第67話

 アデレードは質問の答えを教えなかったが、ローランはそれに気を悪くした様子はない。


 教えてもらえないというのは想定の範囲内だったからだ。


「その内教えて下さいね。部屋に入ってから立ちっぱなしだったので、とりあえずソファーに座りましょうか」


 三人座れそうな大きめのソファーにローランとアデレードは腰掛ける。


 ソファーは上等な黒い革張りのソファーで、腰が沈み込んでしまいそうなほど柔らかい。



 ローランがメイドを呼びつけ、紅茶とケーキの用意を頼む。


 メイドはローランの用命通りに用意し、紅茶とケーキをソファーの前のガラスのローテーブルの上に置く。



 今日のケーキは桃のタルトだ。


 ランチの内容を考慮して、生クリームを使用せずさっぱりと食べられるスイーツが選ばれた。


 桃のタルトは直径が五センチほどの大きさで、タルト生地の上に桃のコンポートが盛り付けられている。


 大きさ的に勿論二人で一つのタルトを分けるのではなく、一人一つずつという計算で用意されている。



「桃のタルトですか!? 私、フルーツの中でも桃が指折りに好きなのです!」


 思わぬ好物の出現にアデレードは瞳をきらきらと輝かせる。


 例えるなら、この瞳の輝きにぱあああっという効果音が付くだろう。


「それは良かったです。貴女の好物をまた一つ知ることが出来て私は嬉しいです」


 しばらく二人は紅茶と桃のタルトを黙々と楽しむ。



 桃のタルトを食べ終わったタイミングでローランがランチの時のことについて話を切り出す。


「そう言えば、ランチの時、少し上の空だったように思えたのですが、どうされたのですか?」


 アデレードはローランに質問されて瞳を曇らせた。


「私が思っていなかったことを指摘されて動揺してしまったのです。ただそれだけの話ですので、ローラン様が気にするようなことは何も……」


「そんな様子を見せられて気にするなというのは無理がありますよ。そもそも私の方から貴女を望んでいるのです。見込みが全くないと思うまでは諦めるつもりはありませんし、その間、他の方との話を進めたりなんてしません。貴女は私には仰って下さらなかったけれど、きっと前の婚約者のこともあるのでしょう?」


「そう……ですわね。前の婚約者と婚約していた頃はあまり深く考えなかったけれど、此方が一方的に与えるだけで何も返されないということに疲れていたのかもしれません。だからローラン様があの人みたいな人なのかどうか見極めたいと無意識に思ってしまったというのは否めないと思います」


 アデレードはベンと婚約していた頃を思い出して、深く溜息を吐いた。


 ベンにされた仕打ちは気にしていないと言っても、心の中では無意識に気にしていたのかもしれない。


「それとは別に、今はこうして私の話を聞いて、交流しようとしているローラン様が他の方と私に対するのと同じように接しているのを想像したら何となく胸が痛んだのです」


 ローランはアデレードの言葉を聞いて、思ったよりも彼女の中に自分の存在が強くなっているとわかって微笑んだ。


「そうだったのですね。何故、胸が痛んだのか。帰ったらゆっくり考えてみて下さい。答えがわかった時は、私に教えて下さい。とにかく、私は貴女と同じように他の方と交流するつもりはないことははっきりと伝えておきます」

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