第17話 魔法の先生


 レティシアが工房から帰って、夕食も終わったあと。

 邸の一室にレティシア以外のモーリス家の人々が集まって、エリーシャの報告を聞いていた。




「……ふむ。そうか、分かった。報告ありがとう。もう下がって大丈夫だよ」


「はい。では失礼いたします」


 一礼してエリーシャは部屋を出ていく。


 それを見送った部屋の中の面々は、今し方聞いた報告の内容について話を始めた。



「あの娘がそんなことになってるなんてねぇ…」


「凄いじゃないですか。まさに天才ということでしょう」


 曰く、とても精密な図面を描き、工房の親方をも唸らせるほどの仕組みを考え、あまつさえ彼と活発に議論を交わす……到底5歳の女の子の行いとは思えない。


 本を読み漁るのは、子供ならではの興味心から来るものだと、まだ思うことができたが…

 読んでいる本の難解さはともかく。




「まあ、リュシアンの言うとおりだね。きっと眠れる才能が幼くして開花したのだろう」


「…頭を打ったことで??」


「それは分からないけど…何かのきっかけになった可能性はあるかもしれない。取り敢えずは身体には異常は無いんだ。だったら、僕達は彼女の才能を可能な限り伸ばしてやるのが務めと言うものだろう?」


「それもそうね……そうすると、例の件は早めに検討しましょうか?」


「例の話?何です、父様?」


「ああ、なに。少し早いが、レティに家庭教師を付けようか…ってね。前にそれとなくレティに聞いたら、確か魔法を学びたいと言っていたんだってね」


「そうね、凄く興味があるみたいよ。いろいろ聞かれたわ」


「ふむ、貴族子女の教養としては申し分無いし…伝手を当たってみるか。他にも礼儀作法も必要だな」


「武芸に興味があるなら僕が!」



 そうして、レティシアの預かり知らぬところで話が進んでいくのだった。

















 数日後。

 レティシアは母アデリーヌに呼ばれて彼女の部屋を訪れていた。

 父アンリはいつもの如く王都に出張中だ。




「家庭教師?」


「ええ、そうよ。ほんとはまだ早いのだけど……いろいろ聞いたわよ。あなたくらいの程の知識欲があるなら、今の内から色々学んだほうが身になるでしょう?」


(……ちょっとやり過ぎだったかな?まあ、私も色々なことを学べるのは願ってもないことだし、結果オーライってことで)


 レティシアは前向きで細かい事は気にしない娘である。



「取り敢えずは、あなたも学びたがっていた魔法の教師を手配しているところよ」


「魔法!」


 予てから興味のあった魔法を教えてもらえると聞いて、レティシアは喜びを素直に表す。

 そういうところは年相応の女の子のようであった。


「早ければ来週には公爵邸うちに来てもらえるって」


「うわ〜、うれしいな…ありがとう、母さん!」


「ふふ、手配してくれたのはお父様なのだから、今度帰ってきたときにちゃんとお礼を言いなさい?」


「うん!」









 そして、それからあっという間に一週間が過ぎ、件の魔法の先生が公爵邸にやって来る日となった。



「お嬢様、本日は家庭教師の方がお見えになりますので、早めにお支度をしてしまいましょう」


「うん、お願いね、エリーシャ」


「はい。では先ずはお着替えから…」



 その日はいつもより早くから身支度を整えて先生を待つことに。

 朝食も早めに取って、約束の時間が近づいたらレティシアは母と一緒に応接室に向かう。



「母さん、魔法の先生ってどんな人なの?」


「私も知らないのよ。でも、アンリは面識があるみたいで、能力的にも人格的にも優れた人だとは言ってたわね。何でも『学院』の魔法科で教鞭をとっていたとか…」


「ふ〜ん…」


(『学院』って確か…この大陸で最大の学校だ。正式名称はアスティカント総合学院…だっけ?そんなところで教えてたってことは、相当に優秀な人って事だよね。そんなコネがあるなんて、流石は公爵家だよ)



 そうして待つことしばし、ちょうど約束の時間となったところで扉がノックされた。

 アデリーヌが入室の許可を出すと、使用人に連れられて老年の男性が入ってきた。


「失礼します、奥様。お客様をご案内いたしました」


「ありがとう。あなたは下がって良いですよ」


「はい、失礼いたします」


 部屋の中にはレティシアとアデリーヌ、そして案内されてきた男性の3人だけとなった。

 二人はソファから立ち上がって男性を迎える。


(この人が魔法の先生…優しそうなお爺ちゃんだね)


 柔和そうな顔立ちで、目尻に刻まれた皺がいっそうそのイメージを強くする。

 今も穏やかな笑みをたたえており、レティシアの感想の通り優しそうな雰囲気を醸し出している。


「お初にお目にかかります、私の名はマティスと申します」


「はじめまして、私は当主アンリの妻、アデリーヌと申します。本日は遠路遥々お越しくださいましてありがとうございます」


「いえいえ、私はモーリス領の出ですから遠路と言うほどではございませんよ。…それで、魔法をお教えするのはそちらのお嬢様ということですかな?」


「はい、そうです。さ、レティシア。ご挨拶をなさい」


「はい。…はじめましてマティス様。私はモーリス公爵アンリの長女で、レティシア=モーリスと申します。よろしくお願いいたします」


 と、レティシアはドレスの裾をつまみ上げて片足を引き……いわゆるカーテシーで挨拶をした。


(…確かこんな感じで良かったよね。本で見ただけでちゃんと習ったわけじゃないから不格好かもしれないけど。こういうのは気持ちが大事!第一印象も大事!だからね)


 これにはアデリーヌの方が驚きの表情を見せた。

 まだ本格的にマナー教育も行っていないはずの娘が、このような礼儀作法を知っているとは思わなかったのだ。

 いや、知識自体は本を見て覚えたのであろうことは察したが、身に付けて実践すると言うことに驚いたのだ。


 …レティシアが内心で思った通り、些か不格好だとアデリーヌも思ったのだが。



「おお、これはこれはご丁寧に……アンリ様が仰っていた通り中々に利発なお子様ですな」


「あ、ありがとうございます(私も驚いたわ…)。…それでは、これからの事についてお話しましょう。さあ、お座りください」



 こうしてレティシアは、彼女の魔法の師となるマティスと出会ったのであった。

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