第2話
アデレードは応接室を退室した足でそのまま伯爵の執務室に向かう。
伯爵は本日外出予定はないことをアデレードは知っており、今のこの時間ならば執務室にいるということが予想出来た。
執務室に到着し、ドアをノックする。
入室許可が下りたところで、アデレードは部屋に入り、ドアを閉める。
伯爵とアデレード以外にはこの部屋に誰もいない。
「アデレードがここに来るなんて珍しい。どうしたんだ?」
「お父様、至急お話しなければならないことが出来ました」
「至急の話?」
「ええ。リリーの件で」
「確か今日はトーマス伯爵家の倅が我が屋敷に来るはずだったな。もしかしてそれ絡みか?」
「ベン様から婚約破棄を申し付けられました。何でもベン様の真実の愛の相手はリリーなんですって。私と婚約破棄してリリーと新たに婚約したいそうです」
「そうか。以前からアデレードを蔑ろにしている様子ではあったから、婚約破棄を言い出したことに対して、特別驚きはない。バーンズ伯爵家としてはリリーを厄介払い出来る口実が出来て万々歳だな」
「お父様もそうお思いになるだろうと思って、婚約破棄を了承し、バーンズ伯爵家として異論はないとベン様に言いました。トーマス伯爵家には自分で説明するように、とも」
「自分の家族への説明くらい自分でしてもらわないと。……しかし、あの馬鹿兄貴は死んでなお迷惑事を私にもたらすとは。あの兄貴と同じ血が流れているとは思いたくないな」
***
リリーがバーンズ伯爵家にやって来たのは二年前だ。
リリーの両親が病死したので、面倒を見て欲しいとのことだった。
彼女の父親は伯爵の弟で、血縁関係上、伯爵とリリーは叔父と姪という関係になり、完全に無関係と言えなかった。
ただ、リリーの親は貴族階級ではなく、平民である。
彼女の父――名はルパート――はかつてバーンズ伯爵家の先代伯爵夫妻の長男だった。
しかし、婚約者がいるにもかかわらずバーンズ伯爵家に仕えているメイドと恋に落ち、恋愛関係になる。
やがてそのメイドの妊娠が発覚する。
そして、ルパートは妊娠したメイドを連れ、バーンズ伯爵家を飛び出した。
当然、先代伯爵夫妻は烈火の如く怒り狂い、バーンズ伯爵家の貴族籍からルパートを除籍した。
除籍するということは即ち最初からバーンズ伯爵家にはルパートという息子はいなかったということになるのと同義である。
貴族籍から除籍され、記録が抹消された者の身分は平民になる。
こうしてリリーの父は平民となった。
ルパートの元婚約者であった侯爵令嬢は、ルパートの駆け落ちについてバーンズ伯爵家側が誠心誠意謝罪し、ルパートの弟で良ければ改めて婚約することは可能だと提案すると、その提案を受け入れた。
その侯爵令嬢がアデレードの母・アイリスで、ルパートの弟が現伯爵でアデレードの父・ドミニクだ。
ルパートがメイドを連れてバーンズ伯爵家を出て以降、ルパートはバーンズ伯爵家に度々金の無心にやって来ていた。
元伯爵令息でそれなりに裕福な暮らしをしていた者がいきなり平民になったところで、平民生活に耐えられる訳がなかった。
最初の内は、伯爵家から持ち出していた金目のものを換金し、それでやり繰りしていたが、あっという間に底をつく。
ルパートと一緒に飛び出したメイドも先代伯爵夫人が手を回し、前職と同じメイドとしては働けないようにした。
自分で伯爵家嫡男の責務を全うせず出奔した癖に、いざ自分が弱ると助けを求める。
そんな都合の良い話は認められる訳もなく、先代伯爵も現伯爵も金貨一枚たりともルパートに渡さず、当然のように彼を門前払いした。
ルパートとバーンズ伯爵家の確執はさておき、リリーがバーンズ伯爵家にやって来たのは彼女が13歳の頃だった。
13歳で両親がいない中、生活するのは厳しい。
頼れる大人がいるならまだしも、誰の助けもない状態なら猶更だ。
頼れる親族がいるなら親族のお世話になるのは無理のない発想だと言える。
伯爵は、内心ではリリーを引き取りたくはなかったが、境遇には同情した為、引き取った。
バーンズ伯爵家の養子にし、伯爵邸の離れにリリーを住まわせ、三食付きの生活を保障した。
しかし、リリーはそれに満足しなかった。
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