第20話
さて、リリーの酷いテーブルマナーとあり得ない勘違いを盛大に露呈させたディナーは終わった。
ここからは話し合いの時間だ。
ディナーの最後に出されたデザートが乗っていた皿とティーカップとソーサーは既に給仕係の手によって片付けられている。
「さて、これから話を始めよう。最初の予定ではダイニングで話をする予定だったが、サロンで話をしよう。食事は既に終わっている為、わざわざダイニングでやる必要もない。サロンに移動する前に、まず、ベン。お前、バーンズ伯爵から何か伝言や手紙を預かって来ていないか? もしそれがあるなら渡せ」
「バーンズ伯爵閣下からは手紙を預かって来た。父上に渡すよう仰っていた」
ベンがバーンズ伯爵から預かった手紙を伯爵に渡す。その手紙はバーンズ伯爵家の家紋の柄の封蝋が施されており、その封蝋の状態により手紙はまだ開封されていないことを示していた。
「私は一度、執務室で戻り、手紙を開封して、読んでからサロンに向かう。手紙を開封する為のペーパーナイフが手元にないし、先に一度一人でさっと手紙を読んで内容を把握しておきたい」
伯爵はそう言って一旦席を外す。
残りの伯爵夫人、トビー、ベン、リリーの四人はメイドと共にサロンに向かう。
サロンは屋敷の一回の東側に位置するが、中央寄りの東である為、ダイニングからはそう離れてはいない。
サロンには十人程度で使う大きさの長方形のテーブルに椅子が五つ用意されている。
椅子の数は利用する人数によって使用人が調整しており、今日は偶然、五つ椅子が用意されている状態だったので特に手を加えていない。
各自、自分が座るべき場所に座り、伯爵を待つ。
その間、四人の間には会話はなかったが、メイドが紅茶を淹れていたので紅茶を飲みながらゆったりと待つことになった。
そうこうしている内に、伯爵がサロンに姿を現した。
「待たせてすまなかった。さて、今から話を始めよう。本当はディナーの時にすべきで、順番がおかしくなってしまったが、話をするにあたり、まず自己紹介しよう。私はゴードン・トーマス。現トーマス伯爵だ。ベンとトビーの父でもある」
「私はバーバラ。見てわかると思うけれど、ゴードンの妻でベンとトビーの母ですわ」
「ディナーが始まる前に兄上が僕のことを紹介したけれど、改めて。僕はトビー。トーマス伯爵家の二男です」
「わたしはリリー・バーンズ。バーンズ伯爵家の二女です。この度、アデレードお義姉様に代わり、ベンの新たな婚約者になりました」
これで一応リリーが全員の名前を把握したことになる。
「ベン、今日バーンズ伯爵邸を訪問して帰って来た時、マークに新しい婚約者としてそこの彼女を紹介したよな?」
「……はい、紹介しました。私の新しい婚約者になり、これから先一緒に暮らすと」
ベンは先程のディナーの時に、リリーが伯爵令嬢として勉強していたと以前言っていたにもかかわらず、実際には全くテーブルマナーが習得出来ていなかったことが発覚し、頭の中の半分くらいは婚約をやめるべきかどうか思い悩み始めていた。
それでもリリーのことは愛しているし、今、出来ないのならばこれから出来るように習得してもらえばいいかとこの時点では楽観的に思い直した。
「お前、そこの彼女のこと、どのくらい知ってるか?」
「どのくらいとは?」
「知ってることは何でもいいぞ」
「二年前に両親が亡くなって、バーンズ伯爵家に引き取られ、バーンズ伯爵閣下の養子になったこと。アデレードに虐められていて、バーンズ伯爵邸の離れに追いやられ、そこで暮らしていたこと。アデレードよりも一歳年下だということくらいでしょうか?」
「思ったよりも彼女のことをよく知らないんだな。何でもとは言ったが、とりあえずこの場で重要と思われることだけを選んだのか」
「全く関係ないことを言っても仕方ないと思いましたので」
「まぁ、それは良い。ベン、それはきちんと事実確認はしたか?」
「事実確認?」
ベンはきょとんとする。
「ああ。お前はまだ我が家に諜報部隊があることは知らないだろうからそれは使わなかったにしても、直接バーンズ伯爵に時間を取ってもらって彼女のことについて話を聞いて確認したか?」
「いいえ。だってリリー本人が泣きながら私に教えてくれたんですよ? 信用しない訳がないではありませんか」
ベンの答えに伯爵はため息をつく。
「本人に言われたから、事実確認はしない。それは駄目だ。いくら本人にそう言われても、確認が取れない場合は話を鵜呑みにしない」
「わたしのことを疑っているんですか!? 失礼な!」
「私はベンと話をしているんだ。君は口を挟まないでくれ」
リリーが出しゃばってきたので、伯爵は口を挟むなと窘める。
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