第22話

 伯爵の言葉はベンとリリーに途轍もない衝撃をもたらした。


「えっ……? 父上、一体どういうことですか?」


「文字通りだ。お前はこの家に要らない。お前が選んだ真実の愛とやらの相手と一緒に出て行ってくれ」


「ですが、私はこのトーマス伯爵家の長男です! 私が父上から伯爵位を継ぐのではないのですか!?」


「優秀な二男のトビーがいるから跡取りに困ってはいない。何も絶対にお前でなければ駄目だという訳ではないんだ」


「そ、そんな……」


「何でベンが伯爵家から出て行かなくちゃいけないんですか? ベンは貴族らしい生活をさせてくれるとわたしに約束してくれたんです!」


「それはベンが君の言ったことを鵜呑みにして、婚約者をアデレード嬢から君に勝手に変更したからだ。相手の言うことを鵜呑みにするという行為は貴族にとってやってはいけないことだ。相手の言うことを鵜吞みにしたことで、時に再起不可能な状態にまで家が没落することだってある。今回の場合は没落とは関係がないが、ベンが次期伯爵であるのに相手の話を鵜吞みにすることの危険性を全く理解していないことがわかった」


 例えば、投資の話は典型的な例になる。


 貴族の中には投資で儲け、財産を増やしている者もいる。


 投資話でこれだけ投資すれば、これだけリターンで儲けることが出来るというような提案をされても、大多数の者は情報を精査してから、話に乗るかどうかを決める。


 調べもせず、怪しい儲け話に大金を投資する者がいないように、一事が万事、こんな調子で情報が正しいのか確認する。


 それなりに信頼関係を築いている者同士の間では、情報の確認はやらない場合もあるが、相手を陥れるようなことをすれば、それ相応の代償を払うことになる。



 バーンズ伯爵とトーマス伯爵は信頼関係を築いている為、トーマス伯爵はリリーに関してバーンズ伯爵が噓をつく理由がないと思っている。


 結婚となれば相手のことは必ず調べる。


 調べた結果、バーンズ伯爵がリリーに関して虚偽の情報をトーマス伯爵に渡していることが発覚した場合、話が違うじゃないかと揉めるのは想像に難くない。


 そんな事態になるならば、最初から事実を伝える方がどう考えても得策だ。


 だから嘘は言わないと判断出来る。



「現伯爵である私の意向を全く聞かずに勝手に婚約者を変更する。これはやってはいけないことだ。婚約は家と家の重要な契約だ。アデレード嬢とお前の婚約を決めたのはバーンズ伯爵と私で、その私に一言も断りがないのは何故なんだ?」


「言えば反対すると思ったからです」


「婚約者を決めるというのはかなり大変な仕事なんだ。問題のある者と縁付かせてはいけない。今回の場合、お前は単純に同じバーンズ伯爵家の令嬢同士だからバーンズ伯爵の許しさえあれば私は何も言わないと思ったのかもしれないが、実際、アデレード嬢とお前が選んだそこの彼女では、トーマス伯爵家の次期伯爵夫人として相応しいのはアデレード嬢であることは明白だ」



 父親も母親もれっきとした貴族であるアデレード。


 教養豊かで十分な品格のあり、マナー関係も問題がなく、どこに出しても伯爵令嬢として認められている彼女。



 それに対し、元々は貴族だったが貴族籍を除籍された父親と平民のメイドの間に生まれ、今は名ばかりの伯爵令嬢であるリリー。


 スキャンダラスな出自に加え、貴族令嬢としての教育は全く受けておらず、教養も品格もない彼女。



 誰がどう考えてもアデレードの方がベンの相手としては相応しい。



「でもそれじゃあベンは恋愛結婚出来ないってこと? そんなの可哀想です!」


「貴族に生まれた以上、恋や愛では結婚出来ない。最初は両家の事情絡みで決められた婚約でも、交流するうちにそれなりの良好な関係を築けばよい。平民にはわからないかもしれないが」



 貴族に生まれた者の義務は自分の家や領地を富ませることだ。


 その為の方法の一つが結婚である。


 もうこれ以上権力はいらない、これ以上富ませる必要はないと考える家は恋愛結婚でも良いが、大多数はそうではない。


 貴族として贅沢な生活を享受するなら、義務も果たさなければならない。





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