第16話 意気投合


「この車輪、何で踏面が斜めになってるんです?」


「それには幾つか理由があって……先ず第一に、レールとの接地面積を最小限にすることで、転がり抵抗も最小限にすることが出来ます」


「ふむ?」


「これはまだ試作の試作程度のものですが…最終目標は、これを幾つも繋げて大量輸送が出来ることを目指したいのです」


「そうか…そうした場合、抵抗が大きければそれだけ動かすのに力がいるってことか…」


「そうです。同じ理由で車輪とレールはなるべく硬い材質が望ましいです。だけど、硬すぎても破断の恐れがあるので、ある程度の粘性も必要です」


「なるほど。まあ、材質に関しちゃ専門ですから、そこは任せてくだせぇ」


 親方は直感的に理屈を理解して、レティシアの意図を的確に察する。

 流石に公爵家の工房を預かっているだけあって、粗野な言動に反して中々に頭がキレるようだ。


「それで…他の理由と言うのは?」


「そうですね…例えば、このレールがこう曲がってるとします」


 レティシアは、分かりやすく説明しようと図面の余白に書き込みしながら話をする。


「このとき、ここを転がる車輪の踏面が真っ平らだったらどうなります?」


「…レールが曲がってたら転がり落ちちまうんじゃねぇですか?」


 少し頭の中で考えてから親方は答える。


「そうですね。一応、このフランジ部分に引っかかってある程度は追従するかもですが…まともにカーブを曲がることはできないでしょうね。ですが、踏面に傾斜がついていたらどうでしょう?」


「どうって……さっきと同じなんじゃないですかい?」


「いえ、違いますね。カーブに差し掛かると…こう、車輪がレールに接する場所がカーブの外側にズレます。するとどうなります?」


「ズレる……斜め……あ!?そういうことか!」


「分かりましたか?」


「ああ、つまり…接地点がズレると、カーブの内側では車輪径が小さく、外側では大きくなる。てことは…内側の車輪が進む距離は短く、外側は長くなる」


「その通りです!これならカーブをスムーズに曲がることが出来るはずです」


「ああ。…まったく、目からウロコってやつですぜ」


(いや、理解が早くて助かるな〜。これは思ったより期待できそう)


 そうして、レティシアは説明に熱が入って親方もすっかり夢中になって話を聞くことになるのだが…


 エリーシャが呆気にとられて、信じられないものを見るような目で見ていることには気が付かないのだった。















「なるほど…ここの設計にはそんな意図が……そうするってぇと、こっちは?」


「そこはね、力がこっちからこうかかるから、ここの構造でそれをこっちに逃して……」


「だとすりゃあ、ここをもっと…こうした方が良いんじゃねぇか?材料もだな…」


「う〜ん…確かにそうなんだけど、あくまでも試作の試作だからねぇ…まだそこまでコストをかける必要はないかな…って」


「ああ、なるほどなぁ…」


 あれからすっかり熱中した二人は、お互い口調も砕けたものとなり、時間も忘れて議論に没頭する。



「あの〜……」


「じゃあ、ここはどうすんだ?試作とは言え、ある程度は最初からしっかり作った方がいいんじゃねぇか?」


「もしも〜し?」


「ん〜…そうだね、そうしよっか。じゃあここをこう書き換えて…っと」


「お嬢様〜?」


「おう、かなりブラッシュアップ出来てきたじゃねぇか」


「そろそろ夕食が……」


「いや〜、親方の理解が早いから、ここまで完成度が上がるとは思わなかったよ!」


「あのぅっ!!」


「「!!??」」


 堪りかねて思わず大声を上げたエリーシャだったが、あまりにも二人が驚いたものだから逆に恐縮して遠慮がちに声をかける。


「す、すみません……盛り上がっているところに水を差してしまい申し訳ないのですが……もうすぐ夕食の時間になってしまいますよ?」


「え!?もうそんな時間?」


「おっと、いけねぇ。俺も話が面白くて、ついつい…」


 ようやく我に返った二人は、そんなにも時間が経っていたことに驚き反省する。


「ごめんね、エリーシャ。ついつい熱中しちゃった。今日はこれくらいにしておくよ」


「いえ、こちらこそお止めしてしまって申し訳ありませんでした」


「ううん。…じゃあ親方、私はこれで失礼させてもらうね。また後日相談させてね」


「ああ。大体のところは理解したからな。進められるところは進めておくぜ」


「うん!助かるよ。じゃあね〜」


「おう、またな!」



「(すっかり仲良くなられて……でも、見た目のギャップが凄いことに。それにしても…またアンリ様に報告しないと)……ではお嬢様、一旦お部屋に戻りましょうか」


「うん!」



 こうして、レティシアは鉄道の実現に向けて一歩前進するのであった。

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