3248話

『レイ、話は聞いてるわ。思ったよりも大分早く行くみたいだけど……レイの方の準備はいいの?』


 夜、レイは対のオーブでエレーナと……いや、今回はマリーナとヴィヘラの二人と話していた。

 一応エレーナやアーラ、ビューネといった面々もいるが、今回の話で重要なのはマリーナとヴィヘラだ。

 数日中に穢れの関係者の拠点に向かう件で話をしていたのだから、その二人が主役となるのは当然だろう。


「こっちの方は特に問題がないな。ミスリルの結界を展開するマジックアイテムもそれなりに数が揃ってきたし、今も次々と量産されてるからな。その辺はマリーナもダスカー様から聞いてるんじゃないか?」

『ダスカーとはあまり会ってないわね』

「……だろうな」


 自分の黒歴史を知っている相手と会うのは、ダスカーでなくても出来れば遠慮したいだろう。

 レイも何となくダスカーの気持ちは理解出来るので、短くそれだけを言う。

 マリーナもレイの様子から、この件についてこれ以上話さない方がいいと判断したのか、話題を変える。


『ミスリルの結界で穢れに対処出来るようになったのはいいけど、穢れの件が解決したら、そのマジックアイテムは使い道がなくなるんじゃない?』

「どうだろうな。穢れはいなくなるかもしれないが、普通に防御用に使えたりはすると思うけど」

『あら、それはそれで面白そうね』


 マリーナに代わり、ヴィヘラがそう言ってくる。

 口元に好戦的な笑みを浮かべているのは、自分の力でミスリルの結界を破れるかどうか、気になっているからだろう。


「えっと……いやまぁ、穢れの件が解決したら試してもいいと思うけど、その場合はミスリルの釘を買い取る必要があるぞ?」

『それならそうしましょうか。資金に余裕はあるし』


 レイの言葉にあっさりとそう言うヴィヘラ。

 元々ヴィヘラは戦闘が趣味である以上、それ以外の趣味らしい趣味はない。

 その為、仕事の報酬は必然的に貯まっていく。

 それを使えば、ミスリルの釘の一つや二つ、購入出来るのは間違いない。

 ミスリルの釘も、その名称通りミスリルが使われていることもあって、決して安くはない。

 それでもヴィヘラが使える金であれば、買い取るのはそう難しい話ではない。


(ゴーレムに使わせてみても面白いかもしれないな。……ゴーレムか。いつ取りにいけるのやら)


 既に料金は支払ってあるので、そういう意味では問題がない。

 だが、ゴーレムというのはそれなりの大きさで、相応に場所を取る。

 レイのようにミスティリングでもあれば話は別なのだが……それもまた難しい。

 とはいえ、レイも出来るだけ早く受け取りたいとは思っているものの、ネクロゴーレムの一件もある。

 街の修復にはゴーレムが使われているので、普通に人が働くよりも早いだろうが、それでも相応の時間が必要なのは間違いない。


「穢れの件が終わってからでいいか」

『レイ? どうしたの?』


 不意にレイの口から出た言葉に、対のオーブに映し出されたヴィヘラが不思議そうに尋ねる。

 マリーナも声には出さなかったが、ヴィヘラと同じようにレイの方を見ていた。


「穢れの件でトレントの森にずっといるし、これから穢れの関係者の拠点に向かうだろう? 俺が注文したゴーレムを、いつ受け取れるのかと思ってな」

『ああ、それは……春になってからじゃない?』

『甘いわね、マリーナ。レイのことだからセトに乗って空を飛べるのよ? 冬であっても普通に移動出来るんだし、冬にやることがなくなったらでもいいんじゃない?』


 ヴィヘラの言うように、レイはセトに乗って移動するのなら冬であっても特に問題がなかったりする。

 だからといって、冬にわざわざ遠出をしたいかと言われれば、レイとしては微妙なところなのだが。


「出来れば冬じゃなくて春にしたいな。増築工事で人が多くなるちょっと前くらいが理想だ」


 そんなレイの言葉を聞いても、ヴィヘラは特に気にした様子はない。

 自分の予想が外れたからといって、それで不満を抱いたりはしない。寧ろ……


『春になってからなら、私やビューネも一緒に行ってもいいかもしれないわね。今回はビューネを連れていくことが出来ないけど、春なら問題ないでしょうし』

『ん』


 ヴィヘラの言葉に同意するようなビューネの声が聞こえてくる。

 ビューネにとっても、ヴィヘラと一緒に出掛けるというのは悪い話ではないのだろう。

 いや、寧ろ好んでいてもおかしくはない。


「その時にそっちに余裕があったら構わないぞ」

『私やビューネは、貴族と面会するエレーナや、治療院に必要なマリーナと違って、絶対に必要という訳ではないもの。そういう意味では、今のような仕事でよかったわね。……もっとも、トレントの森で強敵と会うことは滅多にないけど』


 残念そうに、本当に残念そうな様子のヴィヘラ。

 トレントの森で行動しているヴィヘラにとって、強敵……具体的には高ランクモンスターとの遭遇というのは、是非とも経験したいことだ。

 普通なら高ランクモンスターと遭遇するのは絶対にごめんだと思うのだが、戦闘狂のヴィヘラにとっては、高ランクモンスターとの遭遇は望むところだった。

 しかし、残念ながら今のところはヴィヘラが高ランクモンスターと遭遇するといったことはなく、それを残念に思っている。


(翼を持つ黒豹との件は……触れない方がいいか)


 レイが妖精郷からそう遠くない場所で遭遇した、ランクBモンスターと思しき翼を持つ黒豹。

 その強さは高ランクモンスターの名に相応しく、もしヴィヘラが遭遇していたら、恐らく大歓迎だっただろう。

 だが、生憎と翼を持つ黒豹はヴィヘラではなくレイが戦った。

 ヴィヘラにしてみれば、羨ましいとしか言えない。

 ……もっとも、レイとしても翼を持つ黒豹は初めて会う敵だった以上、魔獣術的に逃すといった選択肢はなかったのだが。


「トレントの森は、結局のところまだ出来たばかりの森だしな。モンスターや動物の縄張りとかが決まれば、そこまで騒々しくなくなる筈だ。そうなれば、高ランクモンスターも見つけやすくなると思う」

『それなら、出来るだけ早く縄張りが決まることを期待しているわ。……具体的にいつくらいになるのかは分からないけど。マリーナは分からないの? 元ギルドマスターだし、ダークエルフでしょ?』

『うーん、どうかしらね。トレントの森は普通の森と違って突然出来た場所でしょう? だから、今までの常識は通じないのよ』

『常識が通用しないと言われる辺境で、常識が通用しないというのは……それだけトレントの森が特殊な場所なんでしょうね』

「だろうな。それは俺も否定しない」


 レイもその意見には納得する。

 何しろトレントの森の中央の地下には、異世界に繋がる空間があるのだ。

 そのような場所のあるトレントの森が、普通という表現が相応しいとは到底思えなかった。


「トレントの森の件はともかくとして、マリーナとヴィヘラは穢れの対処法をどうする? まさか、ミスリルの釘を持っていく訳にはいかないだろう? まぁ、穢れそのものには対処出来なくても、穢れの関係者には対処出来るのかもしれないけど」


 レイにしてみれば、マリーナやヴィヘラが足手纏いになるとは思っていない。

 二人の実力を考えれば、そんな事を思う筈もなかった。

 それだけの実力の持ち主なのは、これまでの付き合いから十分に理解している。


『難しいわね。一応色々と考えてはいるけど、精霊が穢れを嫌っているのはどうしようもないのよね』

「穢れを嫌っているのなら、精霊魔法で攻撃をしたりとかは出来ないのか?」

『触るのも嫌だという精霊が多いのよ。……今のところ穢れに対して精霊魔法を使うのは難しいわね』

『こっちも同じよ。浸魔掌が効果を発揮するのならいいけど、それも難しいし。穢れに対してこちらの攻撃を命中させることが出来るマジックアイテムでも開発して貰った方がいいのかもしれないわね。それが具体的にいつになるのか分からないけど』


 ヴィヘラの浸魔掌は、魔力を使った攻撃だ。

 ゴーストのような身体を持たないモンスターを相手にしても、浸魔掌は十分に有効なスキルだった。

 しかし、穢れに関しては触れてしまえば、その時点で触れた場所が黒い塵となってしまう。

 今のところ、穢れを相手にそれでどうにか出来るとはレイには到底思えなかった。


「マリーナやヴィヘラでも難しいか。……穢れの特性を思えば、そうなってもおかしくはないか。そうなると、穢れに対しては俺が対処をして、穢れの関係者に対してはマリーナやヴィヘラが対処するといった流れにした方がいいのかもしれないな」

『残念だけど、それしかないでしょうね。……穢れを相手に、手も足も出ないというのは悔しいわね』


 はぁ、とマリーナが憂鬱そうに息を吐きながらそう言う。

 マリーナもヴィヘラも、穢れを相手に自分が何も出来ないことを悔しいと思うのだろう。


(穢れの関係者をどうにか出来るだけで、俺には十分助かるんだけどな。それ以外にも、精霊魔法とかは色々と役に立つだろうし)


 普通の精霊魔法はそこまで万能ではないのだが、精霊魔法使いとして一流の力を有するマリーナが精霊魔法を使うと、まさに万能と呼ぶに相応しいだけの実力を持つ。

 穢れを相手にして攻撃が通用するかどうかは別の話だが、それ以外の場所では大きく役に立つのは間違いない。

 また、ヴィヘラもマリーナの精霊魔法のように万能とはいかないが、冒険者としての経験から色々と出来ることが多い。

 ……問題なのは、マリーナにしろヴィヘラにしろ、双方共に美人すぎるということだろう。

 その美貌に目が眩み、余計なちょっかいを掛けてくる者はそれこそ幾らでもいるのは、今までの経験からレイにも理解出来た。


(そう言えば、日本にいた時には美人すぎる何とかとか、そういうのが時々ニュースとかでやってたな。そういう風に考えると、マリーナは美人すぎる元ギルドマスターで、ヴィヘラは美人すぎる冒険者か? 美人すぎる世界樹の巫女とか、美人すぎる元皇女とか……あれ? そっちにすると、あまり違和感がないな)


 かつて見たTVを思い出し、改めて対のオーブを見る。

 確かにTVで見た美人すぎる何とかは、美人だった。

 しかし、それでも対のオーブに映し出されているマリーナやヴィヘラと比べると、かなり見劣りしてしまうのは間違いない。


『レイ? どうかしたの?』

「いや、何でもない。ただ、ちょっとこれからのことを考えていたんだよ。マリーナやヴィヘラと一緒に行動して穢れの関係者の拠点に行った時、どういう相手が出て来るのか分からないし。それにニールセンから聞いた話だと、巨大な鳥のモンスターも……鳥のモンスター? いや、まさかな」


 ニールセン達が遭遇した巨大な鳥のモンスターと、グリムアースの赤ん坊を連れ去ったモンスター。

 どちらも鳥のモンスターである以上、一瞬だけ同一個体ではないかと思ったものの、レイはすぐにそれを否定する。

 ニールセンから聞いた話によれば、巨大な鳥のモンスターは家くらいの、あるいは家以上の大きさを持っているという話だった。

 もしそのような巨大な存在がギルムに近付いた場合、結界がなくてもその存在に気が付く者はいる筈だった。

 しかし、そのような報告は受けていない。

 ……そもそも、赤ん坊を連れ去ったのが鳥のモンスターだというのも、あくまでも予想でしかなく、誰もその姿は見ていないのだ。

 ここでその二つを同一視するというのは、明らかに間違っていた。


「マリーナ、グリムアースの件は知ってるか?」

『ええ、エレーナから聞いてるけど。それがどうかしたの? ちなみにレイが持ち帰った馬車と二頭の馬の死体がどうなったのかというのは、生憎と私には分からないわよ? 調べようと思えば調べられるけど』

「いや、別にそこまではしなくてもいい。ダスカー様が引き受けたのなら、その辺は問題ないだろうし。……その赤ん坊を連れ去った鳥のモンスターと、ニールセン達が遭遇した巨大な鳥のモンスターが同じという可能性はあると思うか?」

『それは……絶対にないとは言い切れないけど、基本的には考えなくてもいいと思うわ。そもそも、その二匹だと大きさが違うでしょう? もしニールセンの見たのと同一個体なら、ギルムで見張ってる人達が気が付かない筈はないでしょうし』

「やっぱりそうなるよな。気にしないでくれ、ただ何となくそんな風に思っただけだから」

『……ちょっと待って。レイがそう思ったの?』


 不意に真剣な表情で聞いてくるマリーナに驚きつつ、レイは頷く。


「ああ、そうだけど。……本当に何となくそう思っただけで、何の確証もないぞ?」

『でも、レイが思ったのよね? 今までの経験からすると、レイの思いつきは決して軽く見ることは出来ないわ』


 そう告げるマリーナの側で、エレーナやヴィヘラが同意するように頷くのだった。

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