第32話 リリー視点
小さい頃の話はあまり覚えていなかったから、パパとママの馴れ初め、何故ママは娼婦になってしまったのかはママが病気で死んでしまう直前に改めて聞いた。
この話を聞いた頃、パパはもう既に死んでいた。
パパもママも同じ病気だった。
わたし達一家が暮らしていた花街の貧民層が暮らす場所では、大人ばかりがかかる病気が流行っていた。
大人ばかりかかって死んでいく病気なので、まだ子供のわたしは無事だったのだろう。
両親が亡くなっても日々の生活は変わらない。
変わらないけれど、問題がある。
お金の問題だ。
何をするにもお金が必要なのは子供でも知っている。
お金がなければりんごの一つも買えないし、着るものだって買えない。
でも、良い解決方法はママに教えてもらっていた。
私は家族の思い出荷物を全てまとめ、それまで暮らしていたぼろぼろの小屋を後にし、パパの実家であるバーンズ伯爵邸に向かうことにしたんだ。
バーンズ伯爵邸に到着したわたしはここは本当に自分が今まで住んでいた場所と同じ領内なのかと本気でびっくりした。
わたしが小さい頃に好きだったお姫様と王子様が登場する絵本の挿絵に載っているようなお城みたいに大きくて迫力のある建物がドーンと建っている。
ここがパパが元々住んでいて、ママが働いていた場所。
こんな立派な建物ならお金は沢山あるに違いない。
今までの貧乏な暮らしとは打って変わって、これから思う存分贅沢が出来る!
そんな期待に胸をわくわくと躍らせ、門の前に立っていた筋肉でムキムキなお兄さんに声をかける。
「ねぇ、ちょっといい?」
「何ですか?」
「わたし、ここの伯爵様?とやらに会いたいんだけど……」
「どちら様ですか?」
「わたしの名前はリリー。パパはルパートっていう名前なの。元々ここの息子だったって聞いてるけれど」
「確認して来ますので、このままここでお待ち下さい」
「はーい」
それから約20分後、最初に声をかけたお兄さんがまた戻って来た。
20分も待たされたのは腹が立ったけれど、これからここで暮らせるのなら20分待たされた程度で何も文句はない。
でも、戻って来たのはお兄さん一人じゃなくて、おじさんを一人連れている。
「お待たせしました。今から旦那様のところに案内しますね」
おじさんがわたしにそう言って、おじさんの案内で門の外から見えたお城みたいな建物の中を歩いて行く。
建物の中も期待を裏切らず、豪華だった。
絨毯はふっかふかで、綺麗なお花が沢山活けてある高級そうな壺が至る所にあって、何かよくわからないけれど額縁に入った絵がずらりと展示されている。
しばらく屋敷の中をおじさんの案内で歩き、おじさんはある部屋の前で急に止まった。
「今から旦那様と会って頂きます。くれぐれも失礼のないように」
おじさんがドアをコンコンとノックし、「入れ」という声が聞こえてくる。
「旦那様、お連れ致しました」
「ありがとう、テレンス。お前は先程までやっていた仕事に戻れ」
「畏まりました」
おじさんがいなくなった後、部屋にはわたしと伯爵様と思われる人しかいない。
伯爵様らしき人はパパをほんの少し若くしたような顔立ちで、パパとは血縁関係を感じられる。
でも、わたしをじろじろと値踏みするかのように鋭い視線を向けてくる。
遠いところから良く来てくれたなという歓迎を期待したのに、どうもそんな雰囲気じゃない。
「君が
”あの”という言葉をやけに強調しているようだけど、気のせいかな?
「実は両親が死んでしまいまして……。ここで生活の面倒を見てもらえないかな~…と。母からこの伯爵家のことは聞いていました。パパの娘であるわたしはここで生活する権利があるんじゃないですか?」
「私はルパートの弟でドミニクと言う。現バーンズ伯爵だ。そして、あの馬鹿兄貴に迷惑をかけられた者の内の一人。残念ながら君が兄貴の娘であるということで、このバーンズ伯爵家で主張出来る権利は何もない」
「一体どういうことですか!? パパは確かにバーンズ伯爵家の息子だってママから聞いています! 間違いないはず!」
「理由? 君は知らなかったのかも知れないが、馬鹿兄貴はバーンズ伯爵家の籍から除籍されている。簡単に言えば、最初からバーンズ伯爵家にはルパートという息子はいなかったということに書類上なっている。貴族としての記録を抹消されている者の娘がバーンズ伯爵家に関する権利を主張してきたところで、記録がない者の娘が何を言っているんだということになる」
「え……!? そんな……!?」
ママが言っていたことと違う!
ママは”リリーは間違いなくルパートの娘なんだから、もし私が死んでしまったとしてもルパートの娘ということで伯爵家で絶対に面倒を見てもらえるはずよ。そしてお嬢様として暮らす権利があるわ”って言っていた。
どうしよう……?
当てが外れちゃったの……?
わたしがパパの娘で、伯爵家の血が流れていることは事実なのに、パパが除籍されているから、何も権利が主張出来ないなんて理不尽よ!
その時にふと気づいたんだ。
――あぁ、わたしは生まれが負け組なんだって。
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