3146話

「これを、私に使ってみろと?」


 ホスタリクの言葉に、ドワイトナイフを差し出しながらレイは頷く。


「俺以外の者が使った場合、どうなるか。それも見ておきたい。このドワイトナイフは俺がダスカー様から報酬として貰ったマジックアイテムだが、だからといって俺しか使わないということはないだろうし」


 具体的には、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラ、アーラ、ビューネといった仲間達。

 それ以外の場合は、レイもなかなか貸すようなことは出来ないだろう。

 このマジックアイテムが一体どれだけの高額なのか……レイも具体的にはその値段は分からないが、使って効果を実感すれば、非常に高価な物だというのは分かる。

 性能だけではなく、その深緑の刀身も非常に美しいのだ。

 マジックアイテムを売っている店でも、そう簡単に購入出来るような物ではない。

 それでもレイがホスタリクに……顔を知ってる程度の相手にドワイトナイフを貸そうと思ったのは、自分以外の者が使った時にどのくらいの効果があるかどうかというのを確認しておきたいというのもあるし、何よりダスカーがいる前で騎士がマジックアイテムを奪う……などという真似はしないだろうと思った為だ。

 ドワイトナイフを差し出されたホスタリクは、ダスカーに視線を向ける。

 本当に自分がこれを使ってもいいのか。

 そのような確認をする為の視線だったが、その視線を向けられたダスカーは特に躊躇する様子もなく頷く。

 ダスカーもまた、レイ以外の者がドワイトナイフを使った時にどうなるのか、しっかりと確認をしておきたかった為だ。

 レイに報酬として渡す為に購入したドワイトナイフだったが、実際に試すのは今日が初めてだからこそ、しっかりとその辺は確認しておく必要があったのだろう。


「分かった。私が試してみよう。……とはいえ、その対象がゴブリンでいいのか? レイも先程はゴブリンを相手にやっていたが」


 そう言い、ホスタリクの視線は地面の上にある皮や肉、魔石に向けられる。

 レイがドワイトナイフを使って解体した結果、出来た代物だ。


(今更だけど、今回はゴブリンだったが、もっと高ランクモンスターで血とかも素材となるような場合はどうなるんだろうな?)


 例えば、レイがギルムで自由に行動出来なくなった理由のクリスタルドラゴン。

 そのクリスタルドラゴンの血も、レイは可能な限り採取してある。

 だが、ドワイトナイフを使って解体した時、血がどうなるのかは実際にやってみないと分からない。

 もしかしたら……それこそ最悪の予想だが、解体された結果地面に撒き散らかされるといったようなことになる可能性も否定は出来ないのだ。


「試しだしな。もしゴブリンに何かあって、素材が駄目になっても痛くはないし」

「そう言われると、是非とも失敗はしたくないな」


 レイの言葉に、ホスタリクはやる気を漲らせて自分が持つドワイトナイフを改めて見る。

 深緑の刃が美しいドワイトナイフに、普段日常生活で明かりのマジックアイテムを使うかのような感覚で魔力を流す。

 ホスタリクはそのままドワイトナイフをゴブリンに突き刺す。

 すると次の瞬間には周囲が眩しくなる。……そういう意味ではレイと同じだったのだが、輝く光はレイがドワイトナイフを使った時と比べて明らかに光量が小さい。


(多分、消費した魔力によるものなんだろうな)


 そんな風にレイが思っていると、やがて光が消える。

 眩しくなくなったのを確認してから地面を見てみると、そこにはレイがドワイトナイフを使った時と同じく、ゴブリンの肉、皮、魔石が置かれていた。

 ただ、置かれているのはレイの時と同じだったが、違う面もある。


「ホスタリクの方が少ない……のか?」


 ダスカーのその言葉に、ホスタリクを含めた他の騎士達やレイもまたその言葉に納得した。

 そう、ホスタリクがドワイトナイフを使った結果として現れたゴブリンの素材は、レイがドワイトナイフで解体したゴブリンの素材よりも少ない。

 それは一目見て明らかに少ない……例えば肉の量が半分といったようなことではないが、二つの素材の量を見比べると何となくホスタリクの方が少ないような? と思ってしまうくらいの差だ。

 レイの素材を基準として考えると、ホスタリクの素材の量は九割といったところか。


「ホスタリクさんのゴブリンの方が小さかったとか?」


 騎士の一人がそう言うものの、それは口にした者も信じているようことではない。

 もしかしたらそうだったかもしれないという言葉だ。

 とはいえ、レイもこれからドワイトナイフを使っていく以上、試す必要があるのは間違いない。

 再度ミスティリングから二匹のゴブリンを取り出す。

 普通のゴブリンなので、双方共に大きさにそこまで違いはない。

 実際にはしっかりと計測すれば、全く同じという訳ではなく、どちらかが大きいのだろう。


「レイ……さっきも思ったが、何故そんなにゴブリンの死体を持ち歩いているんだ?」


 再びミスティリングから取り出したゴブリンの死体……それも二匹を見て、呆れた様子でダスカーが言う。

 ダスカーも辺境の住人である以上、当然ながらゴブリンが他のモンスターと比べて明らかに使い道のない存在だと知ってるのだろう。

 何故レイがそんなゴブリンの死体を何匹も持っているのか、疑問に思ってもおかしくはなかった。


「何ででしょうね? 正直、俺も自分で何故ゴブリンの死体を持ってるのか分かりません。普段ならゴブリンの死体は収納しないで燃やしてしまってますし」


 死体をそのままにしておくということもあるのだが、それについては口にしない。

 そのままにしておけば、場合によってはアンデッドとなる可能性も否定は出来ないのだ。

 もっとも、死体が必ずしもアンデッドになる訳ではないのだが。

 それでも死体を放っておくのは色々と問題なので、それをわざわざ口にする必要はないと判断したのだろう。

 幸いなことに、ダスカーはレイの言葉に疑問を抱いている様子はない。

 ……ゴブリンの死体を何故収納していたのかという意味では疑問を抱いている様子だったが。


「多分、冒険者として活動を始めた頃とか、あるいは死体を捨てるに捨てられなかったりとか、そういうことがあったんだと思いますよ?」

「そうか。……とにかく、もう一度試してみろ」


 ダスカーにとってもゴブリンの死体についてはそれ以上は気にする様子はなく、そう指示を出す。

 そうして再度レイとホスタリクがドワイトナイフを使ってみたが、やはりその結果は先程と変わらない

 レイが使った時の方が光は眩しかったし、何よりも素材はレイの方が一割程多い。

 二匹のゴブリンは、大きさにそう違いはなかった。

 少なくても、素材に一割程も違いが出てくるくらいに違いがある訳ではない。


「これは、使う者によって素材の量に変化があるのか?」


 ダスカーが不思議そうに言う。

 普通ならマジックアイテムを購入すれば、どのような性能なのか、そしてどのようなことをしてはいけないのかといったように、いわゆる説明書の類があってもおかしくはない。

 ましてや、このドワイトナイフはギルムの領主をしているダスカーにとっても思い切った金額で購入したのだから。

 だが……ドワイトナイフを作ったドワイトは腕利きの錬金術師ではあるが、そちらに才能が偏っている分、常識がない。

 ドワイトナイフの大雑把な使い方だけが書かれた紙があるだけだったので、今のように使い手によって素材の量が変わるといったことはダスカーも知らなかった。


「そうらしいですね。というか……多分ですが、消費した魔力量によってその辺が変わるのかもしれません」


 レイにしてみれば、自分がドワイトナイフを使った時に消費した魔力はかなりの量だった。

 それを考えると、ホスタリクがドワイトナイフを使った時にそこまで魔力を消費したようには見えない。

 その差が、素材の量にも関わっているのではないかと、そう思ったのだ。


(ただ、一割くらいとなると誤差の範囲内かもしれないな。……ギガントタートルとかのような巨大なモンスターを相手にした時はともかく、それ以外の場合はそこまで気にする必要はないか? あ、でもオークとかガメリオンとか、そういうのの場合は肉が一割消えるのは痛いな)


 オークやガメリオンのように食べる機会が多い肉の場合、一割減るというのは非常に痛い。

 特にセトにとっては美味しい肉を食べるのを楽しみにしているだけに、一割も肉が減ると余計に残念そうにするだろう。


「だが……減るのは肉と皮だけか? 魔石の方は私のとレイのとでは違いがないように思えるが」


 ホスタリクのその言葉に、レイは……そしてドワイトナイフの効果に驚いていた者達や、ダスカーも含めて、魔石に視線を向ける。

 ゴブリンの魔石は、確かにレイとホスタリクがドワイトナイフを使った結果として違いはないように思える。


「つまり、魔石以外には影響すると?」

「それを私に聞かれても困るな。このドワイトナイフはレイの物だろう? であれば、レイが考えないといけないと思うが」

「それは……まぁ、そうかもしれないけど」


 ホスタリクに諭されたレイは、改めて自分の手の中にあるドワイトナイフを見る。

 そうしてふとダスカーに向かって尋ねる。


「ダスカー様、これってもしかしてまだ生きてるモンスターにも使えたりします? だとすれば、結構な攻撃手段になると思いますけど」


 ざわり、と。

 レイの言葉を聞いていたホスタリク達がざわめく。

 もしレイの言う通りのことが出来るとすれば、このドワイトナイフは最強の攻撃手段となる。

 何しろ急所ではなく、それこそ手足とかにでも刺せばその時点で素材に変えてしまうのだ。

 相手にとっても、いざとなれば多少のダメージは覚悟の上といった様子でドワイトナイフの一撃を受けるといったようなことはあってもおかしくはない。

 そんな一撃が致命傷になるのだから、もし生きている相手に使っても効果があるのなら、これ以上ない程に凶悪な武器となるだろう。

 ある意味で期待が込められたレイの視線に、しかしダスカーは首を横に振る。


「無理だ。基本的に解体の効果は死んでいる相手にしか発揮しない。勿論生きてる相手に対しても使おうと思えば使えるだろうが、その場合はあくまでも普通のナイフとしての扱いになる」

「……そうですか。残念です。そう上手くはいかないんですね」


 もしかしたら、穢れを一撃で殺せるかもしれないといった期待もあったのだが、その期待は完全に外れた形だ。


「あ……でも、ダスカー様。死んでる奴にしか使えないとなると、アンデッドの類はどうなるんです? アンデッドは基本的に死んでますよね?」

「それは……」


 レイの指摘が予想外だったのか、ダスカーも言葉に詰まる。

 ドワイトナイフの説明書とも呼ぶべき物には、本当に大雑把なものしか書かれていなかった。

 そうである以上、アンデッドにドワイトナイフを使った場合、どうなるのかはダスカーにも分からない。


「アンデッドに使った場合にどうなるのかは、分からん。一応取り扱いようの書類は貰っているが、それには大雑把な内容しか書かれていないからな」

「一応聞きますけど、このドワイトナイフはかなり高価な代物ですよね? なのに、そういう扱いでいいんですか?」

「腕の立つ錬金術師というのは、基本的に変人だからな。オゾスの錬金術師ともなれば尚更だ」

「そういうものですか」


 オゾスの名前が出たが、レイはそれを全く気にした様子もなく聞き流す。

 そのようなレイの態度を見れば、レイがオゾスについてそれなりの知識があるとダスカーが認識してもおかしくはなく、だからこそオゾスについての話題が出ることはなかった。


「ああ、そういうものだよ。だからアンデッドに効果があるかどうかは、実際に使ってみないと何とも言えないだろう」


 アンデッドということで最初にレイが思い浮かべたのはグリムだったが、まさかグリムに使う訳にもいかないと、すぐにそれを却下する。


「そうなると、いつかアンデッドに遭遇したら試してみないといけませんね。ゾンビとかスケルトンとかゴーストとかなら、それなりにいそうですし」


 ヴァンパイアのような高ランクのアンデッドならまだしも、もっとランクの低いアンデッドなら遭遇しようと思えばそれなりに出来そうな気がする。

 とはいえ、それでもどこでとなると少し難しいのは間違いない。


「その辺については任せる。もし遭遇する機会があってドワイトナイフを使った時、どうなったかを後で教えてくれると助かる」

「いつになるか分かりませんが、それが分かった時は報告させて貰いますね」


 そうして、ドワイトナイフについて一通り試すと、レイとダスカーは再び執務室に戻る。

 ……暇だと、ドラゴンローブの中でニールセンがレイの身体を叩いていたというのも、影響してるのかもしれないが。

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