3178話
振るわれたレイの槍……木の槍の石突きの部分、狼の子供の一匹は素早く横に跳んで回避する。
そんな相手の動きに、レイは感心した様子を見せる。
レイも自分の全力を出して槍を振るった訳ではない。
そのような真似をすれば、例え槍がいつ壊れてもおかしくはないようなものであっても、狼の子供達がそれを回避するような真似は不可能だっただろう。
だからこそ、かなりの力を抜いての一撃だったが……それでも、狼の子供達がその攻撃をあっさりと回避するというのは、予想外だった。
「ワオオオン!」
レイが攻撃したのとは違うもう一匹の狼の子供が、レイに向かって突っ込んでくる。
兄弟が攻撃をされて生まれた隙を見逃さないと、そんな風に思いながらの攻撃。
レイはその攻撃を後ろに下がることで回避し、木の槍で突っ込んで来た狼の子供を受け止め……手首の動きだけで、その場で一回転させる。
ふわりとした動きで、地面に着地する狼の子供。
「ワ……ワフゥ?」
突っ込んだ筈なのに、気が付けば地面に立っている。
何故自分がそのような状況になっているのか全く理解出来ず、混乱する。
あるいはこれで、地面に叩き付けられるといったようなことにでもなっていれば、その痛みで我に返るといったことも出来たのだろう。
だが、地面に着地した狼の子供には痛みは全くなかった。
全く痛みがないことに驚いた様子を見せつつ、動きを止める狼の子供。
レイはそんな相手を気にした様子もなく、攻撃を回避した方の狼の子供に視線を向ける。
すると次の瞬間、その狼の子供がレイに向かって突っ込んできた。
それを一歩後ろに退いて回避する。
「ワフ!?」
自分の攻撃が命中すると思っていたのだろう。
まさか攻撃を外すとはといったように戸惑いの鳴き声を漏らす狼の子供。
「ほら、どうした? 攻撃は全く命中してないぞ」
そう挑発するレイ。
とはいえ、狼の子供達はレイの言葉を理解は出来ない。
何を言ってるのかは分からないのだろうが……それでも、レイが自分達に向かって挑発をしてるというのは理解出来たのだろう。
一回転して着地し、戸惑っていた狼の子供も兄弟と共にレイに向かって攻撃をしてくる。
その動きはきちんと連携がされていて、レイを驚かせるには十分だった。
(いや、でも考えてみれば当然なのか? あの二匹は生まれた時から一緒に行動していたんだ。それに、妖精郷の中で育ったから、遊ぶ相手もお互いしかいない。……いやまぁ、妖精達なら遊んでくれるとは思うけど)
ただし、妖精達が遊ぶとなると、場合によっては洒落にならないような怪我をする可能性もあった。
狼の子供達もそれは分かっていてもおかしくはない。
「ほらほら、こっちだこっち」
右に左に、上に下に、前に後ろに横。
何度回避されても、狼の子供達の攻撃は続く。
レイはそれを回避しながら、時には槍を使ってちょっかいを出しつつ、挑発を続ける。
「ワオオオオオオン!」
狼の子供達のうちの一匹が、一際大きな叫び声を……あるいは雄叫びを上げながら、レイに向かって突っ込む。
しかし、レイは当然のようにそれを回避する。
そんな隙を突くかのように、もう一匹の狼の子供が声を出さずにレイに向かって襲い掛かるが……
「甘い」
「キャウン」
その動きを察知され、あっさりとカウンターの一撃を食らう。
レイも十分に手加減をし、狼の子供にダメージが残らないようにはしてある。
そのおかげで、衝撃は受けたものの怪我をするといったようなダメージはない。
狼の子供が悲鳴を上げたのは、その衝撃に驚いたからだろう。
「グルルゥ」
そんなレイと狼の子供達の戦いを、セトは心配そうな視線で見守る。
セトにしてみれば、レイが怪我をするとは思えない。
また同時に、レイが狼の子供達に怪我をさせるとも思えない。
思えないのだが、それでも戦闘訓練である以上は何があってもおかしくはないのだ。
例えば、レイは跳びかかってきた狼の子供達を槍で一回転させて地面に衝撃もなく下ろしているものの、それに驚いた狼の子供が空中でバランスを崩して地面に身体から倒れれば、相応のダメージを受けるだろう。
だからこそ、セトは万が一の時は自分が突っ込んでどうにかする必要があると考えていた。
「うわ、ちょっと見てよあれ。……何でレイと狼の子供達が戦ってるの?」
先程の賭けが終わったことで妖精達はその場からいなくなったのだが、いなくなればまたやって来るのはそうおかしな話ではない。
レイが狼の子供達と戦闘訓練をしているのを見て、通り掛かった妖精が不思議そうにそう呟く。
それだけなら、レイやセトもそこまで気にするようなこともなかったのだろうが、その妖精が戦闘訓練を見て面白そうだと判断したのか、近くを通り掛かった別の妖精を呼び、その妖精もまた別の妖精を呼び……といったような真似をした結果、結構な妖精達が戦闘訓練を見学に集まってくる。
(見ていて、そこまで面白い訳でもないと思うんだが)
狼の子供達の攻撃を捌きながらも、レイはそんなことを考える余裕があった。
妖精達の見世物になっているのには、若干思うところがない訳でもない。
だが、別に見られて困るといったことでもない以上、レイは周囲にいる妖精達は気にしないことにした。
なお、必死になってレイに攻撃をしてきている狼の子供達は、それだけ集中しているのか、妖精達が集まってきていることそのものに全く気が付いた様子がない。
(妖精達にとっては、かなりいい見世物なんだろうな。……まぁ、下手に手を出してこないだけいいか)
前後から挟撃をしてきた狼の子供達の攻撃を回避しながら、レイはそんな風に思う。
「キャウン!」
「ギャン!」
前後から攻撃するということは、そこにいるレイがいなくなれば当然ながら二匹の狼の子供達はお互いにぶつかるということを意味している。
これがもっと大人になった……賢さを持った狼なら、前後からの挟撃であっても微妙に進行方向を別にして、レイが回避してもお互いにぶつかったりしないといった真似も出来るのだが。
残念ながらまだ子供である為か、その辺りの判断は上手く出来なかったのだろう。
結果として、狼の子供達は空中でお互いにぶつかって地面に落ちる。
何気にこれが、狼の子供達がレイと戦闘訓練を始めてから最初に受けた大きなダメージだった。
「大丈夫か?」
痛がっている狼の子供達に、思わずレイがそう声を掛ける。
これで子供ではなく、大人に……一人前になっているのなら、こうした痛みを感じても、痛がって次の動きに繋げることが出来ないといったことはないだろう。
だが、生憎とまだ二匹は子供だ。
そうである以上、正面から兄弟にぶつかるといった真似をした痛みに耐えるといった真似はとてもではないが出来なかった。
(これ、もう戦闘訓練は終わった方がいいのか?)
狼の子供達が痛がっているのを見ていると、レイはそんな風に思う。
レイも、別に本気で……それこそこれ以上ない程に厳しく狼の子供達を鍛えるといったつもりはない。
長からのニュアンスを考えると、ある程度の基本的なことを教えればそれでいいといった感じだった。
そういう意味では、今の状況でも十分に厳しいのかもしれない。
だが、そう思うレイとは裏腹に、狼の子供達は痛みを我慢しつつ立ち上がる。
先程までは痛そうにしていたのだが、多少の時間によってその辺は問題がなくなったらしい。
「ワオオン!」
「ウオオオン!」
狼の子供達は自分を、そして兄弟に気合いを入れるように鳴き声を上げると、再びレイに向かって突っ込んでいく。
既に狼の子供達の中にあるのは、遊びといったような気持ちではない。
本気でレイに攻撃を仕掛けている。
……とはいえ、狼の子供達がそんな風に思っていても、だからといってそれがレイに通じるかと言えば、それは否だ。
二匹は正直に真っ正面から突っ込むのではなく、お互いに襲い掛かるタイミングをずらすという時間差を使ってレイに襲い掛かったものの、それはあっさりとレイによって回避されてしまう。
「どうした? まだやるんだろう? なら、もっと頑張れ。頭を使うんだ。こっちは俺だけ、それに対してお前達は二匹。その数の差を上手く使え」
そう言うレイだったが、当然ながらそんなレイの言葉は狼の子供達には理解出来ない。
ただ、代わりにそんなレイの言葉を訳してセトが狼の子供達に伝えていた。
「ワオオオオオン!」
「ワフゥ!」
一匹が大きく鳴き、それに答えるようにもう一匹が短く鳴く。
まだ諦めた様子がない狼の子供達に、レイは表情に出さないようにしながらも、感心する。
レイは自分の強さについて十分理解している。
自分の持つ影響力についてはそこまで詳細に理解している訳ではないが、強さというのは自分が持っている力だ。
だからこそ、もしレイが本気ではなくても戦闘訓練を行うといったような真似をした場合、その相手はレイの強さに最初の壁を感じる。
だが、狼の子供達の場合は……これは初めての本格的な戦闘訓練だというのも影響している為か、これが壁だという基準を持たない。
また、毎日のように全力で妖精郷の中を走り回っているおかげで、体力が切れていない今はまだ戦い続けることが出来ると認識してるのだろう。
実際には、レイと戦闘訓練を行う前にセトと追いかけっこをして、その結果体力をかなり消耗している筈なのだが。
そうして再び始まる狼の子供達の突撃。
先程のセトのアドバイスを聞いた為か、時間差をどうにかして効率的に使おうと考えているのがレイにも分かった。
ただし、それを考えたからといって上手くその通りに出来る訳でもない。
実際、それでも試行錯誤をしているその様子は、明らかに普通の狼の子供達よりも頭が良いように思えた。
(妖精郷で生まれ育ったからか? それこそ、モンスターになる前兆とか?)
妖精郷の中に満たされている魔力は、当然だが妖精由来のものとなる。
そんな魔力の中で生まれ育ってきた狼の子供達だけに、何か特殊な存在となっていてもおかしくはなかった。
あるいは、そんな妖精の魔力によってモンスターとなる前兆であってもおかしくはない。
「ちょっと、レイ。もう少し手加減してもいいんじゃないの?」
レイと狼の子供達の戦闘訓練を見ていた妖精の一人が、そんな風に言ってくる。
妖精にしてみれば、レイと狼の子供達ではお互いの実力差が開きすぎているのは明らかなのだ。
レイに文句を言った妖精も、レイが決して手加減をしていないとは思っていない。
だがどうせなら、もっと手加減をしたらいいのにと、そう思っての言葉だったのだろう。
「手加減をしすぎると、それはこいつらの糧にならないだろう? っと」
妖精と話しているのをチャンスと見たのか、狼の子供のうちの一匹が突っ込んでくる。
だが、当然のようにレイはそんな攻撃を食らう筈もなく、あっさりと回避し……
ずるり、と足が滑る。
「え?」
スレイプニルの靴の裏から伝わってくる感触に、レイの口から間の抜けたと評するのが相応しいような声が漏れた。
レイがいるのは、別に雨が降った後の地面という訳でもなく、普通の地面だ。
何故そんな地面を踏んで急に滑るのか。
それが分からず、反射的に地面を蹴って距離を取りながら、先程まで自分が踏んでいた地面を見る。
「マジか」
自分の足があった場所を見たレイの口から、思わずといった様子で漏れ出る言葉。
当然だろう。
レイの視線の先、先程足で踏んだ場所は地面が沼とでも呼ぶべき光景になっていたのだから。
もっとも、泥の沼とはいえそこまで大きなものではないし、沼と表現はしたものの水の類はない。
ただ単純に泥が柔らかくなっているだけだ。
自然の現象でこのようなことになるということはない。つまり……
「ちょっ、私じゃないわよ!?」
レイに視線を向けられた妖精、それこそ先程レイに向かってもっと手加減をするように言っていた妖精は、慌てて自分の仕業ではないと主張する。
その妖精の様子に嘘はないと判断したレイは、他の妖精達にも視線を向けるものの、誰もが首を横に振っていた。
戦闘訓練を見ている妖精は、それなりの人数になる。
その妖精の中に悪戯をしてきた者がいてもおかしくはない。
それこそ、レイがもう少し手加減をしたらいいのにと思っていた者は、実際に声に出した者以外にいてもおかしくはないのだから。
妖精の誰かが上手い具合に隠しているのか。
そんな風に思っていると……
「グルゥ!?」
驚きに喉を鳴らすセトに気が付き、そちらを見るレイ。
そしてセトが驚愕の視線を向けている先を見ると……
「え?」
そこには、毛の色が綺麗な若草色に変わった狼の子供達の姿があった。
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