初めての朝-2
こ、これは、まさしくデートというものではないだろうか……。
かぁっと頭に血が昇った。「デート」というフレーズが頭の中を駆け巡る。自然と口元がにやけてきた。
美葉の瞼が震え、ゆっくりと開いていく。不穏な空気を察知されたかと思い、焦る。美葉がはっと気付いたように自分を見上げた。
「おはようございます、美葉さん。」
「お、おはよ。」
美葉はぱっと顔を赤らめてから、タンクトップの襟ぐりを右手で引き寄せた。マジックで書かれた「マ」の字が胸の膨らみで浮き上がる。恥じらうその行動に、夕べの事を思い出した。
ストーブの赤い炎だけが、美葉の身体を淡い陰のように浮き上がらせていた。美葉は細く、それほど大きくなかったが、柔らかくて綺麗な形を手の平に感じた。その記憶をたどっていたら、いつの間にか胸元を凝視していたようだ。
「もう、エッチ!」
「うひゃっ!」
おでこを指ではじかれ、思わずおかしな声が口から飛び出した。その声を聞いて、美葉が笑った。それと同時だった。
階段を上ってくる足音が聞こえた。反射的に身体を起こし、ドアノブを抑える。この部屋には、鍵が無い。
「おーい、正人ー!」
和夫の間延びした声と共に、ドアノブが回わる。それを力尽くで押さえた。
前屈みになった右尻に「マ」の文字が引き延ばされている。一度和夫の下着を借りたことがあり、その着心地を気に入って同じブリーフとタンクトップを愛用するようになった。洗濯するとどちらの物か分からなくなるので、自分の下着に「マ」と書くことにしているのだ。
「あれ、開かない。何でだ?」
ガチャガチャとドアノブが動く。
「お、親父さん!おはようございます!」
その動きを必死で押さえながら大声で答える。ドアノブの動きが止まった。
「起きてたか?どうした?ドアが壊れたのかい?なおしてやるか?」
またドアノブが動く。
「いえっ!大丈夫ですっ!い、今着替えておりましてっ!」
声が裏返ってしまう。今ドアを開けることは、和夫にとっても悲劇である。だから、ここは静かに立ち去って欲しい。
「そうか?お前、今日美葉を迎えに行ってくれるんだな?忘れてないか?」
「忘れるわけござひませんっ!4時40分着の全日空で到着されますので必ずその時間に間に合うように新千歳空港にお迎えに上がります!はひ!」
「お前、言葉遣いが変だぞ?何か変なもの食ったのか?」
「ひっ?く、食ってませんよっ!?断じてへっ!」
「はぁ……。まあ、いい。ドアに残り物のパンを掛けとくから、食ってから行け。」
「は、はひ!ありがとうございます!」
程なくして、のんびりと階段を降りていく足音が聞こえた。
ほっと安堵の息を吐く。
振り返ると、美葉の姿が無かった。
体育館の二階にある宿直室は六畳一間で、小さな台所とストーブと万年床のせんべい布団しか無い。身を隠す場所は無いはずだ。
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