2-2 人間関係完全破綻
「だーかーらー。嫌なら断ればいいのに。どんだけお人よしなんだか」
放課後の部活。
私がひたすらにらめっこしているプリントの束を見ながら、同じ一年の美術部員である
「だって実行委員の仕事なんだから仕方ないじゃない。他にやる人いなかったし」
「その実行委員だってどうせ誰かに押し付けられたも同然だったりして」
図星だった。私が言葉に詰まると沙輝は困った顔をしながら話を続けた。
「なーんか
「そう、かな?」
私は首をかしげた。
あ、ちなみにナリ君というのは私たちと同じ美術部一年生の
「何かに対してムカつくーとか、思ったりしない人間はいないんだからさ、たまには言いたいことをガツンと言ってもばちは当たらないと思うよ。でなきゃストレスたまって爆発して大変な事になるよ」
沙輝の言う事はもっともだと思う。
そうは言っても、そういうのが苦手な人だって世の中にはいっぱいいる。
私はため息を一つついて、横を見た。少し離れた場所で先ほど話題に出た町成君が水彩画を描いている。なんだかパッと見、画面がやたら赤いんだけど一体彼は何を描いているのだろうか。
そう思っていると、私の視線に気づいたのか町成君が不思議そうな表情でこちらを見た。が、興味がないのかすぐに視線を戻して作業に戻る。
「とにかく何が言いたいかって言うと」
沙輝の言葉を遮るかのように、美術室の戸がガラガラと開いた。
「奴はいるか?」
少し怒りのこもった声とともに姿を現したのは、なんと文化祭実行委員の
「区賀、部活中だ。無遠慮に入ってくるのは勘弁願いたい」
「ああ、すまない
部長である
「ミチなら別のところで制作作業中だ。用件があるなら伝えておくが」
「いや、悠長に伝言するような用事じゃない。奴め、クラスで文化祭の準備をせねばならんというのに一人だけサボりおって」
区賀先輩が盛大なため息をつく。これは相当怒っている。間違いない。
「準備の連絡が行き届いていないだけでは?」
「いや、
そこまでやってるんだ、区賀先輩。
「そもそも一度だってまともに顔を出さんのが気に食わん。皆だって忙しい中やる事をやっているというのに、根性がおかしいとしか言いようがない」
「そんなに来ないのなら放置すればいいだろう。いないと困るのか?」
横から
「他の皆が頑張っているのにそれでは示しがつかんだろう。あいつの馬鹿さ加減は昔っから変わっていないな。まあいい、邪魔をした」
区賀先輩はそう吐き捨てると、美術室を後にした。
「何をやってるんだ、
山県先輩に同意だった。いくら区賀先輩と仲が悪いとはいえ、道ノ倉先輩の行動は完全に嫌がらせのレベルだ。
「ねー、ヤマさん先輩。今、「昔から」って言ってたけど、あの二人ってひょっとして
沙輝が手を振ってアピールしながら言った。
「……確か、二人とも
「典渓って、藍もそこの中学だったよね?」
「え? あ、うん、前に道ノ倉先輩が私の中学聞いて同じだって言ってたの覚えてるし」
とはいえ上級生の男子の事など把握していなかったから、中学当時は全く面識などあるはずもなく、同中だったという事実を知ったのは高校入って知り合ってからだったのだが。
「もしかして道ノ倉先輩、中学時代からあの調子なんじゃ」
「……聞いた感じそれっぽいな……部活も一緒だったとか言ってた」
山県先輩がぼそりと呟く。相当ギクシャクした部活だったんだろうな、と思うと当時の部員達に同情すら覚えてしまう。
「んー、でもミッチーと区賀君が仲悪いのはどうでもいいんだけどさ、ゴタゴタをこっちに持ってくるのはよくないよね。ミッチーが行事サボるたびに殴り込みに来られるのもちょっと勘弁だし」
そう言ったのは二年生の
「というか、藍ちゃんって区賀君と同じ実行委員だよね?」
あかり先輩が私の方を見た。なんかちょっと嫌な予感がする。
「そ、そうですけ、ど?」
「それとなくでいいからさ、区賀君にミッチーの事あんまり怒らないでほしいって言ってほしいな。ほら、ミッチーって頭ごなしに言えば言うほどへそ曲げるタイプだから。ミッチーはこっちで説得するよ」
「ええっ! ちょっとそれは無理ですよ」
区賀先輩に苦言を言える勇気なんてないし、しかもそれを先輩が素直に受け入れてくれるとも思えない。
「大丈夫大丈夫。先輩からの伝言だってそれとなーく言えばいいから」
あかり先輩はニコニコ笑っている。流れ的に断れそうにない。
「い、言うだけ、なら」
またホイホイと引き受けちゃって、と言いたげな沙輝の痛い視線を感じつつ、私はそう言うしかなかった。
とはいえ、どう切り出したらいいものか。
翌日の委員会会議で私はずっとその事ばかり考えていた。
夕べ遅くまで漫画描いていたのもあって、頭がフワフワする。
会議終了後、私は区賀先輩の所へ行き昨日頼まれたプリントの山を渡した。
「ありがとう、助かったよ」
昨日とは違い、区賀先輩の表情は柔らかい。今は機嫌がよさそうだが、思い切って昨日あかり先輩に言われたことを言ってみようか。でもいきなり機嫌損ねたらどうしよう。
などと迷っていると、区賀先輩の方から話を切り出してきた。
「昨日はいきなり部活中に乱入して悪かったね。さすがに他の部員達にも迷惑だっただろうと心配していた」
「い、いえ。そこはみんな気にしてなかったから大丈夫です。それに、原因は道ノ倉先輩のサボりでしたし」
あれ、意外とすんなり解決しそう?
「しかしなぜ奴は昔からこうなんだ。何かと人の足引っ張って、全体の邪魔ばかりして」
「昔からって、中学の部活からですか?」
「誰からその話を聞いた?」
途端に先輩の表情が硬くなる。しまった。また余計な事言っちゃった。
「いえ、区賀先輩と道ノ倉先輩が中学時代同じ部だったって話を聞いただけで詳しくは」
「そうか」
区賀先輩は十秒ほど沈黙した。それから忌々しげに語り出した。
「中学時代はテニス部でな。入部当時は弱小ともいえるチームだった。俺はそんな部を勝たせようと必死で練習した。いや、練習だけじゃない。俺は自分の熱意を他の部員達にも伝え、練習メニューの見直しや、相手校の研究、作戦会議などとにかくやれることはやっていたという感じだった」
まるでスポ根系漫画の主人公だ。リアルに居るとは思わなかった、こういう人。
「なのに、奴ときたら俺の熱意も苦労も努力もあざ笑うの如く何処までも不真面目だった!」
いきなり先輩の口調が荒くなった。
「人一倍練習が必要なのに自主練にも来ない、人の話にいちいち突っかかっては全体の士気を下げる、そもそもやる気がないのが態度に見え見えだ」
うわあ、という感想しか出てこなかった。
道ノ倉先輩の中学時代って、どれだけ素行が悪かったんだ。確かに今は真面目かときかれたら疑問だが、今の先輩を見ていると少なくともやんちゃするほどの度胸があるようには思えない。同じ学年の人から「ヘタレナルシスト」とか言われているらしいし。
「ある日奴が部活をやめると言い出して来てな。全く勝手な話だ。俺が気に食わないという子供じみた言い分など情けないにも程がある。それでも結局、俺の説得には耳を貸さずに奴は退部した。部員達とのしこりを山ほど残してな」
先輩の昔話はそこで終わった。
道ノ倉先輩に関して色々言いたいことはあるが、思ったことはただ一つ。
どんだけひねくれてるんですか、道ノ倉先輩!!
私はどんよりした曇り空のような気分で教室に戻った。
区賀先輩の話だと、どう考えても非は道ノ倉先輩にある。
だけど、中学時代の部活の話なんて既に終わってしまった話だ。今更それについて道ノ倉先輩に謝罪を求めたところでどうにもならないだろうし、間違いなく道ノ倉先輩はへそを曲げる。
「あれ? 藍、どうしたのー?」
教室の入り口からひょっこり顔を出したのは小春だった。
「ちょっと荷物取りに。小春こそなんで?」
「忘れ物―。そんでどうしたの? そんな浮かない顔をして」
私はそんなにわかりやすく顔に出るタイプなのか。地味にショックだ。
「いや、まあ、ちょっと人間関係の板挟み状態って大変だわって思っただけ」
「三角関係?」
「違うって。性格が正反対すぎるから苦労するって話」
「んー、まあ組み合わせによっては全然ありだと思うけど」
「何考えたか知らないけど、たぶん違う!」
「あ」
美術室へ向かう途中、廊下で道ノ倉先輩がクラスメイトらしき女子と話し込んでいるのを見かけた。
相変わらず道ノ倉先輩は格好つけているようでヘラヘラしていて、相手の女子も苦笑いしつつ道ノ倉先輩からクリアファイルを受け取り、やがて別れた。
しかしよく考えたら実行委員に思いっきり反発して堂々とサボっているのだったら、クラスの中で相当浮いてるんじゃないだろうか、というか絶対叩かれる。大丈夫なんだろうか、先輩。
「あれ、藍ちゃん?」
先輩が私の方に気づいた。
「なんか浮かない顔してるけど、奴に何か言われた?」
ここで言う、「奴」は区賀先輩の事なんだろうけど、それはさておき、本当に私は分かりやすい人なんだろうか。そんな風に言われたの今日で二回目、昨日の沙輝の分含めると三回目だ。
「え、いえ、私のことは何も言われていませんけど」
どうしよう。区賀先輩が色々言っていたことを話すべきだろうか。でもなんだか、告げ口しているみたいで気が引けるけど、黙ったままだとモヤモヤしっぱなしだし、
「ま、どうせ悪口だろうけど」
「え?」
「自分の思い通りにならない人間がいるとかんしゃく起こすようなガキなんだよ、奴は。昔からそうだった」
またも出てきた「昔からそうだった」というフレーズ。
性格は正反対なのに発想は一緒なのか、この二人。
「……あの、もしかして昔っていうのは中学時代の部活からってことですか?」
本日二度目になる切り返し。自分でも顔が引きつっているのが分かる。
「そう! って、僕、中学の部活の事って言ったっけ? まあいか」
そして、道ノ倉先輩は続きを言うかどうか迷っているそぶりを十数秒ほど見せた後、語り始めた。
「中学時代はテニス部でさ、最初の頃はスゲー楽しかった。あんまりうまくなかったけどさ、サーブで一発で決めたり、ラリーとか続いたりするとああ、上手くなってるなー、って実感したりさ。ほら、絵とかでも一緒だろ? うまく描き切ったときの充実感」
「ああ、分かる気がします」
「それが奴が部長になった途端、一変してさ。せっかく今まで楽しくやってきた部活をスパルタン一色にしやがった。無茶振りばかりの練習、何かにつけて飛んでくる罵声、勝手に作った押しつけがましい部の規則。破ったらモラハラまがいの嫌がらせとか日常茶飯事だったし」
あれ? なんか区賀先輩の言っていることと違う?
「大体自主練が強制参加って根本的におかしいだろ。プライベートとかガン無視だし。皆が皆、学校生活が部活中心に回ってるわけじゃないっての。で、あまりにもそれがひどかったからある日言ったんだよ」
「もしかして、退部するとかですか?」
「ザッツライト、よくわかったね」
まあ、区賀先輩の話を事前に聞かされちゃったんだし。
確か説得を頑張ったけど、道ノ倉先輩は耳を貸さずに険悪な空気の中、結局退部したという話だったっけ。
「だって、こんな出る気も失せる部活なんてつづけたって仕方ないだろ。なのに周囲の士気に関わるから辞めさせないとかふざけた事抜かすし。自分の都合でしか考えてないんだよ、そいつは。何が何でも思い通りにしたがるし」
道ノ倉先輩は忌々しげにため息をついた。
「結局辞めたけどその後が大変でさ。上履き捨てたれたりとか机に糊ぶちまけられたりとえげつない嫌がらせされてさ。先生の対応が早かったからすぐ犯人捕まったけど、やったの他のテニス部の連中だった。部をやめた腹いせとか意味わかんないし」
まさかそんなことになったなんて、思っても見なかった。区賀先輩の言っていた、「山ほど残した部員達のとのしこり」ってこの事だったんだろうか。
「で、でも区賀先輩が嫌がらせするような卑怯な人とは到底思えませんけど」
「実際否認してたけどな。たとえ直接手を下してなくても、嫌がらせという事態を引き起こした原因は間違いなく奴だ。奴のせいで部の方針に従わない奴=悪という空気を作り出してしまったんだし」
私は何も言えなかった。これじゃどっちが悪いかなんて判断もできない。ただ、互いの考え方が全くかみ合っていないうえ、修復しようがないところまで溝が深くなってしまっている。
「まー、そんなわけで僕はああいう体育会系が大嫌いだ。ついでに言うとそういう体制を作っている運動部も。って、藍ちゃん。顔引きつってるけど大丈夫?」
「い、いえ、大丈夫です」
引きつってるつもりはないのだが、たぶんそう見えちゃうんだろう。あまりにも体育会系の徹底した嫌いっぷりは正直引いたけど。
「あれ、でも喜衣乃先輩は? それを言ったらあの人もバリバリの体育会系なのに」
経歴だけでも元剣道部の名選手。その驚異的運動能力は、美術部に置いておくのが宝の持ち腐れと言えるくらいだ。性格も生真面目で、規律だって割と厳しい方だし、こう言っちゃなんだが道ノ倉先輩とは正反対ともいえる人である。
なのに部活内では片方がもう片方に突っ込みを入れたりすることがあっても、決して仲が悪いようには見えない。むしろなんだかんだでバランスがとれている気がする。
「全然違うよ、藍ちゃん」
「へ?」
「奴と大将は決定的に違う。むしろあんな奴と比べること自体が大将に失礼だ」
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