第69話

 バーンズ伯爵一家の帰り際はルグラン侯爵家の家人全員で見送られた。


 特に自分の発言の責任を感じていたアンリエットはアデレードに謝った。


「アデレード様、私のせいで本当に申し訳ございませんでした。決して意地悪で言ったのではなく、お兄様との仲が縮まるようにと思って……」


「私はアンリのお陰で気づけたことがあったから、謝る必要はありませんわ。お気になさらないで下さい。もし良かったらこれからも私と仲良くして下さいませ」

 

 アデレードとしては、アンリエットの発言は今まで気づいていなかったことに気づくきっかけになったので、良かったと思っている。


 アデレードは眉を下げて、半泣き顔のアンリエットの頭をポンポンと撫でる。


「は、はい……!」



 ルグラン侯爵とバーンズ伯爵は父親同士でこれから先のことを含め、十分に話をし、ルグラン侯爵夫人とバーンズ伯爵夫人もたっぷりと話が出来てご満悦の様子だった。

 

 こうしてルグラン侯爵邸への訪問は幕を閉じた。



***


 ルグラン侯爵邸の訪問以降、アデレードは自室で学園の入学試験の為の勉強に励みつつもローランの言った言葉について考えてみたが、答えは出なかった。


 アデレードにとって今、最も大切なのは勉強なので、余計なことは考えず、極力頭を空っぽにして知識を詰め込んでいる。


 主に考えるのは、勉強の合間の休憩時間だが、そんなちょっとした時間で答えが出る訳がなかった。


 しかも、ルグラン侯爵邸の訪問以来、やり取りは手紙のみで、アデレードはローランに直接顔を合わせて会っていなかった。



 そんな中、ある日のランチの時間でバーンズ伯爵が重々しく口を開いた。


 バーンズ伯爵家では、食事は基本的に家族全員で摂ることになっているので、この日のランチは家族全員がテーブルについていた。


「門に配置している私兵から連絡が一件あったので、注意喚起を含めてアイリス、アデレード、ウィリアムにも言っておく。もうこの名前を聞きたくもないだろうし、思い出したくもないだろうが、リリーが昨日この伯爵邸を訪問して来たそうだ」


「え……? トーマス伯爵邸を追い出されたと聞いていたので、てっきりそのままトーマス伯爵領にいるのかと思っておりましたが……」


 アデレードの疑問に伯爵夫人も同意する。


「対応した私兵によると、服はぼろぼろで身体はやつれてみすぼらしくはなっていたが、名前と髪の色や瞳の色等の身体的特徴、ここに住んでいたことも言っていたらしく本人で間違いないと思われるとのことだった。それで、また伯爵邸の離れに住みたいから私を呼べと大声で叫んだらしい。しかし、私は彼女が出て行った時、二度と敷地は跨がせないと決めたので、門番には彼女が訪ねて来ても一切取り次ぐなと指示を出していた。それで、その私兵は私の指示通りの対応で、門を開くことはなかった」


「それで連絡だけがあったということですわね」


 伯爵夫人が伯爵に確認する。


「そうだ。それで昨日は帰ったそうだが、彼女が納得しているかどうかはまた別の問題だ。近日、再度訪問するかもしれない。気を付けてもらいたいのは、彼女がこのバーンズ伯爵領にいるということだ。私達からすれば彼女を家に入れて保護しないというのは正当性があるが、私達が伯爵邸を出て外で活動している時に彼女が私達を偶然見かけ、逆恨みで襲ってくる可能性も全くないとは言えない。だから、外に出かける時は護衛を何人かちゃんと連れてからにして欲しい」


「わかりましたわ。そのようにしましょう。アデレードとウィリアムはあまり外出する機会は多くはないでしょうが、屋敷にいても門の付近には立ち寄らないようにした方が良いですわね」


「ああ。門の付近には立ち寄るな。今の段階では念の為だが、警戒しておくに越したことはないから。出て行く時は”頼まれたって戻って来ない”なんて言っていたが、一体どの口がそんなことを言うのだか……」



 バーンズ伯爵家に不穏な雰囲気が立ち込める。

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