3217話
ダスカーは自分の方にやってくるレイの姿に気が付き笑みを浮かべる。
レイがいるのは分かっていたが、マリーナと話をしていたこともあって、近付かないでおいたのだ。
もしここで自分が近付いたりしようものなら、マリーナにまた何を言われるのか分からない。
そう思って、マリーナから離れていたのだが、それでもレイと話をする必要はあるので、レイの方から来てくれたのは助かったのだろう。
「レイ、よく来てくれたな」
「いえ、ダスカー様にはマリーナが迷惑を掛けてしまったようで……申し訳ありません」
「気にするな。……うん。まぁ、気にするな」
ダスカーのその言葉は、間違いなく何かがあったというのを示している。
それが少し気になったレイだったが、ここでそれを聞くようなことは止めておいた方がいいと判断し、別の話題……寧ろ本題に入る。
「それで、ダスカー様。結界のマジックアイテムはどうなりました? 見た感じ、何人か錬金術師達がいるようですが」
やって来た錬金術師達は、レイの存在に見向きもせずに炎獄を見る為に行動していた。
錬金術師達にしてみれば、ダスカーから色々と事情を聞かされてはいるものの、実際に自分の目で穢れを……そして何より、自分達が作った結界のマジックアイテムが炎獄に対抗出来るのかということを確認したいのだろう。
「研究者達と友好的にやってくれればいいのだが……どうだろうな」
「それは難しいでしょうな」
ダスカーの呟きに、ブロカーズがそう言う。
レイもまたブロカーズの意見に賛成だったので頷く。
一応、レイは昨日オイゲンやゴーシュといった研究者に話はしてある。
実際、いつもならこの時間はまだゴーシュを始めとしたギルムで寝泊まりしている者達は野営地に来ていないのだが、今日はこうしてもう来ていた。
それは錬金術師達が作ったというマジックアイテムを使うのを、せめて自分の目で見ようという思いからの行動。
錬金術師達のマジックアイテムが上手く発動すれば、それが自分達の利益になるというのは分かっている。
だが、それでも現在行われている自分達の観察を邪魔する必要があるのかと、そんな風に思ってしまうのは仕方がないのだろう。
それに対して、錬金術師達はダスカーから頼まれたという大義名分を持っている。
そんな研究者と錬金術師が一緒にいて、騒動にならない方がおかしい。
「何か騒動になったら、こっちで止めますよ。……もっとも、本当に騒動になれば研究者達の方が有利でしょうけど」
研究者も錬金術師も、身体能力は共にそこまで高くはない。
それでもレイがトラブルになった場合、研究者達の方が有利だと断言したのは、まず人数差がある。
レイが見たところ、錬金術師の人数が五人。
それに対して、研究者だけで二十人以上。
何より決定的なのは、研究者達には護衛達がいるということだ。
縁故採用されたせいで能力的に疑問を抱く者もいる。
だが同時に、きちんと能力のある護衛もいるのだ。
そうである以上、双方共に武力行使ということになれば、どちらが有利なのかは考えるまでもなく明らかだった。
「だろうな」
ダスカーもレイの考えていることはすぐに思い当たっており、頷く。
「取りあえず俺がいけば問題は起きないと思います。……セトもいますし」
そう言うレイだったが、今はセトはレイの側にいない。
マリーナやヴィヘラに撫でられ、嬉しそうに喉を鳴らしていた。
「レイがいれば大丈夫か。なら任せる」
「はい。……もっとも俺が止めた場合、寧ろ俺の方に敵意が向けられるかもしれませんので、あまり気は進まないんですけどね」
研究者達の護衛の中には、何人かレイに敵意を持っている者がいる。
それでもレイが仲裁に入ったことで攻撃してくるといったようなことはないだろうが、それでも面白くないと思うのは間違いないだろう。
「すまんが、頼む。これからのことを考えると、穢れに対抗する為には錬金術師と研究者のどちらの力も必要なのだ」
そうダスカーに言われ、レイは頷くと炎獄のある方に向かう。
現在野営地には複数の炎獄があるが、レイが向かったのはその中でも一番近くにあるものだ。
馬車から降りた錬金術師達が炎獄について調べるのなら、すぐ側にある炎獄に向かうのは自然なことだった。
「おい、この炎獄を解除する意味を本当に分かってるんだろうな?」
「勿論だ。俺の作ったマジックアイテムがきちんと効果を発揮するかどうか……穢れとやらを本当に捕らえることが出来るかどうかを確認するのだろう? 成功すれば、それによって穢れは自由に行動出来なくなる」
錬金術師のその言葉は真実だ。
ダスカーから頼まれ、その為に結界のマジックアイテムを作ったのだから。
だが、だからといってそのようなことを言われると、研究者達は面白くない。
結界のマジックアイテムを実際に試してみるのは、大きな意味があるだろう。
しかし、その実験をする為なら穢れを観察している自分達はどうなってもいいのか、と。
そんな風に思ってしまうのだ。
「おい、それは……」
「はい、そこまでだ」
研究者の一人が錬金術師に向かって怒鳴ろうとしたが、そこにレイが割って入る。
そのおかげで、幸いながら錬金術師達と研究者達が本格的に言い争いになるようなことはなかった。
「ぐ……レイ……」
「レイか。それで、これからはどういう風にするんだ?」
怒鳴ろうとした研究者は不満そうにし、錬金術師はこれからどうするのかといった風に尋ねる。
「取りあえず落ち着け。錬金術師達が作ったマジックアイテムは、上手い具合に発動すればお前達の役にも立つんだ。なら、別にここで喧嘩をしたりしなくてもいいだろう?」
「それは……まぁ、そうだけど」
「お前もだ。この研究者達によって、閉じ込めておけば穢れが餓死するというのが判明したんだ。そのお陰で、結界のマジックアイテムを作ることになった。それを思えば、少しくらい感謝してもいいんじゃないか?」
「それは……分かったよ」
錬金術師も完全にという訳ではないが、レイの言葉に納得する。
実際、もし穢れが餓死をするというのが分からないままであれば、結界のマジックアイテムを作って欲しいというダスカーからの要望はなかっただろう。
……もっとも、穢れの関係者の拠点にレイが行くということを考えれば、最終的には何らかの方法で穢れへの対処方法は用意しておく必要があったのだ。
だからこそ、もしかしたら餓死がなくても穢れを捕らえておけるというだけで結界のマジックアイテムを開発して欲しいという依頼があった可能性は十分にあった。
「いいか? ここでお前達が喧嘩をしたり、何らかの騒動を起こしたりしたら、それは他の者達にも迷惑を掛けることになるだろう。そうなれば他の仲間からどういう視線で見られるか……いや、それどころか、場合によってはこの場所での研究やマジックアイテムの試験が中止になったり、最悪騒動を起こした者は次から呼ばれないとか、そういう形になるかもしれないのを覚えておいてくれ」
レイの言葉に、双方共に不承不承黙り込む。
そんな面々を見て、レイは安堵した様子を見せる。
「取りあえず、ここで騒動を起こしても意味がないというのは理解したな。後はそれぞれにこれからのことを理解して行動してくれ。……お互いに敵視しても、意味はないだろ。寧ろ協力的に行動した方がこの先にもかなり楽になると思うが」
「分かった。その辺りについてはきちんと考えよう」
オイゲンが研究者達を代表するように、そう告げる。
ゴーシュの方はまだ完全に納得した様子を見せてはいないものの、オイゲンがそのように言うのならと黙り込んでいた。
「それで、レイ。仲良くやるのは分かった。けど、まずはマジックアイテムの実験をする必要があると思うが、どうだろう?」
「そうだな。……それで、来た錬金術師は五人か? いやまぁ、時間があまりなかったのを考えると、寧ろ五人もマジックアイテムを完成させたと言うべきか」
マジックアイテムというのは、そう簡単に出来るものではない。
簡単なマジックアイテムであればともかく、今回のように最初から作るとなると、どうしても時間が掛かってしまう。
そういう意味では、五人がマジックアイテムを完成させたのは、ギルムにいる錬金術師のレベルの高さを示しているのだろう。
「マジックアイテムを作るのは、人によって速度が違う。ここにいるのは、その辺が優れている者達といったところだろう」
「……単純にレイの出す賞品に目が眩んだだけってのもあるけどな」
自慢げに言う錬金術師に対し、近くにいた別の錬金術師がそう告げる。
それに対し、最初に話していた錬金術師は不満そうな表情を浮かべた。
実際にここまで素早くマジックアイテムを作ることが出来たのは、レイが出す賞品が非常に魅力的だったからというのは間違いない。
間違いはないが、それでも研究者達の前で言わなくても……と思ったのだ。
そして話を聞いた研究者の一人が、興味深そうに賞品云々と口にした錬金術師に尋ねる。
「おい、賞品って何の話だ? 何か貰えるのか?」
「そうだ。穢れを無事に捕らえることが出来るマジックアイテムを作れば、クリスタルドラゴンの素材を。出来なくても参加賞として魔の森のモンスターの素材を貰えることになっている」
「な……」
話を聞いた研究者は、驚きに何も言えなくなる。
研究者達も、当然だがクリスタルドラゴンには強い興味を持っていた。
特にゴーシュ達のようにギルムで寝泊まりをしている者達にしてみれば、クリスタルドラゴンの件についての噂は毎日のように聞く。
しかし、それでも今は穢れの方を優先するべきだと考えていたので、レイに対してクリスタルドラゴンについてや、魔の森について話を聞くといった真似はしていなかった。
だが、錬金術師達が上手くいけばクリスタルドラゴンの素材を貰えると聞けば、それを羨ましく思わない訳がない。
オイゲンやゴーシュを含め、何人もの研究者の視線がレイに向けられた。
だが、その視線の意味をしっかりと理解しつつも、レイは特に気にした様子もなく口を開く。
「どうした?」
「どうしたって……錬金術師達にはそのような貴重な素材を渡すのに、こちらには何もないというのは少し贔屓がすぎるのではないか?」
「そう言われてもな。マジックアイテムの件は俺が要望して急いで作って貰ったものだ。それに対する報酬を俺が用意するのは当然だろう? クリスタルドラゴンの素材の件も、別に全員に渡す訳じゃない。あくまでも最も優秀なマジックアイテムを作った者に対してだけだ」
「その点について追加で質問だが、クリスタルドラゴンの素材については、ここにいる五人が最終候補ということでいいんだよな?」
レイとオイゲンの会話に割り込むように、錬金術師の一人が訪ねる。
その言葉は、既に分かりきっていることだが念の為に聞いておこうといったようなものだったのだが……
「いや? 俺がクリスタルドラゴンの素材を渡すのは、あくまでも一番優れた結界のマジックアイテムを作った奴に対してだ。勿論、こうして早く完成させたというのは加点要素になるが、それによって完全に決まったかと言われれば、それは違う」
「ぐ……」
レイの口から出た言葉が予想外だったのか、錬金術師が言葉に詰まる。
レイと話していた錬金術師もそうだが、他の錬金術師達もクリスタルドラゴンの素材を貰うのは、この場にいる五人の誰かだと思い込んでいた。
中にはいっそ前もって話し合い、誰がクリスタルドラゴンの素材を貰ってもそれも分けるという形にしてもいいのでは? と考えていた者すらいる。
だがそんな考えは、レイの口から出た言葉であっさりと砕けてしまう。
「別にそこまで落ち込む必要はないだろ? さっきも言ったが、早く完成させた分は間違いなく加点要素だ。現時点でお前達がクリスタルドラゴンの素材に一番近いのは、間違いないんだから」
慰めるような……というより、事実を口にしただけのレイの言葉に錬金術師達の気持ちは幾分か落ち着く。
とはいえ、ここにいない錬金術師達より有利なのは間違いないが、だからといって自分達が……いや、自分がクリスタルドラゴンの素材を貰えると確定した訳でない。
それだけに、何とか自分が……そう思っているのはレイにも十分に理解出来る。
理解出来るからといって、それでどうこうするといったつもりもないのだが。
「さて、話が終わったところで……早速実験を始めたいと思う。それぞれ準備をしてくれ。それと実験を見たい者達は解放された穢れに襲われたりしないように注意してくれ」
そうして、レイは話を進めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます