3220話
「分かりました」
ミスリルを使った結界のマジックアイテムを作った錬金術師の男は、ダスカーの言葉にそう頷く。
本来なら、男も自分が作ったマジックアイテムについて他人に……しかも自分のライバルとも呼べる錬金術師に教えたいとは思わないだろう。
だが、ダスカーからの要望ということもあり、そして何よりそれだけ自分の作ったマジックアイテムが認められたことが嬉しく、引き受けたのだ。
「ただ、先程も言いましたけど、このマジックアイテムを開発するのに結構な費用が掛かってるのですが……」
「分かっている。お前が自分で考えて作ったマジックアイテムについて他の者に教えるのだ。感謝の気持ちとして、相応の代金は支払う」
特許という概念のないこの世界において、真似はされても仕方がない。
だが、ダスカーのようにきちんと相応の報酬を支払う者もいる。
……中には、製法だけを奪って感謝の言葉だけで終わりにするような者もいるのだが。
「ありがとうございます。……では、すぐにマジックアイテムの作り方を他の者達に教えたいのですが」
「少し待ってくれ。……レイ」
「何ですか?」
呼ばれたレイは、ダスカーとその近くにいるブロカーズやイスナに近付いていく。
なお、ヴィヘラは半透明の壁の向こうにいる黒い円球を見て、自分がどうやれば穢れに対して有効なダメージを与えられるかというのを考え、マリーナも結界のマジックアイテムが破壊されたらすぐに対処出来るよう、真剣な表情で穢れを観察していた。
「俺達はこれで帰るが、あのマジックアイテムが具体的にいつまで効果を発揮するのかをしっかりと確認してくれ。そして……何より、レイが使った炎獄と同じように穢れが餓死するかどうかの確認も頼む」
ダスカーにしてみれば、ミスリルの結界のマジックアイテムについては全く問題なく使えると考えたい。
しかし、それが本当に効果があるのかどうか……それについては、実際に試してみないと何とも言えなかった。
今のところはこうして問題なく黒い円球の移動を阻止しているものの、それによって完全に外部と遮断され、餓死するのかどうかは実際に試してみなければ分からない。
もしかしたら、こうして移動は出来ないようにしているものの、何らかの手段でエネルギーの補給はされており、餓死するといったことはない可能性もあるのだが。
その辺は実際に黒い円球が餓死するかどうかまで、様子を見るしかない。
「分かりました。出来ればこれで上手くいって欲しいんですけどね。……それにしても、餓死するかどうかも分からないのに、もう複数作るようにするというのは少し不味いんじゃ?」
「構わん。完全に予定通りの性能は発揮出来ないかもしれないが、それでも一ヶ所に纏めて移動させないといったことは出来る。それだけで十分有効だ」
そう告げる言葉に、レイはそういうものかと納得する。
「分かりました。取りあえず様子を見ておきますね。それで特に問題がなかったら……」
最後まで言わずとも、レイが何を言いたいのかはダスカーにも理解出来たのだろう。
真剣な表情で頷く。
「分かっている。ニールセンと一緒に穢れの関係者の拠点に行ってくれ。……出来れば今年のうちに終わって欲しいんだがな」
ダスカーにしてみれば、ただでさえギルムの増築工事で忙しいのだ。
そこに追加で穢れの件……最悪、大陸が滅ぶという穢れの件を追加のトラブルと考えるのはレイとしてもどうかと思わないではなかったがものの、それでもとにかくダスカーとしては今の状況をどうにかするのが先決だったのだろう。
レイとしても、今のダスカーの状況は色々と問題があるというのは分かっていたので、ダスカーの為にも出来るだけ早く穢れの一件を解決したいとは思っていたが。
(来年も今年と同じくらい忙しかったら、場合によってはダスカー様が過労でダウンしてしまうかもしれないしな。それだけは絶対に避けたい)
ギルムの領主であるダスカーがもし過労でダウンした場合、どうなるか。
間違いなく仕事が滞る。
ダスカーの血縁者が代理として領主の仕事をこなすかもしれないが、レイにはそのような相手に到底代理が出来るとは思えない。
これはダスカーの血縁者を馬鹿にしている訳ではなく、単純にダスカーが有能な……いや、有能すぎる存在だということだ。
レイも色々と仕事をダスカーに丸投げしたりしているものの、それはダスカーなら大丈夫という信頼があるというのが大きい。
また、ダスカーも……いや、ダスカーの部下達も、食事や睡眠、マジックアイテムを使ったケアを行うなどして、毎日のようにダスカーの疲れを癒やすべく頑張っていた。
そんな中である程度優秀な者がやって来ても、ダスカーと同じ水準で仕事をするというのはまず無理だ。
それだけではない。
仕事が出来ず、最終的に暴走するような未来すら見える。
だからこそ、レイとしては今回の穢れの一件は少しでも早く……出来れば今年中に何とかしたいという思いが強かった。
そうなれば、来年からは幾分か楽になるのは間違いない。
……もっとも、ギルムの増築工事、緑人達による香辛料の育成、トレントの森の隣に転移してきた異世界の湖の扱い、ゾゾを始めとした異世界からやって来たリザードマン達の扱い、妖精郷の扱い、異世界に通じる穴の扱い、砂上船の工場の建築。
レイがぱっと思いつくだけで、これだけの問題がある。
その問題の多くに自分が関わっているのは、取りあえず棚に上げていたが。
「出来る限りの手は打ちます。ダスカー様も冬の間はゆっくりと疲れを癒やして下さいね。……また来年の春になると、色々と忙しいことになりそうですし」
「……言うな」
面倒そうな様子で言うダスカー。
ダスカーにとって不幸だったのは、本人は元騎士だというのを見れば分かるように身体を動かすのが得意で、しかも好きなのに対して、能力は領主として平均以上……いや、ミレアーナ王国の中でもトップクラスに優秀だということだろう。
それだけに、本来ならどうしようもなくなってもおかしくはない仕事量なのに、それをどうにかすることが出来てしまうのだ。
「まぁ、そう言わず。妖精郷の件を始めとして、こちらでも協力出来ることは協力させて貰いますよ」
ブロカーズがダスカーを慰めるようにそう告げる。
ブロカーズの目から見ても、ダスカーの仕事量というのは尋常ではないのだろう。
だからこそ、自分達で出来るようなことがあるのなら出来るだけ助けたいと思ったからか。
それだけではなく、妖精郷の件で自分達……国王派が利益を得ようという目的もそこにはあるのだろうが。
そうしてこれからの件について軽く話し合うと、ダスカー達は戻ることになった。
ダスカーにしてみれば、出来るだけ早くギルムに戻り、書類の処理をする必要があると判断したのだろう。
「じゃあ、レイ。私達も行くわね。……穢れの関係者の拠点に行く時は私達も一緒に行くから」
ヴィヘラの言葉にレイも頷く。
ヴィヘラの力は穢れに対しては今のところ有効な攻撃手段はない。
しかし、それはあくまでも穢れに対してのものであり、穢れの関係者という相手に対しては非常に有効な戦力となるのは間違いない。
「ああ、穢れの関係者の拠点に行く時はきちんと声を掛けるから心配するな。……勿論、マリーナもな」
「何かあったら、すぐに連絡をちょうだい。すぐに駆けつけるから」
そうしてレイもヴィヘラとマリーナを相手に言葉を交わし……ダスカー達はギルムに戻るのだった。
「ぶはぁ……」
ダスカー達が乗っていた複数の馬車が見えなくなったところで、フラットは大きく息を吐く。
この野営地を纏めているフラットだったが、ダスカーを相手に色々と話をするとなると、どうしても緊張してしまう。
しかも、ダスカーだけではなく、ギルドマスターとして色々と世話になったマリーナも一緒にいたのだ。
その結果として、フラットは当初予想していたよりもかなり疲れることになってしまったのは間違いない。
「取りあえずゆっくりとしたらどうだ?」
「そうだな。……いや、その前に穢れを捕獲しているミスリルの結界を見張っておく人員を用意しておく必要がある。そっちを先にしておくよ」
「そうか? まぁ、なら頑張ってくれ」
そう言い、レイはセトと共にその場を立ち去る。
(さて、そうなると一体これからどうするかだな。……野営地からはできるだけ離れないようにする必要があるけど)
もしミスリルの結界が黒い円球に破壊されるなり、あるいは抜け出すなりした場合、レイはそれに対処する必要がある。
だからこそ、レイは何かあったらすぐにでもそちらに対処出来るように、野営地から離れないようにしておく必要があった。
「湖にでも行くか」
野営地からそう離れていない湖なら、もしミスリルの結界がどうにかなっても、すぐに対応出来る。
そう判断したレイは、セトと共に……そしてセトの頭の上に乗っているニールセンと共に湖に向かう。
「そう言えば、ニールセン。ドッティの方は放っておいていいのか?」
現状、ドッティは妖精郷の中にいる。
ドッティと一緒に妖精郷まで戻ってきたイエロは既にギルムにあるマリーナの家に戻っているし、ニールセンはこうしてレイと一緒に行動している。
そうである以上、ドッティは顔見知りが誰もいない妖精郷にいるということになるのだ。
それを心配して尋ねるレイに、ニールセンは問題ないと首を横に振る。
「ドッティはああ見えて友好的な性格よ。……何しろ私とイエロが穢れの関係者の拠点の近くにある妖精郷に向かってる時、普通に近付いてくるようなことをするんだから」
「敵対する相手じゃなくて、か。……もし敵対する相手でも、イエロが相手をした場合は、勝つことは出来なかっただろうけど」
ブラックドラゴンの子供のイエロの鱗は非常に堅い。
防御力という点では、ハーピーがどうにか出来るような相手ではないのだ。
勿論、イエロがドッティに勝てるかとなると、また別の話だが。
爪や牙は鋭いイエロだが、それらの攻撃も命中しなければ意味はないのだから。
そしてイエロの飛行速度はそこまでの速度はない。
恐らくドッティが本気で逃げれば、イエロが攻撃を命中させることが出来なかっただろう。
「ドッティが無事ならそれで構わないんだけどな。……俺もそれなりにドッティと仲良くなりたいんだけどな」
レイはそこまでドッティと接触したことはない。
だからこそ、レイもドッティと接触したいと思ったのだ。
それが上手くいくかどうかは分からないが。
「今の状況からすると、どうかしらね。……まぁ、暫くはここにいるんでしょう? そうなると、妖精郷に戻る機会はないし、ドッティと会うこともないんじゃない?」
「うーん、だとすれば……そうだな。穢れの関係者の拠点に行く前には妖精郷に行くことになるだろ?」
トレントの森から暫く離れる以上、レイやニールセンにしてみれば長に挨拶をしないという選択はない。
色々と世話になっているのだから、きちんと出発前に挨拶をしておくのは必須だった。
「そうね。その時にドッティが暇をしていたら、レイに紹介してあげてもいいわよ」
「……ニールセンが冒険者になったら、それはそれで面白いことになりそうだな」
「いきなり何を言うのよ。私だって冒険者になれるのならなりたいわ。でも、無理なんでしょう?」
不満そうな様子のニールセン。
ニールセン個人としては、自分が冒険者になりたいのなら是非ともなりたい。
それで金を稼ぎ、堂々と自分の金で色々な料理を購入し、好きに食べたいのだ。
だが、それが無理なのは以前妖精郷で行われた会議でしっかりと断言されている。
勿論、それは今すぐの話であって、将来的に……この先も妖精郷がギルムとしっかりと付き合い続け、妖精の存在が公になったりしたら分からないが。
「そうだな。今は無理だと思う。けど、将来的には問題ないと思うぞ」
「将来的って、具体的にいつくらい?」
「具体的? 具体的にか? うーん……数年後とか? 取りあえず来年は無理だと思うけど」
もう冬となっている今、来年にもニールセンが冒険者として活動出来るとは、全く思えない。
来年と表現すればもしかして? と思うが、具体的には数ヶ月といったところなのだから。
特に春になると、ギルムは増築工事の仕事を求めた者達や、商人といった者達が多数やって来る。
もしそんな時にニールセンがドッティを連れて冒険者として活動していたらどうなるか。
レイは不意にその時のことを想像し……
「うわぁ……」
その騒動によって起きる被害、そして何よりダスカーの体調を心配してそう口に出すのだった。
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