3276話

 扉を開ける前にある程度調べたレイだったが、罠の類はないように思えた。

 穢れの関係者の拠点である以上、何らかの罠があってもおかしくはないと思っていたのだが、どうやらその心配は無用だったらしい。

 とはいえ、調べたのはあくまでもレイだ。

 本職のビューネはここにいない以上、誰かが調べる必要がある。

 ただし、ここにいる四人……レイ、マリーナ、ヴィヘラ、ニールセンは誰もその手の技術を持っていない以上、最悪罠に掛かって初めてそこに罠があると認識してもおかしくはない。

 そういう意味で、いざという時に対処しやすいレイがその役目を引き受けたのだが……


「罠はないな」


 安堵しつつも、恐らくこの扉に罠はないだろうと予想していたレイは、あまり驚いた様子もなく、そう言う。

 この扉は見張りが待機している部屋と思しき扉だ。

 そうである以上、もし罠があった場合は見張りは毎回罠を解除する必要がある。


(何らかの仕掛けで、穢れの関係者だけは罠が作動しないとか、そういう風になっている可能性もあったけど……取りあえず、今回はそういうことはなかったか)


 穢れというのは、未だに謎の多い存在だ。

 それだけに、レイ達には全く理解出来ない何かがそこにあってもおかしくはない。

 それを知った上でも、わざわざ見張りの部屋にその手の何かを仕掛ける可能性は低いだろうとレイは予想していたのだが。

 とはいえ、それを逆手にとって……という可能性も決して否定は出来なかったのだが。


「じゃあ、中に入りましょう。ここにいると、いつ穢れの関係者が来るか分からないんだから」

「あ、おい、ニールセン!」


 部屋の中に興味のあったニールセンが、扉の隙間から中に入っていく。

 咄嗟にニールセンの名前を呼ぶレイだったが、既にニールセンは部屋の中に入っており、一歩遅い。

 そんなニールセンの様子に、レイは不承不承ながらも後を追う。

 自分以外にもマリーナやヴィヘラがいるのだから、何かあっても対処出来るという思いがあっての行動。

 マリーナやヴィヘラも、そんなレイの様子に不満を口にするようなことはない。

 結局部屋の中の様子を確認する必要がある以上、ここで自分達が無駄に時間を使っても意味はないと、そう思っての行動だったのだが……


「やっぱり普通の部屋ね」


 レイ達と共に部屋の中に入ったヴィヘラが、残念そうに呟く。

 ヴィヘラにしてみれば、もしかしたら穢れの関係者が誰か部屋の中に残っているかもしれないと、そのように期待していたのだろう。

 ギャンガとの戦いにおいて穢れを攻撃出来る手段を身に付けたこともあってか、今のヴィヘラはかなり好戦的だった。

 元々戦闘狂だったヴィヘラだったが、レイが穢れと関係するようになってからは穢れと戦うことが出来ないヴィヘラは一種の戦力外的な扱いだったことに、それなりにショックを受けていたのだろう。

 だが、今のヴィヘラは普通に穢れを倒すことが出来るということで、今までの鬱憤を晴らすかのように敵と……穢れと戦いたいと思っていたらしい。

 そんなヴィヘラの希望は見事に外れた形だ。


「普通の部屋だな」

「そうね。ただ、何枚か書類があるけど……これは見張りの順番とかその辺についての書類ね。持っていく?」


 部屋の中には机と椅子が用意されている。

 他にも棚の中にはコップや皿、フォーク、スプーンといった食器が置かれており、空腹になった時に食べる為のパンや干し肉も置いてある。

 レイはマリーナが渡してきた書類を流し読みしてからミスティリングに収納した。

 マリーナが言うように、見張りの交代についての書類。

 その書類そのものはそこまで重要な書類でないのは明らかだ。

 それでもこの洞窟を調べて穢れの関係者の本拠地を探す時に何らかの手掛かりにでもならないかと、そんな風に思っての行動。

 もっとも、見張りの交代についての書類が何かの手掛かりになるという可能性はまず有り得ないのだが。


(こういうのを、微レ存って言うんだったか? まぁ、もしかしたら……本当にもしかしたら、実はこの書類に何らかの暗号が使われている可能性も……ないか)


 自分でも無理があると考えたレイは、取りあえずどこに手掛かりがあるのか分からないので机や椅子、棚、それに見張りが使うだろう武器や防具も含めてミスティリングに収納していく。


「あ、ちょっとレイ。私は何も調べてないんだけど!?」


 部屋の中を飛び回っていたニールセンが、部屋の中にある物を手当たり次第収納していったレイに向け、不満そうに言う。

 だが、レイはそんなニールセンの言葉に大きく息を吐いてから口を開く。


「あのな、ニールセン。この洞窟がどのくらいの広さを持ってるのか分からない以上、この部屋の探索に時間を掛ける訳にいかないのは分かるだろう? ざっと調べて、それで何もなかったら部屋の中の物を俺がミスティリングに収納していく。これが最善だ」

「まぁ、それが出来るのはレイを含めて少数しかいないでしょうけどね」


 レイの言葉にマリーナがそう口を挟む。

 そんなマリーナにレイは何かを言おうとしたものの、実際にそれが間違っていない以上は反論出来ない。

 アイテムボックスの量産型を持っている者なら、ある程度レイと似たような真似が出来るだろう。

 だが、量産型は所詮量産型。

 ミスティリングを始めとした本物のアイテムボックスは幾らでも収納出来るのに対して、量産型は限られた量しか収納出来ない。

 それも収納出来る量は基本的にはそんなに多くはない。

 ……もっとも、それでもある程度の量を重量関係なく持ち歩くことが出来るのだから、量産型であっても非常に有用なマジックアイテムなのは間違いないのだが。

 実際、量産型であろうともアイテムボックスは非常に高価だという話を以前レイは聞いたことがあった。


「取りあえずそういう真似が出来るんだから、それで問題ないだろ。それより一応壁とか床とか天井とかを調べて、隠し階段、隠し扉、隠し通路といったものがないかを確認したら、とっとと次の場所に向かうぞ」

「分かったわ。けど……ビューネがいないから、しっかりと隠されていると分からないわよ?」


 ヴィヘラが周囲の様子を確認しながら、レイに向かってそう言う。

 レイもそれは分かっているので素直に頷く。


「そうだな。でも、まさかビューネを連れてくる訳にもいかなかっただろう? 穢れを相手にするかもしれないんだし」

「でも、ビューネの能力はある意味では穢れと戦うのに向いてるわよ? 結局倒すのはレイに……今は私もいるけど、とにかく穢れを倒す時に必要なのは穢れを引き付けることでしょう? そういう意味ではビューネという選択は悪くないと思うわ」


 長針の投擲という遠距離攻撃の手段を持っており、本人は素早く移動するのを得意としている。

 そういう意味では、ヴィヘラが言うように穢れを相手にするのに向いているのは間違いなのだろう。


「そうだな。ヴィヘラの言いたいことは分かるし、間違っていないと思う。けど……ビューネはこう言ってはなんだけど、預かってる奴だろう?」


 マリーナやヴィヘラは自分から望んでレイのパーティに加わっている。

 ……もっとも、それはレイに恋心を抱いているからというのも強く影響してるのだが。

 ともあれ、そのような理由でレイとパーティを組んでいる二人と違い、ビューネは一時的にレイのパーティに所属してるだけだ。

 最終的には実家のある迷宮都市に戻るということになっている。

 今の状況は、一種の修行期間とでも呼ぶべきものだった。

 そうである以上、ある程度の危険ならともかく、触れた時点でそれが致命的となる穢れの相手はあまりさせたくないというのがレイの考えだ。


「そう言えばそうだったわね。普通にパーティに馴染んでいたから、その件をすっかり忘れていたわ」


 精霊魔法を使って部屋の中に隙間のある場所がないかどうかを調べていたマリーナは、レイの言葉に驚きの表情を浮かべる。

 それは本当にすっかり忘れていたという……そんな様子だ。


「ちなみにエレーナやアーラも、仲間ではあるがパーティメンバーじゃないのを忘れるなよ」

「あら、エレーナはビューネと違うでしょう? レイが本気で誘えば、多分エレーナは私達のパーティに入るわよ?」


 マリーナの言うことが正しい場合、それはエレーナが冒険者になるということを意味していた。

 つまり、貴族派の貴族として、あるいは貴族派の象徴の姫将軍としては行動しなくなるということだ。


「それはちょっと無理がないか? エレーナは自分の立場をしっかりと理解している。そんなエレーナが自分のやるべきことを投げ出すとは思えないな」

「全く、これだからレイは……いい? 女というのは仕事よりも……場合によっては家族よりも、好きな相手を選ぶことがあるのよ。いえまぁ、別にそれは女に限った話じゃないけど」


 真剣な表情で言うマリーナの迫力に押され、レイは数歩後退って壁にぶつかる。

 そんなレイを若干の呆れと共に見ていたマリーナだったが、息を吐くと改めて口を開く。


「今はこの洞窟をしっかりと調べる方に集中しましょうか。……取りあえず私の精霊魔法ではこの部屋に何か隠されている場所はないわ」

「分かった。なら、次の場所を調べるか。この洞窟が穢れの関係者にとってどんな場所なのか、今のうちにしっかりと確認しておく必要があるし」


 レイも半ば無理矢理意識を切り替え、そう告げる。

 このままこの部屋にいる訳にはいかない。

 あるいはもう少しここで待っていて、見張りの交代にやって来た相手を殺すなり気絶させるなりして、もう少し時間的な余裕を手に入れるという方法もあったが。


「あ、そう言えばこの洞窟の中に入ってきた相手がいるのをどうやって察知してるのかは分からなかったな。何かそれらしいマジックアイテムの類はなかったし」

「そう言えばそうね。……気が付かないで実はレイが収納したとか?」


 マリーナの言葉にレイは疑問に思う。

 一応収納する物はそれなりに確認してはいたが、それらしいマジックアイテムはなかった。

 単純にレイが見逃しただけという可能性もあったが、レイはマジックアイテムを集めるのを趣味としているだけに、マジックアイテムを見る目はそれなりにある。

 レイが使っているドラゴンローブのように、そのマジックアイテムがマジックアイテムだと認識出来ないような効果を持っていれば見逃したかもしれないが、見張りが使うようなマジックアイテムにそのような効果を付与する可能性は低かった。


「そうなると他に考えられるのは……さっきの二人がそのマジックアイテムを持っていたとか? レイが殺した後で何を持ってるのかを確認しなかったでしょ?」

「……しまったな」

「他に考えられる可能性としては、そもそも侵入した相手の存在に気が付くのはマジックアイテムとかそういうのじゃなくて、穢れに関係する何らかの能力によるものだったかもしれないわね」

「そっちはそっちで面倒だな」


 何らかのマジックアイテムの類ではなく、穢れに関係する能力だとすれば、レイにとって非常に厄介だ。

 それこそ先程レイが一人で洞窟の中に入ったことや、今のようにマリーナ達と一緒に洞窟の中に入ったことが、先程の見張り以外の誰かに知られている可能性もあるのだから。


「ちなみにだけど、仲間が死んだのを確認出来る能力とか、そういうのはあると思うか?」

「穢れのことは何も分かってないんでしょう? なら、そういう能力があってもおかしくはないと思うけど?」


 そう言ってきたのは、ニールセン。

 まさかニールセンにそのようなことを言われるとは思っていなかったレイは、驚きつつも納得してしまう。

 何故なら、ニールセンが言うように穢れについてはまだ殆ど分かっていない。

 未知の部分がかなり多いのだから。


「そうなると、トレントの森で穢れを倒しているのも穢れの関係者には知られているのかもしれないな。いや、知ってるからこそ、穢れが死ぬと次々に転移させてくるのかもしれないが」

「でも、それだと戦力の分散で各個撃破されるだけでしょう? わざわざそんな真似をするとは思えないけど。そもそもトレントの森にやってくる穢れの数もその時々によって違うという話だし」

「マリーナの意見には半分賛成かしら。恐らくだけど、穢れの関係者については理解出来ても、穢れについては何も理解出来ていないとか?」


 ヴィヘラのその言葉にレイも頷く。


「だろうな。各個撃破されるのが致命的だと思うのは、普通に考える頭があれば判断出来るだろう。なら……穢れの関係者については理解出来るけど、穢れについて詳細を把握出来ないとかだと思う。……とはいえ、いつまでもここにいる訳にもいかないし、進むぞ」


 そうレイが言うと、全員が素直にその言葉に頷くのだった。

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