第68話 酒は飲んでも飲まれるな
アイナからたっぷりとジト目を頂いた後、俺たちは宿屋に戻った。アイナを送り届けてからスライム亭に入ると、既にできあがった人たちに絡まれた。
「神崎さーん。飲んでるぅー?」
「仕事後の一杯は格別だよなぁ?」
「神崎さんはどこまでいけましたぁ?」
う、うぜぇ……。俺は酒を飲むのは好きだが、一人で飲むのが好きなんだ。部屋の電気を消して、月明かりと夜風を楽しみながら酒と肴を楽しむ。これに勝る至福はない。異論は認める。
「随分と酔っ払っているようですが、お酒があるんですか?」
「あるんだよ。エールとかいうビールに似た酒が!」
何と! 異世界もの定番の酒があるのか! 空想上の存在だと思ってたよ。ワインは水代わりに飲まれていたって聞いたことがあるが、エールもそうなのだろうか? ま、いいや。俺も飲もっと。
俺は給仕の女に銅貨を2枚渡してエールを注文した。すぐに木のジョッキになみなみと注がれたエールが運ばれてくる。俺は楽しみにしながら口を付けた。
「……うん」
なんてコメントしにくい味なんだ。その前に何で常温なんだよ。おかげでただでさえ微妙な味がさらに微妙になってやがる。しかも、アルコール度数は低いな。こんなんじゃ酔えないぜ。こいつらは空気にでも酔ってんのか?
「どうだ? 神崎さん」
「残りは欲しいですか?」
「神崎さんは苦手か? なら俺が貰うぜ」
俺は目の前の男にジョッキを押し付けて晩飯を頼む。昨日と同じメニューが出てきたが、エールを飲んだ後だからか、不思議と美味しく感じた。
俺が晩飯を食べ終わる頃になって、ようやくイケおじが戻ってきた。そして、俺の前の席に座ると晩飯を頼む。
「こいつらはどうなっとるんじゃ?」
「エールというビールに似たお酒が原因です。ビールがお好きなら気に入ると思いますよ」
「俺は焼酎一択だ。神崎は飲んだのか?」
「冷えていないビールは嫌いですね」
「はっはっはっ、そうか」
膝を叩いて笑うイケおじに晩飯が運ばれてきた。それを食べながら会話が続く。
「九城が張り切って4層の途中まで攻略したようだ。明日には5層のボスを倒すと言っていた。少し心配だ。」
「大丈夫でしょう。九城さんはステータスに恵まれていますし、難易度もそこまでではないでしょう」
俺は敢えて大丈夫な要素を挙げていく。だが、イケおじの顔は晴れない。イケおじの目には生き急いでいるように見えるのだろう。実際そうだろうが。
「九城さんが焦っているように見受けられますね」
「分かっているじゃないか」
「ええ。彼の思考回路は割と単純ですから。自分が強ければ助けられた、とでも思っているのでしょう」
死者の責を背負い込むな、と言われているのにこのざまだ。もう少し泳がせておけばいい。今は何を言っても聞かないだろう。誰かが怪我をするか、死なない限り治りはしない。いや、既に死人がいるのだから、死んでも治らないだろうな。
「そんなのは不可能ということはわかっているだろうに」
「理解したくないんでしょう。中途半端に才能を持っているからこその落とし穴ですね」
「言い方が悪いぞ」
「そうでしょうか? 既に2度も叱責をしましたが、このざまです。次は手がでますね」
生きている人間のことを考えろ、と2度言った。しかし、爽やか君は未だに死者のことを引きずっている。それが爽やか君の性分なのだろう。優しすぎるのだ。
「どうすればいいんだ?」
「さあ? 私では無理ですね。皆さんが説得する他ないと思います」
俺ははっきり言って部外者に近い。対等だから物は言えるが、自身を慕う人の声を届けるには力不足だ。当人たちが本人に想いをぶつけるべきだろう。それが俺のできる唯一のアドバイスさ。
俺は晩飯を食べ終えたので奥の部屋に向かう。イケおじは難しい顔で考えをまとめているようだった。俺は部屋に戻ると消費したスクロールや、アイナがいつ衣装を欲しがってもいいように材料を作った。
あー、疲れた。物珍しそうに見てくる人たちはまだいいとして、酔っ払い共が絡んできてとってもうざかった。下剤でも作ってやろうかと思うくらいにはうざかった。てか作った。ずっと営業スマイルを張り付けておくのも疲れるし、早いところ個人部屋か、一軒家が欲しいところだ。
「うっぷ……」
「吐かないでくださいよ」
ほらみろ、言わんこっちゃない。俺に絡んできた罰が当たったんだ。トイレで吐いてこい。
ちなみに、この世界のトイレ事情は中世ヨーロッパと違っていた。確か中世ヨーロッパだと、おまるにトイレをして外にポイッだったはずだが、流石はファンタジー世界。ぼっとん便所の底にスライムがいた。しかも臭くない。汚物を捨てる場所にもしっかりと存在し、おまるを持っていって捨てるのが普通らしい。スライムすげぇ。
「そろそろ寝るぞ」
イケおじの号令で皆が布にくるまった。修学旅行みたいだ。俺は不眠症が発動して眠くない。食堂でのんびりしようかな。……おい、イビキがうるさいぞ。舌ちょん切ってやろうか?
俺はそそくさと食堂へ逃げる。早起きのために早寝をしていたので、食堂はまだ人で賑わっていた。俺は隅っこの席でフラの実をナイフで食べやすい大きさに切りながら、聞き耳を立てる。同じようにダンジョンを攻略している冒険者から情報を得るためだ。そうして情報を集めていたら、いつの間にかいい時間になり、ようやく来た眠気と共に部屋に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます