3166話
レイの説明を聞いたブロカーズは、納得した様子を見せる。
「なるほど。穢れについてはそのような形になっていたのか。……まさか、そこまで色々と動いているとは思わなかった」
「ブロカーズ様、これからどうします?」
悩む様子のブロカーズに、その護衛の女騎士イスナが尋ねる。
イスナにしてみれば、レイから聞いた話はかなり危険な状況だ。
レイの言葉を完全に信じている訳ではない。
その辺は、単純にレイと気が合わないからというのもあるが、一人からの話を聞いただけで完全に信じる訳にはいかないという思いもあったのだろう。
「レイが妖精郷にいなければならないというのは、痛いな。……本来なら、もう少し余裕があると思っていたのだが」
ブロカーズにしてみれば、今回の一件でレイに頼ろうと思う面が大きかったのだろう。
レイの実力を知っていれば当然の判断だろう。
何よりも、レイは妖精郷に自由に出入り出来る人物であるのを考えると、実質的にはレイしか選択肢がないのも事実だった。
「悪いけど、今の状況だと俺もブロカーズと一緒に行動するのは難しい。妖精郷を出ている間に穢れが転移してきたりすると、それに対処出来るのは……エレーナしかいないし」
エレーナとレイが口にした瞬間、イスナの視線が厳しくなる。
一瞬、何故? と疑問に思ったものの、姫将軍の異名を持つエレーナは多くの者に慕われているのだ。
それこそ女の騎士であるイスナにしてみれば、アーラと同じようにエレーナを慕っていてもおかしくはないだろう。
(アーラがもう一人……いや、さすがにアーラ程じゃないか?)
何しろアーラは、初めてレイがエレーナと会った時、エレーナと視線が合ったレイにいきなり攻撃をしてきたのだ。
自分の崇拝するエレーナが、レイと視線を合わせてお互いに何かを感じたというのを本能的に理解しての行動だったのだろう。
もっとも、その行動のせいで最終的にはエレーナがレイに向かって頭を下げることになってしまったのだが。
そんなアーラと比べれば、レイがエレーナの名前を呼び捨てにしたからといって睨んでくるのは、そこまで気にするようなことではない。
レイはそんなイスナの視線を受け流しつつ、口を開く。
「これからのことはいいけど、それよりも明日までどうするかを考えないといけないと思うが?」
今、ここはトレントの森のすぐ側にある場所だ。
まさかここで野営をする訳にはいかない。
そうなると、レイが提案出来る選択肢はそんなに多くない。
「ここからそれなりに近い場所に野営地があるから、そこで野営をするか……もしくはこのままギルムに向かうかだ。普通に考えれば、この時間にギルムの前に行っても中に入れるといったことはしないだろうが……」
そこで一旦言葉を切ったレイは、ブロカーズに意味ありげな視線を向ける。
「ブロカーズは、王都でも相応の地位にあるんだろう? なら、この時間でも門を開けてギルムの中に入るといった真似は十分に出来るかもしれない」
レイにはブロカーズが具体的にどのくらい偉いのかは分からない。
分からないが、それでもダスカーの様子を考えると相応の地位を持ってるのは間違いないだろう。
妖精郷に行くことになるのだから、王都の方でもどうでもいい者を選ぶといった真似は出来ない筈だ。
そんな地位を持ってるのなら、多少の無理は通せる。
寧ろレイとしてはそっちの方が面倒がなくていいとすら思っていた。
何しろイスナは自分と相性が悪い。
そんな相手と好んで一緒にいたいとは、レイも思わない。
それはイスナも一緒だろうから、そういう意味ではお互いの考えは合致していると思っていたのだが。
「では、野営地に行こう」
ブロカーズの口から出たのは、レイにとっても予想外の言葉。
「いいのか? 本当に?」
レイにしてみれば、地位のあるブロカーズが選ぶのだから、ギルムに行くという選択をするとばかり思っていた。
なのに、そこから出た言葉は野営地に行くというもの。
自分の身の安全を考えているのか?
そう疑問に思うのも無理はないだろう。
「ブロカーズ様!? 本当に野営地に行くおつもりですか!?」
イスナもまた、ブロカーズの言葉は完全に予想外だったのだろう。
エレーナの件でレイを睨んでいたのが一変し、一体何故ブロカーズはそのようなことを言ったのかと、そう疑問に思う。
イスナにしてみれば、自分の護衛対象のブロカーズには野営地に行くといったことではなく、ギルムに行って貰いたかった。
レイの言葉に従うのは面白くないものの、現時点ではそれが最善なのだというのは十分に理解している。
だが、そんな二人の言葉にブロカーズは寧ろ意表を突かれた表情を浮かべる。
「何を言っている? ここまで来たんだ。そうである以上、野営地を見ておくのは当然だろう? それこそ、ここでギルムに戻るようなことがあったら、一体私は何をしにここまで来たのだ?」
「それは……」
ブロカーズの言葉に、イスナは反論出来ない。
実際にここまで来たのだから、ブロカーズがそのように言うのは分かりきっていたことだと、そう判断したのだろう。
「一応言っておくけど、野営地に行けば危険な目に遭う可能性がある。それを十分に承知の上で、野営地に行きたいと言ってるのか?」
イスナが黙り込んだのを見たレイは、次は自分の番だとブロカーズに尋ねる。
だが、そんなレイの言葉を聞いてもブロカーズは首を横に振って自分の意見を変えない。
「レイが何を心配しているのかは分かる。だが、残念ながら私は野営地に行くという考えを変えるつもりはない」
断固たる決意。
そんな言葉がレイの中に思い浮かんだが、だからといってここでそのようなことをしなくても……そんな風に思ってしまう。
だからといって、ここでレイが無理にブロカーズをギルムまで連れていくといった真似をしようとしても、後々問題になる可能性がある。
(あるいは……)
万が一の希望に縋るように、レイはイスナに視線を向けるが……
「っ!?」
そこではイスナもまた同じような視線をレイに向けており、お互いに相手に縋る視線を向けてしまう。
お互いに気まずい思いを抱きつつ、視線を逸らす。
先程まではレイに向かって厳しい視線を向けていたイスナだったが、それがまるで嘘のように消えていた。
ブロカーズの護衛……ある意味でお守りをする為には、自分だけではどうしようもない。
それこそレイの力を借りる必要があると判断したのだろう。
この辺り、自分の感情を殺しても仕事を優先させるのは、イスナの優秀さを表しているのだろう。
「分かった。……ただし、野営地はついさっき穢れが現れて、まだ騒々しいと思う。それでも構わないか?」
「穢れが? いや、だがレイはここにいるではないか」
レイの口から出た言葉を不思議に思い、尋ねるブロカーズ。
ブロカーズにしてみれば、レイだけが穢れを倒せると聞いている。
実際にはレイ以外にもエレーナが存在するのだが、その辺の情報はまだ入手していないのか、貴族派の象徴だから抜かしているのか。
「野営地の方に出た穢れを倒した後で妖精郷の長から連絡が来て、急いでこっちに向かったんだよ。……ほら」
「え? ちょっ、レイさん!?」
急にドラゴンローブの中から出されたミレリアの口から驚きの声が漏れる。
まさかここで自分がこのようなことになるとは、思ってもいなかったのだろう。
「ブロカーズは穢れの件で妖精郷にも行く人物だ。なら、今ここで妖精と会っても問題はないだろ」
「それは……」
これがニールセンなら、そんなの自分には関係ないと、面倒に巻き込むなと騒いでもおかしくはない。
だが、ミレリアはニールセンとは違って気弱な性格だ。
……レイとしては、本当に気弱な性格なのか? と微妙に突っ込みたい気持ちもあったのだが。
「おお、これが妖精……」
ブロカーズは、レイの掌の上にいるミレリアを見て驚きの声を上げる。
妖精郷があるというのは知っていた。
知っていたものの、それでもこうして目の前に実際に妖精がいれば、それはかなり驚くべきことなのは間違いなかった。
また、妖精に驚いているのはブロカーズだけではない。
ブロカーズの護衛のイスナもまた、レイの掌の上にいるミレリアの姿に感嘆の表情を浮かべている。
(あれ? もしかしてイスナも妖精好きだったのか?)
野営地にも妖精好きは多数いる。
そんな妖精好きと似た雰囲気をイスナも醸し出していたのだ。
それについて多少思うところはあったが、イスナの自分への態度が幾らか柔らかくなったら、それはそれで構わないと判断する。
「このミレリアが俺に長からの情報を伝えに来てくれたんだ。野営地以外にここにも敵が現れたとな。穢れの関係者が狙ってこうしたのか、それとも偶然こういう形になったのかは分からないけど」
穢れの関係者がどこまで狙って穢れを転移させることが出来るのかは、残念ながらレイにも分からない。
今のところ穢れは基本的に人のいる場所に転移してくるので、もしかしたら野営地での騒動が終わって一段落したところで再び穢れを転移させ、二重の夜襲を行うつもりだったのが、何故か夜にブロカーズ達がトレントの森の側にいたので、それが失敗したという可能性もあるだろう。
その辺りについては、生憎とレイにとっても予想でしかない。
もっとも、レイにしてみれば二重の夜襲よりも野営地から離れた場所に穢れが現れるという方が嫌なことだったのだが。
「そんな訳で……いや、ここでどうこう言っても仕方がないか。ブロカーズがどうしても野営地に行くというのなら、早くそうした方がいいと思う。いつまでもここにいれば、いつ穢れじゃなくて普通のモンスターに襲撃されるか分からないし」
穢れのせいで若干忘れがちではあるが、トレントの森には普通にモンスターが棲息している。
人が多数いて柵を使って防御を固めている野営地と違い、ここは本当に何でもない場所だ。
数少ないプラスの要素としては、トレントの森の中には入っていない……外側であるということだろう。
もっとも、だからといって安心だとは限らないのだが。
(セトがいるから、ゴブリンとかそういうのじゃない限り攻撃を仕掛けてこないとは思う。思うけど……それも、多分だし)
中途半端な実力を持った相手なら、セトの存在を知ればすぐに逃げ出すだろう。
だが、ゴブリンのように相手の強さを分からないモンスターであれば……あるいはセトと戦っても勝てると思っているモンスターなら、このような状況であっても攻撃をしてきてもおかしくはない。
普通の場所ではそこまで高ランクモンスターと遭遇することはないのだが……生憎と、ここは辺境だ。
そのような高ランクモンスターがいてもおかしくはない。
いや、それどころかいて当たり前といったところか。
もっとも、セトに挑むモンスターの場合、野営地があってもそれで怯むようなことなく襲ってくるだろうが。
「うむ、いつまでもこのような場所にいるのも問題か。では、行こう」
ブロカーズも、レイの言葉に反論する様子はない。
もしレイが無理にでもギルムに連れていくと言えば反論しただろう。
しかし向かうのが野営地という、ブロカーズの希望に添ったものである以上、それに反対をするつもりはなかった。
レイもそんな相手の言葉に助かったと頷く。
「分かった。じゃあ、行こう。……とはいえ、馬車は使い物になるのか?」
馬車を牽く馬はセトの存在に完全に怯えきっており、御者もまともに動けるとは思えない。
夜の道なき道を走るとなると、そのような御者に馬車を任せるのは非常に怖かった。
それはレイだけではなく、ブロカーズやイスナも同様なのだろう。
やがてイスナが不承不承といった様子で口を開く。
「では、私が御者を行いましょう。……レイ殿、悪いけどグリフォンを馬から離してくれるかしら。グリフォンがいると、馬が怯えて走ることが出来ないわ」
「分かった。……セト! ミレリアはどうする?」
セトに声を掛けると、セトはすぐにレイに近付いてくる。
そんなセトの様子を見ながら、レイは自分の掌の上にいるミレリアに尋ねる。
尋ねられたミレリアとしては、返事は一つしかない。
「レイさんと一緒に行動します。……何かあったら、長に報告する必要があるでしょうけど」
ブロカーズの件は長に報告した方がいいんじゃないか?
そう思ったレイだったが、ミレリアにしてみれば報告をする必要はないことだと思ったのだろう。
あるいはこの事態を見届けて、それから報告をしようと考えているのか。
レイはどちらでもいいかと判断すると、まずは野営地に向かうことにするのだった。
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