第162話 いい趣味しているじゃない

 今わたくしは150層にいます。そして、目の前には物々しい扉が鎮座しています。明らかにこれまでのエリアボスとは違う様子は、このダンジョンの最後の階層という雰囲気を漂わせていました。




「恐らくここが最下層であろう。何が出てくるか想像がつかぬ」


「例え神であっても倒すだけよ」


「神は無理だ。あれはそんな単純な存在ではない」




 神がいるのね。初耳だわ。まぁ、そんなことはどうでもいいわ。


 わたくしは扉を開けてボス部屋に足を踏み入れました。内部はどこかのパーティー会場でしょうか? 飾り気はなく、必要最低限のものが置いてあるだけで物悲しい雰囲気が漂います。




「何もいない……?」




 がらんとした部屋の中でわたくしはそう呟きました。すると、それに反応したかのように少し離れた地面に魔法陣が浮かび上がりました。そして、その魔法陣から見慣れた人物が姿を現したのです。




「……わたくし?」


「そうよ?」


「喋った!?」


「あら? わたくしなのだから喋るのは当然じゃない」




 全く同じ声と口調でわたくしが話しかけてきます。声が違って聞こえるのは骨伝導の関係でしょうが、これは一体どういうことなのでしょう?




「簡単よ。わたくしが勝つか、それともあなたが勝つか。たったそれだけ」




 なるほど。この偽物さんをわたくしが倒せばいいのね。確かに簡単だわ。




「でも気をつけるのね。わたくしはあなたと同じよ。見た目だけじゃなくて装備や強さ、そして、あの人への想いも。あぁ、黒い鎧さんは精神世界に引っ込んでもらったから。決着がつくまでお留守番よ」




 ルシファーが精神世界に引っ込んだ理由はそれですか。一対一の真剣勝負。相対するはわたくし自身。偽物さんの口ぶりからするとわたくしと同じ強さがある強敵。随分と面白い催しだわ。どうやって攻略しようかしら?




「あらあら、悠長に考えている暇なんてあると思っているの?」


「わたくしの偽物ならわかっているのではなくて?」


「もちろんよ。だから考えさせない」




 不意打ちから偽物の柄ちゃんとみーちゃんを出して全力ですか。いやらしいほど正しい判断ですわね。時間はわたくしに有利なことは把握済みですか。しかし、それもよいヒントになりますわ。不用意に時間をかけて弱点を探られると困るということですから。


 わたくしも偽物さんと同じように柄ちゃんとみーちゃんを構えて剣戟を繰り広げます。技量は拮抗し、互いにダメージを与えられない状況が続きます。




「言うだけのことはあるじゃない。わたくしとここまで切り合えたのは偽物さんが初めてよ」


「言ってくれるわね。これでも弱点を解析したつもりだったのだけれど、どうやら見積もりが甘かったようだわ」




 一度互いに間合いを取って睨み合います。剣での戦いでは決着がつかないと判断したようです。




「今度は魔法? 付き合ってあげてもいいけれど、結果は変わらないわよ」


「清々しいほど上から目線ね。傲慢に選ばれるだけのことはあるわ。でもね、そういうものはやってみなければわからないのはなくて?」


「普通ならそうでしょうけど、相手がわたくしのコピーだからこそ、万が一もないと断言できるのよ」




 使う魔法も戦術も思考もわたくしなのだから、どの場面で何をするのか容易にわかってしまうのです。わたくしのコピーだからこその弱点ですわね。




「ほら、言ったじゃない」




 魔法を囮にして切りかかってきた偽物さんの剣を防いでわたくしはそう言いました。少しだけ悔しそうに顔を歪ませた偽物さんは勢いに任せて剣と魔法の乱舞を披露しますが、全てお見通しです。それどころか、段々と劣化しているようにも感じました。




「本当にわたくしのコピーですか? わたくし、そこまで弱いと思わないのですが」


「傲慢ここに極まれり、ですわね。あなた、自分が強くなっている自覚がないの?」




 なんと、わたくしが強くなっているのですか。確かにここまで実力が伯仲する相手はいませんでしたからこの戦いが楽しくて仕方がありません。勝つために全ての動作をより速く、強く、正確に洗練させていくことを意識したくらいなのですが、偽物さんには荷が重かったようですね。




「そうだったのですね。残念です。わたくしのコピーだというから期待したのですが……」


「本当にどこまで傲慢なのかしら。でも言ったわよね? わたくしが真似たのは見た目や強さだけじゃないって」




 劣勢になったはずの偽物さんは口の端を吊り上げました。そして、自傷覚悟でエクスプロージョンを発動して強引に距離をとりました。わたくしは無傷ですが、偽物さんは装備の一部が焼けて素肌が見えています。他にも地面を転がった時に付いた汚れが頬についていました。




「あなたは強いわ。もはやわたくしなんて相手にならないくらいには。でも、そこまで強くなってしたいことがあの人の気持ちを踏みにじることなんて、とんだ笑い種ね」




 その言葉はこれまでのどんな攻撃よりも鋭く、わたくしの心に直接攻撃を仕掛けてきました。言葉による攻撃は簡単には防ぐことはできません。耳を塞いでも完全に遮断することはできませんし、戦闘中にそんな隙を晒すことは死に繋がります。




「自分でもわかっているのでしょう? あの人はあなたのためを思って行動した。そして、それが正しい判断だったとあなたは理解している。それなのに。今のあなたは自らの意思で間違いを犯そうとしている。それも、他人の善意を押しのけてまで」




 偽物さんは言い聞かせるように語りながら攻勢に出ました。

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