3083話

「ありがとうございました」


 兵士がそう言うと、レイに向かって頭を下げる。

 その兵士の手には、冒険者達を数珠繋ぎにしたロープの先端が握られていた。

 冒険者達の恨みがましい視線がレイに向けられるが、レイはその視線を特に気にした様子はない。

 大きなリターンを手に入れる為に、大きなリスクを冒すのは当然のことだ。

 勿論世の中にはローリスクハイリターンといった話もあるのは間違いないが、そのような美味い話がそう簡単に入手出来る訳がないのは、考えるまでもないだろう。


「気にするな。後はそっちに任せていいんだよな?」

「はい。このままギルムまで連れて行って、そこでどうなるか決まると思います。武器の方は……まぁ、何とかなるでしょう」


 レイと話していた兵士は、仲間の兵士に視線を向ける。

 そこには冒険者達が持っていた武器を何とか持っている数人の兵士の姿があった。

 当然の話だが、トレントの森を見張るという仕事は非常に危険だ。

 場合によっては、辺境ならではの高ランクモンスターと遭遇することも珍しくはないのだから。

 そのような状況である以上、何かあった時はすぐに対処出来るよう、数人で纏まっている者も多い。

 中には自分だけで大丈夫だと判断し、上からもその実力に問題はないと判断されて一人で見張りをしている者もいるが。

 そういう意味では、セトが接触したのが複数の兵士達の集団だったのは幸運だったのだろう。

 でなければ、レイがミスティリングに預かっていた武器をどうするのかが問題だったのだから。

 最悪、レイがギルムまでそれらの武器を運ぶといったようなことになっていた可能性もある。

 もしそうなっていれば、レイとしては結構面倒なことになっていただろう。

 最大の理由として、レイはクリスタルドラゴンの件で堂々と姿を見せることが出来ないというのがある。

 そのような真似をすれば、間違いなくクリスタルドラゴンの素材を売って欲しいと思う者達や、場合によってはクリスタルドラゴンの素材は無条件で渡すべきだなどと言うような者が出て来てもおかしくはない。

 そのような面倒を避ける為には、マリーナの家に直接降りるという手段もあるのだが、今まで何度もその手段を使っている為に、マリーナの家の周囲には見張りが複数いる。

 レイが頼んだように、領主の館に直接降りることが出来れば、警備兵に武器を渡すといったことも簡単に出来るのだが……その件については、エレーナを通して断られている。

 ダスカー本人は構わないと言ってるのだが、部下達の反対にあったらしい。

 そんな訳で、もし警備兵に武器を渡すのならセトと別行動をしてドラゴンローブのフードを被って顔が見えないようにしながらギルムに入り、警備兵に接触する必要がある。

 ただでさえ、いつ穢れがトレントの森に出現するのか分からない以上、レイとしてはそのような面倒な真似は出来る限りしたくなかった。

 そういう意味でも、セトが複数の兵士達を連れてきてくれたのはレイにとっても非常にありがたい。


「じゃあ、俺はそろそろ行くから、この辺りは色々と大変だと思うが、頑張ってくれ」


 そう言うと、レイはセトの背に乗る。

 同時に、ドラゴンローブの中でニールセンがレイの身体を蹴るか殴るかしたのが理解出来た。

 ニールセンにしてみれば、ドラゴンローブの中で眠っていたところで、いきなりレイによって起こされたのだ。

 それも軽く揺すって起こされるといったようなことではなく、レイがセトに跳び乗った時の激しい動きによって。

 眠っていたところでそんな風に起こされたのだから、抗議の意味を込めてレイを叩くなり蹴るなりするのはおかしな話ではない。

 その衝撃を表に出さないようにして、レイはセトの背を軽く叩く。

 するとセトは、それだけでレイが何をして欲しいのかを理解したのだろう。すぐにその場から走り始め、翼を羽ばたかせると空に向かって駆け上がっていく。

 セトの飛ぶ光景に目を奪われる兵士達。

 その兵士達に捕まっている冒険者達も、セトが飛ぶ様子に我知らず目を奪われていた。

 目を奪われている者の中には、レイに反発心を抱いていた男の姿もある。

 何故そこまで強い反発心を抱くのかが分からなかったが、それでもこうしてセトに乗って空を飛ぶレイを見ると、負けた……と、自然と思うのだった。






「あ、レイ。戻ってきたのか? それで向こうはどうだったんだ?」


 生誕の塔の護衛をしている冒険者達の野営地に降り立ったセト。

 そのセトの背から降りたレイを見て、一人の男が話し掛けてくる。

 ここにいる冒険者達の指揮を執っている男で、その関係上レイとも話す機会が多い相手だ。


「やっぱり穢れだったよ。……っと」


 レイの様子から、もう野営地に到着したと判断したのだろう。

 ドラゴンローブの中からニールセンが飛び出してくる。


「ふぅ、ようやく自由に行動出来るわ。レイ、もうちょっと私のことにも気を付けてよね!」


 そう言うと、今までドラゴンローブの中にて動けなかったのを取り戻すかのように、空を飛び始めた。

 レイは特に何も言うようなことはない。

 ニールセンの性格を考えれば、結構な時間ドラゴンローブの中にいたのだ。

 そうである以上、こうなるのは何となく予想が出来たのだから。


「悪かったな。暫くは用事もないし、好きにしててくれ。……で、あっちのことだったな。やっぱり穢れだった。ただし、この付近で出た黒いサイコロじゃなくて、黒い円球という新しい奴だったけど」


 最初の言葉をニールセンに、後者の言葉を冒険者の指揮を執っている男に言う。

 そんなレイに言葉に、話を聞いた男は難しい表情を浮かべて口を開く。


「外見が変わったのか。俺が聞いた話だと、一昨日が黒い不定形の塊で、昨日俺達が見たのは黒いサイコロ。そして今日は黒い円球か。……外見が変わっているのは、何か意味があるのか?」

「どうだろうな。外見が変わったことで、少し移動速度が増していたりといった変化はあるが、それ以外は特に何かこれといったものはなかったな。俺としても正直なところ、一体何を思ってあんな風に外見を変えているのかが全く分からない」


 例えば、外見が変わったことによって能力的に大きな差異があったり、あるいは行動する基準が大きく変わったりといったことになるのなら、外見が変わるということの意味も理解出来る。

 しかし、外見は変わっても実際にその能力や行動指針のようなものは全く変化がないのだ。

 一体何を考えて外見を変えているのか……これについては、レイも全く理解出来なかった。

 単純に穢れをこちらに送り込んで来ている者達……ボブを狙っている穢れの関係者の趣味という可能性もあるが、そんなことをするとはレイにも思えなかった。


「ふーむ……相変わらず穢れというのは訳が分からないな。向こうが何を考えているのか分からない以上、結局こちらも相手の行動に合わせて対処するしかない、か。……本当に厄介だ」


 はぁ、と精神的な疲れを表すかのように、大きく息を吐く。


「向こうの行動にこっちが合わせないといけないというのが、ちょっと面倒だよな。出来れば穢れの関係者がどこにいるのか分かれば、一網打尽にしてやれるのに。ボブが以前穢れの関係者を見たという洞窟に行けば、何らかの手掛かりがあるか?」

「いや、レイがいなくなられると、こっちが危ないんだが」


 現在のところ、穢れを倒す能力を持っていると判明しているのはレイとエレーナの二人だけだ。

 そしてレイは冒険者なので気楽に接することが出来るが、エレーナは別だ。

 貴族派の象徴とも呼ぶべき人物なのだから。

 そんな人物をまさか野営地に呼ぶ……といったことは出来るだろうが、今のレイのように野営地で寝泊まりさせる訳にもいかないだろう。

 そのような真似をすれば、後でどうしようもなく面倒なことになるのは明らかだった。

 勿論、本当にどうしようもない状況……例えば、トレントの森に複数の穢れが姿を現し、レイの対処能力を超えるといったようなことになったりしたら、その時はエレーナに協力を要請するといったようなことになるかもしれない。

 もっとも、エレーナの竜言語魔法によるレーザーブレスは、レイの魔法と違って効果範囲が非常に広いので、その場合は周囲に与える影響も非常に大きくなってしまい、面倒なことになるのは間違いないだろうが。


「その辺の問題は、ダスカー様やワーカーに考えて貰うしかないな。幾ら穢れについては今のところ秘密にしておきたいからって、いつまでも俺やエレーナだけしか穢れに対処出来ないというのは問題だ。俺としては、出来れば大々的に……とまではいかないが、それでも高ランク冒険者や異名持ちの冒険者に対して協力を要請して欲しいと思うけど」


 現在のところ、レイとエレーナしか穢れには対処出来ない。

 しかし、ギルムには多くの高ランク冒険者がいるし、異名持ちの冒険者もそれなりにいる。

 そうである以上、そのような者達なら穢れを倒すといったことが出来る可能性は十分にあるのだ。

 ……そのような冒険者は基本的にあくが強いので、穢れについて教えてしまった場合、妙な行動を取る可能性も否定は出来なかったが。


「そうなってくれるといいんだけどな。一応、ギルドマスターにはその辺の要請はしてあるし、全く何も考えていないということはないと思う。……書類仕事が忙しくて、他に回す手があまりないというのもあるかもしれないが」

「あー……それは……」


 それについては、男も何となく納得出来てしまう。

 これで増築工事がなければ、こちらに戦力を派遣するようなことも出来ただろう。

 だが、増築工事によって多くの人手が必要となっている今の状況では、腕利きの冒険者というのはどこでも必要とされている。

 ましてや、腕利きの冒険者だからといって性格的な意味で優良な冒険者という意味ではない。

 多くの冒険者を知る男にしてみれば、冒険者というのは腕利きになればなる程に性格的に普通とは言えないものになっていく。

 そういう意味では、レイはまだ大分性格的にマシな方なのは間違いなかった。


「とにかく、今の状況をどうにかするにしても、もう少し時間が必要になるのは間違いないと思う。とはいえ、穢れが送り込まれているのは今である以上、その時間が一番問題なんだろうが」


 レイにしてみれば、穢れの一件は色々な意味で厄介な状況なのは間違いない。

 その中でも一番厄介なのは、やはり現在のところはレイとエレーナしか穢れを倒せないということだろう。

 その件がなければ、ボブが見つけたという洞窟に行って穢れについて色々と調べることが出来るのだが。

 しかし、今の状況でそのようなことは出来ない。

 それが一番厄介なことなのは、間違いのない事実だった。


「ここで時間を掛ければ、それだけトレントの森を怪しむ者も出てくるか」

「レイ、一応言っておくが、穢れの一件がなくてもトレントの森は入るのが禁止されてるからな」


 そう言い、男は生誕の塔に視線を向ける。

 元々この生誕の塔を護衛する為に、冒険者の中でも精鋭と呼ぶべき者達が集まっていたのだ。

 そしてトレントの森に勝手に入らないようにという命令も出されている。

 そのような状況である以上、もし穢れの件が解決してもトレントの森に自由に出入りを出来る訳ではない。

 そんな会話をしていた男だったが、ふと話の流れの違和感に気が付く。


「レイ、トレントの森を怪しむって……誰か具体的に行動をした奴がいたのか?」

「ああ、いたぞ。今回の件……黒い円球の穢れに襲われていたのは、アブエロの冒険者だ。どうやら勝手にトレントの森に入って、そこで襲われたらしい」

「それは……」


 レイが最初に口にしたのは、黒い円球という新しい穢れが現れたということだけだった。

 そこに、実はアブエロの冒険者がトレントの森に侵入してきていたと聞かされたのだから、驚くのは当然だろう。


「生誕の塔とか湖とかは見つからなかったのか?」

「そっちの心配はないから、気にするな。アブエロ側……トレントの森の東側に入って、そう時間が経たないうちに穢れに襲われたらしい。そういう意味では、運が悪かったんだろうな」


 トレントの森に入ってそう時間が経っていないのに穢れに襲われたというのも運が悪ければ、穢れが長に察知されたことによってトレントの森に不法侵入したのをレイに見つかり、捕まったのだ。

 捕らえられた冒険者達にしてみれば、今回の件は運が悪かったとしか言いようがないだろう。

 レイにしてみれば、トレントの森を下手に動き回られなかったので、そういう意味で運が良かったのかもしれないが。

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