身を投げる女-2
橋を渡ってすぐの交差点を左折し、ハザードランプを灯して停車する。
正人が大きな息を吐いて膝に顔を埋めた。絶望感が、背中から漂う。この橋では無かったのか?それとも、もう……。
小刻みに震える背中を見つめながら、錬に電話を掛ける。錬はすぐに電話に出た。
「居たか?」
「いや、それらしい人物はいない。」
錬は即答した。
「そっちも、空振り?」
「ああ。」
電話の向こうで、溜息をついたのが分かった。
「そもそもその人、土地勘あるのかな。全く別の場所を目指しているとか、別の方法をとったとか……。疑っちゃ悪いけど、遺書ってのがでっち上げとかさ。色々な可能性を、もう一度考察した方がいいんじゃないかな。」
冷静な錬の声が、焦る頭の熱を冷ましていく。確かにそうだ。焦って出てきたが、猛にもう少し手がかりになることを聞いてからでも良かった。どこに住んでいて、どうやって来たのかだけでも、聞くべきだったのかも知れない。
顔を上げて、大きく息をついた。青空に、王子製紙工場の噴煙がたなびいている。
「あ!」
健太は思わず声を上げた。
「橋がある!もう一つ!」
健太は通話ボタンを押し、ハンドルを握った。ウインカーを出して車線に戻ると、今度はスピードを上げてそこへ急いだ。
石狩大橋だ。道々139号線が渡る、黄緑色の橋。そこは小学校と谷口商店の間の道を真っ直ぐ進んで行くとたどり着く、小学校から一番近い橋だった。交通量が少ない裏道のような橋で、普段通ることがないから存在を忘れていた。
前を走るトラックに追いつく。重機を積んだトラックはそれこそ40㎞で走行している。イライラしながら進んでいくと、赤信号に引っかかった。この信号を左折すれば橋を渡る。しかし、三叉路となっている信号は、青信号に変わるまで時間がかかる。黄緑色の欄干は見えるものの、トラックに視界を阻まれて橋の上の様子は見えない。正人も窓から身を乗り出すようにして何とか人影を捉えようとしていた。
空に、工場の煙突から吐き出される煙が広がっていく。苛立ちを紛らわすために、ハンドルをバンバンと叩いた。
やっと信号が青に変わった。交差点を左折し、橋にさしかかると欄干の中央付近に女性の姿を見付けた。
「アキ!」
正人が叫んだ。ハザードランプを灯し、停車してすぐに車を飛び出す。対向車に轢かれずに済みそうだと計算して道を渡るとすぐ後を車が通り、「危ないだろう!」という怒鳴り声が聞こえた。女は欄干から身を乗り出している。子供のように小さく、細い肢体。短いおかっぱ頭が風に揺れている。
何の躊躇も無く、身体は川面に向かって傾いていく。健太はその身体を後ろから抱き留めた。勢い余り、後方に倒れる。受け身を取り損ない、後頭部をアスファルトに打ち付けた。
「……ってぇ。」
思わず声が出る。腕に抱いていた女はハッと息をつき、体を回転させて顔をのぞき込んできた。
切れ長の瞳に、つんと尖った鼻。猛とよく似た、綺麗な顔だった。
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