3143話
「よく来てくれたな」
いつもの執務室にレイを迎えたダスカーは、笑みを浮かべてそう言う。
執務机の上には相変わらず書類の山があるが、以前来た時と比べると見て分かるくらいに少なくなっていた。
これも季節が冬になりつつある証拠だろう。
また、仕事が少なくなったのも関係してか、ダスカーの顔にも疲れの色はない。
そんなダスカーの様子に安堵しつつ、レイは執務室の中を見る。
来客用のソファーの前には前もってメイドに用意させておいたのだろう。紅茶や焼き菓子の類が置かれている。
「いえ、急に来てすいません。エレーナから領主の館に直接降りてもいいという許可を貰ったと聞いたので。色々とお知らせすることがあったから、タイミングもよかったんですが」
「そうか。話は聞こう。ああ、それとニールセンもいるのだろう? 出しても構わんぞ。話が終わるまでは、余程のことでもない限り執務室に入らないように言ってあるからな」
それがレイに対する……いや、より正確にはニールセンに対する配慮なのは間違いない。
ドラゴンローブの中にいるニールセンにも聞こえていたのだろう。
半ば強引にドラゴンローブから抜け出てくる。
「ふぅ、ドラゴンローブの中は快適だけど、それでもやっぱりこうして自由に飛び回れる方がいいわね」
そう言い、すぐにテーブルの上にある焼き菓子に文字通りの意味で飛んでいくニールセン。
レイはそんなニールセンに呆れの視線を向けつつ、改めてダスカーの方を見る。
「それで、今回ここに来た理由ですが……幾つか報告があります。エレーナから聞いてると思いますが、穢れは捕らえてしまうと時間が経つと小さくなっていきます。確実なことは言えませんが、恐らく餓死……という表現はどうかと思いますが、とにかくそんな感じになるかと。それで魔法とかスキルとかマジックアイテムで結界とかそういうのを得意としている人はいますか?」
そんなレイの言葉に、ダスカーは難しい表情を浮かべる。
ダスカーにとっても、穢れというのは非常に厄介な存在だ。
その穢れを倒せる手段が見つかったというのは嬉しいことだ。
だが同時に……難しいこともある。
「難しいな。エレーナ殿から情報を貰ってからギルドの方に確認をしているが、まだ返事はない。そもそも魔法で結界を使うといった真似をするにも、魔法使いそのものがそこまで多くはないし、その数少ない魔法使いも攻撃魔法が主になっている」
「でしょうね」
その件についてはレイも理解出来る。
冒険者というのはモンスターと戦うことが多い。
どうしても攻撃に比重を置く者が多いだろう。
勿論、中には防御の方を重要視する者もいる。
例えば護衛をする者などはその筆頭だろう。
また、魔法使いも別に攻撃魔法だけしか使えないとか、防御魔法しか使えないとか、そういう訳ではない。
だが……それでもやはり魔法使いが攻撃と防御のどちらに重点を置くかと言われれば、攻撃の方が大きいだろう。
「そうなると、冒険者じゃない魔法使いはどうでしょう?」
野営地に来た研究者の中には魔法を使える者は殆どいなかったが、研究者の中には魔法使いがいてもおかしくはない。
そう思って尋ねるレイだったが、ダスカーはこちらも難しい表情を浮かべながら口を開く。
「俺もそう思って、一応当たってはいるが……正直なところ難しい。錬金術師の方にも一応声は掛けてるんだがな」
「錬金術師なら、それこそ穢れについて教えれば興味を持ってもおかしくはないと思いますけどね」
穢れがどのような存在なのかを考えると、錬金術師達はその穢れを素材にして何らかのマジックアイテムを作ってみたいと考えてもおかしくはない。
レイが知っている魔法使い……具体的には、トレントの森で伐採した木に魔法的な処理をしている錬金術師なら、そのように考えてもおかしくはなかった。
もっとも、下手をしたら大陸が滅亡するという穢れの危険性を考えると、それを錬金術師達に渡すのはレイから見ても……いや、レイではない誰が見ても危険だとは思うが。
それについてはダスカーも理解しているのか、複雑な表情で口を開く。
「錬金術師については最終手段だろうな。ただでさえ現在のトレントの森は秘密の多い場所だ。妖精郷の件も込みでな」
ダスカーは口にしなかったが、妖精郷の件以外にもトレントの森の中央の地下に存在する、異世界と繋がる空間も錬金術師に見せられない存在だろう。
また、異世界の湖に棲息する魔石を持たないモンスターや、言語を話せるリザードマン、生誕の塔も同様だ。
「そうなると、スキルかマジックアイテム……ここでも錬金術師達が関わってきそうですね」
スキルはともかく、マジックアイテムを作るのは基本的に錬金術師だ。
そうである以上、この件においても錬金術師達が関わるのは避けられない。
(とはいえ、魔法使い達に魔法を使わせるのとは別で、マジックアイテムはそれがあればいい。錬金術師達が直接穢れに近付かなくてもいい分、誤魔化すのはむずかしくないと思う)
錬金術師を使うとすれば、まだマジックアイテムを作って貰う方がいいだろう。
ましてや、レイのミスティリングの中には錬金術師達が欲しがるモンスターの素材がこれでもかと言わんばかりに収納されている。
その素材を渡すと言えば、結界のマジックアイテムを作るくらいのことはやるだろう。
「俺が持ってる素材を餌にして、錬金術師達に結界のマジックアイテムを作らせるのはどうですか? 幸い魔の森のモンスターの素材はかなり……いえ、大量にありますし。そして一番強力な結界のマジックアイテムを作った者には、クリスタルドラゴンの素材を幾らか渡しても構いません」
「……いいのか?」
レイが考えたことは、当然ながらダスカーも考えてはいた。
だが、その素材の出所はあくまでもレイの所有物なのだ。
そうである以上、まさかダスカーが勝手にその辺りについて決める訳にもいかず、言うに言えなかったのだが……まさか、レイの方からそのようなことを言ってくるとはダスカーにとっても予想外だったのろう。
「穢れの危険性を考えると、素材を出し惜しみは出来ないですよ。それに……今から話すことにも関係してきますから」
「そう言えばレイがこうして直接やって来たということは、相応の理由がある筈だな。その話が重要だというのなら、その話をしっかりと聞こう。それで、どのような理由からだ?」
「実は妖精郷に、トレントの森以外の妖精郷から妖精がやって来たんですよ」
そう言い、レイは他の妖精郷から妖精がやって来た件についての説明を開始する。
他の妖精郷から別の妖精がやって来たという話に、ダスカーは驚きの様子を見せた。
「妖精郷が複数あるのは知っていたが、そうして行き来をしているのは初めて知ったな」
「俺も長からその話を聞いて驚きました。ただ、持ってきた情報はかなり重要です」
「うむ。レイがその拠点を探索なり制圧なりする場合、トレントの森で穢れに対処する者が必要になる訳か」
「だからこそ、俺の持っている素材を賞品的な扱いにしてでも、錬金術師達にマジックアイテムを作らせる必要があるかと。樵達も仕事を終えた者が出て来て、錬金術師達も暇になってきたみたいですし」
そういう意味では、タイミングがよかったのだろう。
もっとも、それは結局増築工事の進展が遅くなるということなので、ギルムにとっては決していいことだけではないのだが。
「すまないな。……レイに素材を使わせる分、こちらでも何か報酬を用意しておこう。やはりここは、金ではなくマジックアイテムの方がいいのか?」
「はい」
ダスカーの言葉に、レイは即座に頷く。
レイにしてみれば、金は手に入れようと思えばすぐに手に入れることが出来る。
ギルドにある依頼を受けてもいいし、モンスターを倒してその素材を売ってもいいし、あるいは最近は穢れのせいで出来ていないものの、趣味の盗賊狩りをしてもいい。
他にもセトの移動速度とミスティリングの存在を考えると、それこそ幾らでも商取引で儲けることも出来るだろう。
普通ならそう簡単に金を手に入れるといった真似は出来ないのだが、レイの場合はそれが出来るだけの実力がある。
そんな金に対して、マジックアイテムは日常生活に使われるような簡単な物はとにかく、マジックテントのような物ともなれば、購入しようと思ってもそう簡単に購入出来る訳でもない。
……オイゲンの場合は、幸運だったのか野営地に来る前にマジックテントを購入していたが。
それはあくまでもオイゲンの幸運によるもので、普通なら入手しようと思ってもそう簡単に入手することは出来ない。
「少し待っていてくれ」
そう言うと、ダスカーは座っていた椅子から立ち上がり、部屋から出る。
(って、ちょっと不用心じゃないか?)
レイはそのようなことをするつもりはないが、ここはギルムの領主であるダスカーの執務室だ。
そうである以上、本来なら人に見せては駄目な物もあるだろう。
執務机の上にある書類にしても、それはダスカーの部下ではなくダスカー本人が処理すべき書類である以上、レイが見てはいけないものだろう。
「レイ? どうしたの?」
ダスカーが出ていったのはニールセンも気が付いていたが、何故かレイの様子に疑問を抱いたのだろう。そのように尋ねてくる。
レイはニールセンの言葉で我に返ると、何でもないと首を横に振る。
「ダスカー様の行動がちょっと信じられなくてな。……それだけ俺を信じているのかもしれないけど」
ダスカーが自分を信じているというのを態度で示すべく、今のような行動をしたのかもしれない。
そんな風に思っていると、やがてダスカーが戻ってくる。
その手には精緻な飾りを施された木箱があった。
「悪いな、待たせたか」
「いえ。けど俺が言うのもなんですけど、ここは客室でも何でもなく、ダスカー様の執務室ですよ? もう少し慎重になった方がいいと思うんですが」
「レイが何かをすると? そもそも、そのようなことをする者なら忠告はしないだろう」
ダスカーの言葉に、そういう問題ではないと言おうとするものの、それを言うよりもダスカーはソファに座っているレイの前……そこにあるテーブルに木箱を置く。
ゴトリ、というその音から、木箱はそれなりに重量があるのは間違いない。
それこそ精緻な細工を施されたその木箱は、宝石の類を入れられていてもおかしくはない代物だ。
場合によっては、この木箱だけで一財産……とまではいかないが、相応の金額になるのは間違いないと思えるだけの価値はあるだろう。
「それで、ダスカー様。これは?」
「以前オゾスから取り寄せたマジックアイテムだ」
オゾス。
その言葉を聞いた瞬間、レイは魔導都市オゾスのことを思い出す。
世界に三人しか存在しないランクS冒険者のうち、一人が存在する都市。
そして魔法やマジックアイテムについての研究が盛んに行われている場所だ。
(何で俺はオゾスのことを忘れてたんだ? 普段の俺なら興味を持って行ってもおかしくはないのに。……あれ? そう言えば以前にもこんなことがあったような……)
以前もオゾスについて考えた時、思い出して違和感があったような……そんな疑問を抱いたレイだったが、それについて考えるよりも前にダスカーが口を開く。
「レイ? どうした?」
「あ、いえ。それよりもオゾスから取り寄せたマジックアイテムということですが」
そう答えた時、既にレイの中にあったオゾスに対する疑問は不思議なくらい……あるいは不自然なくらいに消えていた。
そのことにレイが違和感を抱かないくらいに。
ダスカーもそんなレイの様子に気が付くようなことはない。
木箱を置いた場所から少し離れた場所にある焼き菓子を食べていたニールセンも、それに気が付いた様子はない。
そしてレイも自分の異常に気が付くようなことはなく……ダスカーが木箱を開ける。
するとそこにあったのは、一本の短剣。あるいはナイフか。
基本的に戦闘に使うのは短剣で、戦闘以外に使うのがナイフだ。
そういう意味では、レイは鞘に納まっているそれが短剣かナイフかは分からない。
木箱の精緻な飾りとは裏腹に、その短剣は鞘に飾りがあったりといった様子はない。
そのような短剣である以上、木箱の方が価値があると思っても不思議ではない。
あくまでも、普通の者ならだが。
しかし、レイは違う。
魔力を感知する能力はないが、マジックアイテムを集めることを趣味としている以上、目の前にあるのがただのナイフではなく、マジックアイテムだというのが理解出来た。
「これを……俺に?」
「そうだ。抜いてみろ」
そうダスカーに促されたレイは、ナイフに手を伸ばして持ち上げ、鞘から引き抜く。
その刀身は、美しい緑をしていた。
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