3084話

 生誕の塔の護衛の冒険者達の指揮を執っている男との会話を終えると、レイはセトと共に自分がマジックテントで泊まっている場所に向かう。

 黒い円球との戦い……というか、それぞれ好き勝手に散らばっていた黒い円球を見つけたり、あるいは捕らえた冒険者達の件の面倒で疲れたので、少し休憩したかったのだ。


「ああいう連中を相手にしてるのなら、それこそ黒い円球を相手にしていた方がまだ楽だよな」

「グルゥ?」


 レイの言葉に、セトはそう? と喉を鳴らす。

 セトにしてみれば、黒い円球のような穢れを相手にするよりも、捕らえた冒険者達の方を相手にしていた方がかなり楽だと思えたのだ。

 セトがそのように思った理由は、レイと違ってセトには穢れを倒す手段がないからだろう。

 もしセトにもレイと同じように穢れを倒す手段があったのなら、もしかしたら冒険者達の相手をする方が面倒だと思ったかもしれない。


「その辺は適材適所って奴なのかもしれないな。そういう意味では、今日の一件は悪くない選択だった訳だ」


 レイが穢れの黒い円球を相手にし、セトが冒険者の相手をする。

 そういう意味では、レイが言うように今回の一件は悪い話ではなかったのだろう。


「グルルゥ? グルゥ」


 レイの言葉に、自分の仕事がきちんと出来た! と嬉しそうに喉を鳴らすセト。

 そんなセトの様子に、レイは笑みを浮かべて撫でてやる。

 セトは撫でられたのが嬉しかったのだろう。

 嬉しそうに、楽しそうに、幸せそうに円らな目を細くしていた。


「ねぇ、レイ……あ、邪魔しちゃった?」


 そんなレイとセトに不意に声が掛けられる。

 声が聞こえた方に視線を向けたレイが見たのは、生誕の塔の護衛をしている冒険者の一人だった。

 現在野営地で暮らしている冒険者の数はそれなりになるが、女の冒険者の数はそう多くはない。

 これは元々冒険者というのは男女の比率で男の方が多いからというのもあるし、単純に街中ではなく野営地で寝泊まりしなければならない以上、この依頼を断った女もそれなりに多かったのだろう。

 そういう意味では、現在こうして野営地にいる女の冒険者はやる気のある者達ということになる。


「どうした? 何かあったのか?」

「えっと、その……妖精郷って、私達も行けたりするの?」


 その言葉に、そう言えばこの女も妖精好きの一人だったかと、レイは思い直す。

 この野営地にいる中で妖精好きな冒険者は何気にそれなりにいる。

 目の前にいる女もその一人だった。

 以前ニールセンにドライフルーツを奪われた女の冒険者とは、また違う女。


(妖精だから、やっぱり女の方が好きなのかもしれないな。だからといって、ここで俺がどうこうといったようなことを口にするつもりはないが)


 目の前の女は妖精好きの女ではあるが、最初にニールセンを追いかけ回した者達の中には入っていなかった。

 そういう意味では、目の前の女は自分を追い掛けまわさなかったということで、ニールセンからそこまで苦手意識を持たれていないという点では有利な状況だろう。

 眈々と隙を狙っており、そして今ここで初めて大きく動いたといったところなのだろうが。


「妖精郷か。行けるかどうかと言われれば、正直なところちょっと難しいと思う」


 妖精と一緒にいたり、あるいは長に招かれたりといったようなことがない場合、霧の音によって生み出された霧の空間を抜けるのは不可能……とまではいかないが、かなり難しい。

 ましてや、霧の空間には妖精郷を守る為に狼の群れもいる。

 そんな状況である以上、普通の……いや、生誕の塔の護衛を任されるくらいに優秀な冒険者であっても、霧の空間を抜けるのは難しい。


「そうなの? じゃあ、どうすれば私は妖精郷に行けるのかしら?」

「一番無難なのは、ニールセンに案内して貰うことだろうな」


 難しいけど。

 そう言葉には出さなくても、レイが何を言いたいのかは女にも十分に理解出来たのだろう。

 難しい表情を浮かべる。

 野営地にいる冒険者全員がニールセンに嫌われている訳ではない。

 それは分かっているが、妖精好きの冒険者達は警戒されているのも事実。

 寧ろニールセンが警戒していないのは、妖精好きではない冒険者達だろう。


「そこを……その、どうにかならない? 他の可能性とか」

「他? 他か……そうだな、穢れの一件で近いうちに王都から人がやって来るらしいんだが、その時に妖精郷に向かうことになる。その時、上手い具合に護衛に潜り込めれば妖精郷に行けるかもしれないな」

「なるほど、そういう手段があったのね。ありがとう」


 希望が見えたからだろう。

 女は嬉しそうに笑みを浮かべてそう言うと、レイの前から立ち去る。

 レイはそんな女の様子を見て、本当に大丈夫か? と思う。

 王都からやって来た者達の護衛となる際の競争率はかなり高いとみるべきだ。

 女にとって幸運なのは、もしその護衛をギルムの冒険者の中から選ぶのなら、トレントの森について関係のない者ではなく、その時点でトレントの森で行動している者が選ばれるだろう。

 そうなると、どうしても人数は限られる。

 また、妖精郷に行きたくない、あるいは王都からやって来た人物と関わり合いになりたくないといった者もいるだろう。

 他にも仕事の関係で抜け出すことが出来ないといった者もいる。

 その辺りを考えると、護衛に応募する者の数は決して多くはない筈だ。

 女が護衛に入れる可能性は十分にあった。


(どうなるのかは、俺には関係ないか。その実力があれば護衛として受け入れられるだろうし、なければ護衛になれないだけのことだし。もっとも、王都から派遣されてきた奴の性格によっては女というだけで護衛になれるかもしれないけど)


 女の顔立ちはそれなりに整っており、平均以上の美人ではある。

 そうである以上、王都から派遣された人物が女好きだった場合、護衛として妖精郷に行くことが出来てもおかしくはない。

 もっとも、その場合は女にとって不本意なことが起きる可能性も否定は出来なかったが。


「あの女がどうなるのかは、俺が考えることでもないだろ。そもそも、護衛を雇うかどうかも分からないんだし」


 女の姿が消えたところで、レイがそう呟く。

 そもそも、王都からやって来る人物は自分の部下を護衛としている可能性が高い。

 そこまでいかずとも、王都のギルドで護衛の冒険者を雇う可能性もあった。


「グルルルゥ?」


 そうなの? とセトがレイに向かって喉を鳴らす。

 セトにとって、先程の女は自分と遊んでくれた相手の一人だ。

 自分が進んで妖精郷まで連れていこうとは思わないが、出来れば目的としている妖精郷に行けたらいいとなとは思う。


「あの女に運と実力があればそうなるだろうから、その辺については俺とセトが特に心配するようなことはないと思うぞ。……それより、ちょっと眠くなってきたな。少し眠ってもいいか?」


 お前に寄り掛かって。

 そう言うレイに、セトはすぐに横になる。

 レイが眠いと言うのなら、それを自分が断るといったことはない。

 今日レイがやって来たことを思えば、レイが少し眠りたいと思ってもおかしくはなかった。

 体力的にはともかく、精神的にはそれなりに疲労を覚えてもおかしくはなかった。

 一番面倒なのは、やはりアブエロの冒険者達だろう。

 正直なところ、あの冒険者達はセトにとっても決して好ましい相手という訳ではない。

 あの冒険者達がいたおかげで、セトはレイと一緒に穢れを探すことが出来なかったのだから。

 もしアブエロの冒険者達がいなければ、セトはレイを背中に乗せて移動し、もっと早くに黒い円球を見つけていただろう。

 しかし、それが出来なかった。

 穢れを倒せるのがレイだけであり、ニールセンの魔法で捕らえたアブエロの冒険者達を見張る者もいる。

 結果として、レイとセトは別行動となってしまった。

 セトにとっては、それが面白くなかったのだ。

 捕らえられた冒険者達がセトと友好的に接することが出来なかったのは、この辺の理由が大きい。

 もっとも、アブエロの冒険者はセトをあまり見慣れていない。

 レイは何度かアブエロに行ってはいるが、その回数はどうしても少なかった。

 アブエロの冒険者達がレイやセトを見る機会は……それこそ、ギルムまでやって来なければ、そのような機会はない。


「じゃあ、セト。悪いけど……少し眠る……な」


 セトに寄り掛かったレイは、言葉の途中で眠りに落ちていき、最後まで言った時は既にもう完全に眠っていた。

 既に冬も近いので、気温はかなり低い。

 それこそいつ雪が降るのかといったことが話題になるくらいなのだから。

 そんな季節に外で眠るというのは、風邪を引いてもおかしくはない。

 だが、レイの場合は簡易エアコン機能を持つドラゴンローブと、何よりセトがいる。

 セトに寄り掛かっている部分は温かく、それだけで風邪を引くといったようなことはないだろうと思える程だ。


「グルルルゥ」


 眠ったレイを見ながら、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。

 こうして自分に寄り掛かって眠っているレイというのは、セトにとっても見ていて幸せを感じるのだ。

 そして自分に寄り掛かったレイの重みに幸福を感じながら、セトもまた完全ではなにしろ、眠りに落ちていく。

 半分眠り、半分起きている状況のセト。

 もし誰かが近付いてくれば……ましてや殺気の類を発するようなことがあれば、その時は即時に反応するだろう。

 セトにとってこのようにして眠るのは、珍しい話ではないのだから。

 そんな中、少し離れた場所に生えている木の枝の上に、ニールセンが座ってその様子を見ていた。

 ニールセンも、何だかんだとレイやセトとは長い……訳ではないが、それなり以上に深い付き合いだ。

 そんなニールセンであっても、レイとセトがあそこまで幸せそうに眠っている光景というのは、あまり見たことがない。


「出来れば、暫くはゆっくりさせてあげたいわね」


 昨日……いや、穢れの一件が始まってから、レイやセトは毎日が忙しい。

 一日に何度も穢れと戦うといったようなこともあるし、何よりも野営地で寝泊まりをすることになっている。

 ……もっとも、それを言うのなら生誕の塔の護衛をしている面々は普通に野営地で寝泊まりをしているのだが。

 そのような者達が普通のテントで寝泊まりしているのに対し、レイはマジックテントで寝泊まりをしている。

 そういう意味では、明らかにレイの方が寝泊まりする環境はいいのだ。

 何しろマジックテントの中は、普通の宿の部屋と同じくらい……いや、それ以上に快適な空間となっているのだから。

 野営なのに、しっかりとしたベッドで眠ることが出来るというのは、非常に大きなメリットだ。

 それこそ、一度でも野営をしたことがある者ならそう言うだろう。

 マジックテントを使ったことがある者なら、誰でもそれを欲しいと言うのは間違いなかった。

 もっとも、マジックテントは非常に高価なマジックアイテムだ。

 ……いや、正確には高価であり希少というのが正しい。

 作るのが非常に大変な為、それこそ金があれば誰でも購入出来るといったようなマジックアイテムではない。

 事実、レイが使っているマジックアイテムも、レイが購入しようと思って購入したのではなく、以前ダスカーから報酬として受け取った物なのだから。

 つまり、中古のマジックアイテムなのだ。

 勿論、中古だからといってマジックテントが汚かったりする訳ではない。

 普通に使う分には、新品とそう違いはないと思えるくらいには問題がなかった。

 もしダスカーから受け取ったマジックテントが中途半端に汚れていたりした場合、それを受け取ったレイとしては微妙な気分だっただろう。

 しかし、ダスカーもその辺はきちんと考えていたので、レイに渡す時はしっかりと掃除がされていた。


「んー……」


 セトに寄り掛かって眠っていたレイが、そんな声を出す。

 その声に反応したセトは目を開け、そっとレイの方を見る。

 しかし、特にレイが起きたといった様子はなく、ただ寝言を口にしただけだと理解すると、再びセトも眠ろうとし……

 しかし次の瞬間、顔を上げる。

 自分達の方に近付いてくる気配を感じたのだ。

 その視線の先には、一人の男が姿を現す。

 レイにちょっとした用事があってやってきたのだが、そのレイはセトに寄り掛かって眠っていた。

 そんなレイの様子を見て、男はどうするべきか少し迷う。

 あるいはこれが緊急の事態であれば、急いでレイを起こすといった真似もしただろう。

 だが、今回レイのところにやって来たのは、あくまでも個人的用事だ。

 そうである以上、今の状況で無理にレイを起こす必要もなく……セトの視線に負けたかのように、その場を立ち去るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る