3208話
突然姿を現したニールセン、イエロ、ドッティ。
レイや長はニールセンを知ってるので特に気にした様子はなかったが、それ以外の者達……特に護衛の騎士やブロカーズの護衛を任されているイスナは、咄嗟に武器を抜く。
「待て!」
このままではニールセン達が攻撃される。
ただ止めただけでは騎士達は止まらないと判断したレイは、気迫を込めて叫ぶ。
また、レイは気が付かなかったが、そんなレイの行動に合わせるように長は数多の見えない腕という名前に相応しく、何人かの動きを止める。
「うえっ!?」
そんないきなりの様子に、ニールセンの口からは悲鳴染みた声が上がる。
まさかこのようなことになるとは、思ってもいなかったのだろう。
いや、それ以前にまさかこんなに人間がいるという時点でニールセンにとっては予想外だった。
妖精郷に入って他の妖精に話を聞けば、その辺の情報を知ることも出来ただろう。
だが、ニールセンはようやく妖精郷に戻ってきたという喜びと、何よりも穢れの関係者の拠点についての重要な情報を入手したのを少しでも早く知らせたかったので、妖精郷に入ってから真っ直ぐここまでやって来たのだ。
その先でこのような状況になるとは思わなかった。
「って、ちょっとドッティ! 大丈夫だから!」
「グエエエエエエエエ!」
驚いているニールセン。正確にはニールセンが乗っているイエロの前に出たドッティは、翼を広げて大きく警戒の声を上げる。
ドッティにしてみれば、その場にいる者達が武器を引き抜いた以上、ニールセンに危害を加える存在だと判断したのだろう。
慌ててニールセンが叫び、ドッティも威嚇の声を上げるのは止めるものの、それは声を上げるのを止めただけで、まだこの場にいる者達を警戒している。
……レイの気迫が護衛達に向けられており、ドッティには向けられていなかったのは、幸運だったのか、不幸だったのか。
もしレイの気迫を受けていれば、ドッティがどのように行動したのか分からない。
怯えて動けなくなるのならまだしも、場合によってレイを強敵と判断して襲い掛かった可能性すらあった。
「全く……」
数秒の緊張状態の中、そう口を開いたのは長だ。
動きを止めていた護衛達に向けていた力も解除し、その視線をニールセンに向ける。
ビクリ、と。
そんな長の視線を向けられたニールセンは、イエロの背中の上で動きを止める。
「キュウッ!?」
ニールセンだけではなく、イエロまでもが長の視線に何かを感じたらしく、悲鳴に近い声を上げた。
(これは……絶対にお仕置きだろうな)
長とニールセンの様子を見ながら、レイもまた気を抜く。
「ぜはぁっ!」
「うげえええええええ」
「はぁっ、はあっ、はあっ……」
護衛達はそこでようやくレイの気迫から解放され、それぞれに激しく息を吐く。
中には吐きそうになりながらも吐けないという状況になっている者もいた。
(あー、これは……俺もちょっとやりすぎたか? 殺気は放たなかったつもりなんだけどな)
そんな護衛達の様子に、自分も少しやりすぎたかと反省するレイ。
とはいえ、もしレイが咄嗟に行動に出なかったら、もしかしたらニールセンが攻撃をされていた可能性もある。
そうである以上、レイとしても咄嗟に行動しないといった選択肢はなかった。
……ダスカーに呆れの視線を向けられてはいても。
「失礼しました。皆さんに紹介しましょう。彼女はニールセン。既にダスカー殿には知らせてあったと思いますが、他の妖精郷から穢れの関係者の拠点らしき場所を見つけたという情報があり、それを確認しに行って貰っていました」
「ドラゴンの子供はエレーナの使い魔だな。そっちのハーピーは全く分からないけど」
長の言葉に付け足すように、レイが言う。
未だに護衛達は荒く息を吐いているのだが、そちらは取りあえず気にしないことにしたらしい。
後で謝っておいた方がいいとは思うのだが。
「ドッティは私の仲間よ。凄いでしょ」
「いやまぁ、凄いと言えば凄いんだが」
自慢げに言うニールセンにレイはそう返す。
実際、ハーピーをこうして仲間にした……つまりテイムしたというのは、レイから見ても凄いと思う。
レイの活躍によって、テイムをしたいと考える者はいるが、テイムというのはそう簡単なものではない。
だというのに、ニールセンはドッティをテイムしたというのだ。
それに驚くなという方が無理だろう。
実際には、別に何らかの手段を使ってテイムをしたという訳ではなく、ドッティが最初から仲間にして欲しいとイエロやニールセンに近付いたのだが。
ニールセンはその辺の事情を口にしたりはしていないので、レイにもその理由については何も分からなかった。
「ドッティは頭がいいのよ。それに、今回の旅で色々と助けてくれたし」
そこまで口にしたニールセンは、不意に視線をレイから長に向ける。
「だから、長。ハーピーを妖精郷に置いてもいいですよね?」
何となく、レイはそのやり取りを見て、子供が犬や猫を拾ってきて、母親に飼ってもいいかと聞いているのを連想する。
漫画とかでは、大抵こういう場合は元の場所に戻してきなさいといったように言われることも多いのだが……
「ニールセンが責任を持つというのなら、構わないでしょう」
あっさりとそう言う長。
ニールセンも、まさか長がここまであっさり許可を出すとは思っていなかったのか、驚きの表情を浮かべる。
「いいのか?」
「ピクシーウルフ達がいますし、今更かと。それに……こうして見ただけでも分かります。あのドッティというハーピーは、ニールセンが言うように頭がいいのでしょう。決して無意味に暴力を振るうような真似はしないかと。妖精達が妙な真似をしなければ、ですが」
「それは……何ともいえないな」
長の言葉にレイは何とも言えない様子で呟く。
妖精達がどれだけ悪戯好きなのかを知っている以上、場合によってはドッティにちょっかいを掛けるのはほぼ間違いないと思えたからだ。
実際にはドッティの頭のよさを考えれば、妖精達が何らかの悪戯をしてきてもそこまで神経質にならないだろう。
「分かった。まぁ、ドッティをどうするのかは妖精郷の問題だ。だとすれば、長が決めるのが当然だろう。それで、ニールセン。結果の方はどうだったんだ? 見た感じだと何らかの手掛かりを入手したと思ってもよさそうだが」
「レイの言う通りよ。ちょっと事情は複雑なんだけど……えっと、何でダスカー達がここにいるの? 他にも何人も」
ニールセンはすぐにでも自分の入手した情報を口にしようとしたものの、それを言うよりも前にその場にいる者達について尋ねる。
ダスカーの名前を覚えているのは、レイと一緒に何度も領主の館に行って、ダスカーと会ったことがあったからだろう。
代わりに他の面々については、誰も知らなかったのだが。
「ちょうど今、穢れについての話をしていたところだったんだよ。ダスカー様達がいるのはブロカーズを案内してきたからだな」
「ブロカーズ?」
「私だ」
ニールセンにそう自分の存在を主張するブロカーズ。
その目には好奇心がある。
妖精のニールセンはハーピーをテイムしたというのだから、それについて好奇心を抱くのはブロカーズにしてみればおかしな話ではない。
「ふーん、よろしくね。……それで、長。手に入れた情報を話してもいいの?」
「ええ、構わないわ。穢れについて話していたのだから、ニールセンが入手した情報をここで話しても問題はないでしょう」
ニールセンは長の言葉に頷くと、早速口を開く。
「まず、穢れの関係者の拠点というのはあったけど、手掛かりらしい手掛かりは見つからなかったわ。……というか、探している途中で巨大な鳥のモンスターの襲撃があって、それどころじゃなかったんだけど」
そう言い、ニールセンは説明を続ける。
その後、巨大な鳥のモンスターとの戦いが終わった後、妖精郷で休んでいたこと。
少し経ってから、小屋のある辺りで戦いが起こったので見にいったら、黒い円球を自由に扱う男と騎士達が戦いを行う。
その戦いは黒い円球を使う男が圧倒的に有利に進め、騎士達が逃げ出すのにこっそりと妖精魔法を使って協力したこと。
騎士達は全員が無事に逃げ出すことに成功。
戦いが終わった後で男が穢れの関係者の拠点と思しき小屋から何らかの箱を持ち出し、その後で黒い円球を使って完全に消滅させたこと。
その後で移動した男を追跡した結果、岩の幻影によって隠された洞窟を見つけたものの、その幻影に触れると穢れの関係者達にニールセンの存在が知られるかもしれないと思ったので、それには接触せずに妖精郷に戻ったこと。
「……なるほど。だとすれば、今回の件は当たりだった訳だ」
ニールセンの話を聞いたレイは、そう口にする。
実際、ニールセンが見つけたという洞窟はかなり重要な場所の可能性が高い。
あるいはボブが見た儀式を行っていた場所か? とも思ったが、その辺は実際にボブに確認してみないと分からないだろう。
(ん? あ、そう言えば、まだボブがいないな。……いやまぁ、ボブは別に穢れについて何か重要な情報を持ってる訳でもないんだし、無理に連れてくる必要はないんだけど)
ボブがいなくても今は特に問題はないだろうと思いながら、再びニールセンに尋ねる。
「それで岩の幻影で隠されているという洞窟のある場所に行こうと思えば行けるんだよな?」
幾ら怪しい場所を見つけても、その場所を忘れてしまっては意味がない。
そう思って尋ねるレイに、ニールセンは当然と胸を張る。
「きちんと覚えているに決まってるでしょ。大丈夫!」
「……イエロ」
「キュ!」
自慢げなニールセンが信用出来なかったので、改めてイエロに尋ねるレイ。
そんなレイに、イエロは大丈夫と喉を鳴らす。
もっとも、もし場所が分からなくてもエレーナならイエロの記憶を覗ける。
そういう意味で、洞窟に辿り着けないということはないだろう。
「ちょっとレイ、私を信用出来ないの?」
ニールセンが不満一杯といった様子でレイに向かって叫ぶ。
だが、レイはニールセンを知っている。
だからこそ、改めてイエロに聞いたのだ。
……ニールセンがそれを知れば、だからこそ余計にレイの態度に我慢出来なくなるだろうが。
「そう怒るな。念の為だ。ニールセン一人だけが知ってるよりも、イエロも知っていた方がいいだろ? ……そっちのドッティとかいうハーピーには、あまりこういうのを聞いても意味はなさそうだし」
レイから見たドッティは、ニールセンとイエロには心を許しているように見えるものの、他の面々に対しては違う。
勿論、ここにいるのはその多くが強者で、多少頭がよくてもドッティが勝てる相手ではないというのは本能的に分かっているのだろう。
……いや、寧ろそれを理解しているからこそ、周囲の様子を確認しているのかもしれないが。
イエロやニールセンはともかく、ドッティは正真正銘初めて会った相手ばかりだ。
そうである以上、全く警戒するなという方が無理だった。
「そんな訳で、あくまでも念の為の行動だよ」
「むぅ……」
ニールセンはレイの言葉に納得したような、出来ないような微妙な表情を浮かべる。
いつもなら、それでも不満の言葉を口にしていただろう。
だが、ここでそれを口にしないのは、長がいるからだ。
ただでさえ、この話が終わった時点でお仕置きされるのは確定されているのに、ここで更に失点を重ねれば、お仕置きが酷くなる……あるいは激しくなると理解しているのだろう。
実際にその考えは間違っておらず、長はニールセンがどう行動するのかをしっかりと確認していた。
そんな長の視線に気が付いたのか、ニールセンは慌てたように口を開く。
「そ、それよりほら。私もドッティをテイムしたんだし、レイと同じテイマーってことにならない? 冒険者だっけ? 私もそれになれると思うんだけど」
不意に出て来たその言葉に、レイは……いや、レイ以外の者達も驚く。
何故いきなり冒険者? と、そう思ったのだ。
そんな中、レイはすぐにニールセンが何を考えてそのようなことを言ってるのかを理解する。
(そんなに食べ歩きがしたいのか)
ニールセンは非常に愛らしい外見をしているものの、その性格はまさに妖精と呼ぶに相応しい。
そしてレイと一緒にギルムに行った時は、ドラゴンローブの中にいるしかなかった。
一応、ニールセンが食べたい料理は出来るだけレイが購入したが、レイもレイでクリスタルドラゴンの件があって大っぴらに動く訳にはいかない。
そんな訳で、ニールセンは自分が冒険者になれば自由にギルムで活動出来て、好きな料理を購入出来ると考えたのだろう。
そんなニールセンに、レイはただ呆れの視線を向けるのだった。
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