3209話

 突然冒険者になりたいと口にしたニールセン。

 期待を込めた視線でダスカーを見ていたが……


「ニールセンが冒険者なるのは、将来的にはともかく、今すぐにというのは難しいだろうな」

「え……ちょっ、何でよ!?」


 まさか断られるとは思っていなかったのだろう。

 ニールセンは慌てた様子でそう尋ねる。


「何でも何も、ここにいる面子は妖精のことを知ってるけど、基本的にまだ妖精の件を知らない者達が多いんだ。そんな中でニールセンが冒険者として活動してみろ。確実に混乱するぞ」


 そう言うレイだったが、クリスタルドラゴンの件で未だにギルムがそれなりに騒動になっているのを知っている分、もし妖精が冒険者になるということになると、今まで以上に混乱するのは間違いない。

 せめてもの救いは、もう冬ということで商人達もその大半が既にギルムを出ているということだろうが、それでもギルムに残っている商人はそれなりにいる。

 もしくは、商人以外の貴族達も残っている者は多い。

 その辺を考えると、レイとしてもニールセンが冒険者になるのは無理だと判断するしかない。

 これが妖精郷が公開されて、ギルムにおいても妖精の存在が当たり前になれば話は別だが。


「取りあえず今は諦めろ。ニールセンも面倒は嫌だろう? ……そもそも、ギルドカードをどうするんだ?」

「え? それは……」


 冒険者が持つギルドカード。

 レイはミスティリングに収納しているし、それ以外の冒険者達も普通に持ってはいるが、ニールセンは妖精だ。

 ギルドカードをどのように持つのかとレイが疑問に思ってもおかしくはない。


(背負うとか? いや、それだともの凄く目立つし、何よりも動きにくそうだ)


 ギルドカードは妖精とほぼ同じ大きさとなっている。

 そうである以上、妖精がギルドカードを持つというのはそれだけでかなり難しいだろう。

 妖精用のギルドカードを作れるのならそれもいいだろうが、そのような真似がそう簡単に出来るとも思えない。

 そもそもの話、妖精用のギルドカードとなるとギルドカードが小さくなり、そこに書かれている文字も小さくなる。

 若者ならいいが、老人……とまではいかないが、視力が落ちてきた者には判別しにくいだろう。


(考えられる可能性とすれば、妖精じゃない相手とパーティを組んで、ギルドカードを預けておくとか? あ、でもそれならニールセンがドッティをテイムしたんだし、ドッティに預けておくという手段もあるのか。これは言うと面倒なことになるだろうから、言わない方がいいけど)


 そのように考えていると、ニールセンが冒険者になるという話題はこれでおしまいと言いたげに長が口を開く。


「ニールセンが……いえ、妖精が冒険者になるという件はともかくとして、まずは穢れの件について話しましょう。幸運にもニールセンは穢れの関係者の拠点……それも当初予定していたよりも重要と思われる場所を見つけてきました。先程の話に戻りますが、穢れの対処をする為のマジックアイテムの件は難しいでしょうか?」


 ニールセンの件で若干雰囲気が和んでいたものの、長のその言葉で皆がまた穢れの件について考えを回す。


「ダスカー殿の話を聞く限り、ある程度は出来ているのだろう? なら、試しに使ってみるのはどうだろう? それで駄目なら……それこそ、エレーナ殿に頼むしかないが。貴族派に話を通す必要もあるが、穢れの件はそれこそミレアーナ王国中の者達が協力しなければならない」


 ブロカーズの言葉に、ダスカーは少し悩み……だが、結局のところ実際に試してみなければならないと判断する。

 もしマジックアイテムで作った結界による隔離が失敗しても、それはそれでどこが悪いのかといったことを考えることが出来る。

 その時は失敗であっても、それを糧にして更なる改良をすればいい。


「分かった。話を通してみよう」


 先程まで……ニールセンが戻ってくるまでは、ダスカーも錬金術師達の作ったマジックアイテムを実際に使って試してみようとは思っていなかった。

 しかし、ニールセンが戻ってきて、穢れの関係者の拠点を……それも使い捨ての拠点ではなく、明らかに何らかの重要な拠点、もしかしたら本拠地と考えてもいい場所が見つかったかもしれないのだ。

 そうなると、ダスカーもまた考えが変わってくる。


「だが、錬金術師達は能力はあるが……性格的に問題がある」


 ああ、と。

 ダスカーの口から出た言葉は、レイを納得させるのに十分な説得力があった。

 錬金術師達を実際に自分の目で見て知っているからこそ、そのように納得出来たのだろう。

 もしあの錬金術師達に、自分達が作ったマジックアイテムを実際に使うと言えばどうなるか。

 それこそ、自分達も実際にそれを使っているところを見たいと言うだろう。

 また、マジックアイテムを改良するにしても、その光景を実際に自分の目でみないと何とも出来ないのも事実。

 レイが見た限りのことを説明しても、それを向こうが完全に納得出来るかどうかは別の話だし、ましてやレイが見逃しているようなことがあってもおかしくはない。

 例えば、錬金術師なら当然のように知っているようなことであっても、レイがそれを知らないということになる可能性もある。

 レイはマジックアイテムを集める趣味を持っていて、その上でそれなりに詳しい。

 だが、それはあくまでも素人にしてはということになる。

 日曜大工を趣味としている者が、本職の職人である大工について技術的に指導出来るかと言えば、それは否だろう。

 レイと錬金術師達の関係もそれに近い。

 普段はレイも何かマジックアイテムの素材となる物がないかと言ってくる錬金術師達を雑に扱っているものの、その能力は十分に認めている。

 そもそも能力を認めていなければ、ギルムの増築工事において非常に重要な建築資材の魔法的な処理を任されないだろうと、理解しているのだ。

 もっとも、だからといってうざったいと思うのは変えられないが。

 とにかくそのような相手だけに、言葉だけで説得するような真似はまず不可能だろう。

 また、実際に自分達のマジックアイテムが使われている光景を見たいと言ってきても、そこに正当性は十分にあるのが、この場合は問題だった。


「けど、ダスカー様。錬金術師達にマジックアイテムを使うのを見せろと言われても、それを使う相手……穢れがいつどこに出てくるのかは分かりませんよ?」


 だからこそ、それを察知出来る長のいる妖精郷でレイは寝泊まりしているのだ。

 そうである以上、錬金術師達をどうやって穢れの現れた場所に連れていくのか。

 その辺は、非常に大きな問題となる。


「まさか、錬金術師達を妖精郷に連れてくるような真似は出来ませんし」

「それは承知している」


 錬金術師達がどのような性格をしているのか。

 ダスカーもそれについては報告で聞いている。

 そのような錬金術師達を妖精郷に連れてくれば、一体どうなるか。

 間違いなく大きな問題が起こるだろう。


「そうなると……考えられる手段としては、錬金術師達を野営地で寝泊まりさせるくらいでしょうか。樵達の仕事も終わっているので、人のいる場所は基本的に野営地だけで、穢れは人のいる場所に現れますし」


 勿論、絶対に野営地に現れるという訳ではない。

 例えば以前レイが遭遇したように、アブエロの冒険者がトレントの森に侵入して、その冒険者を狙って穢れがやって来る可能性は十分にあった。

 そうなると、レイは長から聞いてすぐにそちらに向かうことも出来るが、野営地にいる錬金術師達を戦闘に参加させるといった真似は出来ない。


「その辺は……実際に錬金術師達に聞いてみる必要があるだろうな。問題なのは、研究者達とどのように接するかだが」

「それもありましたね」


 現在、野営地にはレイの炎獄によって捕らえられた穢れがある程度存在している。

 オイゲンやゴーシュといった研究者達はその穢れを研究しているのだが、錬金術師達を連れていけば、穢れに興味を示すのは間違いないだろう。

 それこそ、場合によっては炎獄を解除して自分達の作ったマジックアイテムを使わせろと主張しないとも限らない。


(あれ? もしかして、それってそんなに悪くないのか?)


 結界のマジックアイテムは、別に穢れを倒す為のマジックアイテムではない。

 穢れを隔離し、餓死させるという意味では倒す為のマジックアイテムと評してもいいのかもしれないが、基本的には閉じ込める為のマジックアイテムだ。

 ……レイにしてみれば、出来るのなら普通に穢れを倒す為のマジックアイテムを作れるのなら、そちらの方がいいのだが。

 とにかく、いつ出てくるか分からない穢れを待って錬金術師の作ったマジックアイテムを試すよりは、既にいる穢れを相手に試してみた方がいいのではないか。

 そう思ったのだ。


「ダスカー様、現在野営地にいる穢れを使って錬金術師達の作ったマジックアイテムを使うのはどうでしょう?」

「それは検討したが、研究者達が許容しないだろう?」

「そうかもしれません。ただ、いつどこに現れるか分からない穢れを待って、そこに錬金術師達を連れて行ってマジックアイテムを試すよりはいいと思うんですが」


 錬金術師達を纏めて移動させるとなると、セト籠を使うしかない。

 だが、セト籠を使った場合は、それはそれで錬金術師達も興味深いと思うだろうし、何より穢れの現れた場所に近くにセト籠を置ける場所があるとも限らないのだ。

 その辺の状況を考えると、多少研究者達の不興を買っても、今いる穢れで試してみるのがいいのでは?

 そうレイは思う。


「研究者達の不興を買っても優先するべきか。……ふむ、ブロカーズ殿はどう思われる? 研究者の中には国王派の貴族と繋がりのある者もいるのだが」

「もしレイが言うようなことをするのなら、そちらは私の方で対処しよう。今は少しでも動くことが必要だ」


 そう言うブロカーズだったが、言葉とは裏腹に目が好奇心で輝いている。

 ブロカーズにしてみれば、穢れの件を解決するのも当然だったが、それによって自分の好奇心を満足させるという思いもある。

 そのような訳である以上、国王派と関係のある研究者達を説得するのはブロカーズにとって当然のことだった。

 もし研究者達の中にブロカーズの言葉に不満を抱き、素直にその指示に従えないという者もいるのかもしれないが……そうであっても、ブロカーズは気にする必要はない。

 それこそ要求をして駄目なようなら、次は命令にするだけだ。

 王都から派遣されたブロカーズは、上から……具体的には国王からその許可を貰っているのだ。

 その命令ですら拒否する場合は、ブロカーズも相応の対処をする必要が出てくる。


「では、野営地にいる穢れで試してみるという話で決まりでいいな? 勿論、そうなるとそこにはレイが必要になるが……」


 ダスカーがレイに視線を向けてくる。

 炎獄を解除するのはそもそもレイにしか出来ないし、レイがもし結界のマジックアイテムで上手い具合に穢れを捕獲出来ない場合、レイが再び炎獄で捕獲するか、あるいは魔法で倒す必要が出てくる。


「俺は構いませんよ。ニールセンが戻ってきたので、これからは妖精郷で寝泊まりをする必要もないですし」


 元々レイが妖精郷で寝泊まりをしていたのは、長からの念話を受け止めることが出来るニールセンがいなかったからだ。

 そのニールセンもこうして戻ってきたのだから、これからは別に無理に妖精郷で寝泊まりをする必要はない。

 それこそ、以前のように野営地で寝泊まりをしてもおかしくはないのだ。

 ……もっとも、レイのその言葉を聞いて長は一瞬だけ残念そうな表情を浮かべたのだが、喋っていたレイを含め、その場にいる誰もそのことに気が付く様子はなかった。


「そうか。そうなるのか。……なら、今日……は錬金術師達の準備が出来ないか」


 この会談が終わった後で急いでギルムまで戻り、マジックアイテムの開発に熱を上げている錬金術師達に連絡して結界のマジックアイテムを持ち込ませ、すぐにトレントの森に向かう。

 やろうと思えば出来るかもしれないが、どうせやるのならある程度しっかりと準備をしてからの方がいいだろうとダスカーには思えた。

 それ以外にも、ギルムに戻れば仕事がそれなりにあるのも今日これからでは少し難しいと思った理由の一つだったが。

 ただ、今日この時間を作るだけでダスカーはかなり苦労したのだが、野営地で結界のマジックアイテムのテストをする為に時間を作るとなると、それはそれで大変なことになる。

 もう冬になって、仕事が大分少なくなってきていることが、ダスカーにとってせめてもの救いなのは間違いなかった。

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