3252話
「ここ……今のような季節じゃなくて、春とか夏なら凄い景色なんでしょうけど……」
そう言い、マリーナは流れている川を見る。
まだ雪は降っていないものの、いつ雪が降ってもおかしくはないようなそんな寒さ。
そのような寒さである以上、山の中……しかも川の側で昼食を食べるというのは、あまり快適という訳ではない。
景色そのものは、そんなに悪くない……いや、山の中を流れている川の前ということで、決して悪い訳ではない。
焚き火をしているので、寒ければそれなりに暖もとれる。
だがそれでも、実際に寒いというのもあるし、イメージ的なもので寒さも追加されていた。
「セトはそうでもないみたいだけどな」
「グルルルゥ!」
冬の川……それも山の中にある川ともなれば、その水はかなり冷たいだろう。
だが、セトはそんな水の中に入って水遊びを楽しんでいた。
「セトと私を一緒にしないでよ。……私はセトみたいに真冬でも外で夜を越せるなんて真似は出来ないんだから。ちょっと待ってて」
マリーナは少し寒そうな様子だったが、周囲にいる精霊に声を掛け……
「あら、一気に暖かくなったわね」
ヴィヘラが感心したように言う。
マリーナが何をしたのか、ヴィヘラも当然のように理解していた。
何しろ、マリーナの家ではいつも同じような環境で暮らしているのだから。
「セトのように真冬に夜を越すことが出来ないとか言ってたけど、この様子なら普通に大丈夫なんじゃないか?」
マリーナの精霊魔法なら、それこそ真冬の夜中であっても快適に暮らせる環境を作り上げるのは難しいことではないとレイには思える。
そう思ったのはレイだけではなく、焚き火の側で震えていたニールセンも突然寒さがなくなったことで嬉しそうな様子を見せる
「本当よ。これ、凄いじゃない。マリーナの精霊魔法って、凄い便利よね。長に負けてないんじゃない?」
「いや、別に長は精霊魔法を使ったりはしてないと思うんだが」
レイが知ってる限り、長が使うのは超能力に近いスキルだ。
マリーナのような精霊魔法を使えるとは思えない。
(あ、でもマジックアイテムを作れるってことは、錬金術も使えるのか。……人の使う錬金術と妖精の使う錬金術だと、全く違うだろうけど)
人の作るマジックアイテムと、妖精の作るマジックアイテムではその効果に大きな差がある。
そうである以上、同じ錬金術であっても実際には色々と違うところがあるのは間違いなかった。
(そう考えると、ミスリルの結界を展開するミスリルの釘も、妖精が作ればその効果は人が作った奴とは違うのか?)
思いついた以上、それを確認するべくニールセンに声を掛ける。
「ニールセン、穢れを捕らえる為のミスリルの釘があるだろう?」
「何よ急に?」
いきなりの問いに、ニールセンは疑問を感じた様子だったが、それでも話を続ける様子を見せたので、レイは本題に入った。
「妖精のマジックアイテム……というか、長の作るマジックアイテムの効果を考えると、人の錬金術師だけじゃなくて、長にもミスリルの釘を作って貰った方がよかったんじゃないかと思ってな。ダスカー様がミスリルの釘の設計図とかを他の錬金術師達にも渡していたし」
「うーん、出来るか出来ないかで言われれば、多分出来ると思うわ。ただ、今は常に穢れの存在を感知してるから、難しいと思う」
「ああ、それがあったか」
穢れは基本的に人のいる場所に姿を現すという性質を持っているが、だからといって常に野営地に現れる訳ではない。
グリムアースの馬車が襲われたり、アブエロからやって来た冒険者が襲われたりと、トレントの森に誰かがいれば、そこに転移してくる可能性もある。
また、人のいる場所にでるというのは、あくまでも今までの経験からのことで、実際には偶然……とまではいかないが、最悪穢れの関係者がレイ達にそのように思わせる為にそうしており、いざとなれば人のいない場所に穢れが転移してくるといった可能性も、否定は出来ない。
そのような時に、長がトレントの森とその周辺を察知していなければ、いつそのような真似をされるのかが分からない。
だからこそ、常に長はトレントの森とその周辺を見張っておく必要があり、余分なことに余力を回す余裕はなかった。
穢れを捕獲するミスリルの釘の製造が余分なことかと言われれば、レイは首を傾げたくなるが。
「それにレイも知ってるでしょ? 私達妖精が作るマジックアイテムは、効果は高いけど作るのに時間が掛かるわ。今から長がマジックアイテムを作ろうと思っても、それが出来る頃には事態はもう終わってるんじゃない?」
「そう言われるとそうか」
一応、レイは長からマジックアイテムを貰っている。
霧の音という、周辺一帯に霧を生み出す効果を持つマジックアイテム。
だが、その霧の音は元々途中まで作られていたからこそ、すぐに完成してレイに渡すことが出来たのだ。
そういう意味では、レイは運が良かったのだろう。
……実際、妖精の作ったマジックアイテムがどれだけ貴重なのかと考えれば、それを報酬の一環として貰ったレイは幸運なのは間違いない。
「それに今どのくらい進んでるのか分からないけど、レイは長に通信用のマジックアイテムを作って欲しいと言っていたでしょう? そっちもあるから、長がマジックアイテムを作るのは難しいわよ」
「いや、ミスリルの釘と通信用のマジックアイテムなら、ミスリルの釘を優先しても構わないんだが」
それが具体的にいつ出来るのかは分からないが、通信用のマジックアイテムはそこまで急がなくてもいい。……勿論、その手のマジックアイテムはあればかなり便利なのだが、それでも今の状況でミスリルの釘よりも優先して欲しいとは思わない。
「ほら、それよりもレイ。いつまでも話してないでお昼にしましょう。今日は何を食べるの? 美味しい料理なんでしょう?」
マジックアイテムの話はこれで終わりといったニールセンの言葉に、レイも特に反対せずミスティリングから昼食の料理を出す。
「今日は寒いし、うどんだ。肉と野菜たっぷりのうどんだから、美味いぞ」
そう言い、レイは丼……正確には丼ではなく、それに近い形をした器を取り出す。
そこに入っているのは、レイが口にしたように肉や野菜がたっぷりと入ったスープと、その中に存在するうどん。
湯気が出ているその器は、その中身がどれだけ暖かいのかを示していた。
「美味しそうね」
ヴィヘラがレイの出したうどんを見て、しみじみと呟く。
言葉を口にしたのはヴィヘラだけだったが、マリーナやニールセンもその言葉に同意するように頷く。
「セト、そろそろ戻ってこい。昼食だぞ!」
「グルルルゥ!」
レイの声が聞こえたのだろう。川の中で遊んでいたセトが上がってくる。
くるのだが……
「グルゥ、グルルルゥ、グルルルルルゥ」
川から上がったところで、セトは何故かレイ達のいる場所に戻ってくるのではなく、レイを呼ぶように喉を鳴らす。
「セト?」
そんなセトの様子に疑問を抱き、レイはセトのいる方に近付いていく。
川に近付くと、何故セトが自分を呼んでいたのかを理解する。
川の側では、数匹の魚が地面の上で跳ねていたのだ。
「これ、セトが獲ったのか?」
「グルゥ!」
レイの問いに、凄いでしょ! と嬉しそうに喉を鳴らす。
セトにしてみれば、自分の川遊びでも昼食のおかずを増やすことが出来たのだと、そう自慢げだった。
「これは昼食のおかずにしてもいいのか?」
「グルルルゥ」
レイの問いに、セトは勿論と頷く。
「そうか。じゃあ、この魚の下処理は俺がするから、セトは焚き火にでも当たっていてくれ。うどんがあるから、それを食べていてもいいぞ」
そう言い、レイはミスティリングからナイフを取り出す。
料理は決して得意な訳ではないレイだったが、日本にいる時はそれなりに釣りをしていた。
釣ったばかりの魚の下処理をし、その場で焚き火を使って焼き魚にして食べるのは珍しいことではなかった。
おにぎりを作って貰い、釣ったばかりの魚の下処理をして塩を振って焼き、おにぎりと一緒に食べる。
料理そのものは非常にシンプルだが、それだけにレイもそう苦労することなく作ることが出来た。
その経験から、まずは魚を川の水で洗いながら内臓を取り出し、腹の中を洗う。
山ということで、その辺に生えている木の枝を折り、魚に突き刺す。
この時、魚の身体を波立たせるような形にして木の枝に突き刺すのが、レイの拘りだった。
……実際、それで美味く焼けるかどうかは分からないが、そうした方が焼き上がった時に美味そうに見えるのは間違いない。
後は軽く塩を振って、準備は完了。
本来ならもっと細かく下処理をした方がいいのは間違いないのだが、レイにとってはこれでも十分に美味い料理だ。
釣りたて……いや、セトが獲ったのだから釣るのではなく掬い上げるという表現の方が正しいのかもしれないが、とにかく獲ったばかりの魚をこうして焼いて食べるのは十分に美味い。
熟成させるとかそういうのとは全く考え方が違うが、レイにしてみればそれで問題はなかった。
「レイ、手伝いはいる? ……いらないみたいね」
レイが作業をしているのを見たマリーナが近付いてきてそう尋ねるが、レイは既に十匹の魚の下処理をすませ、塩で焼くだけの状態になっていた。
「ああ、一人二匹……セトが二匹で足りるか分からないけど、取りあえず一人二匹だな」
セトが足りないかもしれないという心配はするものの、ニールセンが食べきれないという心配はレイにはない。
ニールセンは串焼き数本を食べきるだけの胃袋を持っているのだ。
純粋な質量でもニールセンより大きな串焼きであっても、何故か全て食べることが出来る。
そういう意味では、ニールセンは色々とおかしな存在なのだが、ニールセンと一緒に行動することの多いレイにはもう慣れたことだ。
「分かったわ。じゃあ、私が焼くからレイも早く戻ってきてうどんを食べなさい」
「そうするよ。マリーナに任せておけば問題ないだろうし」
レイ達の中で、一番料理が美味いのがマリーナだ。
家での料理も、基本的にマリーナが作っている。
他の者達が決して料理を得意ではないというのもあっての事だが。
レイも大雑把な料理ならそれなりに作れるが、とてもではないがマリーナには及ばない。
そんな訳で、魚を焼くという……単純だが、それ故に奥の深い料理はマリーナに任せると、自分の分のうどんを取り出す。
(うどんは何だかんだと伸びるのが早いイメージがあるんだよな。……釜玉うどんを食いたい)
うどんの中でも、レイの好きな料理に釜玉うどんがある。
大雑把な料理しか作れないレイであってもそれなりに美味く作れるという意味では、素晴らしい料理だ。
何しろ茹でたてのうどん……讃岐うどんに、生卵を掛けてかき混ぜるだけでいいのだから。
後はトッピングで長ネギのみじん切り、鰹節、揚げ玉、叩き梅、といったもので自分好みの味に出来る。
うどんはあるので、新鮮な卵があればかま玉うどんも出来るのだが……
(どうだろうな。鶏がいれば卵を確保して出来そうな気もするけど。あ、でも出汁醤油がないのか)
一般的に日本で売っている卵以外を生食で食べるのは危険だと言われているものの、レイの場合はその辺も特に問題がないと思えた。
何故なら、レイの家……というか父親は闘鶏用の鶏を飼っており、それ以外にも食べる為の鶏も飼っているのだが、その鶏の卵を小さい頃から普通に食べていたのだ。
卵掛けご飯やすき焼き、牛丼、そして釜玉うどん。
そういう料理で生の卵を普通に食べていたものの、腹を壊したことはない。
いや、あるのかもしれないが、レイに自覚はなかった。
つまり、この状況で普通に釜玉うどんを食べても、レイは問題ないのでは? そう考えたのだが……
(止めておいた方がいいかもしれないな。ここは日本ですらない異世界だし、この身体もゼパイル一門が作った身体で、その辺がどうなってるのか分からないし)
そんなことを考えつつ、レイはうどんを食べる。
釜玉うどんではないが、スープの中には肉や野菜がたっぷりと入っており、中にはつみれに近い具もある。
正確にはつみれではなくもっと別の食材なのだろうが、それを食べているレイにしてみればそんな風に感じる食材だった。
「これ、骨も入ってるんだな」
「そうらしいわね。ただ、随分と細かくしてるから、口に残ったりはしないけど」
ヴィヘラがレイの言葉にそう返し、レイもそれに同意するように頷く。
何故つみれ、もしくは肉団子の中に砕いた骨を入れてるのかは分からないが、その骨が細かな食感のアクセントとなるのは間違いなく、レイはそれを十分に楽しみつつ……マリーナが魚を焼き上げるのを待つのだった。
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