3074話

 結局妖精に興味を持つ樵達は、レイの言葉に納得するしかなかった。

 妖精郷に派遣する者達について決めるのは、レイではなくダスカーや……あるいは妖精郷を治めている長だ。

 そうである以上、ここでレイにどうこう言っても、それが通用するはずもないのだから。

 ……もっとも、それでもレイならどうにか出来るのではないかと思った者もそれなりにいるのは間違いない。

 実際にレイはダスカーの懐刀といったような認識をする者も多かった。

 ここにいる樵達がレイの情報をどれだけ入手しているのかによって、その認識も変わってくるだろう。


「それで、レイ。今日はこれからどうするんだ? もう暫くここにいるのか?」


 それはいるのか? といったことよりも、いて欲しいといったニュアンスが強い。

 ここにいる者達にしてみれば、レイがいればいざ何かあった時でもすぐに対処出来るのだ。

 実際に何が出てくるのかというのは、その時になってみなければ分からない。

 そのような未知の存在を相手に遭遇した時のことを考えれば、そこにレイがいるかいないか、セトがいるかいないかというのは、大きな意味を持つ。


「もう少しその辺を見て回ったら、野営地に戻ろうと思ってるけどな」

「ここにいてもいいんじゃないか? 何かあった時、レイがいてくれると助かるんだけどな」

「それを言うなら、向こうもそうだろ」

「でも、向こうは俺が言うのもなんだけど、俺達よりも強い冒険者達がいるんだろ? なら、レイがこっちにしてもいいと思うんだが」


 その言葉は事実だ。

 生誕の塔の護衛を任されている冒険者は、樵の護衛を任されている冒険者達よりも高い能力を持つ。

 その上で、リザードマン達もいる。

 リザードマンはこちらに来た当初はともかく、今となっては会話による意思疎通が可能だ。

 ましてや、リザードマンの国では最強の戦士として称えられていたガガ、そのガガには及ばぬものの、それでもリザードマンの中では強者と呼ぶべき存在であるゾゾがいる。

 他のリザードマン達も、子供のリザードマンや生誕の塔を担当しているリザードマンのように戦士ではない者もいるが、大部分はリザードマンの戦士だった。

 トレントの森にいるモンスターは勿論、黒いサイコロのような穢れが姿を現してもそれに対処するのは難しくないだろうというのがレイに残って欲しいと口にした冒険者の願いだ。

 とはいえ、レイもその言葉を素直に聞くような真似はしなかった。

 どちらにいても対処するのはレイである以上、どうせなら快適な場所にいたいというのは人情だろう。

 もっとも、ここでそれを口にするような真似はしなかったが。

 もしここでそのようなことを口にすれば、それこそ冒険者達が不満を露わにすると予想出来た為だ。


「ここは守るのが樵達だけでいいけど、向こうは色々と守る相手が存在する。それを考えると、やっぱり向こうにいた方がいい」


 これは決して嘘ではない。

 ここでは樵を守っていればいいだけだが、野営地では生誕の塔という動かすことが出来ない建物を守る必要があった。

 また、レイの魔法に耐えていた巨大なスライムですら黒いサイコロを相手にした場合は抵抗も出来なかったのだ。

 水狼のようにレイ達に友好な存在を守るという意味でも、野営地を拠点にした方がいいのは間違いない。


(あ、でも巨大なスライムが黒いサイコロに抵抗出来なかったのは、俺の魔法でダメージを受け続けていたからというのもあるかもしれないな。だからってどうにかなる訳じゃないけど)


 巨大なスライムが黒いサイコロに一方的に攻撃をされた理由が自分の魔法にあったとしても、元々巨大なスライムはレイに対して……そして周辺にいる者達に対して敵対的な存在だった。

 そうである以上、レイは自分の魔法に耐えていた巨大なスライムが黒いサイコロに攻撃された結果として、倒すことが出来るというのは悪い話ではない。


「そうよ。向こうでなら色々と美味しい料理を食べられたりするんだから。ここにいるよりは気楽に楽しめるわ!」


 ニールセンが会話に割り込み、そう告げる。

 ニールセンにしてみれば、昨日のガメリオン料理の件を思い浮かべていたのだろう。

 樵達が食事をする時は、基本的に自分で用意した食事……サンドイッチやパンを食べるだけだ。

 中には山菜やモンスターの肉、木の実を使って簡単なスープを作ったりもするが、それだけでしかない。

 それに比べると、野営地はそれなりに広いし、焚き火で料理を出来るように簡単な炊事場も用意されている。

 どちらの方が美味い料理を作れるかと言われれば、当然だが野営地となるだろう。


「それを理由で選ばれても……」


 ニールセンの言葉に、冒険者の一人が不満そうな様子で告げる。

 樵の護衛をやっている以上、料理をするという点ではどうやっても野営地には勝てない。

 そうなると、もっと別の方法でレイを誘う必要があるのだが……それもない。

 レイがミスティリングを持っていなければ、毎日ギルムから弁当を持ってきているので、野営地のように自分達で料理を作るのではなく、本職の料理人が作ったサンドイッチのような簡単な料理を取引材料にすることも出来るのだが。


「取りあえずいつまでもここにいる訳にはいかないから、そろそろ戻るよ。安心しろ。もし昨日のような黒いサイコロが出たら、すぐに妖精郷の長が察知してニールセンを通じて俺に知らされて、セトに乗ってここまで来るから」


 その言葉に、話を聞いていた者達は納得したような、納得出来ないような……そんな微妙な表情を浮かべる。

 ここにいる冒険者達は、生誕の塔は仕事上遠目に見ることは出来るものの、実際に近付いたことはない。

 もし近付こうとしても、生誕の塔を護衛している者達に止められるだろうが。

 ギルドに優秀だと判断された冒険者である以上、ギルドから近付かないように言われている場所に自分から近付くといったことはまずなかったが。

 とにかく、遠くに存在する生誕の塔の近くにあるだろう野営地。

 穢れが出たと知らせがあれば、そんな遠くからでも真っ直ぐここにやって来られるのか。

 そう疑問に思うが、セトの飛行速度を考えれば実際にそう時間が掛からないでレイがやって来るのは間違いないと理解出来た。

 遠く離れていても、セトなら素早くやって来るだろうと考えるのは難しい話ではない。

 ないのだが、それでもやはりここで働いている者達にしてみれば、見える場所にレイがいて欲しいと思うのだろう。

 その辺の気持ちはレイにも分かるが、だからといってそこまで相手に合わせるような真似をする訳にもいかない。


「じゃあ、頑張って仕事をしてくれ。ここで木が伐採されれば、それだけギルムの増築工事も進むんだし。……もっとも、仕事が出来る期間はそう長くないと思うけど。そろそろ寒くなってきたしな」


 まだ雪が降るには随分と余裕はあるが、それでも樵が仕事を終えるまではそう長くはない。

 何しろ雪が降れば故郷に帰るのも普段よりも難しくなる。

 そうである以上、雪が降る前にギルムを出て、雪が降り始める頃に故郷に到着するというのが理想的だ。


(寒くなっても、俺には関係ないけど)


 ドラゴンローブの簡易エアコンの能力によって、レイが寒さに凍えることも、暑さにぐったりするようなこともない。

 しかし、それでも周囲にいる者達の様子を見ればどのような気温なのかくらいは理解出来る。


(とはいえ、ドラゴンローブも強力なマジックアイテムだけど、不壊って訳じゃない。いずれ……本当にいつになるのかは分からないけど、いずれ壊れるといったようなことになってもおかしくはないんだよな)


 そんなことを思うレイだったが、形ある物はいつか壊れるといったようなことを考えれば、ある意味でそれは間違っていない。

 そんな風に考え、取りあえず今は余計なことを考えないようにする。

 ドラゴンローブに気を遣って行動した結果、それが致命的なミスになってしまえば、どうしようもないのだから。


「そうだな。そろそろ冬なんだよな。出来ればもう少し雪が降らないで欲しいんだけど」


 レイの言葉に、冒険者の一人が空を見上げながら言う。

 もっとも、空は木の枝によって覆われており、しっかりと見ることは出来ない。

 そんな様子を見せながらも、まだもう少し冬にならないで欲しいと思っているのはレイにも理解出来た。

 理解は出来たが、同時に疑問も抱く。


「冬になればここでの仕事は取りあえず終わって、穢れに遭遇する心配もしなくていいと思うんだが、それでもまだ雪が降らないで欲しいのか?」

「ああ。こう言っては何だが、危険度が増えた分だけ今日から報酬も上がったしな。もう冬越えの資金は貯まってるけど、ここで大きく稼ぐことが出来れば、冬の間はそれだけゆっくり出来る」


 その意見には他の冒険者達も同意するように頷いていた。

 冬の間は、基本的に冒険者は休む。

 しかし、冬越えの資金がない場合は、その冒険者は金を稼ぐ必要があった。

 雪が降っている中で金を稼ぐとなると、雪かきといった手段がある。

 だが、街中で雪かきをする程度の依頼では報酬もそう高額ではなく、一気に大きく稼ぎたいのならモンスターを倒して売るといった手段が一般的となる。

 増築工事も基本的には雪が降っている間は休みとなるのも大きい。

 もっとも、中には冬に雪が降っていても出来る増築工事の仕事もあるのだが、こちらは専門知識が必要なものが大半となる。

 増築工事の一般的な手伝い……荷物を運んだりするといったような仕事はない。

 今年であればレイが行うギガントタートルの解体の仕事もあるが、これも基本的にはそこまで報酬は高くない。

 ギガントタートルの肉を貰うことが出来るので、それを上手く売れば高額になるかもしれないが、その辺は運や交渉の技術が必要となる。

 そうなると、やはり冒険者が行う仕事の中で確実に稼げるのは、モンスターの討伐だ。

 特に冬の季節の場合は、雪が降っている時にしか出て来ないようなモンスターもいる。

 そのようなモンスターの魔石や素材は、それなりに高額で売れる。

 もっとも、基本的にこの時季にしか出て来ないようなモンスターだけに、かなりの強さを持つが。

 そんなモンスターを雪が降って動きにくい中で戦うのだから、大きな危険が伴う。

 しかし、冬越えの資金が足りない者なら、それを行う必要があった。

 もしくは、安い報酬でも我慢して街中の依頼をこなすか。


「冬の間は特に何もやることがないから、金を使ってしまいがちだしな」

「そうなんだよ。特に酒と女に……いやまぁ、うん」


 レイの言葉に同意するように何かを言おうとした男だったが、途中で言葉を切る。

 幸い、周辺にいるのは男だけだったので、冷たい視線を向けられるようなことはなかったが。


「話は分かったけど、そういうのはあまり人前で言わない方がいいと思うぞ」

「……美人に囲まれているレイにそういう風に言われても、ちょっとな」


 納得出来ないといった様子の男の言葉に、周囲にいた他の面々も同意するように頷いていた。

 エレーナやマリーナ、ヴィヘラといった絶世の美女達を侍らせている――ように見える――レイは、それだけで男達から……それこそ場合によっては女からも強烈な嫉妬を向けられてもおかしくはない。

 とはいえ、エレーナ達が美人であるのは間違いないが、それぞれ非常に癖の強い……特徴的と表現してもいいが、そんな者達なのは間違いない。

 それこそ普通なら、エレーナ達の誰か一人だけでもお腹一杯といったように思ってもおかしくはないのだ。

 だからこそ、レイは嫉妬は向けられているものの、普通に考えればかなりその嫉妬の勢いは弱い。

 だからといって、その全てで問題がないのかと言われれば、その答えは否なのだが。


「トレントの森で働けるくらいにギルドから信用されているのなら、女の一人や二人を手に入れるのはそう問題ないと思うが?」

「……そういう女って、俺の金とか目当ての奴だろう? そうじゃなくて、こう……もっと純粋に恋愛らしい恋愛をしたいんだよ!」


 その魂の叫びは、側にいたレイ達だけではなく離れた場所で仕事をしていた樵達の耳にも入ったらしい。

 そんな者達が、叫んだ男に生暖かい視線を向ける。

 最初は自分がそのような視線を向けられているとは気が付かなかった男だったが、それでもある程度の時間が経過すればそんな周囲の様子にも気が付く。

 そして自分が何を口にしたのかを理解し……その顔は羞恥で赤く染まる。


「な、何だよ! こっちをそんな目で見るなよな! 別にいいだろ、そういう純粋な恋愛をして見たいと思っても!」


 照れ隠しに男はそう叫ぶのだった。

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