3127話

 レイは取りあえず湖の方で起きた件は問題ない……新たに来る護衛の件では多少問題があるかもしれないが、取りあえずそこまで大きな問題にはならないと野営地の冒険者達に告げると、マジックテントのあった場所に戻る。

 移動する時にマジックテントはミスティリングに収納していたので、そういう意味では決して必須という訳ではなかったのだが……それでも、この場所はレイがいるということで他にテントを使って寝泊まりするような者はおらず、こっそりと何かをするには便利な場所だった。


「じゃあ、俺はエレーナに連絡をするから、セトとニールセンは好きにしていてくれ」

「グルゥ」

「分かった。じゃあ、ちょっと野営地の様子を見てくるわね」


 セトは喉を鳴らすと、レイから少し離れた場所で横になる。

 それに対して、ニールセンは野営地の方……もっと人のいる方に向かって飛んでいく。


(ニールセンも結構慣れたな。研究者達よりはマシだと思ったのか?)


 最初、ニールセンは野営地にいた冒険者達を決して好んではいなかった。

 しかし、それでも研究者達が自分に向けてくる視線を考えれば、それはまだマシだと、そう思ったのかもしれないとレイは考える。

 何かあっても……具体的には穢れが現れれば、すぐレイに知らせに来るので、それまでは好きにしていればいいとレイは思うが。

 ニールセンの行動としては悪くないのだろうと思い、そこで気分を切り替えたレイはミスティリングの中から対のオーブを取り出して起動させる。


「エレーナ、聞こえるか? エレーナ」

『レイ? こんな時間に連絡をしてくるとは珍しいな』


 対のオーブの映し出されたエレーナは、その言葉通り少し驚いた様子でレイに告げる。

 今までレイが対のオーブを使ってエレーナに連絡をする時、基本的には夕方だった。

 何かあった時は日中に連絡をすることもあったが、それも基本的には午後が近い。

 なのに、今日は朝から連絡をしたのだ。

 それにエレーナが驚くなという方が無理だった。


「緊急に連絡をすることがあったんだよ」


 朝だというのに、エレーナの外見は整っている。

 身嗜みは整えられており、いつ誰とあっても問題はない。

 エレーナの立場を考えれば、当然のことなのかもしれないが。


『緊急? 具体的には?』

「昨日、俺が魔法を使って穢れを捕らえたんだが、その穢れを今日見てみたら大きさが半分くらいになっていた。明らかに弱まっている」

『ふむ……そうなると、結界の類を使える者なら穢れを殺せるということか?』


 炎獄で捕らえたというだけで結界を思い浮かべる辺り、エレーナの鋭さを表していた。


「話が早いな。そんな感じだ。ただし、並の魔法使いが作る結界の類だと、恐らく穢れによって黒い塵にされて吸収される。結局のところ、強力な魔法使い、あるいはそちらの方面に特化しているような存在でないと難しいと思う」

『なるほど』


 エレーナも自分で穢れを倒したことがあるだけに、レイの言いたいことはすぐに分かったのだろう。

 納得した様子を見せていた。


「とはいえ、俺とエレーナ以外で穢れを倒す方法が見つかったかもしれない。最近はいいように使って悪いが、エレーナにはこの件をダスカー様に知らせて欲しい」

『分かった。……私をいいように使うなどといったことは、気にするな。私はレイの役に立つこと出来る。それだけで嬉しいのだから』


 笑みを浮かべ、そう告げるエレーナに数秒目を奪われるレイ。

 エレーナの美貌にも慣れてきたレイだったが、それでもいきなりこのようなことになれば、目を奪われるといったようなこともあるのだろう。

 それでもすぐ我に返り、頷く。


「分かった、頼む。多分ダスカー様にこの件を知らせれば、ワーカーの方にも連絡がいって、かなり忙しくなると思う」


 ダスカーはギルムの領主だが、ワーカーはギルドマスターだ。

 今回必要となる魔法使いなどは、冒険者として登録されている可能性が高い。

 勿論、中には冒険者でも何でもなく、ただの魔法使いとしてギルムにいる可能性もあったが。

 そのような魔法使いの場合は、ギルドではなくもっと別口で接触する必要がある。

 もっとも、レイは具体的にどのように接触をすればいいのか分からないので、その辺は完全にダスカーやエレーナ任せだったが。


『任せて貰おう。レイからの要望でもあるし、何よりもこの件は迂闊な真似をすれば大陸が滅亡するのかもしれない。そうである以上、手を抜くなどといった真似は出来ない』

「助かる。……ああ、それとついででいいから、ダスカー様に領主の館に直接降りてもいいかどうか、聞いてきてくれないか? 以前頼んだ時は駄目だって話だったけど、以前と今では状況が違う。何かあった時、すぐにでも連絡を出来る手段が欲しいんだ」


 エレーナはレイからの要望に美しい眉を顰める。

 レイの言いたいことは分かるし、いざという時にすぐダスカーに知らせることが出来るという点で、この場合はレイの主張が正しいのが分かる。

 だが、以前ダスカーにセトが直接領主の館に降りてくるという話をしてから、まだそんなに経っていない。

 もしセトが直接領主の館に降りてくる件をどうにか出来ないかと言っても、許可が下りる可能性は限りなく低い。

 だからこそ、エレーナはレイからの要望であっても素直に頷くことは出来なかった。


『レイの言いたいことは分かる。分かるが……だが、難しいと思う。もう少し時間が経っていれば、話は別だっただろうが。すまない』


 申し訳なさそうに言ってくるエレーナに、レイは少し困る。

 今の言葉はエレーナを困らせる為に言ったのではないのだ。


「気にするな。別にこの件はエレーナのせいじゃないだろ?」


 なら、誰のせいなのか。

 もしそう言われれば、レイも言葉に詰まるだろう。

 ダスカーのせいとは言えない以上、他に考えられる可能性としては、歴史のせいと言うべきか。

 領主の館に直接降りてもいいという許可が今まで出たことがないので、レイにも許可は出ないのだ。

 なら、前例がないということで、そのような歴史のせい……と、レイは半ば自分に言い聞かせるようにするだろう。


『すまないな』


 再度謝罪の言葉を口にするエレーナだったが、その謝罪の言葉は先程とは少し違う。

 幾分か明るくなったかのような、そんな雰囲気の言葉。

 レイはそんなエレーナの様子を見て、小さく頷く。


「色々と動いて貰ってるんだから、そういうところで謝られるのはちょっと違うだろ。……まぁ、いい。じゃあ、穢れの件については任せた」


 レイの言葉に、エレーナは自信に満ちた笑みを浮かべて頷くと、対のオーブを使った通信を遮断する。


「さて、取りあえずこれで重要な用事は終わった訳だけど、今日はこれからどうするかだな。……穢れが現れて欲しいとは思わないけど、現れなければ現れないで、急いでやるべきこともないんだよな。今更だけど、セトのスキルを確認するのは昨夜じゃなくて今日やればよかったな」


 そうすれば、明るい場所でレベルが上がったセトのアシッドブレスの効果をはっきりと見ることが出来ただろうし、野営地で指揮を執っている男に怒られるようなこともなかったのだ。

 今更ながらに、何故自分はあそこまで急いでセトのスキルを確認したのかと思ってしまう。


(多分、それだけセトのスキルがレベルアップしたことで、有頂天になっていたんだろうな)


 それだけ、セトのスキルが強化されたのが嬉しかったのだろう。

 それ以外にも、レイのいない場所で急にセトが魔石を飲み込んだというのもある。

 以前にも同じことはあったので、そういう意味ではそこまで気にするようなことでもなかったのかもしれないが。


「グルルルゥ?」


 散歩にでも行く? とセトが尻尾を振りながら尋ねる。

 レイが暇そうにしていて、特に何もやるべきことがないというのを知っているからこそ、セトは自分と一緒に遊びにいかない? レイを誘ったのだろう。

 レイはそんなセトの様子に少し考え……やがて頷く。


「そうだな。今の状況では特に何もやるべきことはないし、少し散歩でもしてくるか。野営地からそう離れなければ、何かあった時もすぐ行動に移れるし。そうなると、問題なのはニールセンなんだが。……どこまで行ったんだろうな?」


 レイがエレーナと話をするということで、自分は暇になると判断したニールセンは、野営地の中を見てくると言って飛び出していった。

 具体的にどこまで行ったのかは、生憎とレイにも分からない。

 分からないが、それでも自分が野営地から出るとなると、穢れが出た時にすぐ知らせて貰う為にもニールセンを置いていく訳にはいかない。

 ニールセンの性格を考えると、置いていかれた場合は間違いなく怒るだろう。

 ……もっとも、それはレイが自分を仲間外れにしたといったような意味で怒るのではなく、穢れが出たと長から連絡があった時、レイにすぐに知らせることが出来ないのが理由だ。

 より正確には、そうしてレイから離れていたのが原因で、長からお仕置きされてしまうかもしれないからなのだが。


「仕方がないか。……おーい、ニールセン。聞こえているか! ちょっと野営地の外を散歩してくるけど、お前はどうする?」


 レイが直接ニールセンに声を掛けられない以上、結局のところ現状でレイが出来るのはこうして野営地の中にいるだろうニールセンに大きく声を掛けることだけだった。

 そのまま数十秒が経過し……


(もう一回呼び掛ける必要があるか?)


 そう思ったところで、レイはちょうど自分の方に向かって飛んできたニールセンの姿に気が付く。


「ちょっと、私を置いていくのはなしなんだからね!」


 レイの側までやって来ると、そう叫びながらニールセンはレイのドラゴンローブに掴まって飛行速度を殺す。

 この辺りの行動は、妖精の中でも身体能力の高いニールセンならではだろう。


「分かっている。最初から置いていく気はない。だからこうしてニールセンを呼んだんだろう? ……それで、野営地で何か変わったことはあったか?」

「え? うーん、そうね。研究者達を面白くないと思ってる人は多いみたいね」


 数秒前の、自分を置いていくのかといった不満は既にニールセンの中にはない。

 あるのは自分が知っていることをレイに教えるということに対する自慢げな気分だ。

 レイにしてみれば、ニールセンのそんな様子は別に気にならない。

 寧ろ気になるのは……


「やっぱり研究者達の件か」


 そちらの方だった。

 研究者達のせいで、本来ならしなくてもいい護衛をすることになった。

 それは冒険者達にとって、当然のように面白くないだろう。

 今日には研究者達の冒険者達がやって来るということになっているものの、その冒険者達との関係がどうなるのかも、正直なところ分からない。

 野営地にいる冒険者にしてみれば、そう簡単に友好的な関係になるかと言われれば、素直に頷くことも出来ないのだろう。


(出来れば、面倒なことは起きて欲しくないんだけどな)


 具体的にどのような問題が起こるのかは、生憎とレイにも分からない。

 分からないものの、だからといってただそれを見ているだけといったことは難しいだろう。

 何らかの問題が起きれば、否応なくレイも巻き込まれてしまう筈だった。

 レイは正確にはこの野営地にいる冒険者達……具体的には、生誕の塔の護衛という訳ではない。

 だが、それでも野営地で寝起きをしている以上、何らかの騒動があった場合、それを無視する訳にもいかないだろう。


「いっそ、レイがその護衛達をどうにかしたら?」

「出来ないことはないが、絶対に面倒なことになる……あ、でも研究者達は俺の炎獄が頼りなんだし、その辺をどうにかすれば何とかなるか?」


 穢れを研究するには、レイの持つ炎獄を使わなければならない。

 いや、実際には穢れを観察するだけなら、炎獄がなくても可能なのだが……その場合、観察をしている者が死ぬ可能性が高かった。

 そのようにならないようにする為には、やはり炎獄という穢れがどう頑張っても破壊することが出来ない魔法が必須なのだ。

 そういう意味では、研究者達はレイと敵対する訳にはいかない。

 そして護衛というのは研究者がいてのものである以上、研究者からの命令に逆らう訳にはいかない。

 勿論、死んでこいといったような無理な命令であれば話は別だろうが、野営地で騒動を起こすなといった命令なら問題はない可能性が高い。

 自分に関係のない面倒は嫌なレイとしては、その方法は悪くないと判断し、護衛達と冒険者達の間で何か問題が起きた場合はそのような手段でどうにかしようと企むのだった。

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