3245話
グリムアースの家の壊れた馬車と二頭の馬の死体。
これは馬車はともかく、馬はグリムアースが可愛がっていたので、出来れば自分達で埋葬をしたいと、そうレイは言われたのだが……
「問題はレイがどうやってギルムに行くかだな」
ダスカーの言葉にレイは同意して頷く。
現在、ギルムにおいてレイは人に見付かるとクリスタルドラゴンの件で非常に面倒なことになるのだ。
これが、例えば同じ貴族街ではあってもグリムアースの屋敷ではなく、マリーナの家であれば直接降りることも出来る。
もしくは領主の館も。
しかし、マリーナの家と同じ貴族街にあるとはいえ、グリムアースの屋敷となると、マリーナの家からそこに行くのは難しい。
既に何度かマリーナの家からこっそりと出ているが、マリーナの家を見張っている者達もそれを十分に承知しているので、それこそ隙間なくしっかりと見張っているだろう。
絶対に抜け出せないという訳でもないが、それでも簡単ではないのは事実だ。
そうレイが説明すると、グリムアースは少し考え……やがて口を開く。
「それなら、マリーナ殿の家ではなく私の屋敷に直接降りるというのはどうだろう? そうすれば、レイもそこまで苦労しなくてもいいと思うのだが」
「それをやってもいいというのなら構わない。けど、そうなると今度はグリムアースの家の周囲が面倒なことになると思う」
「それは……」
レイの言葉に、グリムアースは何も言えなくなる。
マリーナの家の場合は、マリーナが前ギルドマスターという有名人で、ダスカーとの繋がりがあり、何よりもマリーナの精霊魔法によって家の敷地内に悪意のある者は入れないようになっていた。
それに比べて、グリムアースはどうか。
貴族であるということで、普通より高い地位にいるのは間違いない。
だが、貴族街という場所において、貴族であるというのは当然のことだ。……中にはマリーナのような例外もいるが。
そしてグリムアースは貴族ではあるものの、三大派閥に入ってはおらず、爵位も伯爵とそこまで高い訳ではない。
そのような者は、貴族街にいる者達にしてみればどうとでも対処出来るような相手なのだ。
だからこそ、もしレイがグリムアースの屋敷に直接セトで降りるといったような真似をすれば、一体レイとどういう関係なのか、自分達を紹介しろ、クリスタルドラゴンの素材を渡せといった要請……実質命令をされてもおかしくはない。
そうなった時、グリムアースが対処出来るのか。
グリムアースもレイの言葉にそう言われ、反論出来なかったのだろう。
「……仕方がない、か。レイ、俺のところに馬車と死体を置いていけ。死体の方は俺の方でグリムアースの屋敷に届けよう」
「ダスカー様……いいのですか?」
ダスカーの言葉に驚くグリムアース。
まさか、ここでそのようなことを言われるとは思ってもいなかったのだろう。
とはいえ、ダスカーにしてみればその程度のことは多少の手間でしかない。
グリムアースを自分の陣営に引きずり込もうとしているのだから、そのくらいのことで相手が恩に着てくれるようなら寧ろ安上がりだった。
「構わん。レイが動いてギルムで騒動になるよりは、そっちの方が騒動は少なくてすむ。……2人とも、それでいいな?」
「俺は構いません」
「はい、私も問題はありません」
確認を込めて尋ねてくるダスカーに、レイとグリムアースはそれぞれに頷く。
レイにしてみれば、グリムアースの屋敷に行くのも、領主の館に行くのもそう違いはない。
……実際には純粋に距離となるとそれなりに離れているのだが、セトの飛行速度を考えればそのへんは誤差だった。
なのでレイはそれで問題がないという判断だし、グリムアースも多くの貴族から言い寄られたり、命令をされたり、絡まれたりといったような真似をされなくてすむなら問題はない。
「では、決定だな。……ああ、レイはそのついでにマリーナの家に行って近いうちに穢れの関係者の拠点に向かうというのを話してきてもいい」
「ダスカー様の気持ちは嬉しいですが、そうなるとここを結構な時間離れないといけないんですよね」
「むぅ、そうなるか。だが、ミスリルの釘がある。もし穢れが現れても、対処は出来るぞ?」
「きちんと作動するのならそれでもいいんですけど……いえ、ミスリルの釘の数を考えれば、一つくらいはまともに動作しなくても問題はないですか。それに穢れの関係者の拠点と比べるとギルムは近いですし。分かりました、じゃあ、ついでにマリーナの家に寄ってきますね。ああ。これをどうぞ」
そう言い、レイが取り出したのはミスリルの釘。
それは最初に作られたミスリルの釘で、オリジナルのマジックアイテムだ。
「これなら今のところ全く問題なく動いているので、何かあった時の最終手段にして下さい」
「うむ、助かる。フラットに渡しておこう」
ミスリルの釘を受け取り、ダスカーはそう言う。
この野営地を纏めているのがフラットである以上、ミスリルの釘を渡すのは当然だがフラットとなるのだろう。
レイも別にその言葉に異論はない。
(問題なのは、ニールセンが一緒にいないから長から穢れが現れたって報告を受け取れない……うん? 待てよ?)
レイは自分の頭の横を飛んでいるニールセンを見て、疑問を抱く。
今までニールセンがレイと行動を共にしていたのは、長からの念話をニールセンしか受け取ることが出来ず、そして穢れを倒すことが出来るのがレイだけだったからだ。
しかし、今は状況が違う。
具体的には、ミスリルの釘を使えば誰でも穢れを捕らえることが出来るようになっている。
であれば、ニールセンは別にレイと一緒に行動する必要はない。
「ニールセン、俺はギルムに行くけど、ニールセンは野営地に残ってくれないか?」
「え? ちょっと、急に何を言ってるのよ」
まさかそのようなことを言われるとは思っていなかったのか、ニールセンは驚きと不満を露わにしてレイを見る。
しかし、レイはそんなニールセンを落ち着かせるように口を開く。
「ニールセンが俺と一緒に行動していたのは、俺が穢れを殺すことが出来たからだろう? けど、今はミスリルの釘があって、俺じゃなくても穢れに対処出来る。なら、長からの連絡を受け取れるニールセンはここに残った方がいい。……違うか?」
「それは……でも……」
レイの言葉に一理あるのはニールセンにも理解出来た。
しかし、ニールセンはギルムに行きたい。
そうして迷い……
「レイ、構わん。ニールセンがいなくても、穢れが出るのはこの野営地か、もしくは見張りをしている者達のところなのだろう? なら、ニールセンがいなくても対処をしようと思えば出来る筈だ」
ダスカーがそう言ったのは、ニールセンに同情した……訳ではなく、ニールセンに恩を売れると思ったからだろう。
ニールセンは妖精郷の中でも重要人物だ。
場合によっては、滅多に妖精郷から出てくることがない長よりも、ダスカーと接することが多いニールセンの方が重要人物と認識されてもおかしくはなかった。
……本人がそれを聞けば、微妙な表情を浮かべるだろうが。
「いいの?」
尋ねるニールセンに、ダスカーは特に問題ないと頷く。
「穢れが現れてすぐに気が付くことは出来ないだろうが、それでも人のいる場所に穢れが現れれば、すぐに見つけることが出来る。勿論、予想外のことが起きる可能性もある以上、出来るだけ早く帰ってきて欲しいとは思うが」
「えっと、じゃあマリーナの家には寄らない方がいいんですか?」
「そのくらいなら問題はないだろう。実際には俺ではなくフラットが判断することだがな」
「分かりました。マリーナの家にも寄りますけど、出来るだけ早く戻ってきますね」
そう言うレイの言葉に、ダスカーは頷くのだった。
「セト、最初は領主の館に降りてくれ」
「グルルゥ!」
空を飛ぶセトは、レイの言葉に任せてと喉を鳴らす。
そんなレイの右肩には、いつものようにニールセンの姿がある。
ニールセンの様子が微妙なのは、ダスカーとのやり取りが原因なのか。
もしくは、長と何かあったのか。
その辺はレイも分からなかったが、自分でギルムに行きたいと口にした割にはあまり元気そうな様子はない。
(ニールセンについては……まぁ、俺も何も言わない方がいいか。ニールセンも何かあったら俺に言うだろうし)
ニールセンについて考えていると、やがてセトは翼を羽ばたかせながら地上に向かって降下していく。
いつものように領主の館の庭に向かっての降下だけに、セトも特に緊張した様子はなく、慣れた様子で降りていく。
レイも降下については慣れているので、こちらも緊張した様子はない。
そうしていつものように無事地上に着地するセト。
「ニールセン、ドラゴンローブの中に」
「分かったわよ」
セトから降りたレイが指示すると、ニールセンは特に不満もなくドラゴンローブの中に入る。
ニールセンにとって、簡易エアコン機能のあるドラゴンローブの中というのは、決して苦手な場所ではない。
ましてや、今はもう冬でかなりの寒さだ。
そういう意味ではドラゴンローブの中でゆっくりとしている方がいいのは間違いなかった。
……自由に外を飛べないのは、あまり好みではなかったが。
「セト、ありがとうな。ここでの用事が終わったら、次はマリーナの家だ。今日は忙しいけど、頼む」
「グルゥ? グルルルゥ!」
レイの言葉に、任せてと嬉しそうに喉を鳴らすセト。
そこに疲れたといった様子はなく、やる気に満ちており、楽しみな様子すらある。
(イエロか)
マリーナの家にはエレーナが滞在しており、その使い魔のイエロもいる。
イエロと仲の良いセトにしてみれば、マリーナの家に行けばイエロと一緒に遊べるという思いがあったのだろう。
もしくは、イエロだけではなくニールセンとも一緒に遊べるかもしれないと思ったのか。
そんなセトを撫でていると、やがて兵士達がやってくる。
ただし、そこには警戒の色はない。
兵士達にしてみれば、レイがセトに乗って上空から領主の館にやって来るのは見慣れた光景だからだろう。
「レイ、どうした? ダスカー様はトレントの森に……って、おい。まさかダスカー様に何かあったのか!?」
話している途中で、もしかしたらレイが領主の館にやって来た理由はダスカーに何かあったからではないのかと思う……いや、思い込む兵士。
そんな兵士を落ち着かせるように、レイは口を開く。
「安心しろ。ダスカー様には特に何もない。俺はちょっとダスカー様に用事を頼まれてここにやって来たんだ」
「ダスカー様に? ……何かあったのか?」
「そうだな。何かあったと言えばあった。と言ってもいいかもしれない。まぁ、勿体ぶるのはこの辺にして。お前達が知ってるかどうか分からないが、昨日グリムアースという貴族街に住んでる奴が夜にトレントの森にやって来たんだ」
「あ、それ知ってる。夜に正門を開いたから、少し騒動になってた」
レイと話していたのとは別の兵士が、思い当たることがあったのだろう。
そう兵士の一人が言う。
「知ってる奴もいたか。ともあれ、そのグリムアースはトレントの森にある野営地に到着するまでに、モンスターに襲撃された」
実際にはモンスターではなく穢れなのだが、その辺については誰が知っていて誰が知らないのか分からない以上、レイも穢れについては言わなかった。
「幸い俺が助けるのが間に合ったけど……馬車は車軸が破壊されて、その馬車を牽いていた馬は死んでしまった。で、その馬はグリムアースが可愛がっていたらしくてな。自分達で埋葬したいと言われて俺が預かってきた」
その言葉に、兵士達は納得したように頷く。
馬車はともかく、可愛がっていた馬は自分達で埋葬したいと思うのは、そうおかしくはないと。
「けど、馬車や馬の死体を運ぶのは大変だろう? なので俺が預かっていたんだが……この場合、問題なのは俺が直接グリムアースの屋敷に行けないってことなんだよ」
「ああ、なるほど。……そういう真似をしたら、間違いなく面倒なことになるだろうしな」
「正解。……いい加減、クリスタルドラゴンの件も落ち着いて欲しいんだが」
はぁ、と息を吐くレイ。
何だかんだと、既にレイがクリスタルドラゴンを倒してからそれなりに時間が経つ。
幾らギルドの前で大々的にクリスタルドラゴンの死体を公開したからといって、ここまで騒動が続くというのはレイにとっても予想外だった。
「そんな訳で、俺が直接届ける訳にはいかないという話になったら、ダスカー様が代わりに運ぶということになってな。……で、ここに出してもいいか?」
そう尋ねるレイに、兵士達は頷くのだった。
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