3082話
冒険者達がいた場所に戻ってきたレイは、何故か拘束されている冒険者達から救世主でも見るかのような視線を向けられる。
一体何故捕らえた自分に対してそんな視線を? と疑問に思ったが、事情を聞けば納得出来た。
冒険者達が既に漏れる寸前……それこそ限界を超えて我慢をしていると聞かされたのだから。
最初は、それこそ逃げるつもりでそのように装ってるだけではないかとも思ったのだが、冒険者達の様子を見ればそれが演技でないのは理解出来た。
もしこれが演技だとしたら、それこそ冒険者ではなく演劇でもやった方がいいのではないかと思えてしまう。
そんな訳で、レイはドラゴンローブの中にいるニールセンに合図をして、一人ずつだが拘束していた蔦を解除させ、用を足させる。
勿論レイ達の前でそんなことをする訳にはいかない以上、茂みの向こう側でといったようにだが。
……その隙に逃げ出すといった可能性も若干考えたものの、もしそのような真似をしたらどうなるかは、冒険者達が十分に理解していると思えたので、その心配は考えなくてもよかった。
(まさか、こんな風になってるとは思わなかったな)
すっきりとした表情で戻ってくる冒険者達を見ながら、レイは呆れと共にそう思う。
もっとも、生き物である以上は出すものは出さないと健康に悪い。
そういう意味では、この結果はある意味で当然のことだったのかもしれないが。
「ねぇ、レイ。本当にこの人達って大丈夫なの?」
周囲に聞こえないように、ニールセンはレイだけに聞こえるように尋ねる。
もっとも、その質問はレイ以外にセトにもきちんと聞こえていただろうが。
「大丈夫って何がだ?」
「だから、この人達を連れていっても問題ないのかってことよ」
「どうだろうな。どのみち恐らく罰金くらいで終わるんだろうし、そういう意味ではこの連中を俺達がそこまで気にする必要はないと思う。それに……あの連中が問題なのは、アブエロに戻ってからだろうし」
ダスカーが入るのを禁じているトレントの森に無断で入ったのだ。
アブエロ所属の冒険者である以上、当然アブエロのギルドにもその報告は行くだろう。
あるいは領主のダスカーやギルドマスターのワーカーから苦情が入る可能性もあった。
そのようなことになった場合、アブエロのギルドもこの冒険者達を処罰しない訳にはいかない。
罰金刑はもう受けている筈なので、そういう意味の罰ではないだろう。
だが、ギルドとしてランクを下げたり、要注意人物のリストに追加されたり、最悪の場合は追放処分や、ギルドを首になるといった可能性もある。
その辺がどうなるのかは、それこそダスカーやワーカーの苦情があるかどうか、あるいはアブエロのギルドマスターや上層部の判断次第だろう。
「とにかく、警備兵に引き渡せば俺達としてはもう関係ない。それまでの我慢だから、もう少し頑張ってくれ」
レイの言葉で後は自分が我慢するしかないと思ったのか、ドラゴンローブの中から返事は聞こえてこない。
恐らく寝たのだろう。
「グルルルゥ」
レイとニールセンの会話を聞いていたセトが喉を鳴らす。
喉を鳴らした理由は、セトの視線が向いている方……最後に用を足した人物が戻ってくるのを見れば、明らかだった。
ニールセンが長から聞いたという、新たな穢れ。
こちらも恐らくは片付いただろうし、冒険者達も大人しく捕まっている。
そうである以上、もう自分がここにいる理由はない。
(とはいえ、この連中をどうするかだよな)
現在レイ達がいるのは、トレントの森の東側だ。
アブエロまではそれなりに近いが、ギルムまでは結構な距離がある。
そんな中、ギルムまでこの冒険者達を引き連れて移動するのは、かなり面倒だし、何より時間が掛かるのは間違いない。
だからといって、空を飛んで移動するにはセト籠を使わなければならないのだが、レイとしてはこの冒険者達にセト籠を使わせたいとは思わない。
かといって、この冒険者達を引き連れてギルムまで移動するとなると、相応の時間が掛かる。
あるいは街道まで出れば顔見知りが誰か馬車に乗って移動している……といった可能性も否定は出来ないのだが、だからといってそれに期待する訳にもいかないだろう。
(そうなると、一番手っ取り早いのはトレントの森に入らないように見張ってる兵士や騎士に引き渡すことか?)
この状況で冒険者達を引き渡された方も困るかもしれないが、元々がトレントの森に入る者がいないように見張りをしている者達だ。
いざという時にどうすればいいのかといったことは、当然だが理解しているだろう。
であれば、レイが捕らえた冒険者達を引き渡しても、そちらの方で何とかしてくれる筈だった。
問題なのは、どうやってそのような者達を見つけるかだろう。
当然の話だが、見張りをしているからとはいえ、人数の少なさと守るべき場所の広さからか、一人の見張る範囲はかなり広い。
そうである以上、兵士や騎士といった者達をすぐに見つけられるといった訳ではない。
それでも捕らえた冒険者達をギルムまで連れていくよりは手っ取り早いということで、レイはロープを取り出す。
「これでお前達をそれぞれ縛る。全員を一本のローブで縛るから、誰か一人が逃げようとしても他に連中が邪魔をして逃げることは出来ない。だから、決して妙なことは考えるなよ」
そう言い、レイは冒険者達の手と胴体をそれぞれ数珠繋ぎに縛っていく。
なお、冒険者達が持っている武器は全てミスティリングに収納されていた。
冒険者達に武器を持たせておくような真似をすれば、それこそいつでもロープを切って逃げられかねない。
レイやセトならそんな真似をしても相手を逃がすといったことはまずないだろうが、そうなればそうなったで面倒なことになるのは目に見えていた。
それなら最初から武器を没収しておき、冒険者達を引き渡した兵士や騎士に武器を預ければいい。
(向こうにとっては面倒な真似をといった風に思われるかもしれないが、それは仕事と諦めてもらうしかないな)
そう判断する。
元々トレントの森に誰も通さないようにしている者達がしっかりと自分の仕事をしていれば、このような面倒なことにはならなかったのだ。
そうである以上、ここで相手に仕事を任せればそれはそれで問題がない。
「ほら、行くぞ。俺から逃げられるとは思うなよ」
そう告げ、レイは冒険者達を縛ったロープを手に、進み始めた。
冒険者達もこうなってしまえば歩かない訳にはいかない。
もし自分が動かなければ、仲間にも迷惑を掛けることになるのだから。
そして何より、仲間が動けば数珠繋ぎになっている以上は自分も引っ張られることになる。
そのようにならない為には、きちんと歩く必要があった。
……ただし、引っ張られている冒険者の中で、弓を持っていた男、レイに対して強い対抗心や反抗心を持っている男だけは、自分がロープで引っ張られるのを納得した様子ではなかったが。
「グルルルゥ、グルゥ? グルルルルルゥ」
捕らえた冒険者達を引っ張りながら歩いていたレイだったが、そんな中で不意にレイの隣を歩いていたセトが喉を鳴らす。
一体何があって喉を鳴らしたのか。
そのことを少しだけ疑問に思ったレイだったが、すぐに納得した。
セトは、自分がトレントの森の周囲にいる兵士や騎士を連れてくると、そう言いたいのだと。
セトなら地面を走っても、あるいは空を飛んでも、非常に高い移動速度だ。
かなりの間隔で離れている兵士や騎士達だったが、それを見つけるといった真似も難しくはないだろう。
そして兵士や騎士はダスカーの部下である以上、当然ながらセトを知っている。
そのセトが一緒に来てと服を軽く引っ張るような真似をすれば、兵士や騎士達も何かがあったと判断してやってくるだろう。
……もっとも、単純にセトが遊んで欲しいと思われなければの話だが。
「分かった。じゃあ、俺はこの連中を見張ってるから、セトが頑張ってくれ」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは嬉しそうに鳴き声を上げると、そのまま走り出した。
「え? ちょっと、その……一体何を?」
いきなりのセトの行動に、冒険者の一人が理解出来なかったのか、レイに向かって尋ねる。
冒険者達にしてみれば、セトがいきなりいなくなったのが理解出来なかったのだろう。
しかし、レイはそんな冒険者達に特に気にした様子もなく答える。
「別にそこまで驚くことはないだろう? さっきはセトがここにいて、俺が他の場所に行ってたんだ。それがちょっと逆になっただけだし」
「さっきと今じゃ、状況が全く違うんだけど?」
冒険者達のその言葉に、そうか? とレイは疑問を抱く。
拘束されているのは、今も先程も変わらない。
いや、トイレに行きたいのを我慢していた時に比べれば、今の方が圧倒的に楽な気分だろう。
「今の方が楽だと思わないか? トイレの心配もしなくていいんだし」
「ぐ……それは……」
トイレに行きたくても行けなかった時のことを思い出したのか、レイと話していた冒険者はそれ以上何も言えなくなる。
実際にあの時と今のどちらの待遇がいいのかと聞かれれば、レイに反感を持っている弓の男ですら今の方がいいと言うだろう。
先程のトイレを我慢しているときは、それほどに厳しかったのだ。
「納得したのなら黙っておけ。お前達がこれからどうなるのか……それを考えていた方がいいと思うぞ」
「……え?」
レイの言葉が予想外だったのだろう。
冒険者達の一人がそんな声を漏らす。
実際に声を漏らしたのはその一人だけだが、他の面々もその声を出した男と同じように何を言われたのか理解出来ないといった表情を浮かべていた。
そして、恐る恐るといった様子で声を上げた男がレイに尋ねる。
「その、ここに勝手に入ったのは悪かったと思うけど、犯罪奴隷とかにはされないで罰金くらいだと思ってたんだけど……違うのか?」
「違わないと思う。俺も恐らくは罰金程度だろうと予想している」
そんなレイの言葉に、男は安堵した様子を見せつつ、驚かすなと口を開こうとするが、それよりも前にレイが再び口を開く。
「ただ、トレントの森はギルムでもかなり重要な場所として認識されている。そうである以上アブエロのギルドにギルムの領主やギルムのギルドマスターから苦情の連絡が行くのは間違いない。その結果がどうなるかは、正直なところ俺も分からないけどな」
さぁ……と、話を聞いていた冒険者達の顔が青白くなっていく。
レイが言っている内容を理解したのだろう。
「その、今回の件は上に報告しないってのは……」
「駄目だろうな」
即座に否定する。
この冒険者達が兵士や騎士に引き渡されれば、その件は当然のように上に報告される。
そして上に報告されれば、これもまた当然ながら更に上に報告され……最終的にはダスカーの耳に入るのは避けられないだろう。
最終的にダスカーが今回の一件を知れば、その結果がどうなるのかはレイの予想通りだろう。
(それに、今まではこういう連中がいなかった。あるいはいても、見張りに見つかるようなことがなくて好き放題にやっていた可能性が高い。なら、表現は悪いが一度見せしめを作ってしまえばいい)
一度トレントの森に無断で侵入した者達がどのような結末を迎えるのかを、見せつける。
そうなれば、当然だが同じような真似をしようとする者は減るだろう。
それはあくまでも減るであってゼロになる訳ではない。
ギルムにいる面々がトレントの森を重要視し、何かをしているのは間違いないのだ。
何とかそれを探って、自分の利益にしようと考える者は出て来る筈だ。
それでも何も見せしめを作っていない状況に比べれば、そのような者達はかなり少なくなるのは間違いないだろうが。
「お前達が何を考えてトレントの森に来たのかは分からない。だが、それはやってはいけないことと知った上でやったんだろう? なら、それが失敗した時の損失も甘んじて受け入れて貰う」
「そんな! 同じ冒険者だろう!? ここは異名持ちの懐の深さを見せてくれてもいいだろ!」
そう叫ぶ男に、レイは呆れの視線を向けるだけだ。
リスクを承知の上でトレントの森に来たのだから、それが失敗したのならその結果も受け止めるべきだろうと。
実際、もし黒い円球がトレントの森に現れていなかったら、この冒険者達はきちんと目的を叶えていた。
具体的にそれがどのような利益だったのかは、微妙なところだが。
そういう意味では、穢れが警報器的な効果を発揮した訳だが……だからといって、レイは同じようなことを繰り返して欲しいとは思わなかった。
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