3219話
風の結界のマジックアイテムについては、燃費が悪いということで少し問題になったものの、そのマジックアイテムに魔力を込めることが出来る者は多数いるというのは間違いないし、魔石が必要ならトレントの森には結構な数のモンスターがいるということで、それも用意しようと思えば出来るということで、取りあえず成功例に回されることになった。
燃費が悪いのは事実だったが、風によって黒い円球を外に出さないようにしており、光の檻と比べて具体的に破られていないというのが大きな理由なのだろう。
まだ結界を試していない錬金術師達は少し不満そうにしていたものの、それでも依頼主のダスカーがそう判断したのならと、納得する。
「それで、次は誰だ?」
「私です」
今日やってきた中で、唯一の女の錬金術師がそう言う。
その女の錬金術師を見て、レイは見覚えがないような、あるような……と疑問に思う。
少なくても、トレントの森で伐採した木を持っていった時に珍しい素材があったら見せて欲しい、いやちょうだいといったように寄ってきた者達の中にはいなかった人物なのは間違いない。
(とはいえ、見覚えが全くない訳でもないような……?)
これで全く見覚えのない相手なら、一体誰なのかといったことを聞いたりもしただろう。
だが、完全にそういう訳でもない以上、恐らく錬金術師として木の魔法的な処理には参加していたものの、レイに言い寄ってくるような相手ではなかったのだろうと予想する。
「それで、マジックアイテムは?」
「これです」
そう言って差し出したのは、宝石が埋め込まれた石版。
もっとも、石版ではあるがそこまで大きな物ではない。
女の錬金術師でも特に気にせず持つことが出来ているのが、その証だろう。
「これも黒い円球の下に置いて発動させれば、それでいいのか?」
「はい、そうなります。お願いしますね」
真剣な表情でそう言う女。
錬金術師として、自分の作ったマジックアイテムを大事に思っているのは、それを見れば明らかだった。
最初の二人とは少し傾向が違うな。
そんな風に思いつつ、レイは未だに風の結界を生み出しているマジックアイテムに近付いていく。
そして風の結界を止めると、黒い円球がその場から脱出するのを防ぐように石版のマジックアイテムを起動する。
すると生み出されたのは、灰色の土による結界。
灰色の土の結界が発動して、数秒。
それでも黒い円球による影響はない。
「やった」
女の錬金術師の声が周囲に響くが……
「駄目だな」
その声を否定するようにダスカーの声が周囲に響く。
「え?」
女の錬金術師は、自分のマジックアイテムがきちんと効果を発揮したのを喜んだ直後だっただけに、何故ダスカーがそのようなことを言うのか理解出来ない。
あるいはこれがもっと別の何か……女にとって譲れるようなことなら、そうですかと納得も出来たかもしれない。
しかしこのマジックアイテムは女が必死になって作った……それこそ、寝る間も惜しんで作ったマジックアイテムだ。
それがきちんと効果を発揮しているのに、何故駄目なのか。
相手がギルムの領主であるダスカーとはいえ、そう簡単に引き下がれるようなことではなかった。
(ダスカー様の言葉も、無理ないんだけどな)
レイはオイゲンやゴーシュ達を見ながらダスカーの言葉に同意する。
そのオイゲンやゴーシュは、厳しい表情をして灰色の土の結界を見ていた。
「ダスカー様、何故駄目なんでしょうか?」
「内部の様子が見えないからだ」
女の疑問にあっさりと答えるダスカー。
それに対して女は再び何かを言おうとするが、その前に再びダスカーが口を開く。
「研究者達が何の為にいると思っている? 結界に捕獲した穢れを観察して、何らかの情報を入手する為だ。なのに、お前の結界は……」
最後まで言わず、ダスカーの視線は灰色の土の結界に向けられる。
そこにあるのは、灰色の土の結界のみ。
前に使った二つのマジックアイテムや炎獄と違い、中の様子は全く把握することは出来ない。
それはつまり、黒い円球が現在どうしているのか全く分からず、オイゲンやゴーシュのような研究者達は全く内部を把握することが出来ないということを意味していた。
そんな様子を見て、ようやく女も自分のマジックアイテムの欠点に気が付いたのだろう。
ダスカーに反論の言葉を口に出来なくなる。
「付け加えると、黒い円球の観察が出来ないのは研究者達だけではなく、結界を作る方にも困ると思うぞ。内部の様子が見えないから、いつ黒い円球が中から出て来るか分からないし」
追加で告げられたレイの言葉に、女は更にショックを受けた様子を見せていた。
レイとしては、研究者達の観察が出来ないのは残念だが、どうしてもそうなるというのであれば、それは受け入れても構わない。
穢れの研究が進むのはレイにとっても幸運だったが、究極的な話、レイが穢れの関係者の拠点を制圧するなり壊滅するなりして本拠地がどこにあるのかの手掛かりを入手出来ればいいのだから。
あるいは、岩の幻影で隠されているその洞窟が穢れの関係者の拠点なら、そこを殲滅してしまえばいい。
その間、この野営地で……いや、トレントの森において出現する穢れの動きを封じることさえ出来てしまえば、それで問題はないのだ。
だが、灰色の土の結界では内部が分からないので、内部にいる穢れが現在どのような状況になっているのか……それこそ、どうにかして結界から脱出しようとしているのかが分からない。
だからこそ、灰色の土の結界はレイ的に不合格となる。
「分かりました……」
レイが説明し、女はそれを聞いて反論も出来ずに納得する。
穢れだけを捕獲し閉じ込めたままにするという結果だけを重視して頑張っていたが、そういう意味では自分が見落としていた条件があったからと理解したのだろう。
(中が見えないのは残念だけど、頑丈さだけなら多分今のところトップなんだけど)
いざという時には使えるのでは?
そう思わないでもなかったが、レイはそれを表情に出すことなく四人目に視線を向ける。
だが……
「えっと、俺の奴はいい。棄権する。……俺のも中の様子を見ることが出来ない奴だから」
四人目の錬金術師は、レイの言葉にそう返す。
それでいいのか? と思わないでもなかったが、レイはダスカーに視線を向ける。
「構わん。中を見ることが出来ないのなら、それはそれで仕方がない」
「分かりました。じゃあ、最後だな」
「よし!」
レイの言葉に、五人目の錬金術師の男はやる気に満ちた声で叫ぶ。
錬金術師の男にしてみれば、自分が最後になったことでクリスタルドラゴンの素材を貰えるのは絶望的だと思っていた。
しかし自分の前に実験を行った者達はある程度成功した者もいたが、それでも完全な成功とはならなかった。
そんな中で自分の出番が来たのだ。
これを喜ばずにはいられないし、ここでやる気を見せないということも有り得ない。
「レイ、これを頼む」
そう言い、男が渡したのはミスリルで出来た釘のようなもの。
ただし、釘と表現するには少し大きい。
かといって杭と表現するには少し小さい。
そんなミスリルの釘だった。
「これはどうすればいいんだ? 地面に埋め込めばいいのか?」
「そうだ。その釘を起点にして結界が張られる」
自信満々といった様子で喋る錬金術師の男。
先に使われた他のマジックアイテムを見てもこうしたように言えるということは、それだけ自分のマジックアイテムに自信を持っているのだろう。
これは期待出来るかも。
そう思いながら、レイはミスリルの釘を手に灰色の土の結界を生み出している石版に近付く。
そして石版を手に取り解除し、すぐにミスリルの釘を地面に突き刺す。
すると灰色の土の結界が消失した為に、その場から移動しようとした黒い円球が半透明な空間に捕らえられる。
半透明であるが故に、灰色の土の結界とは違ってしっかりと中を見ることが出来た。
そんな半透明な空間にぶつかる黒い円球だったが、レイの炎獄に触れた時のように跳ね返されてしまう。
「これは……」
あれだけ自信満々だった理由が理解出来る。
そんな風に思うレイ。
いや、そのように思っているのはレイだけではなく、他の者達も一緒だ。
特にオイゲンとゴーシュの二人は、灰色の土の結界の次だからこそ、安心した様子でその光景を眺めていた。
「これなら十分にレイの代わりを出来る、か。……このマジックアイテムはどのくらいの時間保つ?」
「えっと、そうですね。マジックアイテムだけあって魔力を消費してますが、消費はそこまで大きくありません。ただ、見ての通りミスリルを多用しているので、値段の方が……」
「構わん。金が必要ならこちらで補助する。いや、あるいはミスリルを材料として渡した方がいいか?」
そこまで話を進めるダスカー。
ダスカーの中では、既にこのミスリルの釘を使うのを決定しているのだろう。
そんなダスカーの判断には、レイも反対はしない。
マジックアイテムの素材となるミスリルはそれなり高額ではあるものの、それでも効果は十分で魔石や魔力の消費もそこまで大きくはない。
そしてダスカーの手元には結構な量のミスリルが存在していた。
勿論他の結界のマジックアイテムにも、見るところはある。
そうである以上、そちらを重視してもいいのだが……それでも総合的に見た場合、ダスカーの目ではミスリルの釘が一番いいと思えたのだろう。
実際にレイから見てもミスリルの釘は悪くないと思えた。
そんなミスリルの釘を作った錬金術師の男は、ダスカーの口から出たべた褒めの内容に嬉しそうな表情を浮かべる。
自分の作ったマジックアイテムに自信はあったので、このようなダスカーの反応も当然という思いもどこかにあったが。
「ありがとうございます。そうして貰えるとこっちも助かります。ただ、このマジックアイテムは作るのにそれなりに時間が掛かります」
「量産性に問題ありか。……そのマジックアイテムの作り方を他の錬金術師に教えるようなことは出来るか?」
「……え?」
ダスカーの言葉が意外だったのか、錬金術師の男はそんな声を上げる。
まさか自分が開発したマジックアイテムの作り方を他の錬金術師に教えるように言われるとは、思っていなかったのだろう。
とはいえ、この場合はダスカーよりも錬金術師の男の態度の方が正しい。
一般的に大量に売られているようなマジックアイテム……それこそ、例えば明かりを生み出したり、火種を生み出したりするようなマジックアイテムなら、作り方も広く知られているので、自分なりのコツを教えるといった真似をしても問題はないだろう。
だが、今回のマジックアイテム……半透明の壁を作り出すマジックアイテムは、ミスリルというそれなりに希少な魔法金属を使うのは間違いないものの、基本的には錬金術師の男が自分で考えた……オリジナルのマジックアイテムだ。
その作り方を他の錬金術師にも教えろと言われて、すぐにはいそうですかと頷ける筈もない。
「その、そうなると俺の方はかなりの大損になるんですが。マジックアイテムを作るのにも結構な費用が掛かってますし」
レイからの商品……クリスタルドラゴンの素材を貰えるかもしれないというのは、男にとっても決して悪い選択ではないだろう。
もっとも、それはあくまでも『貰えるかもしれない』であって、確定した訳ではない。
レイにしてみれば、恐らく問題ないとは思っている。
実際に黒い円球を捕縛しているし、外からもしっかりとその様子が見える。魔力や魔石の消耗もない訳ではないが、そこまで極端なものではない。
そうなると、今日ここに来ていない錬金術師達が余程高性能な結界のマジックアイテムでも持ってこない限り、クリスタルドラゴンの素材を渡す相手として決まっているように思えた。
(それでもこっちの意表を突くのが錬金術師達かもしれないんだが)
錬金術師達の性格を知っているレイは、今回の件でその能力も十分に確認した。
ダスカーがマジックアイテムを作るように要請してから今日まで、決して長い時間があった訳ではない。
そんな中でこうしてきちんとマジックアイテムを完成させるのは、レイが見ても十分に凄いと思えることだった。
伐採した木の魔法的な処理をダスカーに任されていたということで、それだけでも十分に有能なのは間違いなかったのだが。
トレントの森で伐採した木に魔法的な処理をして、それを建築資材にする。
言葉にすれば簡単なことだったが、その建築資材はギルムという辺境にある場所の増築工事に使われるのだ。
中途半端な能力で行われた場合、モンスターがギルムを襲ってきた時、そこから防衛線が決壊する可能性もあった。
そうならないようにする為には、しっかと能力のある錬金術師を選ぶのは当然だろう。
「それで、どうだ?」
答えを促すダスカーに、男は意を決して口を開くのだった。
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