第25話 公爵


 お祖父様は部屋で僕を待っていた。


「遅くなってすみません」


「気にしておらぬ。 おや、珍しく耳飾りを着けておるのか」


「ああ、これは魔物です」


アーリーに渡すために作ったのだと話す。


「その魔物は無害なのか?」


お祖父様は興味深そうに僕の耳を見ている。


まだ自我の無い生まれたての魔物は簡単に強者の言いなりになるのだ。


「これは僕の魔力と繋がっているので、アーリーが一人で学校に通い始めても、どこで何をしてるか分かります」


なるほど、とお祖父様は頷いた。


「アーリーには聖獣様からもらった物だから、なるべく外さないようにと言ってあります」


危険な場合は、闇さえあれば精霊が穴を開けて通してくれるので、すぐに駆け付けることが出来る。


 ついでに、スミスさんからも屋敷の地下に作った部屋のことを話してもらい、今後の使用について変更したいと説明してもらった。


部屋についてはスミスさんに一任される。


 使い魔の闇の精霊に関してはぼかした。


今のところスミスさんしか知らないはずだ。


あれ?、僕、スミスさんに使い魔の話をした記憶がない。


まあいいや。




 執事長さんがミルク入りのお茶を二人の前に置く。


そこからは王宮での勉強会と聖獣様に会った時のことを簡単に話した。


「そうか、だいたいは分かった」


お祖父様はお茶を一口飲むと、ゆっくりそれをテーブルに戻す。


「先ほど王宮から遣いが来てな」


「こんな時間に?」と僕は首を傾げる。


「イーブリスは『今後王宮には出入り不要』と言って来た」


あー、『出入り禁止』ですか、そうですか。


「こっちも用は済みましたので構いませんよ」


僕の言葉にお祖父様は頷く。


「でも公爵家としては汚点になりますよね。 すみませんでした。


なんなら勘当してー」


「イーブリス、実はな」


お祖父様は僕の言葉を遮って話を続ける。


「私は宰相の職を辞するつもりだ」


え?。




「お前のせいではない。 以前から、あの国王は私に頼り過ぎると思っていた。


息子のことで私を気に掛けていたのかも知れぬが、もういい加減、しっかりとしてもらいたいものだ」  


あの国王陛下は宰相の執務室に入り浸ってるんだったな。


でも今だと、絶対に僕を出入り禁止にしたせいだと思われますよね。


それは良いの?。


「後進も育っておるし、引退しても問題はないだろう」


「お祖父様、あの」


「私は息子のことで色々と反省したのだ。


仕事に逃げてばかりで子供と向き合っていなかったとな。


だから今度は、お前たちとちゃんと向き合って関わっていきたい」


公爵家は働かなくても十分な蓄えと、管理は任せているが優良な領地もいくつか所有している。


「もう私も年寄りだから一緒に遊んでやることは出来ないが、すぐ側で見守り、相談相手ぐらいにはなれると思っておるぞ」


お祖父様はそう言って笑った。




「ちょっと待って下さい。 お祖父様は僕の日記帳をご覧になったのですよね?」


あの鍵付きなのに鍵を掛けていないやつ。


それは、鍵付きだと分かっていても壊すくらい読みたいなら読んでもいいよってことだ。


「うむ」


お祖父様も悪びれた様子はない。


「では、分かっているんでしょう?。 僕があなたの息子を殺したんだってこと」


部屋の空気がピリッと震えた。




 それはおそらく執事長とスミスさんの気配だったんだろう。


そうか、二人は知らなかったのか。


「あの島に行った時点で息子は命を投げ出しているのと同じだ」


貴族社会の王都で暮らしていた若者が、辺境地で無事に生き延びるわけがない。


「それでも僕があの洞窟から放り出したのは間違いないし」


つい、お祖父様から目を逸らしてしまう。


 洞窟に侵入した男女。 男の方を外に放り出したのは僕だ。


その時はまだ身体が無かったから、正確には混沌の闇が僕の意思に反応したのだ。


「息子は我が家に伝わる秘宝『魔封じ』の魔道具を持ち出している。


それを使おうとしたのだろう?。 ならば魔物が抵抗するのは当たり前だ」


男の傍に落ちていた魔道具が決め手になって公爵家に連絡が届いたのだから間違いないんだろう。


あの時は嫌な感じがして、気に入らなかっただけだった。


「それにな、イーブリス。 そのきっかけを作った国王を脅したであろう?」


あ、もうバレてるのか。


「こちらに都合の良い契約を結ばせただけです」


何の契約をしたのかを書面にして渡したし、契約の印も腕に残してやった。


僕はずいぶんと優しい魔物だと思うよ。


「それで復讐は終わりか?」


「お祖父様……」


僕の日記を本当に隅々まで読んでくれたんだな。


「いえ」


僕は彼らが本当に復讐したかった相手を見つけてしまったかも知れない。


そして、それは。




 お祖父様は本当に僕を真っ直ぐに見つめている。


「息子が本当に復讐を望んでいた相手は、おそらく私だろうな」


肉親だからこそ、許せないこともある。


「お前は私を殺すつもりだったのだろう?」


僕は目を逸らしたまま「いいえ」と呟く。


執事長さんもスミスさんも息を呑んで僕たちを見守っていた。




 僕には人間だった誰かの魂が入り込んでいる。


そいつが言うんだ「復讐って何?」って。


僕は魔物だから、その答えは分からない。


「復讐の相手がお祖父様だとしても、僕は殺したりなんて出来ないと思う。


それに、必ずしも殺すことが復讐じゃないし」


だから僕は国王陛下も殺していないでしょ。


「ふふふ」


お祖父様が肩を揺らして笑う。


「そうだな。 本当にお前は優しい魔物だ」


「優しくなんてないよ。


これから先、もっと残酷で、死にたいって思うことになるかも知れないでしょ」


少しずつ、僕は悪意を振り撒いて、皆を不幸にしていくだろう。


魔物や魔獣に対して傷付けることが出来ず、命令も出せない国王も。


魔物や魔獣が出ても国軍が動かないこの国も。


こんな魔物を抱え込んだ、この公爵家も。


皆、僕のせいで不幸になるんだ。




 いつもより優しいお祖父様の声がする。


「そうかも知れぬな。 だが、お前は一つだけ不幸に出来ないものがある」


それは誰にだって分かる答えだ。


「アーリーは、シェイプシフターのことを知っているのか?」


僕はビクリと身体が震える。


それが一番恐れていることだから。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 アーリーはベッドの中で耳に触れていた。


「リブ」


いつもイーブリスはアーリーを優先し、何でも譲ってくれる。


小さい頃から、それが当たり前だった。


「ロージーだけはくれないけど」


それを言うとイーブリスは「じゃ、リリーを頂戴」と言うのだ。


それは出来ないって言うと「冗談だよ」って笑う。




 アーリーは最近、不思議に思う。


「自分たちは本当に双子なのか」


リリアンとヴィオラを見ていると、二人は対等なのに、自分たちは決して同じとはいえない。


顔も声も姿形も同じ。


なのに、中身が全然違う。


「全く同じ人間なんていないわよ、当たり前でしょ」


リリアンはそう言うが、リブは何というか、大人なのだ。


自分だけがいつも子供で、リブが守ってくれて、何でも決めてくれて、いつも手を握ってくれる。


「このままでいいのかな」


担当のメイドからは「そろそろ兄離れしないと」なんて言われている。

 

それでも、アーリーにはイーブリスのいない生活は考えられないのだ。




 昨日、イーブリスは王宮に出掛け、そのまま泊まることになった。


水に落ちたので、念のために一晩様子を見るということだった。


「大丈夫かな」


アーリーは心配で眠れなかった。


それなのに、イーブリスは翌朝、何事も無かったかのように帰って来た。


何で平気でいられるの。


アーリーは不機嫌になって部屋へ押し掛ける。


すると、イーブリスは「お土産だよ」と言ってアーリーの耳にカフを装着し、ギュッっと抱き締めたのだ。


「やっぱり一人で知らない所なんて、リブも不安だったんだね」


アーリーはそう思いながら眠りに落ちた。


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