3137話

 長との話が終わったレイは、その場を後にすることにした。

 結局のところ、ニールセンが他の妖精郷に行くかどうかというのは、まだ決まっていない。

 そうである以上、レイは取りあえず自分が野営地で待機をしていた方がいいだろうと、そう思ったのだ。


(ニールセンが他の妖精郷に行くかもしれないというのは、ダスカー様に聞いた方がいいな。エレーナに結界とかそういうのが使える奴がいないかをダスカー様に尋ねて欲しいと言っておいたけど、また連絡した方がいいのか?)


 出来ればダスカーとの何らかの直通の連絡手段が欲しいと思うレイだったが、今の状況ではそれが難しいのも理解している。

 とはいえ、その辺はいずれ何とかしなければいけないと……そのようにも思っていたのだが。


(そういうマジックアイテムが売ってれば、即座に買うんだけどな)


 そのように考えるレイだったが、対のオーブのようなマジックアイテムが売りに出されるといったことは基本的にはない。

 元々その手のマジックアイテムを作るのが不可能……とはいわないものの、非常に難易度が高い以上、数が限られる。

 それならいっそダンジョンとかで対のオーブのようなマジックアイテムを探す方が、まだ入手出来る可能性は高い。


(もしマジックアイテムが売りに出ても、それこそ幾らでも買いたいと思う奴はいるだろうし)


 資金的な意味では、レイに勝る者はそう多くはない。

 だが、通信用のマジックアイテムを買えるだけの資金を持っている者となれば、ギルムだけでもかなりの数となるのは間違いなかった。


「レイ、どうしたの? 何か深刻そうな表情をしてるけど。……もしかして、私が他の妖精郷にいかないからそんな表情を浮かべているの?」

「え? いや、別にそういう訳じゃない。ただ、ニールセンが長と離れた場所で連絡が出来るのが羨ましいと思ってな。そういうマジックアイテムがあれば、色々と便利だと思ったんだが……」


 そこまで言ったレイは、ふと思う。

 自分が今いる場所は妖精郷。

 そして妖精は強力なマジックアイテムを作ることが出来るのだと。

 それこそ、レイが長から貰った霧の音のように。


「レイ?」

「なぁ、ニールセン。長が持っているマジックアイテムに、離れた場所でも話せるようなマジックアイテムはないか?」

「え? うーん……どうかしら?」


 突然のレイの言葉に、ニールセンが思い出そうとする。

 だが、すぐに思い出すといったことは出来ない。


「なら、長に聞くのが一番か。マジックアイテムを作ってるのも長だし」

「え? ちょっ、本気!?」


 ニールセンにしてみれば、せっかく長のいる場所から離れたのだ。

 なのにまた長のいる場所に行きたいというレイの言葉に納得出来ない。

 ニールセンも決して長を嫌っている訳ではないのだが、今まで何度となくお仕置きをされ、それによって強い苦手意識を抱いている。

 そんな長に自分から会いに行くなんて……と、不満に思うのは、おかしな話ではない。

 レイもニールセンの気持ちは分かるし、マジックアイテムの件はニールセンがいなくても普通に話が出来る以上、どうしてもニールセンが一緒に来なくてもいいだろうと判断する。


「俺はもう一回長に会いにいくけど、ニールセンは久しぶりに妖精郷に戻ってきたんだし、知り合いと話していてもいいぞ」

「え? 本当に? うーん、しょうがないわね。レイがそこまで言うのなら、私もその言葉に反対する訳にはいかないじゃない。それに他の妖精達から色々と話を聞いておきたいしね」


 そう言うと、ニールセンはレイから離れていく。

 そんなニールセンを見送ると、レイは再び長のいる場所に戻っていった。


「さて」


 レイはそう短く呟くと、再び長のいる場所に向かう。

 出来ればニールセンを連れていった方がいいのだろうが、レイもニールセンが長を苦手にしているのは理解している。

 そうである以上、わざわざここでニールセンを連れていくような真似はしない方がいいと判断したのだ。


「あら? レイ殿……一体どうされたのですか?」


 立ち去ったばかりのレイが戻ってきたので、長は驚きながらそう尋ねる。

 長にしてみれば、レイとのやり取りはもう終わったと思っていたからだろう。

 そんな中で不意にレイが戻ってきたのだから、長が疑問に思うのは仕方がなかった。


「悪いな、すぐに戻ってきて」

「いえ、レイ殿が来てくれるのなら私は歓迎します」


 ニールセンは長に苦手意識を持っているが、何故か長のレイに対する評価は高く、非常に好意的だ。

 だからこそレイがこうして自分に会いに来たのを拒否するようなことはなく、寧ろ歓迎すらしている。


「そう言って貰えると助かるよ。で、俺が戻ってきた理由だが……長とニールセンは離れていても意思疎通が出来るよな? それと似たような効果を持つ対のオーブというマジックアイテムを俺は持ってるんだが、これはその名の通り対になっているオーブとしか連絡が出来ないんだよ。そんな訳で、同じような効果を持つマジックアイテムを持ってないかと思ってな」


 似たような効果と評したレイだったが、実際には対のオーブの方が念話よりも性能は上だ。

 念話の類はあくまでもニールセンと長の間だけでしか効果がないのに対し、対のオーブはそこにいる者達全員が相手と話すことが出来るのだから。


「え? 申し訳ありませんが、そのようなマジックアイテムはありませんね。今までそのようなものは基本的に必要なかったですから。妖精郷から出るといったことは、滅多にありませんし」

「……野営地でニールセンが悪戯をしていたのは?」


 妖精郷と野営地は同じトレントの森にあるとはいえ、その距離はかなり離れている。

 トレントの森そのものがかなりの大きさを持っているのだから、移動するのにも結構な時間が必要となるのは当然だろう。

 そんな離れた場所で悪戯をしていたのだから、妖精郷から出ないという長の言葉は素直に納得することは出来なかった。

 長もレイの様子から、その言いたいことを理解したのだろう。

 再び口を開く。


「野営地のある場所は私も知っています。ですが、そのような場所であってもニールセンなら……いえ、妖精なら捕まっても、すぐに逃げられますから」

「妖精の輪か」


 妖精が持つ転移能力は、レイから見ても素直に羨ましいと思う。

 自分は炎の魔法に特化している存在だが、転移魔法……あるいは転移魔法を含む系統の魔法に特化していても面白かっただろうと、そう思える程に。


(あれ? でも敵を捕らえる炎獄を作れたんだ。炎の魔法で転移魔法を作るのは……無理だな)


 一瞬自分でもいい考えなのでは? と思ったレイだったが、すぐにそれを却下する。

 少し思い浮かべただけでも、炎で転移魔法というのは作れるような気がしなかった。

 炎から炎にということで、炎のある場所になら転移出来るような魔法をつくれるかも? とも思わないではなかったのだが、それはそれで難しい。

 あるいはこれがもっと転移に近いイメージを持つことが出来る属性……レイが思い浮かぶのは風だが、そのような属性に特化していれば、あるいは転移魔法を習得出来るかもしれないと思える。

 だが、結局のところそのような真似は不可能……とはいわないが、相当に難易度が高いというのを、レイは納得する。

 そうして納得してしまうと、不思議なことに炎による転移魔法というのはすぐにレイの頭の中から消える。


「妖精達にとって、妖精の輪というのはかなり重要なスキルなのは間違いないな」

「そうですね。実際、今までも妖精がドジなことをして誰かに捕まっても、妖精の輪を使って逃げたことは多かったみたいですし」


 ここが日本であれば、それこそ妖精を捕まえたという時点でネットに上げたりするだろう。

 そうなれば、その映像や画像が決定的な証拠となってしまう。

 それを見た者の中には、CGの類だと騒ぐ者もいるだろうが。

 だが、この世界にネットといったものはない。

 もし何らかの偶然で妖精を捕らえたとしても、他の者達に見せられるといったようなことが起きる前に妖精の輪で逃げ出してしまえば問題はなくなる。

 妖精を捕らえたと言い張る者もいるだろうが、実際に妖精がいない以上、嘘だと思われてもおかしくはない。

 実際に妖精の存在が認められなくなってから、それなりの年月が経つ。

 そのような状況になっているのは、もし捕まった妖精がいても妖精の輪で逃げ出していたからだろう。

 勿論世の中には妖精と親しくなりながらも、それを周囲に漏らさないでいた者もいたのかもしれないとレイには思えたが。


「妖精の輪の件はともかくとして、それで通信用のマジックアイテムがないというのも分かった。そうなると、もしそういう能力を持つマジックアイテムを作るとなると、どのくらいの費用が……いや、時間が掛かる?」


 現時点でそのようなマジックアイテムがないのなら、そういう性能を持つマジックアイテムを作ってしまえばいい。

 単純にそう考えたレイの疑問に、それを聞いていた長は難しい表情を浮かべる。


「正直なところ、分かりません。何しろ今までそのようなマジックアイテムを作ったことがないので」

「そうなると、もし作って貰うとしてもいつ出来るのか分からないのか」

「そうなりますね。それに……現在は穢れの件で忙しく、そちらに割ける労力はあまりないので」


 長のその説明はレイを納得させるのに十分だった。

 現在、長はトレントの森とその周辺を常に探査範囲としている。

 そのおかげで穢れが転移してくればすぐに分かるのだが、そのような状況になっている以上、マジックアイテムを作る余裕がないというのはレイにも納得出来る。


「そうか。悪いな、無理を言って」

「いえ、レイ殿には助けられているのですから、謝られるようなことはありません。もしレイ殿がいなければ、一体どうやって穢れに対処していたか……それこそ、一方的にこちらがやられることになっていたでしょうし」


 現状ではレイとエレーナしか穢れに対処出来ていない以上、長の言ってることは大袈裟でもなんでもない。

 もっとも、レイがいなければボブをここに連れてくるようなこともなく、穢れの関係者にトレントの森が狙われるようなこともなかっただろう。

 ……ただし、その場合は誰も知らない場所で穢れの関係者が存分に暗躍するといったようなことになっていた可能性が高いので、それが決して良いことではないのだが。


「その、レイ殿の方に問題がなければ、穢れの件が解決した後で離れた場所で会話が出来るマジックアイテムを作ってみるというのはどうでしょう? もっとも、それが具体的にいつになるのかは分かりませんが」


 穢れの関係者の拠点についての情報が手に入った以上、レイとしては穢れの一件はすぐに解決する……とまではいかないが、それでもある程度は進展すると思っている。

 具体的にどのくらいで解決するのかというのはまだ分からないのだが。

 それでも今まで何の手掛かりもなかったことを考えると、今のこの状況は決して悪いものではない。

 しかし……長が口にした『いつになるか分からない』というのは、穢れの一件というよりはマジックアイテムを作る方についての時間だろう。

 妖精の作るマジックアイテムというのは、非常に高性能な物が多い。

 だが同時に、それを作るのに長い時間が必要になるのも事実。

 レイが貰った霧の音の場合は、元々ある程度まで出来ていたところで製作に必要な素材がないから止まっていたのであって、それは偶然以外のなにものでもない。

 そうである以上、『いつになるか分からない』というのは、冗談でも何でもなく、実際にそのように思ってのことなのだ。

 レイはそれに対してどう答えるべきかと迷い、やがて口を開く。


「分かった。じゃあ、いつになるのかは分からないなら、ゆっくりと待ってる。長も無理をしない範囲で通信用のマジックアイテムを作ってみてくれ。俺が用意出来る素材とかがあれば、出来る限り用意させて貰うから」


 結局そういうことになる。

 レイにしてみれば、すぐに入手は出来ないかもしれないが、それでも将来的に通信用のマジックアイテムが入手出来るのなら悪くはないと思う。

 エレーナとの……そしてエレーナと一緒に住んでいる他の面々との間にはすぐに連絡が出来る対のオーブを持っているが、ダスカーとの間にも何かあった時の為に緊急の連絡手段があるのなら、それに越したことはないのだから。


「では、参考にさせて貰う為にも、レイ殿が持っている……対のオーブでしたか。それを少し見せて貰えますか?」


 長の言葉にレイは特に問題もないと判断し、ミスティリングから対のオーブを取り出すのだった。

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