3206話

 レイの取りだしたオーク肉の串焼きは、話し掛けてきた妖精だけではなく、その妖精を止めようとしてぶら下がっていた妖精達にも興味を示される。

 そして数人の妖精がレイに向かって集まると、それを見た他の妖精達もレイに集まってきてしまう。

 最近では、レイが妖精達に食べ物を渡すことも少なくなっていた。

 理由としては、一度渡すと今回のように大勢が集まってきて切りがないからというものや、ニールセンがいない時に食べ物を渡すと、ニールセンが戻ってきた時にそれを羨ましく思って機嫌が悪くなるのではないかと、そのように思っての判断だったのだが……

 今回は特別ということでオーク肉の串焼きを渡したのが、見事に裏目に出てしまった形だった。


「俺……妖精って花の蜜を吸ってるとか、そういう印象があったんだけど……」

「俺はそこまでは思ってなかったけど、それでもオーク肉の串焼きがこんなに人気だとはちょっと思わなかった」


 レイからオーク肉の串焼きを貰って嬉しそうに食べている妖精達を見ながら、騎士達が言葉を交わす。

 妖精に対するイメージが完全に崩壊してしまった形だ。

 もっとも、このようなことは別に珍しいことではない。

 騎士達にしてみれば、妖精というのはお伽噺や伝承の存在で、実際に見たことがないので、ああでもない、こうでもないと色々と想像をしていたのだろう。

 しかし妖精にしてみれば、自分が他の者にどう思われているのかは、全く気にしていないのだ。

 自分達が思うように行動する。


「そんな……妖精が……妖精が……」


 そんな妖精の様子にショックを受けている者の中に、イスナもいた。

 普段の生真面目な性格からは想像も出来ないように、オーク肉の串焼きを食べている妖精達を見ている。

 ただし、その視線には動揺や悲しみといった色が強い。

 イスナの中にあった妖精に対するイメージとは、全く違う光景なのだろう。


「イスナ?」


 護衛対象のブロカーズにまで、そんな心配をされてしまう。

 すぐ近くでそんなイスナの様子を見ていたレイは、もしかして不味いことをしてしまったか? と疑問に思う。

 今のような状況でブロカーズの護衛のイスナが役に立たないようになるというのは、問題になるかもしれないと判断したのだ。

 あるいは直接問題にはならなくても、生真面目な性格のイスナだけに、後々自分の行動に罪悪感を覚えるかもしれない。

 どうしたらいいのかと思っていると、レイが困っているのに気が付いたのだろう。

 今までは特に何をするでもなく眺めていた長が小さく咳払いする。

 ビクリ、と。その咳払いを聞いた妖精達は動きを止めた。

 咳払いは決して大きくはなかったのだが、それでも妖精達の耳にはしっかりと届いたのだ。

 元々、長からはダスカー達が来たらよけいな騒動を起こさないようにしろと言われていたのを思い出したのだろう。

 最初は少しくらいならと見逃していたものの、それによってレイが困るとなれば話は違ってくる。


「さて、そろそろいいでしょう? 散りなさい」


 こちらもまた先程の咳払いと同様に、決して大きくはない声。

 しかし、それでも妖精達の耳にはしっかりと聞こえたのか、それぞれ散っていく。

 ……いや、それは寧ろ逃げ出していくという表現の方が相応しいだろう。

 このままここに残っていれば、長によるお仕置きをされるかもしれないと思ったのか。

 実際、その考えは決して間違ってはいない。

 もしまだここに残るような真似をしていた場合、恐らく……いや、ほぼ間違いなく長によるお仕置きをされることになっただろう。

 この妖精郷で暮らしているだけあって、妖精達もその辺については鋭い。

 もっとも、それでも好奇心を優先してお仕置きをされかねない妖精はいたのだが、幸いなことにそのような妖精は周囲にいた他の妖精達が引っ張っていった。


「失礼しました」


 妖精達がいなくなったところで、長がそう謝罪の言葉を口にする。


「いえ、気にしなくても結構。こちらも妖精という存在がどのような者達なのかを理解出来た。……恥ずかしながら、妖精についての情報はそれこそお伽噺や伝承についてのものしかないのでな。これで部下達も勉強になっただろう」


 ダスカーはニールセンと接する機会がそれなりにあったので、レイからオーク肉の串焼きを貰って喜んでいる光景を見ても、特に何かを思うことはない。

 ニールセンと似ているなと、微笑ましく思うくらいだ。

 だが、それはあくまでもダスカーがニールセンと接する機会が多かったからこそ。

 それ以外の者達……今日、妖精郷にやってきて初めて妖精を見た者達にしてみれば、どうしても妖精というのは自分の中にあったイメージが大きく影響を与えたのだろう。

 また、今日こうして妖精郷に来たダスカーの護衛となっている者は、前日から妖精郷に行くとは聞かされていたので、時間がある分、余計に想像が強くなってしまったらしい。

 もっとも。本来なら妖精郷に行くというのは前日に言われるようなことではない。

 それこそ数日前……いや、十日くらい前に言われてもおかしくはないようなことだ。

 しかし今日の件は、それこそ昨日急に決まったこととなる。


「気にしないで下さい。私達の存在が人に知られていないのは知ってます。幾つかの妖精郷は今でも特定の相手とは交流があるようですが……」

「何ですと?」


 長の口から何気なく出たその言葉は、ダスカーを……いや、話を聞いていたダスカー以外の者達を含めて、驚かせるには十分な内容だった。

 妖精というのは、お伽噺や伝承の存在と認識していたのだが、実は違うと。特定の相手とは交流があったと、そう言ったのだから。

 長はダスカーが驚く様子を見ても、特に気にしていないように言葉を続ける。


「この妖精郷ではなく、他の妖精郷の話ですよ」

「妖精郷が複数あるとは聞いてましたが……」


 ダスカーも、妖精郷が複数あるというのは知っていた。

 それこそニールセンが現在他の妖精郷に向かっており、それによってレイは野営地ではなくこの妖精郷で寝泊まりをしているのだから。


「ええ。勿論、具体的に誰というのは私は分からないけど。私が知ってるのは、あくまでも人と接触している妖精郷があるというだけですし」

「そうですか」


 短くそれだけを言うダスカーだったが、その頭の中では幾つかの候補がピックアップされていた。

 具体的には、貴族の中でも妖精のマジックアイテムを持っている者、持つと噂されている者。

 だが、ダスカーの予想の中に商人の姿はいない。

 もし商人が妖精のマジックアイテムを売っていたら、それはかなり目立ってしまう。

 勿論、中には偶然入手した妖精のマジックアイテムを売るといった商人もいるものの、それでもダスカーの知っている限りでは定期的に妖精のマジックアイテムを売っているような者はいない。


(俺の情報網はそれなりに広い。だが、それでも俺の中にそのような情報は一切入ってきていない。これはつまり、妖精郷と接触している者は相当に用心深いということか。……当然だな。俺でもそうする)


 妖精の作るマジックアイテムというのは、錬金術師が作る物に比べて性能が上だ。

 それも少しだけ上という訳ではなく、圧倒的なまでの差を持つ。

 勿論、中には魔導都市オゾスにいる錬金術師のように、妖精のマジックアイテムとそう大差のない性能のマジックアイテムを作ることが出来る者もいるが。

 ただ、そのような者は例外中の例外。

 基本的には妖精の作るマジックアイテムは、錬金術師が作るマジックアイテムの上位互換とでも言うべき性能を持っているのだ。

 だからこそ、妖精と取引のある者がそれを隠しもせずに公言するような真似をすれば、欲深い者達が集まってくる。

 それどころか、暴力で自分の言うことを聞かせようと思う者もその中にはいるだろう。

 妖精のマジックアイテムではなく、妖精を手に入れようと考える者もいるかもしれない。

 だからこそ一般的な判断能力があれば、妖精郷と繋がりがある者もそれを隠すだろう。


「出来ればそれが誰か知りたかったのですが、長の方で知らないのなら仕方がないですな」


 ダスカーは出来れば誰が妖精郷と接触してるのか知りたかったものの、この状況で無理を言うつもりはない。

 もしここで無理に長に言い寄っても、それは長がダスカーに抱く感情を悪化させるだけになると理解しているのだろう。


「元々妖精郷はあまり連絡を取ったりしませんしね。……そういう意味では、今回の穢れの件は特別なのでしょう」


 その言葉にダスカーは頷く。

 最悪の場合、この大陸が破滅すると言われている穢れ。

 それが特別ではないのなら、一体何が特別なのかというのはダスカーも同意見だった。

 ダスカーの様子を見ていた長だったが、先程まで騒いでいた妖精達が全員いなくなったのを確認すると、改めて口を開く。


「さて、ではいつまでもここにいる訳にもいきませんし、移動しましょう。……全く」


 最後の一言は長の口の中だけで呟かれた言葉だ。

 その言葉が向かう先は、レイ……ではなく、他の妖精達。

 今回の騒ぎは、妖精が好奇心を我慢出来ず騎士に話し掛けたのが原因だ。

 そうである以上、後でお仕置きをしないといけませんねと、心の中で思う。

 ……なお、長がそのように思った瞬間、最初に騎士に話し掛けた妖精は背筋に氷を入れられたかのように冷たい何かを感じ、妙な不安を覚えることになる。


「そうですね。では、行きましょう。……イスナ、そろそろ元に戻ってくれないか?」





 ブロカーズが長の言葉に賛成するものの、護衛のイスナは今もまだ呆然としたままだ。

 表には出していなかったが、妖精に憧れを抱いていたイスナにとって、オーク肉の串焼きを食べる妖精達という光景はそれだけショックが大きかったのだろう。


(生真面目な性格だしな。いわゆる委員長体質的な)


 レイはイスナを見ながらそんな風に思う。

 レイはイスナと話したことはあまりない。

 ブロカーズを助けた時やその後のやり取りくらいだろう。

 だからこそ、イスナについてはその印象からの感想しか持っていない。

 イスナの様子を眺めていたレイだったが、やがてイスナが我に返る。


「ん、こほん。……では行きましょうか」


 妖精達を見ていた自分の姿をなかったことにしたいのか、これみよがしに咳払いをしていたイスナがそう告げる。

 その言葉に何かを言いたげにしていた者もいたが、イスナに視線を向けると自分はこれ以上何も言わせないと態度で示す。

 騎士や冒険者達にしてみれば、イスナの視線にそこまで脅威を感じたりはしない。

 イスナは相応に腕利きなのは間違いないが、ここにいる者達もダスカーが自分の護衛として連れて来た者達なのだから、同様に腕利きなのだ。

 何人かの文官はそんなイスナの視線に息を呑んでいたが。


「こちらです」


 長はそんなイスナや騎士達のやり取りを気にした様子もなく、改めて案内を再開する。

 いつまでもここにいれば、また妖精達がちょっかいを出すかもしれないと、そのように思ったのかもしれない。

 ダスカーやブロカーズも、いつまでもここにいては話が進まないと判断したのか、長の言葉に異論を口にする様子もなかった。

 レイもまたそれは同様だ。

 これから穢れの件について色々と話すことがある以上、ここで時間を使うのは問題だと思ってしまう。

 特にレイは、穢れがやってきたら即座に出撃する必要があるのだから、真剣になるのは当然だった。

 他の者達も特に異論はないのか、あるいは異論があってもダスカーやブロカーズのようなお偉いさんが言ってる以上は反論出来ないと思っているのか、再び妖精郷の中を進み始める。

 特にイスナは、先程の自分の失態をこれで誤魔化せると思ったのか、積極的に歩いていた。

 ……ただし、その目は妖精郷の中を飛んでいる妖精達に向けられていたが。

 先程のように串焼きを食べているのではなく、ただ飛んでいるだけの妖精。

 それだけを見れば、イスナにとって思っていた通りの光景ではあるのだろう。


(妖精達を楽しむのは、実際に接触するんじゃなくて、こうして離れた場所で見てるのが一番いい。……そんな風に納得したんだろうな)


 実際、妖精達の愛らしい姿だけを見るのなら、それが一番いいのは間違いない。

 しかし同時に、そのような真似をすれば本当の意味で妖精と親しくなるということも難しくなるだろう。

 妖精達にとっても、自分達を見ているだけの相手よりも積極的に話し掛けてくる相手の方が接しやすいと考えるのは当然だ。


(もっとも、イスナがどっちを望んでいるのかは分からないけどな)


 イスナの様子を見つつ妖精郷を進み……やがて目的の場所に到着するのだった。

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