第42話 未来設計図
無事に国王夫妻との対面を終えたレティシア。
かつて思い描いた通り、国をあげての大事業となるきっかけを得られたことは大きな意味があった。
それはレティシアのみならず、彼女と夢を同じくする者たちの転機ともなった。
彼らの、それこそ夢物語とも言える鉄道開発は、国のトップに認知され期待をかけてくれている。
その事実は、大日程ですら無かった漠然とした計画に、道筋を示したのだ。
その日以降、モーリス商会研究開発室のメンバーは益々やる気に満ち、お互いに意見をぶつけあい日々の成果を積み上げ……そして。
「じゃ〜ん!!ど〜よ、これ。これまでの研究成果の集大成だよ!!」
ある日、レティシアは研究開発室のメンバーを集めて、あるものを披露した。
なお、研究開発室のメンバーは着実に増員を続け……今では20名程の大所帯となった。
親方自身の工房や、彼が付き合いのある工房の職人を引き抜いたり……マティスやリディーの伝手でアスティカントの卒業生に声をかけたりして集まった者たちだ。
そんな、技術者集団にレティシアが見せたのは、数十枚にも及ぶ図面だ。
「おぉ……遂に出来たのか!」
親方が興奮した面持ちで喜びの声を上げた。
「ううん、完成させるのはこれから。この図面を元に実物を作らなきゃ」
「そいつぁ、もちろんだ!腕がなるぜ!!」
「……うん。新開発の蓄魔力池も上手く組み込めそうだな。なるほど……こう配置するのか」
「レイアウトには苦心したよ。なんせ、期待通りの出力を得るためにはこれ以上は小さくできないからね」
「ふむ。これが機関車で……こっちが客車か。1/2スケールとは言え、実際に人が乗れるものと言うのは楽しみであるな」
マティスのその言葉に、その場の面々は嬉しそうに頷いて同意した。
そう。
レティシアが披露したのは、最終的に考えている車両の大きさの1/2スケールの『模型』だ。
それは模型などと称しているが、実際に人を乗せて走らせることが出来るナローゲージである。
最高速度も設計上は4〜50km/hは出せる見込みだ。
軌間は750mm。
実際に敷設する鉄道では、その倍の1,500mmにする予定だ。
レティシアの前世の鉄道で用いられていた標準軌1,435mmより少し広いが、彼女はこの世界における標準軌として定めるつもりである。
機関車は魔導モーターと蓄魔力池の配置の関係で、形状としては蒸気機関車に似ている。
巨大な動輪が4つあり、モーターが動輪の一つを動かすと、ロッドを介して他の動輪も動かす形だ。
モーターや蓄魔池が進化して小型高出力なものになれば、自ずと形態も変わってくるだろう。
客車は、これも最終的な完成形を踏まえて二軸ボギー台車を用いたものとしている。
台車と車体の支持方式は、レティシアの前世では主流となっていたボルスタレスではなく、旧来の
台車も含めて、車体全般の基本的な構造については動力の目処が立っていない頃から試作を重ね、ほぼ完成の域に達していた。
安全のためには、ある意味では動力以上に重要なブレーキ装置の開発は、魔導モーターよりも早期に完成していたが、同じくらいに苦心した。
採用したのは直通空気ブレーキと自動空気ブレーキの併用方式。
直通空気ブレーキは比較的単純な仕組みなのでそれ程苦労しなかったが、自動空気ブレーキの設計はかなり難航した。
そのような方式があると知っていても彼女は専門家ではなかったから、思考実験・試行錯誤を繰り返してようやく形になったものだ。
直通空気ブレーキだけでも機能するだろうが、フェイルセーフの点で妥協したくなかったのである。
更に、電動モーターであれば発電ブレーキとしても使えたのだが……魔導モーターはその点においては電動モーターの特性とは異なっていたので、こちらは諦めざるを得なかった。
どの装置もそうなのだが、実際に車体に組み込むのは初めてとなるので、先ずは機関車のみで徐々に編成数を増やし、速度も低速から少しずつ上げていってブレーキの効き具合を確認していくことになる。
「このブレーキの仕組みは感心したな。よくこんな仕組みを思いついたものだ」
「(ある程度は前世の知識があるとは言え)かなり苦労したからね〜。これの開発だけで2年かかってるもん。期待通りの性能が出せるかは試験しないとだけど」
車両間の連結に用いる連結器は、ねじ式連結器とバッファーの組み合わせとした。
自動連結器に比べて増解結の手間はあるが、推進運転を可能にすることで、折り返し運転時の機関車付け替えの手間が省ける。
いわゆる『プッシュプル方式』だ。
そのため、機関車と反対側の編成端の客車には遠隔で機関車を制御するための運転席が設けられる。
制御方式は、電動モーターで言うところの抵抗制御に似た単純なものだ。
蓄魔力池と魔導モーターの間に組み込まれた、抵抗器に相当する魔力回路を制御することで出力を調整する。
運転操作は、これもレティシアの前世の記憶を参考に、ブレーキ弁操作と力行操作が独立した、旧来的な2ハンドル式とした。
この他、随所にレティシアが苦心して開発してきた装置が盛り込まれているのである。
「模型なんつってもよ、これだけで十分実用化出来そうだな」
親方のその言葉に、皆が同意して頷いた。
「まあね。大きさが小さいだけで実際の営業車両を想定して設計してるから。役割を終えたら遊具とかにしても良いかも。じゃなければ客車を貨車に替えて森林鉄道とか、狭いところに通したり?」
「……こんなものを遊具にするという発想は無かったな」
「森林鉄道と言うのは、木材の運び出しということか?」
「そう。このくらいのスケールが丁度いいケースは他にもあると思うよ。まぁ、それはおいおい考えるとして……先ずはこれを完成させよう!!」
「おう!!……と、言いたいところなんだが。1/2とは言え、流石に大きいからうちの工房で作るには無理があるな……」
その親方の懸念はもっともだった。
だが、レティシアは……
「ふっふっふっ……もちろん、それも考えてますとも。実は、
「マジか……流石はお嬢様だな」
予めレティシアはアンリに相談して、その際に許可を得ていたのであった。
「工作機器とか、車両の建造に当たって必要なものは相談させてね」
「おう、勿論だ。こりゃあ、大仕事になりそうだぜ……」
こうして、鉄道開発は一つの節目を迎えようとしていた。
ここ数年停滞していたものが、一気に動き始める。
リディーや国王夫妻との出会い……そして、これまでレティシアを支えてきた多くの人たちの力無くしては、ここまで辿り着くことは出来なかっただろう。
彼女はそのことを噛み締めて……これからの長い道程も乗り越えていこうと思うのであった。
〜〜 レティシア8歳 転機 完 〜〜
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