第156話 困難上等ですわ

 わたくしが記憶を取り戻したという話は一瞬で広がりました。皆さんがどれだけわたくしに気を使ってくださっていたのかを自覚して、少しの申し訳なさと、とても大きな温かさを感じました。とても優しい人たちに囲まれて守られていたのですから。




「アイナ、記憶が戻ったんだって?」


「えぇ、戻りました。わたくしが苦しまないように配慮していただいてありがとうございます」


「……ハハッ、子どもなんていないのに泣けてくるじゃないか」




 村正さんを始め、生産職の方々にはダンジョン攻略を少し待ってほしいと言われました。できる限りのアイテムを作ってくださるそうです。他の方々にもお礼と謝罪をしてからわたくしはダンジョンに向かうことにしました。




「ご飯がなくなったらすぐに戻ってくるんだよ」


「怪我をしても同じです。軽い怪我でも甘く見ると痛い目を見ます。絶対に軽視しないように」


「魔道具はどんどん使いな。出し渋って死んだら元も子もないからね」


「忘れ物ない? ハンカチ持った?」




 ダンジョンに向かう日になると、たくさんの人から心配の言葉をもらいました。言葉の端々からわたくしの身を案じていることが伝わってきます。とても心が温かくなります。神崎が記憶を封印してまでもここに残そうとした意味がわかった気がします。ですが、わたくしは自分の意思を優先すると決めたのです。




「心配ご無用よ。忘れ物はないわ。本当に危ないなら途中で戻ってくるわよ」




 死んでしまえば神崎に会うことは叶いません。それでは本末転倒です。無茶と無謀を履き違えることはしませんわ。


 わたくしは皆さんの見送りを受けてダンジョンに向かいました。できる限り見送りをすると言って聞かない九城さんたちがついてきているのはご愛嬌というものでしょう。雪原に転移したわたくしは久城さんたちに向かい合いました。




「ここからは一人です。気をつけてください」


「わかっているわ」


「わかっている気になっていることが怖いのです。いいですか? まず……」


「九城、心配なのはわかるが、嬢ちゃんが苦笑いしているぞ」


「ま、俺たちが心配しているのは事実だ。ちゃんと戻って来いよ、嬢ちゃん」


「そうですよ。絶対に死なないでくださいね」


「うぅ……、アイナちゃん……」




 少し大袈裟ではないかしら? 今生の別れではないのよ? それに、ダンジョン踏破は目標ではなく通過点に過ぎないわ。ここで尽き果てるわけにはいかないのよ。




「心配は受け取っておくわ。次会うのはダンジョン踏破後ね。帰ってきたら誰かいなくなっていたなんてことは許さないから」


「それは私が責任を持ってみんなを守ります」


「それは心強いわ。……じゃあ、そろそろ行くわね」




 九城さんから言質を引き出して、わたくしは歩き出しました。事前にこの辺りの階層の階段の位置を聞いておいてくださった九城さんたちには感謝です。直線で行くには巨大な氷山を幾つも越える必要があるため本来は迂回するのが正規のルートですが、わたくしは空を飛べるので関係ないですわ。




「うふふ、わたくしが見えなくなるまでお見送りするつもりかしら」




 そんなにじっと見られると恥ずかしいですわ。でも、しばらくは皆さんの顔も見られないので見納めです。……よし、目に焼き付けました。あとは前に進むだけです。


 わたくしは氷山を越えて階段にたどり着きました。これでこの階層はクリアです。階段を下るといつも通りの洞窟広場があり、外は雪原が広がっていました。この階層も階段の位置はわかっているので、飛んで一直線です。そんなふうに進み68層まで進みました。夜は洞窟広場で野営です。




「……ふぅ……」




 榊原さん作のスープが身に沁み渡ります。外より暖かいといっても洞窟広場も気温が低いです。そして、話し相手がいないことも寒さを助長しているのでしょう。




「あらら? 何でこんなところに子供が一人でいるんだ?」


「こんなところに子供が一人でいるわけないだろ。で、君のパーティはどうしたのかなぁ?」


「よかったら俺たちが地上まで送ってあげようかぁ? ま、お金は貰うけどねぇ」




 一人の寂しさを感じていましたが、話し相手にも品性というものがほしいですわ。




「結構よ」


「お金がないのかなぁ?」


「それなら答えは一つだよなぁ?」


「お嬢ちゃんが身体でぶゅあ……!」




 本当に下劣な輩ですわね。思わず手が出てしまったではありませんか。




「おい! このガキィ、優しくしておけば調子に乗りやがって!」


「あら? 調子に乗っているのはどちらかしら?」


「このクソ尼が、思い知らせてやる!」




 ここまで来られるほどの実力があるのですから、もう少し相手の強さを測ることができてもおかしくはないと思うのですが、いったいなぜここまで愚かな行動がとれるのでしょうか? 甚だ疑問です。


 わたくしはパパッと3人の男を気絶させて遠くに積んでおきました。わたくしの強さをみた他のパーティは声をかけにすら来ませんでした。




「まったく……」




 わたくしの見た目が子供であることは否定しません。ですが、もう少しなんとかならないのでしょうか。いっそのことルシファーでも置いておくのもアリかもしれません。




『任せよ。主に仇成す愚か者は我が悉く灰燼に帰してやろう』




 ……普段から顕現させるのは危ないですわね。いざという時以外はそのままにしていてちょうだい。はぁ……、先が思いやられますわね。

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