第20話 宝物庫・3~冠と短剣

 カールが西側の棚の物品を見て回り、リーファは東側を中心にキャビネットを開けていく。


 何となく金銀財宝ばかりがあるという印象を持っていた宝物庫だが、フタを開ければ歴史書や他国からの親書、絵画などもかなりの数があった。

 これらは国の興りを示す重要な資料と言えるから、歴史を後世に伝える為に宝物として収蔵しているのだろう。


 ある程度物の種類毎に置き場は決められているらしく、歴史書が収蔵されたキャビネットの隣はそこそこ大きい化粧箱ばかりが入っていた。


 最初に目についた六角柱のガラス箱を手に取り、ゆっくりとキャビネットの上へと移して箱を開けた。


 箱の中にあったのは銀製のティアラだった。

 王冠を思わせる形状で、ハートのモチーフが散りばめられたデザインだ。ダイヤモンドと思しき宝石で彩られ、眺めているだけで心がときめいてしまう。


「綺麗………あ、魔力通しやすい…」


 指紋をつけないようにティアラにそっと触れ、魔力の通り具合を確認する。発動体の候補に加えても良さそうだ。


 箱を閉じ、両手で持って恐る恐る作業台の方へと持って行く。

 作業台はまだ何も置かれていなかった。カールの方は、まだ候補になりそうな物が見つかっていないようだ。


「ほう、良い物を出してきたな」


 退屈そうに椅子にもたれていたアランが席を立ち、作業台に箱を置いたリーファに話しかけてきた。


「何かいわれのあるものなんですか?」


 アランはリーファの問いかけに応えず、六角柱の箱を開けてティアラを取り出した。

 そして無造作にリーファの頭の上にそれを乗せ、向きをちょっとだけ調整する。


「あ、えっと、ちょ」

「ああ、良いな。茜色の髪に映える」


 戸惑っているリーファを余所よそに、アランは腕を組み満足そうにうなずいていた。


 ティアラを身に着けた事はないが、多分ピンなどで髪に固定するはずだ。それが頭の上に置かれているだけなのだから、当然バランスは悪い。


 指紋がつかないよう手のひらでティアラを押さえつつ、リーファはアランの胴体に向けて恐る恐る訊ねた。


「あ、あのぉ………これ、は………?」

「今の王太后が正妃の時代に式典などで身に着けていたティアラさ。

 さすが正妃にしたい女だけあって、良く似合っているぞ」

「!?」


 よりにもよって、国で一番偉い女性が持つ最高級品を選んでしまったらしい。リーファの体が緊張に強張こわばり、ぶわ、と汗が噴き出した。


「………………っ!」


 泣きそうな顔でティアラをガラス箱に戻しているリーファを見下ろし、アランは失笑した。肩を震わせ、クックッと笑っている。


「そんなに取り乱すな。王太后となった今はただの死蔵品だ。

 それに、正妃になった暁には、お前により似合うティアラを作らせるとも」

「そ、そういうのはっ、いいんでっ…!」

「───失礼」


 アランに茶化されてイライラしていたら、その背中の先から一声がかかった。

 どうやらカールも発動体に足る物を見つけて来たようだ。不満そうにアランを一瞥した彼は、物品を作業台へ置いている。


「…ほう、上等兵は短剣を選んだか」


 作業台に置かれたものは、革製の鞘に包まれた短めの剣だった。

 柄は黒革に銀の飾りが施されているが、握りの幅が広く感じる。男性用だろうか。


 アランが短剣を手に取り鞘を引き抜く。剣身はやや白みがかった半透明で、刃先は鋭く美しいが強度はあまり無さそうに見える。


「儀式用の剣…ですか?」

「”試しの祠”を設計した、技師ユリリエストが献上したクリスタルの短剣だ。鑑賞用だな」


 試しの祠と言われて、リーファは王家の呪いを解いた洞窟を思い出した。

 あの最奥部には、クリスタルを利用して作られた燭台が置かれていた。今はもう廃れてしまった技術らしいから、もうこれと同じ物を作る事は出来ないのだろう。


「独特な意匠だとは思いましたが、”悲劇のユリリエスト”のものでしたか」

「…悲劇?」


 カールの物言いにリーファは首を傾げた。どうやらその界隈では有名な話のようだ。


「…国にまつわる建造物は、完成時に関わった技師を殺す事で機密を保持する」

「!」


 アランの淡々とした説明に、リーファは息を呑んだ。


「ラッフレナンドで名声を望んだユリリエストは、この短剣を献上し当時の王に認められた。

 しかし、これをきっかけに試しの祠の設計を命じられ、完成と同時に他の技師共々暗殺された。

 …ユリリエストの技術は唯一無二のもので、誰に真似出来るものでもなかった。

 仲間の技師達は言うまでもなく、暗殺を命じた王ですら失われた技術を惜しんだ。

 以降技師連盟が作られ、ラッフレナンドの技師は保護されるようになった…という話だ」

「”廃れた技術”って、そういう意味だったんですね…」


 当時を想像して、リーファは心を痛めた。


 国にとっては、機密維持は最優先事項だったのだろう。技師達の命が失われてしまうのは悲しいが、施設の秘密を守った事で、より多くの人を救えるかもしれないのだから。

 王家の儀式にしか使っていないあの祠にそこまでの価値があるとは思えなかったが、建設当時は別の用途も視野に入れていたのかもしれないのだ。


(失われて気付く………失われないと、人は気付けない…)


 非情だが、それは事実だった。聞いただけ、見ただけでは、学び気付く事は難しい。

 知って、体験して、失敗して、繰り返して、ようやく求めたものが得られる。

 一つを得る過程で大切なものを多く失う事だって、何らおかしくはない。


「廃れた技術…か」


 アランは顎に手を置いて独り言を零し、西の方へと歩いて行く。


「…アラン様?」


 奥へ行こうとする主に声をかけると、彼は一度だけ振り返った。


「…ふたりに見てもらいたい物がある。ついてきてくれ」


 それだけ言って、アランは目的の場所へと向かった。


「「…?」」


 リーファはついカールに顔を向けた。カールも一度はこちらを見たが、すぐにそっぽを向いてアランの後を追いかけた。


(…カールさん、最近あんまり顔を合わせてくれないな…)


 弟弟子の素っ気ない対応にちょっとだけ寂しい気持ちを抱きつつ、リーファもまたアランのもとへと向かった。

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