3260話

 盗賊を倒した日の翌日、レイは朝食を食べ終えると村長の家から出る。

 向かうのは、セトから少し離れた場所で倒れている男。

 縛られ、それでいてまだ気絶している。


(気絶してるんじゃなくて、眠ってるとか? ……いや、ないか)


 すぐにレイは自分の意見を否定する。

 何故なら、昨夜男を気絶させる為にレイが鳩尾に一撃を入れた時、少し狙いが逸れたことによって鳩尾だけではなく肋骨も何本か折れたのを覚えていた為だ。

 一度気絶から目が覚めれば、痛みによって眠るといったことは……不可能という訳ではないが、難しいのは間違いない。

 レイの視線の先にいるような状況になるとは到底思えなかった。


「じゃあ、盗賊を起こすけど、いいか?」


 確認の為にレイが聞いたのは、村長。

 ちなみに村長以外にも、警備兵……とまではいかないが、それでも村の自警団的な役割の男もいる。

 その中にはレイ達を村に入れてもいいのではと提案したテオであったり、昨日レイとマリーナが盗賊の討伐から戻ってきた時に村の入り口で見張りをしていた者の姿もあった。


「お願いします」


 村長の言葉に頷き、レイは気絶している男の背中の中でも特に痛みの激しい場所を押す。


「ぎゃあっ! 痛っ……え? 何だこれ、げほっ、痛……痛い何だか凄い痛いぞ!?」


 最初は背中の痛みに悲鳴を上げた男だったが、背中の痛みが消えると、今度は折られた肋骨の痛みに悲鳴を上げ始めた。


「どうやら起きたみたいだな」

「ぐ……え……これは……」


 何とか痛みがある程度治まってきたところで、男はレイの存在に気が付く。

 最初それがレイだとは気が付かず、そもそも自分が何故このような状況になっているのかも気が付かなかった男だったが、それでも少しすると自分がどのような状況にあるのかを思い出す。

 男の様子を見ていたレイは、視覚効果を狙ってミスティリングからデスサイズを取り出し、男に向ける。


「どうやら自分がどういう状況にいるのか、理解出来たようだな。……それで、これからお前はどうなると思う?」

「……」


 尋ねるレイだったが、男は自分の前に突きつけられたデスサイズの切っ先を前に、何も言えなくなる。

 いや、驚いて何も言えなくなってるのは盗賊の男だけではない。

 村長を始めとした他の面々もまた、レイの持つデスサイズを見て、その巨大な刃に何も言えなくなってしまった。

 そんな周囲の様子に気が付かないレイは、目の前の男に向かって言葉を続ける。


「どうした? 何も言わないということは、ここで俺に殺されるのを受け入れるということか?」

「そんなことはない!」


 このままだと自分は間違いなく殺される。

 そう判断した男は、呑まれていた中でも無理矢理叫ぶ。

 その際に折れた肋骨が傷むものの、今は少しでも早く自分は死にたくないと叫ぶ必要があった。


「そうか。なら……」


 男の言葉を聞いたレイは、デスサイズを振り上げる。


「ちょっ、待て待て待て、待ってくれ! 殺さないでくれ、頼む、頼む、頼む……お母ちゃあああああああああん!」


 斬、と。

 涙と鼻水と涎を垂らしつつ叫ぶ男の様子を気にせず、レイはデスサイズを振るう。

 周囲で見ていた村人達も、男は殺されると思ったのか目を瞑る者もいる。だが……


「嫌だああああああ、助けてくれええええええええ……え? あれ?」


 叫ぶ男だったが、自分が死んでいないのが不思議な様子で周囲の様子を見る。

 レイが持つデスサイズは、間違いなく振るわれた。

 だというのに、何故自分はこうして全く問題なく生きているのか。

 もしかして、実は死んでいるのか?

 そう思いながら首を触り、そして気が付く。

 先程まで自分を縛っていたローブがどこにもなくなっていると。


「えっと……あれ?」

「村長に感謝しろよ。村長がお前に与えた罰は村からの追放だ」

「……え?」


 レイの言葉が信じられないと思いつつ、周囲の様子を見る。

 そこにいるのは、自分を睨む者達だけ。

 ……この村を襲うべく偵察にやってきて捕まったのだから、村人にしてみれば男は厄介者でしかない。

 そんな村人達の様子に疑問を抱きつつも、今は自分が助かったということに喜びつつ、立ち上がる。

 その際にも肋骨が痛んだものの、それでも今この場にいるよりも生き残れる可能性は高いと考えての行動。


「じゃあ、俺が村の外まで連れていく。そのまま俺達も旅立つから」

「分かりました。よろしくお願いします」


 頭を下げる村長に気にするなと首を横に振り、マリーナとヴィヘラの二人……それとドラゴンローブの中で眠っているニールセン、そしてセトと共にレイは村を移動する。

 レイ達の前を進む男の足取りは遅い。

 男としては、少しでも早く村から出たい。そしてレイから離れたいと思っているのだが、一歩進むごとに、折れた肋骨が痛むのだ。

 幸いにも、折れた肋骨が肺に刺さるといったようなことはないので、致命傷という訳ではないのだが、それでも十分以上に痛みはある。

 そんな足取りでも何とか村の中を歩いて外に出ることに成功し……


「よし、じゃあ後は村に戻るようなことはしないで、どこかに消えろ」

「わ、分かった……」


 傷む肋骨を押さえながら言う男に、レイは親切心……というよりは、無駄足を踏ませない為に忠告しておく。


「一応言っておくけど、お前達が拠点としていた林はもう襲撃したし、林にいた五人の盗賊は全員殺したぞ。他にも隠してあったお宝は奪わせて貰った」


 そう言い、レイはミスティリングから宝石の入っていた袋を取り出して男に見せる。


「あ……それ……え? ちょっ、嘘だろ……?」

「目の前にあるのが真実だ。そもそも、昨日お前から情報収集したのに、それでそのまま何もしないとでも思ったのか?」

「いや、だって……」


 何かを言いたそうな男だったが、それを無視してレイは言葉を続ける。


「そう思うのなら、林に行ってみるといい。ただ、これからはお前一人で行動することになる。村に戻るような真似はするなよ。……村に戻っても、今の状況でどうにかなるとは思えないが」


 村人達は基本的に争いには慣れていない。

 だが、男は肋骨が折られているので、戦うといった真似はとてもではないが出来ないだろう。

 折角みのがされたのに、ここで村に戻ったりすれば最悪殺されるかもしれない。

 男もそれを思い出したのか、渋々といった様子で頷く。


「分かった。……じゃあ俺は行くよ」


 そう言い、男は歩き出す。


「林に向かったわね」


 弱い盗賊と話すのが嫌だったのか、今まで黙っていたヴィヘラが呟く。

 その言葉には不思議そうな色がある。


「林にはもうお宝はないんでしょう? なのに、何で林に向かうのかしら」

「お宝はレイが奪ったけど、お宝以外の物……具体的には食料とかはまだ残っているからでしょうね」


 マリーナの言葉にレイも頷く。


「そうだな。俺が奪ったのはこのお宝だけだったし、セトも特に見つけたりしなかったけど、食料の類は多少なりともある筈だ。昨夜俺達が林に行った時、酒盛りをしていたし」


 食料に余裕がなければ、酒盛りなどという真似はしないだろう。

 あるいは食料や酒がなくなればなくなったで、村を襲えばいいという考えだったのかもしれないが。


「実はセトが見つけられなかっただけで、他にも何かお宝があったとかじゃない?」

「それは……多分可能性はないと思う」


 レイはマリーナの言葉に首を横に振る。

 これがもっと人数の多い盗賊団であれば、もしくは少数精鋭の盗賊団であれば、そのような可能性もあるだろう。

 だが、人数は少なく、盗賊としても明らかに弱い相手。

 レイと戦った時は酒盛りをしていたので酔っていたが、それを込みで考えても弱いのは間違いない。

 そのような盗賊達があの宝石以上のお宝を持っているとは、レイには到底考えられなかった。


「取りあえず、もういいでしょ?」


 周囲の様子からドラゴンローブから出ても大丈夫だと判断したのか、ニールセンが姿を現す。

 それでいながら、一応村から見えないようにと気を遣っているのか、村との間にはレイやマリーナ、ヴィヘラ、セトといった者達を置くようにして、高度も取らずに飛んでいる。


「じゃあ、ニールセンもこうして出て来たし、いつまでもこの村や盗賊の件で色々と考えたりするのも面倒だし……とっとと出発するか」


 村から少し離れた場所で、レイはミスティリングに収納されていたセト籠を取り出す。

 村の方から驚きの声が聞こえてくる。

 それを聞く限り、村からそっとレイ達の様子を見ていたのだろう。

 別にレイはそれを責めるつもりはない。

 村に来る者があまり多くないので、レイ達に興味を持つのはおかしな話ではなかった。


「じゃあ、行くか。……ニールセンはどうする?」

「勿論レイと一緒にセトに乗るわよ。じゃないと、道に迷ったりするかもしれないじゃない」

「……そうだな」


 実際に道に迷ってこの村にやって来たのだから、道に迷わないというように言ったりは出来ない。

 であれば、ニールセンが自分と一緒に来るというのは喜ぶべきことだろう。


「じゃあ、そういうことで行くか。マリーナとヴィヘラも準備はいいよな?」

「ええ、いつまでも村にいても妖精郷には到着しないしね。穢れの件は出来るだけ早く対処したいわ。……トレントの森でどうなったのか、ちょっと気になるわよね」

「穢れが現れたら、それに対処をする必要があるものね。ミスリルの釘だっけ? でも、それがあればそこまで心配はいらないんでしょう?」

「そうだな。ミスリルの釘があれば、ひとまずそこまで心配はいらないと思う。俺達が穢れの関係者の拠点を破壊すれば、そもそもトレントの森に攻撃されるようなことはないんだけどな」


 そんな会話を交わしながらも、マリーナやヴィヘラがセト籠に入る。

 レイはセトの背に乗り、ニールセンは村から見えないようにレイの前に座った。


「じゃあ、頼むなセト」

「グルゥ!」


 レイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らすと、セトは数歩の助走で翼を羽ばたかせながら空を駆け上がっていく。

 十分に高度を稼いだところで、地上に向かって降下していく。

 急速に近付いてくる地面だが、レイにしてみればセトに乗るのは慣れている。

 特に怖がったりせず、地上に向かって降下していくセトはやがてセト籠を掴むと再び上昇していった。


(これ、ある意味ジェットコースターよりもスリルはあるよな。……まぁ、安全性とかはかなり疑問だけど)


 レイも家族旅行や修学旅行で何度か遊園地に行ったことがある。

 全国的に有名な遊園地ではなく、地元密着型の遊園地の類で決してそこまで大きな遊園地ではないのだが。

 そのような遊園地のジェットコースターより、セトの急降下と急上昇の方がスリルがあるというのは、レイの正直な気持ちだ。

 そんなスリルを楽しむことが出来るのは、レイがセトを信頼しているというのもあるし、もし何かの間違いでレイがセトの背から落ちるようなことになっても、スレイプニルの靴で空中に着地して落下速度を落とせるというのも大きい。


「セト、あっちよ。あっちに向かって」


 セト籠を持ったセトが上空で安定したのを見ると、ニールセンが向かう方向の指示を出す。

 レイはセトに、素直にニールセンの示す方に向かうように言う。

 これから行く妖精郷のある場所を知ってるのはニールセンだけなのだから、ニールセンの指示に従うのは当然だった。

 セトがニールセンの示す方向に向かって飛ぶのを見ていたレイは自分の右肩まで移動してきたニールセンに尋ねる。


「それでセトの向かう方に進むとして、今日中に到着は出来そうか?」

「うーん……どうかしら。方向としてはこれで合ってるけど、前回私達が移動した時はあんな村は見なかったし。だから、今日中に到着するかどうかははっきりと言えないわ。ただ……」


 言葉を途中で止めたのを見たレイは、話の続きを促すようにニールセンに視線を向ける。

 そんなレイの視線を受けたニールセンは、渋々といった様子で口を開く。


「その、何かの理由がある訳じゃないんだけど、私の勘だと恐らく今日中に到着すると思うわ。羨ましいことに」

「羨ましい?」


 何故ここで羨ましいという言葉が出て来るのか分からず、右肩にいるニールセンに視線を向けるレイ。

 そんなレイに、ニールセンは羨ましそうな、嬉しそうな、残念そうな、複雑な感情が込められた様子で口を開く。


「だって、私達が妖精郷に行く時は何日も掛かったのに……」


 それが今日のうちに到着するというのは、ニールセンにしてみれば非常に羨ましいことなのだろう。


「セトの飛行速度を考えると、その辺は仕方がないと思うけどな」


 そう言うレイの言葉に、ニールセンは納得したような、納得出来ないような、そんな表情を浮かべるのだった。

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