3136話
何故穢れの関係者が妖精を狙うのかは、レイにも分からない。
いや、それこそ穢れに関係する何かがあって妖精を必要としているのは分かる。
しかし、具体的にどのような理由でなのかと言われれば、レイもそれに答えることは出来なかった。
だが、それでも穢れの関係者がニールセンを見た時の反応を思えば、そこにあるのはただ興味本位であったり、金儲けであったり、そういう理由ではないのは明らかだ。
何より、ニールセン達には妖精の輪という転移能力がある。
もし何らかの手段で妖精を捕らえたとしても、妖精がその気になればすぐ逃げられるのは間違いない。
だが、それでも妖精を欲している以上、穢れの関係者達には妖精を捕らえておける何らかの方法があるということなのだろう。
それがどのようなものなのかは、レイにも分からないが。
「とにかく妖精郷の近くに穢れの関係者の拠点がある、と。……正直なところ、その情報は助かったが、都合が良すぎないか?」
レイ達が送り込まれてくる穢れと戦い続け、それを倒せるのが現在レイとエレーナの二人しかいない状況で、敵の拠点が判明した。
レイにしてみれば、これは罠にしか思えない。
とはいえ、この情報を持ってきたのが妖精である以上、罠であると断言も出来ない。
これが例えば、何らかの手段で捕らえた穢れの関係者から出た情報なら、レイも素直に罠だと断言出来たのだが。
「そうかもしれません。ですが、拠点ということは本拠地ではなく、あくまでも拠点でしかないのでしょう。そうなると、その拠点を探索すれば本拠地についての情報もあるかもしれません」
「本拠地ではないか。なるほど。なら、早速そっちに行きたいところだが……今すぐにというのは無理だろうな。もう少し穢れの研究が進めば、結界とかその手の魔法やスキルを使える奴に任せることも出来るだろうけど。まさか、エレーナに任せる訳にもいかないしな」
一日、二日といった程度の時間なら、もしかしたらエレーナに任せるといったことも出来るかもしれない。
だが、現状ではここにやって来た妖精の住んでいる妖精郷の近くに穢れの関係者と思しき者達の拠点があるというのが分かっているだけで、実際にどこにあるのかはまだ分からない。
そのような状況でレイが向かう訳にはいかなかった。
(となると、まずは誰かを先行させて穢れの関係者の拠点を……いや、それはそれで難しいか)
妖精が……それもこの妖精郷の妖精ではなく、人とあまり関わってこなかった妖精がそう簡単に人に心を許すとは思えない。
そういう意味では、この妖精郷は色々な意味で特殊な場所なのだろう。
レイが欲に塗れた冒険者から妖精郷を守ったり、ニールセンとの接触によってその人柄が保証されていたのも大きい。
幸運に幸運が重なった――それを幸運と判断するかどうかは人によって違うが――結果が、今のこの状況だった。
「例えば、ニールセンをまずその妖精郷に派遣して、拠点の場所を聞いて、それから俺がその拠点を襲撃する……ってのはどうだ?」
「え!?」
レイの言葉を聞いたニールセンが、今までの沈黙を破って声を上げる。
まさかここで自分の名前が出て来るとは、思っていなかったのだろう。
「何か?」
声を上げたニールセンに、長か冷静に……あるいは冷徹と言ってもいいような言葉で尋ねる。
そのような言葉を向けられたニールセンは、プレッシャーを感じながらも何とか口を開く。
「い、いえ。何でもありません。ただ……その、私はレイと一緒にいないと、長からの連絡をすることが出来ないですけど」
「そうですね。それは問題があります」
実際に今のこの妖精郷において、長とテレパシーのような感じで離れた場所で意思疎通が出来る者がニールセン以外にいないのも事実。
そうなると、トレントの森における穢れの対処に難があるのも事実。
だが、レイはそんなニールセンと長の話に割り込むように声を出す。
「いざとなったら、俺がこの妖精郷に待機していて、長が穢れを見つけたらすぐそこに対処に行く……といった方法もある」
勿論、そのような真似をすれば、色々と不具合はある。
特に大きいのは、ニールセンがいないことで正確に穢れがどこで現れたのか分からないということだろう。
ニールセンが一緒にいるのなら、移動中に長と会話をすることによって具体的にどこに行けばいいのかといったことが分かる。
だが長から情報を聞いてレイとセトだけで移動をした場合は、そのような微調整が出来ない。
しかし、ずっとそのようなことをする訳ではなく、あくまでもニールセンがいない間だけの話だ。
そうである以上、少しの間の不便は我慢出来た。
「そんな……レイ……」
ニールセンにしてみれば、自分を見捨てるような言葉をレイが口にするとは思わなかったのだろう。
とはいえ、レイとしてもいつまでも現状のままでいいとは思わない。
今のところレイ達は穢れに対処出来ているが、それはあくまでも受け身なのだ。
相手の拠点が分かれば、そこを襲撃して本拠地のある場所……そこまでいかなくても、色々な情報を入手することによって現状を打破出来るかもしれない。
「今の状況でなら、いつまでも持ち堪えることは出来る。けど、それでいいとは思わないだろう? なら、今の俺達がまずやるべきなのは、どうにかして反撃の一手を打つことだ」
「それは……」
ニールセンもレイの言葉には反論出来ない。
現在自分達が一方的に攻撃されているというのは、ニールセンも理解出来るからだろう。
そのような現状を打破するには、やはりここで何か思い切った手を打つ必要があるのも間違いない。
「私はレイ殿の意見はいいと思います。ただ……レイ殿の従魔のセトと違い、妖精の飛行速度はそこまで速くありません。ましてや、人やモンスターに見つからないようにとなると、かなり厳しいかと」
長もニールセンを一方的に使い潰すといったつもりはない。
自分の後継者として見込んでいる相手だけに、しっかりと勝算のある状態で行動して貰いたいと思ってるのは間違いないのだ。
問題なのは、そんな長の心遣いが苦手意識からニールセンには分かっていないということなのだろうが。
「ニールセン、どうする? この件については、無理にお前に行かせるといった真似をしても、あまり意味はない。あくまでも重要なのは、ニールセンのやる気だ」
幾ら無理矢理ニールセンに行動させても、そのニールセンがやる気を出さなければ意味はない。
いや、意味がない訳ではないのだろうが、それでも本人のやる気の有無というのは今回のような一件の成功に大きく影響してくる。
「それは……」
レイの真剣な様子に、ニールセンも思うところがあったのか、いつものように即座に反論といった真似は出来ない。
そんなニールセンの様子を見て、これ以上ここで話を詰めるのは不味い。
そう思って、レイは一度退く。
「とはいえ、もしニールセンを他の妖精郷に派遣するような真似をした場合、その間はさっきも言ったが、俺は妖精郷で寝泊まりをすることになる。そういう風になるのなら、ダスカー様には前もって言っておく必要があるな」
ダスカーは野営地にレイがいるという前提で、色々な予定を立てている。
その場合、もし何か緊急の要件があったら野営地にやってくるだろう。
その時にレイが野営地にいなかった場合、どうなるか。
緊急の要件である以上、色々と問題になるのは間違いなかった。
レイとしてはそのようなことは避けたいので、妖精郷で寝泊まりをすることになったら、しっかりと報告はしておくつもりだった。
「え? なるほど、そうかもしれないわね。もっともレイの場合は対のオーブだったかしら。あれがあるから、本当に必要な時はそれを使えばいいと思うんだけど」
「そうだな。本当に手段がなければ、それもいいかもしれないと思う。ただ、そうなるとダスカー様の方でも色々と手間だろうけど」
レイと繋がる対のオーブを持っているのは、ダスカーではなくエレーナだ。
つまり、ダスカーがレイと緊急に連絡をしたいと思った場合、エレーナを呼び出すか、あるいはダスカーがマリーナの家に行く必要があった。
そうなると悪い意味でも目立ってしまうだろう。
エレーナが拠点としている家主のマリーナとダスカーが昔からの知り合いだというのは、それなりに知られている話だ。
そういう意味では、それこそ実際にそこまで気にする必要はないのかもしれないが。
「ふーん、そういうものなんだ。……まぁ、その……ちょっと考えてみるわ」
最後に小さく呟いたその言葉に、レイは驚く。
ニールセンの言った考えてみるというのが、具体的に何を意味しているのかは明らかだったからだ。
それは、他の妖精郷にニールセンだけが行くという行為に対してのもの。
一体何故急にニールセンの気が変わったのかは、レイにも分からない。
今の会話を思い出してみるも、ニールセンの気が変わるといったような内容はどこにもなかった筈だ。
そうである以上、ニールセンが何故今のようなことを口にしたのか、全く分からない。
分からないが、そこには恐らく自分には思いつかないような何かがあったのだろうと、そうレイは予想し、ここで下手に追求してニールセンの機嫌を損ねるような真似はしない方がいいだろうと考え、その件については触れない。
「じゃあ、長からの用件は今の件で終わりと考えてもいいのか? 今のうちに、他にも何か言いたいことがあるのなら聞いておくけど」
不意に話を振られたが、冷静沈着な長は特に驚いたりした様子もなく頷く。
「そうですね。他の妖精郷から妖精が来た件を知らせたかっただけです。他に何か言うべきこととなると……そうですね、ニールセンを通して言ったかもしれませんが、穢れを察知出来る範囲をトレントの森から少し広げました。具体的にはレイ殿達が寝泊まりしている野営地の側にあるという湖の近辺まで広がっています」
「それは、湖だけか? それとも、湖までの範囲をトレントの森の全周囲にまで広げたってことか?」
本当に湖の側だけにまで広げたというのであれば……勿論、それもレイにとっては大きな意味を持つが、それでもトレントの森全体だった範囲が湖までの分だけ広がったのに比べると、影響は小さい。
だからこそどちらなのかとレイは長に聞いたのだが……
「後者です」
「……マジか……」
恐らくは違うだろうと思っていた予想が見事に当たった形となったレイの口からは、そんな声が漏れる。
「ええ。マジですよ」
余程レイの驚いた表情が面白かったのか、長は普段なら使わないようなレイの言葉を真似してそう言う。
「え?」
そんな長の言葉に驚いたのは、レイ……ではなく、ニールセン。
まさか長の口からそのような言葉が出るとは思ってもいなかったのだろう。
しかし、レイはそんなニールセンの様子に気が付いた様子はなく、ふと思いついた内容を口にする。
「トレントの森を中心にして、より広範囲を探知出来るようにするって……それ、長は魔力的に大丈夫なのか?」
もしこれで、レイが魔力を使って探知範囲を広げているといったようなことをしているのならレイはそこまで消耗しないだろう。
莫大な魔力を持つレイであれば、トレントの森周辺どころか、辺境一帯……あるいはそれ以上の範囲にまで探知範囲を伸ばすことが出来てもおかしくはない。
だが、それはあくまでも莫大な魔力を持つレイだからこその話だ。
長は妖精の中では強い魔力を持ってはいるが、それはレイと比べるような真似は出来ない。
例えばレイが穢れを捕らえる為に使っている炎獄を生み出す魔法。
レイは特に苦労もせずに使っているように思えるが、もし長が炎獄の魔法を使おうとした場合、その魔力の大半を持っていかれるだろう。
場合によっては、魔力を限界以上に引き出すことによって気絶するといった可能性もある。
しかも、それは長だからこそ何とかその程度ですんでいるのだ。
もし長ではなく普通の妖精……例えばニールセンが炎獄を生み出そうとした場合、そもそも魔力が足りずに魔法が発動しない可能性の方が高い。
レイと長、ニールセンを含むそれ以外の妖精には、それだけ魔力に差があるのだ。
「ええ、何とか。私も別に成長が止まった訳ではありません。こうして魔法を使うことによって、今も成長しているのです。だからこそ、こうして魔力を使った探知範囲が広がったのですから」
そう言い、長は自信に満ちた笑みを浮かべる。
そこには強がりや虚勢といったものはなく、本当に今の状況でどうにか出来るのだろうと、そうレイは納得するのだった。
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