手に遊んだり学生生活を謳歌するのではなく、早くに嫁をもらってその人と懸命に頑張る人生ってのもまた、自分が望んだ平凡で幸せな結末かなと。
そう思えると、なんだか気が楽になった。
「小春、明日はちゃんとしろよ。俺の嫁になるんだからな」
「えへへ、私、精一杯東弥様のお嫁さんになります」
「なんだそれ。ま、二人で頑張ろう」
「はい!」
手を繋いで、部屋で寄り添う。
これからずっと二人で歩いていく。
この人となら、いいかなと。
互いに見つめ合って笑った。
そして、そんな様子を草葉の陰で見守る玄弥と太助がガッツポーズのちハイタッチをして、祝杯をあげて喜んでいたことを二人は知らない。
知らないまま、明日を迎えて。
二人は晴れて、夫婦となるのであった。
おしまい。
御曹司である俺が一人暮らしを始めたら護衛がつけられた。でも、やってきたのは女の子で、しかもちょっと病んでるっぽいんだけど…… 天江龍(旧ペンネーム明石龍之介) @daikibarbara1988
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