第25話

 あの婚約破棄から一週間経過した。


 リリーが離れからいなくなったことで、彼女に関わっていたメイド達もいくら仕事で特別な手当が貰えるとは言え、一緒にいると精神的に疲れる相手から解放され、通常業務に戻り、バーンズ伯爵家は全体的に彼女が来る前の日常に戻っていた。


 まるでリリーなんて最初からいなかったかのように平和な日々だ。



 今日はトーマス伯爵夫妻とトビーがバーンズ伯爵邸を訪問することになっている。


 先日の婚約破棄に関する一連の騒動の顛末を直接会って話すことが訪問の目的だ。


 バーンズ伯爵は自分の屋敷からベンとリリーを送り出したところまでしか知らないので、その後、トーマス伯爵家でどのような結末を迎えたのか知りたかったし、トーマス伯爵はバーンズ伯爵の口から改めて最初から経緯を聞きたいと思っていた。



 トーマス伯爵夫妻とトビーが伯爵邸に到着したのは昼前だった。


 昼前なのでバーンズ伯爵一家とトーマス伯爵一家でランチをし、その後バーンズ伯爵とトーマス伯爵は当主同士の話をし、その間、バーンズ伯爵夫人とトーマス伯爵夫人とバーバラは女同士でお茶をし、ウィリアムとトビーは少年同士で一緒に遊ぶというのがトーマス伯爵一家の滞在中の流れだ。


 ランチ会はバーンズ伯爵邸のダイニングで行われるので、トーマス伯爵家一同は応接室から家令のテレンスにダイニングまで案内されて来た。


 ダイニングのテーブルには既に人数分の席が用意され、カトラリーも伯爵邸での食事に相応しくあるべき位置に寸分の狂いもなく綺麗に並べてセットされている。


「トーマス伯爵家の皆様、本日は我が屋敷まで足を運んで頂き、ありがとうございます。今日のランチは先日の婚約破棄で皆様にご迷惑をおかけしたお詫びも込めて精一杯のもてなしを用意させて頂きました。短い時間の滞在ではありますが、楽しんで頂けたらと思います。では、乾杯」



 バーンズ伯爵の挨拶でランチ会が始まる。


 ランチではあるが、バーンズ伯爵夫妻とトーマス伯爵夫妻にはシャンパンが出されている。


 華奢なフルートグラスに注がれたシャンパンはしゅわしゅわと泡が弾けている。



 ランチの内容は前菜、スープ、肉料理、デザートだ。


 ディナーではないので、魚料理や口直しのソルベは入らないが、立派なコース料理である。


 この場にいる者は、一番年下のウィリアムでさえテーブルマナーがしっかり身についているので、先日のトーマス伯爵家のディナーのようにマナー関係で問題が起きることはなく、つつがなく進む。



 全員が前菜のオードブル、スープまで食べ終わったところで、トーマス伯爵夫人がおもむろに口を開く。


「それにしても、先日の我が屋敷でのディナーは本当に酷かったわ。後で詳しいお話は当主同士での話をする際にでもお伝えしますが、リリーとかいう子。どのナイフとフォークから使うかからわからなかったのよ。そんな子にお目にかかったのは初めてで驚いてしまったわ」


「彼女に関して、貴族の生活で必要な技能スキルは何も習わせなかったのです。成人まで養子として面倒を見ることにして、成人したら養子縁組は解消し、平民に戻ってもらう予定でしたから。トーマス伯爵夫人、形だけではありますが当家に連なる者が大変失礼致しました」

 

「バーンズ伯爵家側にもご事情があって習わせなかったということはわかりましたから、バーンズ伯爵からの謝罪は結構です。他にもスープの飲み方は直接口を付けてズルズルと飲んでおりましたし、一時食事を中断してお水を飲む時に、ナイフとフォークの置き場所を”もう下げて良い”というサインになる場所に置き、給仕が下げると理由がわからず混乱した挙句、見当違いな理由で自分を納得させておりましたわ」


「まぁ! 彼女、バーンズ伯爵邸の離れで暮らしている頃、ほぼ毎日のように”貴族が食べているコース料理が食べたい”と言っておりましたのに、実際にコース料理を頂く機会が来ても食べ方がわからなかったのですわね」


 アデレードがトーマス伯爵夫人とバーンズ伯爵の会話に参加する。


「ナイフとフォークの件の時に、アデレードちゃんを引き合いに出して、”アデレードちゃんとは大違いね”と言ってみたのよ。直接そうは言わなかったから、私が本当に伝えたかったその言葉は伝わっていないと思うけれど。そうしたら自分とアデレードちゃんを比べるなと怒鳴ってね。”お義姉様に良い感情はないから、比べられたら物凄く気分が悪い”と。何でそこまで言うのかと疑問に思って」


「私と彼女はこの伯爵邸でほぼほぼ顔を合わせたことはありません。けれど、一度だけ遭遇したことがあるのです。その時に私を見たことで、それまではぼんやりと思い浮かべていた伯爵令嬢の姿が、急にはっきりした像になったのかもしれませんわ。あの時の私は典型的な貴族令嬢の姿でしたから」


「なるほど。本物の伯爵令嬢を見て自分もこうなりたい、こう扱われたいと思ったのかもしれないということね」


「本人ではないから正解かどうかはわかりませんけれどね。彼女に付けていた監視の為のメイドからの報告書にはその時から待遇を良くしてくれという要求が激しくなっていたようですわ」





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