ここへ来た理由-3
美葉は樹々を出る手前で正人にすがるような視線を送った。だが、俯いている正人はその視線に気付くことは無かった。健太は腹立たしさに、唇を噛む。
おもむろに陽汰が立ち上がり、つかつかと正人に近寄ると、思い切りすねを蹴飛ばした。正人は無言でその痛みに蹲る。
「いい加減にしろよ!」
唸るような声を正人に投げた。全く、その通りだと健太は陽汰に頷いた。
錬が、一つ咳払いをした。
「えっと、まずは状況確認。」
妻の言いつけを忠実に守ろうとしているようだ。汗を手の甲で拭って言葉を続ける。
「アキさん、あなたは、正人さんの元嫁で間違いないの?」
アキは、俯いたまま頷いた。猛はまた母の足にしがみついている。
「二人は、連絡取り合ってたのかい?」
二人は同時に首を横に振った。
「じゃあさ、二人は何時別れたの?」
「……僕が、ここに来る半年ほど前です。」
「それから、連絡は一切取ってないの?本当に?」
「取ってないです。アキは別れると同時に転居して、その場所を僕は知りませんから。」
「じゃあ、アキさんは何故、正人がここに居るって知ってたの?」
錬の問いかけに正人はハッと顔を上げ、疑問符の付いた視線をアキに投げた。アキは、小さく頷いて口を開いた。
「ずっと前に、テレビに映る正人を見付けました。びっくりして、思わず録画してしまいました。私は江別に居たので、隣町に正人がいるって言うことに本当に驚きました。」
――また、あの番組だ。
健太は頭を抱えた。
二年前に当時流行っていたお見合い企画の番組を招致した。自分の彼女をそこで見付けたいという下心を前面に出しての招致だった。
その番組で正人のキャラクターが受け、工房が有名になった。欲を抱いた正人が仕事を請け負いすぎて工房は破綻の危機に陥った。
美葉はその番組で正人が放った遠回しの告白を受けて帰郷しようとし、焦った社長の手によって故郷に帰るのを邪魔された。
佳音は番組を見た後のどんちゃん騒ぎで二日酔いになった隙を突かれて看護師長にミスを捏造された。その結果一年以上その男に暴力で服従を強いられることになった。
様々な困難を招くことになった番組招致を健太は深く後悔していた。
あの番組がまた、災難をもたらせている。健太は眉をしかめて災難の源である女を睨んだ。
アキは、勇気を振り絞るように顔を上げた。
「私、正人の居場所が分かったからって会いに行くつもりはありませんでした。何があっても、正人を頼ることは絶対にしないと思っていました。……でも……。」
アキは、唇を噛んだ。悔しそうに、眉をしかめる。
「詰んじゃったんです。もう、お仕舞いなんです。私一人ならどうなっても良かったけど、猛のことだけは何とか守りたかった。さっきの人が公的機関に頼れって行ったけど、知識がないからそんなこと思いつきませんでした。どうしていいのか分からなかったんです、本当に……。」
小さく震える声でそう言って、息子の肩を抱き寄せた。頼りなげなその様子に、流石に胸が痛む。
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