第20話 ラッフレナンドへの帰還・1

 身支度を済ませて部屋を出てからも、リーファの混乱は増していった。


 アランの先導で魔王城の廊下を歩いて行くと、その道中で出会った魔物と挨拶を交わすわ、他愛ない雑談に足を止めるわ、というのが何度も続いた。

 会話の内容を盗み聞いた限り、どうやらアランは彼らと飲み食いを満喫したらしい。


(信じられない………でも、そうじゃないとこの状況は説明がつかないのよね…。

 腰の剣も、昨日は持ってなかったような気がするし…)


 腰にぶら下げている見慣れない剣───白い鞘に金の飾り物がついた長剣───を見やり、リーファは眉間のしわを深くする。


 迷う様子もなく謁見の間の前までたどり着き、アランは衛兵に声をかけた。


「アラン=ラッフレナンドだ。魔王に呼ばれ来た」

「お待ちください」


 大柄な紫色の肌を持つ悪魔は恭しく頭を下げ、謁見の間への大扉を開けてくれる。ふたりはそのまま入っていった。


 玉座には、昨日同様魔王が座っていた。

 ───が、部屋にいたのは彼だけではなかった。


(ああ、朝は遅いってそういう…)


 妙に納得がいって、玉座の周囲を見やる。

 四人の女の魔物達が玉座に寄り添って出迎えてくれる。ピンクの髪のサキュバス、緑色の肌のラミア、金の毛のワーキャット、白く透けたゴーストと種族はバラバラだ。


 玉座の魔王が少し困ったような顔をしていると、アランは、ふ、と薄く笑って声をかけた。


「おはよう。…お邪魔だったかな、魔王よ」

「お、おはようございます」

「やあアラン、リーファ。おはよう。

 丁度こちらの用意も整ったところだから気にしないでほしい。

 ───さあそなた達、これから大事な話があるから下がりなさい」


 四人の魔物たちから不満の声が上がる。


「ええ~、そんなあ」

「魔王さまぁ」

「もう少し、もう少しお側にいさせてください~」

「なんでも、なんでも、しますからぁ…!

 さ、昨晩のようにお命じ下されば、わたし…!」


 顔を紅潮させながら目を潤ませているゴーストを魔王は抱き上げ、膝の上へと乗せる。

 息がかかるかという程顔を近づけて、ゴーストの唇をなぞり、耳元で囁いた。


「『なんでも』、などと軽々しく言ってはいけない。

 男はその言葉に勘違いをして、女を粗雑に扱ってしまうものなのだから。

 結果的に、女が自分自身を軽く見てしまう…それでは駄目だ」

「は、はわわわ…」


 聞いているのか聞いていないのか、ゴーストの全身が真っ赤になって取り乱している。


「私はな、そなた達はもっと魅力的であるべきだと思っている。

 昨晩のそなた達は、この魔王の心をも揺さぶる美しさだったが…ここは終着点ではないとも感じた。

 研鑽を積み、己の魅力を高めておいで。外見だけに留まらず、内なる部分も磨くのだよ。

 ───努力する女性を、私は愛している」


 ゴースト同様、サキュバスもラミアもワーキャットも似たように顔を赤くする。


「「「「は、はいぃ…」」」」

「いい子達だ」


 四人の同意が得られた事で魔王はゴーストを膝から降ろし、それぞれの額にキスを落とす。ほうけながら女達は謁見の間を出ていく。


 リーファは、扉の先へ消えていく彼女らをまじまじ眺めてしまった。あれが魔王の魅力、というものなのだろうか。


(…何か、すごいものを見せつけられた気分…)


 アランがごほんと一つ咳払いしてようやく我に返り、魔王の方へと向き直った。


「昨晩は世話になった」

「お、お世話になりました」


 今しがたの艶やかな雰囲気から一転して、魔王は人当たりの良い微笑を投げかける。魔王故にこういう事は慣れたものなのだろうか。スイッチの切り替えが早い。


「私も久々の珍客に良い刺激を受けたよ。ありがとう。

 …そうそう。リーファ、技術棟で手伝わせてすまなかったな」

「いえ、とんでもない。ああいう解呪の仕方は初めてで…お役に立てたかどうか…」

「謙遜は不要だ。技術部長のギイが喜んでいたよ。

『こんな丁寧な仕事をするグリムリーパーは初めてだ』と」

「そうでしたか。そう言って頂ければ嬉しいです」


 愛想笑いで応えて見せて、内心ガッツポーズをする。初めての仕事を言われるままやっただけなのだが、褒められるのは悪い気がしない。


 ヘラヘラしているリーファをつまらなそうに見下ろしていたアランが、魔王に向き直った。


「───そろそろ話をしてほしいのだが」

「おっと、そうだったな。

 リーファには少し話をしたのだが、昨日ラッフレナンド城でリャナの無事を確認した。

 何やら忙しそうにしていて、『楽しんでるから明日ね』と言われてしまってな。

 今日、城の側の離れ小島で落ち合う事になっている。陵墓となっている場所があるとか」


 ラッフレナンド城は、ラルジュ湖の一角に建っている天然の要塞だ。湖の周囲には離れ小島が点在しており、その内の幾つかは城からの船で行き来が可能になっている。陵墓のある島は、その中の一つだ。


「…本来神聖な場所ゆえ、魔物の出入りは望ましくないが…それ以外だと城外へ出るしかない。仕方がないのか」

「そういう事だ。時間は任せてあるが───さて、いるかな?」


 魔王はくるりと背中を向け、手を目の前にかざす。

 呼応するように、玉座の後ろにある巨大な水晶のような物体がぼんやり光を放つ。それの中に人型のような影が見えるが、ここからはよく見えない。


 指先に現れた水の塊が大きくなり、身の丈ほどに広がる。水鏡の表面に映像が浮かぶ。


 映ったのは、上空から見たラルジュ湖だった。リーファも時々見た事がある。

 湖の中にある一際大きい構造物がラッフレナンド城で、その周囲に島がちらばっている。


 くだんの小島を探しているのか、画面がころころ切り替わる。女性がいる白い建物のある島、祠だけがある島、そして。

 ずらりと墓の並んだ風景が映る。中央にはしっかりした石造りの建物があり、そちらも墓のようだ。


 映像がぐるっと回れ右して陵墓に背を向けると、背景に湖と城が望める草原が映った。舗装された石畳の上を、二人の男性と一人の女性が歩いているようだ。

 男性はヘルムート、女性はシェリーだが、何故かもう一人の男性の姿はアランに見える。


「え、なんで陛下…?」


 こちらにいるアランの眉間にしわが寄り、リーファは首を傾げる。

 魔王は呆れたように溜息を零した。


「さて、リャナが何かやらかしたか。まあいい。

 ───ふたりとも、準備は良いかね?」

「…ああ」

「よろしくお願いします」


 同意を受け取って、魔王はうなずいて水鏡をかき消した。


 ふわっと、三人の周りを風が舞う。強くはないが流れのある風に体がふわりと浮いた。そして。

 ほんの少しの間だけ、意識が飛ぶ。

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