3240話

お知らせです。

明日からはこちらの方に最新話を投稿させて貰います。

レジェンド1の3001話以降はカクヨム運営からの指示に従い、数日中に削除させて貰います。


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「んん? ……ああ、そうか」


 ベッドの上で目が覚めたレイがミスティリングの中にある懐中時計を取り出して確認すると、午前八時すぎ。

 夜中に途中で起きて、朝方に近くなってから眠った割にはかなり早く目が覚めたらしい。

 それでも頭が寝不足でろくに働かないといったようなことはなく、眠気もない。

 睡眠時間が少ないのに、不思議なことに頭の中はさっぱりとしていた。


「眠りが深かったとか、そういうことか?」


 呟きつつ、身支度を整えるとマジックテントから出る。


「おう……?」


 いつもであれば、マジックテントの外にはセトやニールセンがいるといった程度だった。

 だが、今日こうしてマジックテントから出たレイの前にいたのは、研究者の一人。

 それも昨夜レイが生誕の塔に行く途中で寄ったミスリルの結界を見ていた者の一人だ。


「どうした? いや、こうして俺のいるところに来たってことは、何となく予想は出来るけど。ミスリルの結界の件だろ?」

「はい。予定通り……と言うのもどうかと思いますが、ミスリルの結界の中にいた穢れが消滅しました」

「そうか」


 その報告は、別にレイが驚くようなものではない。

 そもそも、捕らえた穢れが本当にミスリルの結界なら一日で死ぬのかどうか。

 それを確認する為に、昨日は炎獄を解除して穢れに元気を取り戻させ、再びミスリルの結界で捕らえるといった真似をしたのだから。

 つまり、今日ミスリルの結界に捕らえられた穢れが消滅するというのは、予定通りなのだ。

 そうである以上、この件を教えられたレイがそれに対して驚くといったことは、まずない。

 寧ろ納得の方が強いだろう。

 研究者の方も、自分の持ってきた報告でレイが驚くとは思っていなかったのだろう。

 レイの様子を見ても驚いたり、あるいは喜んだり怒ったり悲しんだり楽しく思ったりといった様子はなく、端的に用件を口にする。


「そんな訳で、ミスリルの結界を解除したい。万が一を考えて、レイには一緒に来て欲しいのですけど、構いませんか?」

「ああ、構わない。……それにしても、これでミスリルの結界も本物だということになった訳か」

「まだ二回目だから、信頼性という意味ではそこまで安心は出来ないんですけどね」


 レイとしては、出来れば朝食を食べてからにして欲しいところだ。

 しかし、穢れの件について……特にミスリルの結界については、少しでも早くどうにかする必要があるのも事実。

 ここでゆっくりと朝食を食べてから……という訳にいかないのは、レイにも十分に理解出来た。


「セト、ニールセン。俺はちょっと行ってくるけど、お前達はどうする?」

「グルゥ!」

「まぁ、ここにいても特に何かやることがある訳でもないし、長から連絡があったらすぐレイに知らせる必要があるし……しょうがないから私も一緒に行ってあげるわ」


 尋ねるレイに、セトは勿論一緒に行くと喉を鳴らし、ニールセンは特にやることがないからという理由……いや、それよりも長から連絡があった時にレイの側にいないのは不味いと判断し、そう言ってくる。

 セトとニールセンが行くということで、ここには誰も残らないということになる。

 その為、レイはマジックテントをミスティリングに収納してから研究者と共にミスリルの結界を使った場所に向かう。

 途中、野営地の中を通るレイだったが……


(そう言えば、グリムアースは結局どうしたんだ? フラットが色々と話をした筈だけど。もうギルムに戻ったのか、それともまだ野営地にいるのか。出来ればもう帰っていて欲しいんだが。……あ、けど馬車や馬の死体がまだミスティリングに収納したままだったな)


 そちらをそのままにしておくことは出来ないだろうと判断したレイは、自分達を案内するように進む研究者に声を掛ける。


「悪い、ちょっといいか? フラットに会いに行きたいんだが」

「フラットですか? フラットなら、ミスリルの結界の場所にいますよ」

「そうなのか? いや、そうか。ミスリルの結界はフラットにとっても重要な意味を持つのか」


 基本的に穢れというのは人のいる場所に姿を現す傾向がある。

 つまり冬になって樵の類がいなくなった今となっては、この野営地に穢れが現れる可能性が非常に高いのだ。

 だからこそ野営地を纏めているフラットにしてみれば、レイがいなくても穢れをどうにか出来るミスリルの結界……正確にはミスリルの結界を生み出すミスリルの釘は大きな意味を持つ。

 そのミスリルの結界の二度目の実験が無事に予定通りに終わったのだから、そこの様子を見に行くのはある意味当然だった。


「分かった。じゃあ、フラットのテントに寄ったりはしなくてもいいか」

「そうなりますね。あ、でもフラットのテントは今、誰か他の人が使ってるらしいですよ? ミスリルの結界の件で呼びに行ったら途中で会って、フラットが自分は現在他のテントを使ってるって言ってました」

「……そうか」


 予想外な相手からの情報に、レイはそう答える。

 フラットのテントを使っている誰か。

 それが誰なのかは、レイにも容易に想像出来た。


(やっぱりまだいたのか。……考えてみれば当然か。馬車は俺のミスティリングに収納されてるんだから。もっとも、馬車は壊れてるし馬は死んでるから、馬車があってもギルムに戻るのは難しいけど)


 ギルムまで移動するのは、別に馬車でなくても自分の足で歩いて移動も出来る。

 実際、樵がまだトレントの森で伐採していた時、その護衛の冒険者も含めて基本的には歩きでギルムと行き来していたのだから。

 それどころか、ギルムに戻る時は伐採した木を運搬用の馬車で運ぶという仕事も追加されていた。

 馬車に乗らずとも、普通に歩いてギルムまで戻れる。……ただし、それは冒険者や樵のように普段から身体を動かしているような者達であれば、の話だ。

 レイが見たところ、グリムアースはそれなりに身体を鍛えているようだし、護衛は当然ながら問題ない。御者も……その仕事上、それなりに身体を鍛えることは必須だろう。

 しかし、それ以外……具体的にはグリムアースの妻はどうか。

 実は健脚であったり、冒険者程ではないにしろ相応に身体を鍛えているという可能性もある。

 だが、それはあくまでも可能性でしかない。

 レイが見たところ、特に身体の類を鍛えた様子はなかった。

 そんな女が、トレントの森からギルムまで歩いて移動するのは……不可能ではないだろうが、それでも厳しいのは間違いない。

 であれば、補給の馬車が来るまで待つなり、あるいは補給の馬車に手紙を持っていって貰って別途迎えの馬車を用意して貰うなりする必要がある。


(面倒なことにならないといいんだけどな)


 そんな風に思いつつ、レイは研究者に案内されて目的の場所……ミスリルの結界のある場所に向かうのだった。






「うん、確かに消えてるな」


 ミスリルの結界のある場所にやって来たレイは、目の前の光景を見てそう呟く。

 そこにはミスリルの結界があるが、その中には何もない。


「レイ、来たか。……どうやらミスリルの結界の効果は間違いないらしい」


 そう言うフラットの表情には笑みがある。

 レイに頼らなくても穢れに対処出来るようになったのだから、そのように思うのも当然だろう。

 もっとも、そんなフラットとは違い、研究者の方は微妙な……決して手放しで喜んでいるような状況ではなかったが。

 研究者達にしてみれば、穢れが炎獄で捕らえた時よりも早く死ぬというのは、研究対象に死なれるということになる。

 そうなると、当然の話だが自分達の研究が進まなくなるということを意味していた。

 ただでさえ穢れの研究を始めてから、まだろくに何らかの発見をしたりしていないのだ。

 こういう研究は結果が出るまで相応の時間が掛かるのは間違いないが、それでも少しでも研究結果を出したいと思うのは研究者の性だろう。


「そうか。そうなると、後は量産されるのを待つだけだな。……もっとも、具体的にはいつくらいになるのか分からないけど。ああ、そう言えばミスリルの結界を移動出来るようにして欲しいという意見は昨日送ったよな?」

「ああ。もっとも、こっちが要望したからといってそう簡単に受け入れて貰えるとは思えないぞ?」

「だろうな。ミスリルの結界は出来るだけ早く数を揃える必要がある。もしミスリルの結界を運べるようになるのに、現時点でのミスリルの結界の作りを大幅に弄るような必要がある場合、それは後回しになるだろうな」


 レイの言葉にフラットだけではなく話を聞いていた研究者達も残念そうな様子を見せる。

 研究者達の残念そうな様子は、フラットよりも強い。

 研究者達にしてみれば、ミスリルの結界が運べるようになると研究の進展が早まるという思いがあるのだろう。

 実際にそれが正しいのかどうかは、生憎とレイには分からない。

 だが、少なくても研究者達がそのように思っているのは間違いのない事実だ。


「一応、この実験結果は報告するから、その時にミスリルの結界を運べるようにというのはどうなったか、それとなく聞いてみる」

「その報告を持っていくのは、補給の馬車だろ? ……グリムアース達の件も、そっちに任せるのか?」


 グリムアースの名前が出たことに、フラットは微妙な表情を浮かべるも、やがて頷く。


「そうなる。グリムアース様達を迎えに来るように手紙を出すことになるだろう。というか、恐らく今頃はテントの中でその辺の手紙を書いている筈だ」


 そう言うフラットに、レイは特に何も感じることもないままに頷く。

 レイにしてみれば、グリムアース達がどうなるかというのはあまり興味がないのだ。もっとも……


「指輪の件はどうだった? 納得したか?」


 昨日、夜中に起こされて探した指輪は、結局見付からなかった。

 セトの嗅覚や嗅覚上昇のスキルを使っても見付からなかったのだから、指輪は野営地周辺にないのはほぼ間違いない。

 それでも念の為、リザードマンの子供達が現在赤ん坊が落ちてきた付近で指輪がないかどうか探している筈だった。

 それでグリムアースが納得したのかどうか。

 そう尋ねるレイに、フラットは微かに嬉しそうに頷く。


「そっちは問題ない。……いや、それどころか焼き菓子の代金はグリムアース様が用意してくれるそうだ」

「それはまた……いや、グリムアースの家に伝わる指輪を探すんだから、そのくらいはしてもおかしくはないか? 報酬とか貰っても、あまり使い道はないし」


 リザードマンの子供達が指輪を探すのは、あくまでも善意からだ。

 言わば、ボランティアのようなものだ。

 そうである以上、場合によっては途中で止めるといったようなことをしてもおかしくはないし、善意からの行動である以上はグリムアースもそれに不満を口にしたりは出来ない。

 だが、報酬を貰っての行動であれば、一時的に雇われているのだから、飽きたので止めるといった真似は出来ない。

 それでも何とか探してもらう為に、焼き菓子や干した果実といった食べ物で釣ろうと思ったのだろう。

 実際にそれがどれだけの効果を発揮するのかは、レイにも分からない。

 分からないが、それでもグリムアースにしてみれば指輪を見つける為に採れる手段は出来る限り採っておきたかったのだろう。


「もしかしたら、赤ん坊が落ちたのとは別の場所に落ちた……そんな可能性もあるんだろうけどな」


 赤ん坊を連れ去ったモンスターが、何故トレントの森で赤ん坊を落としたのかは、生憎とレイにも分からない。

 あるいは特に何か理由があってのことではなく、それこそ気分でそのような真似をしたと言われても、レイは納得出来てしまう。

 モンスターや動物はそのような真似をしてもおかしくはないのだから。

 そのような状況だからこそ、赤ん坊とは別の場所で指輪を落とした……もしくは意図して捨てたといったような真似をしてもおかしくはない。

 モンスターなら赤ん坊を捨てるのではなく、喰い殺すといった真似をしてもおかしくはないのだが、一体何故そのような真似をせずにトレントの森で捨てたのか、レイには全く分からない。


(結界の類がなくなってるとはいえ、貴族街に上空から侵入するといった危険な真似をしておいて、なのに喰い殺すでも何をするでもなく、そのまま捨てたんだ。一体何を考えてそんな真似をしたのやら)


 疑問しかないが、実際にそのような真似をしている以上、何らかの理由があるのは間違いない。

 出来ればそれを知りたいとレイは思う。

 何故そのようなことになったのか。

 それが分からなければ、この先も同じようなことが起きるかもしれないのだから。

 その理由を知ることが出来れば、レイとしても……いや、ギルムとしても対処のしようはある。

 もっとも、一番確実なのは出来るだけ早く増築工事を完了させ、結界を再度展開することなのだが。

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