3181話
ピクシーウルフの一件が一段落したところで、レイは長に視線を向ける。
「それで、このピクシーウルフはこれからどうするんだ? このまま妖精郷で育てるのか?」
「そのつもりです。モンスターになったとはいえ、まだ子供ですから。このまま妖精郷の外に出したら、どうなるか……」
どうなるかと口にしてはいるものの、実際にどのようなことになるのかは長には予想出来ていた。
妖精郷の外、トレントの森には多くのモンスターや凶暴な動物が棲息している。
まだ子供のピクシーウルフは、それこそゴブリンを相手にしても多数だった場合、負ける可能性が高い。
そして負けてしまえば、そのまま死んでしまうのだ。
あるいはゴブリンに喰い殺されるか。
妖精魔法はサポートとしては強力な魔法だが、直接的な攻撃力という点では決して強くない。
そういう意味でも、決して戦いに向いている種族ではなかった。
もっとも、成長して大きくなれば話は別だが。
元々狼だったが、モンスターとなって高い身体能力も得ている。
それが今よりも成長すれば、その身体能力は更に高くなるだろう。
そうして大きくなれば、持ち前の高い身体能力と、何よりも補助に向いている妖精魔法は非常に大きな意味を持つ筈だった。
「それに、今はまだ妖精魔法を少ししか使えませんが、このまま大きくなった場合、妖精の輪を使えるようになる可能性もありますので」
「それは……もし本当にそんなことになったら、かなり凄いな」
転移能力である妖精の輪を使いこなす狼のモンスター。
場合によっては、ランクSモンスターとまではいかずとも、ランクAモンスターくらいにはなってもおかしくはないのではないか。
長の説明を聞いたレイは、そんな風に思う。
「そうですね。ただ、これはあくまでも私の予想、それもそうなって欲しいという希望を含めてのものです。もしかしたら、そのようなことは出来ないかもしれません」
「例え妖精の輪が使えなくても、妖精魔法を使えるだけで普通に凄いと思うけどな。……とにかく、話は分かった。そうなると、今はここで特に何かする必要はないってことか?」
「もしレイ殿に問題がないのであれば、今日はともかく明日以降にでもまた戦闘訓練をやってくれると助かります。この子達も出来るだけ強くなりたいとは思っているでしょうし」
ピクシーウルフとなった二匹が、強くなりたいと思うのはレイも理解出来る。
出来るのだが……だからといって、自分が戦闘訓練をするのは難しいとも思う。
「ピクシーウルフとなったこいつらが、一体どういう能力を持ってるか分からない。そうなると、戦闘訓練をする場合は想定外の出来事が起きる可能性もあるかもしれないぞ」
例えば、棒を使って戦闘訓練をする場合、レイは可能な限り攻撃を命中しないようにしていた。
だが、ピクシーウルフとなったことにより、レイには想像出来ない何らかの攻撃をしてきた場合、攻撃を寸止めするといったことに失敗する可能性は十分にある。
ピクシーウルフの二匹はまだ子供である以上、レイの攻撃が命中してしまえば大きなダメージを受けるという可能性は否定出来ない。
「一応、回復のマジックアイテムもありますので、大丈夫だとは思います。ただ、レイ殿がそこまで心配されるのでしたら、少し様子を見ましょうか」
「そうしてくれると助かる。俺もこうしてモンスターとなった瞬間というのは初めて見たし。出来ればそんな相手を傷付けたくない」
これで、相手がピクシーウルフではなく、もっと別の……それこそ凶暴なモンスターであったりした場合は、レイもこのように悠長なことは言ってられないだろう。
だが、ピクシーウルフは違う。
子供らしく活動的ではあるが、それでも悪意を持ってどうこうするといった真似はしない。
レイとしても、ピクシーウルフを傷付けるような真似はしたくなかった。
(セトとも仲が良いしな。……というか、セトに懐いているって感じか?)
レイとセトが妖精郷に来ると、何故か真っ先に気が付いてセトに遊ぼうと近寄ってくるのだ。
あるいはそうしてセトの存在を真っ先に察知するのも、モンスターとなる前兆だったのかもしれないと、そんな風に思う。
「分かりました。取りあえず今は解散としましょう。……私も色々とやるべきことがあるので、いつまでもここにはいられませんし」
そう言うと、長は不意に姿を消す。
転移したのは間違いない。
(まぁ、妖精の輪という転移能力があるんだから、自由に転移してもおかしくはないか。それとも、長はサイコキネシスっぽいのを使うし、そう考えると転移というかテレポーテーションとかそっち系なのか? ……結果は変わらないけど)
結局のところ妖精の輪であっても、テレポーテーションであっても、転移をするというのは変わらない。
そう判断し、レイは長が消えたことでどこか気楽な雰囲気になった妖精達に視線を向ける。
「俺は戻るけど、お前達はどうするんだ?」
「え? 私達? うーん、そうね。この子達をもうちょっと見ていくわ。何しろ、妖精郷の魔力でモンスターになったんだもの。どういう能力があるか興味があるし、私達で教えられることがあったら教えてあげたいし」
妖精魔法について言ってるのは明らかだ。
レイとしては、あまり妙なことをピクシーウルフ達に吹き込まないで欲しいと思うのだが。
もし妖精達の悪戯好きがピクシーウルフ達にそのまま受け継がれたら、今後騒動になるのは間違いない。
(妖精達なら長がいるから、それがブレーキ役になっている。けど、ピクシーウルフ達が長をブレーキ役と思えるか?)
もし他の妖精達と同じように、長がブレーキ役……いや、もっと言うのなら、抑止力とでも呼ぶべき力になったら、それはそれで構わない。
だが、もし違ったら……
(いやまぁ、そうなったらそうなったで、長が実力を見せるだけかもしれないけど)
レイとしては、ピクシーウルフ達にはニールセンの二の舞になって欲しくはなかった。
そもそも長の後継者と見なされているニールセンですら、長には手も足も出ないのだ。
……小さい頃から、長には勝てないという刷り込みがあるのかもしれないが。
小さい頃からのトラウマということなら、今のピクシーウルフ達もまだ子供である以上、長には勝てないという刷り込みが出来る可能性は十分にあった。
(もっとも、俺が考えなくても自然とそうなる可能性は高いけど)
ピクシーウルフ達の様子を眺めつつそんな風に思っていると、やがてもう重要な話は終わったと判断したのだろう。
セトがレイに向かって近付いていく。
「グルゥ」
「セト? そうか、いつまでもここにいても、暇か。なら、ちょっと散歩でもしてくるか? 妖精郷から外に出るようなことは出来ないだろうけど」
「グルルルゥ!」
レイの言葉に、嬉しそうな様子を見せるセト。
何人かの妖精達がそんなレイとセトの様子を見ていたものの、何か声を掛けてくる様子はない。
長がここに直接姿を現したというのが、大きな効果を上げているのだろう。
レイはいつまでもここにいると、そんな長の効果も切れるかもしれないと思い、セトと共に素早くその場から移動する。
(ん? そう言えばボブはどうしたんだ? ボブも妖精郷にいる筈なんだし、こういう騒ぎがあったら様子を見に来てもおかしくはないと思うんだが)
ボブは迂闊に妖精郷から出るようなことは出来ない。
そうである以上、レイのように暇を持て余していてもおかしくはなかった。
なかったのだが、ピクシーウルフの件でボブが顔を出すことはなかった。
ボブの性格を考えれば、こういうことがあれば顔を出してもおかしくはないのだが。
「なぁ、ボブはどうした?」
そのことが気になったレイは、近くにいた妖精に尋ねてみる。
その妖精は少し考え、やがて思い出したように口を開く。
「そう言えば、何人か連れて狩りに出かけたわよ。出来れば猪とか鹿とか、少し大きな動物を獲ってきたいって言ってたけど」
「大丈夫なのか? いや、心配いらないのは分かるけど」
ボブは妖精郷の客ではあるが、それは半ば成り行きのようなものだ。
歓迎されて妖精郷にいる訳ではない以上、自分で出来ることは可能な限り自分でやりたいと思っても、おかしくはない。
だからこそ、食料くらいは自分で可能な限り確保したいと思ったのだろう。
それを抜きにしても、もう冬だ。
今はまだ雪が降ってないので獲物もいるが、雪が降れば獲物も少なくなるし、何よりも雪が積もっていると狩りがしにくくなってしまう。
その辺の状況を考えると、やはり今のうちに獲物を獲っておき、その肉を干し肉にしたり、塩漬けにしたりと保存食にしておきたいと考えるのはおかしくはない。
(熊とかは、冬眠前が一番脂がのってて美味いって話だしな。……もっとも、トレントの森に冬眠するような熊がいるかどうかは分からないけど)
トレントの森は自然に出来た森ではない。
その為、本来なら存在するような、熊が冬眠するのに向いている洞窟の類もない。
いや、もしかしたらあるのかもしれないが、それなりにトレントの森で活動しているレイですらそのような洞窟を見たことはない。
そうなると冬眠するのは難しいので、熊は夏や秋ならともかく、冬になったらそのような洞窟のある場所に行くだろうというのがレイの予想だった。
ボブにしてみれば、熊のような大きな獲物を逃すのは残念だろう。
出来るだけ多くの肉を確保したいのだろうから。
だが……レイはそんなボブの考えを理解出来ると同時に、心配もあった。
穢れについては、それこそ長がいるので問題はない。
もし穢れが人の気配を頼りに転移してきても、ボブはどう穢れに対処すればいいのか理解しているのだから。
それこそ迂闊に手を出さないようにして逃げれば、追ってはこない。
だが、高ランクモンスターと遭遇した場合、どうなるのか。
遠距離から見つけただけなら、ボブが腕利きの猟師とはいえ、高ランクモンスターを倒そうなどとは思わない筈だから逃げることになるだろう。
だが、もし間近にいきなり現れたら……それこそ一緒にいる妖精が頑張っても、それでどうにかなるとは限らなかった。
「ちょっと見てきた方がいいか? ……いや、それも難しいか」
レイがこうして妖精郷にいるのは、あくまでも長が穢れの存在を察知した時、すぐに連絡が出来るようにする為だ。
そうである以上、レイが妖精郷から出るというのは……それこそ長に話を通す必要があった。
そして先程野営地に行ってきた以上、また妖精郷から出るとは言いにくい。
「何? ボブが心配なの? 何なら私が見てこようか?」
レイの様子を見ていた妖精が、そんな風に声を掛けてくる。
もっとも、これは別にレイに対して親切にしようと思っての行動……という訳ではない。
いや、レイに親切にすれば何らかの食べ物を貰えるかもしれないという思いがあるのも事実だったが、レイのお墨付きを貰って妖精郷の外に出てみたいという思いの方が強いだろう。
ある意味でレイを利用しようとしているのだが、レイはそれを理解した上で頷く。
「そうしてくれると助かる。何人かの妖精がボブと一緒に行動してるのなら問題はないと思うが、もしかしたら妖精達では手に負えないモンスターと遭遇してる可能性もあるし」
そうなった場合に自分を呼びに来れば、レイもすぐに応援に行ける。
ボブと一緒に行動している妖精達は、その辺について考えつかない……いや、そもそもレイが妖精郷に戻ってきているのを知らないといった可能性も否定は出来なかった。
だからこそ、レイの存在を知っている妖精にボブの様子を見に行って欲しかったのだ。
「レイがそう言うのなら、仕方がないわね。後で長に聞かれたらレイの名前を出すけどいいわよね?」
「それくらいは好きにしていい。……とはいえ、俺でも庇えないような問題を起こしたりしたら、どうにもならないけどな」
「ニールセンじゃないんだから、そんな真似はしないわよ」
ここでニールセンの名前が出る辺り、やはり妖精郷の中でもニールセンは色々な意味で有名なのだろう。
レイもニールセンと一緒に行動することが多かった為、その気持ちは何となく理解出来た。
「なら頼む。……多分大丈夫だとは思うけど、万が一があるし」
レイの言葉に妖精は頷くと、すぐに飛び去ってしまう。
いつまでもここにいると、ボブが帰ってきたり、あるいは何らかの理由によってやっぱり妖精郷から出るのを止められるかもしれないと思ったのだろう。
実際にそういうことがあるのかどうかはレイには分からなかったが、急いでボブの様子を見にいってくれるのなら問題はないかと、妖精の後ろ姿を見送るのだった。
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