3056話

「あ、レイ……あれ……」


 レイが穢れを送り込んでくる連中について考えていたところ、不意にそんな声が聞こえてくる。

 声のした方を見ると、冒険者の一人がとある方向を示していた。

 そちらに視線を向けると、そこには地面から伸びた植物によって身体を雁字搦めにされた数人の冒険者達の姿があった。

 その冒険者達はニールセンを追い掛けていた者達だったのだが、いよいよニールセンが本格的に反撃を開始した結果があれなのだろうというのは、レイにもよく理解出来た。


「どう!? 私が小さいからって、甘くみないでよね!」


 自分を追ってきた冒険者達の動きを纏めて止めたことを自慢げな様子で叫ぶニールセン。

 ニールセンにしてみれば、ここまで自分を追い掛けてきた相手に一矢報いたのだから、気分がいいのだろう。

 もっとも、植物によって動きを止められた冒険者達は悔しがる様子もなく、寧ろ嬉しげだったが。

 もしニールセンの使った魔法が植物による足止めではなく、もっと明確に相手にダメージを与えるようなものであれば、冒険者達の対応も違っただろう。

 しかし、ニールセンが使ったのはあくまでも相手の足止めで、傷付けるような攻撃ではない。

 具体的には、ニールセンが覚醒したことによって使えるようになった光を放つ魔法の類を使っていない。


「ニールセン、その辺にしておいてやれ。お前の力は十分に理解出来るし、追い掛けていた連中も十分に理解した筈だ」

「何よ、レイが私を放っておいたから対処したんでしょ。なのに、何で文句を言うの?」


 ニールセンはレイの言葉に不満を漏らす。

 レイはそんなニールセンの言葉に妖精郷のある方を見て、呟く。


「長は、もしかしたら今もこの状況を見てるかもしれないな」

「ぐ……」


 その一言で、ニールセンも何も言えなくなる。

 ニールセンにしてみれば、長は自分を見捨ててさっさと妖精郷に戻った相手だ。

 そういう意味では不満を抱いている。

 だが……それでも、長の不興を買うという真似は絶対に避けたい。

 今回の件では、ニールセンの対応も仕方のないことだというのは長も理解出来るだろうし、こうして大々的に魔法を使ったのを見て責めるようなこともしない筈だ。

 しかし、止めるレイの言葉を無視して同じようにしようものなら、お仕置きをされる可能性があった。

 そうならないようにする為には、やはりここは素直にレイの指示を聞いておく必要がある。

 渋々といった状態で魔法を解除するニールセン。

 すると自由になった冒険者達が早速ニールセンに近付こうとしたものの、その前にレイが立ち塞がる。


「お前達もその辺にしておけ、お前達がニールセンに強引に迫って、それによってニールセンが……そして妖精がトレントの森からいなくなったら、どうするつもりだ?」


 その言葉に、ニールセンを追おうとした冒険者達の動きが止まる。

 もし本当にレイの言うようなことになったら、後悔してもしきれない。

 ニールセンを追っていた者達は、別に妖精を捕らえて売り飛ばそうとか、そういうことを考えていた訳ではない。

 ただ、個人の趣味として妖精に興味があり、ニールセンから色々と話を聞きたかっただけだ。

 決してニールセンを怖がらせたりするつもりはなかった。


「すまない」


 一人が代表して謝ると、他の者達も謝る。

 これで自分の非を認められないような者であれば、レイに突っ掛かるような真似もしただろう。

 しかし、生誕の塔の護衛を任されたように、ギルドから優秀と評価された者達だ。

 自分の言動を思い出し、それが明らかに妖精から見た場合は悪印象しか与えないということに気が付いたのだろう。

 だからこそ、冒険者達はレイと……そして当然のようにニールセンにも謝ったのだ。


「ふ……ふんっ、いいわ。レイの仲間だから許してあげる。けど、次に同じようなことをやったら、絶対に許さないから、そのつもりでいなさい! いいわね!」


 そう叫ぶニールセンに、頭を下げていた冒険者達は嬉しそうな表情を浮かべる。

 許されたと、そう理解したのだ。


「で、この連中も謝ったんだし、それにもう暴走もしない筈だ。ニールセンは妖精について色々と聞かれたら、それを教えたりしてもいいんじゃないか?」

「むぅ……そうね。まぁ、そのくらいなら……」


 レイの説得に渋々といった様子だったが、ニールセンも折れる。

 もしあのままだと、色々と面倒なことになっていたと理解しているからだろう。

 それを止めてくれたレイがこうして言うのだ。

 そうである以上、それを断るといった真似が出来る筈もない。


「なら、いい。じゃあ……セト、ちょっと来てくれ」

「グルゥ?」


 まさかここで自分の名前が呼ばれるとは思わなかったのだろう。

 セトは驚きながらも、レイの側までやって来る。


「ニールセンと一緒にいてやってくれ。そしてこの連中がやりすぎだと思ったら、止めてくれ。セトに止められると思えば、普通なら無茶な真似は出来ないだろうし」

「グルゥ!」


 レイの言葉に、分かったと喉を鳴らすセト。

 そんなセトとは裏腹に、冒険者達は迂闊に反応出来ない。

 勿論、先程ニールセンに謝った以上、無理に話を聞いたりするつもりはない。

 ニールセンに不愉快な思いをさせるつもりもないが、それでも場合によっては熱が入りすぎてニールセンが引く可能性もあった。

 そうなった場合、セトが容赦なく待ったを掛けてくるのだ。

 ……それも恐らく喉を鳴らしたりといったような真似ではなく、前足とかで。

 せめてクチバシによる突っ込みはないと思いたいが。

 セトのクチバシは鋭く、その辺の刃物とは比べものにならないくらいの威力を持つ。

 もしセトがその気になれば、その辺の鎧程度ならクチバシであっさりと貫いてもおかしくはない程に。

 それを抜きにしても、前足の一撃も十分な威力を持つ。

 もしセトが本気で前足の一撃を繰り出した場合、トレントの森に生えている木があっさり折られてもおかしくもなんともない。

 セトは生身でもそれだけの力を持っているし、その上で力を上げる剛力の腕輪というマジックアイテムも装備しているのだ。

 それらを考えると、セトの突っ込みというのは出来れば遠慮したいと思うのは冒険者としての……いや、生きている者としての本能ですらあった。


「これでどうだ? セトがいるのなら、強引な真似をしたりといったことは出来ないだろう?」

「……そうね。なら、それでいいわ。けど、私がこの人達の相手をしている間、レイはどうするの?」

「どうするって言われても……そうだな。取りあえずここに残る件についてとか、色々と話し合っておく必要があるな」


 今までのように一日や二日程度ではなく、もっと長期間この野営地で寝泊まりすることになるのだ。

 そうである以上、レイとしてはきちんとどうするのかといったことを決めておく必要があった。

 ……とはいえ、その前にやっておくべきことがあるのも事実だったが。


「レイ殿、今回の用件が済んだのであれば、そろそろ私達はギルムに戻りたいのですが、あまり長期間留守にするのは色々と不味いので」


 アーラのその言葉に、レイはそう言えばそうだったと頷く。

 自然とここにいたエレーナだったが、マリーナの家にいるということになっている以上、あまり長時間外にいる訳にいかないのも事実。

 野営地にいた者達も、何だかんだとエレーナと一緒にいるのに慣れた……という訳ではないが、この野営地にとっても大きな問題である巨大なスライムが、黒いサイコロによって攻撃されるといった予想外の事態が起きたのだ。

 また、リザードマン達を襲っていた黒いサイコロを竜言語魔法によって倒すといった真似もしている。

 そういう意味では、エレーナはこの場で受け入れられるようなことになってもおかしくはなかったのだろう。


「悪いな、そう言えばそうだった。……なら、馬車が待ってる場所まで送っていくか。エレーナもそれでいいか?」

「うむ。私もそれで構わない。ここにいるのも楽しかったので、少し残念ではあるがな」

「エレーナ様……」


 冒険者の一人が、エレーナの言葉にそんな声を上げる。

 エレーナがここにいるのを楽しかったというのは、一緒にいた冒険者にとって非常に嬉しいことだったのだろう。

 実際、口に出した冒険者以外でも同じような表情を浮かべている者はそれなりにいる。


「しかし、私もやるべき仕事がある以上、いつまでもここにはいられない。いずれまた、機会があったらここにやって来るとしよう」

「お待ちしています」


 冒険者達の指揮を執っている男が、深々と一礼する。

 それは外見だけの適当な礼儀といった訳ではなく、心からの一礼だった。

 もしエレーナがいなければ、ガガ達は死んでいた可能性がある。

 勿論、絶対にそうなっていたという訳ではないが、それでも黒いサイコロの危険性を思えば、リザードマンに数人の死者が出た可能性は否定出来ない。

 生誕の塔の護衛を任されている男にしてみれば、リザードマンを助けて貰ったことには心から感謝しているのだろう。


「今回の件は半ば偶然のようなものだ。そこまで気にする必要はない」


 実際にはエレーナが自分から助けに行ったのだから、偶然というのは違うのだろう。

 しかし、もしそう言わなければ男は納得しないだろうとエレーナには思えたからこその言葉だ。

 エレーナにしてみれば、今回の件で恩に着せるつもりはない。

 そもそも穢れについての話を聞けば、中立派云々どころか、ミレアーナ王国の中だけでも話は収まらないような……それこそ大陸の住人全てに関わってきてもおかしくはないのだから。

 最悪の場合は大陸の滅亡といったような状況がある場合、エレーナが協力するのは当然のことなのだから。


「じゃあ、エレーナ、アーラ。そろそろ行くか。ニールセンはどうする? ここにいるのか?」

「一緒に行くに決まってるでしょ!」


 レイの言葉に反射的に叫ぶニールセン。

 もし自分だけがこの場に残るようなことになったら、自分が一体どうなるのか分からなかったからだ。

 自分が他人を振り回すのは問題ないのだが、自分が他人に振り回されるのはニールセンにとって非常に面白くない。

 だからこそ、今のこの状況を考えると少しでも早く何とかしたいと、そう思ったのだろう。

 それにはレイと一緒にこの場からいなくなるのが最善の選択肢だと、そう思ったのだろう。

 エレーナとアーラを馬車のいる場所まで送り届ければ、レイとセトはまたここに戻ってくるのだが。

 ニールセンにしてみれば、短い時間でもここからいなくなるというのは悪い話ではなかったらしい。

 エレーナ達を送った後、レイ達が戻る時は森に紛れて隠れてしまえばいいと思ってるのかもしれないが。

 とはいえ、その場合でもニールセンはレイとそう離れてはいられない。

 もし黒いサイコロがまたトレントの森に姿を現した時、長からの情報をニールセンはレイに知らせないといけないのだから。

 それでも少しでも自分を追ってくる者達から逃げることが出来るのなら、それで問題ないと思ってるのだろう。

 レイとしては、黒いサイコロのような穢れが姿を現した場合に教えてくれるなら、それでいい。

 それ以外の時は自由にしていればいいという思いだった。

 もっとも、自由にしすぎて悪戯の度がすぎるようなら長に注意して貰うことになるかもしれないが。


「分かった。好きにしろ」

『ええー……』


 レイの言葉に不満そうな声を上げたのは、ニールセンともっと接したいと思っていた冒険者の面々だ。

 ニールセンの魔法で動きを止められたのは、特に根に持っていないらしい。

 それどころか、これが妖精の魔法なのかと嬉しがってすらいる。

 正直なところ、レイにしてみれば一体何故そのように思えるのかと疑問に思う。

 思うのだが……レイもまたマジックアイテムを集めていたり、美味い料理を食べるのが好きだというのを考えると、その気持ちは分からないでもない。

 分からないではないのだが、だからといってニールセンが嫌がっているのだから、それを放っておく訳にもいかないだろう。


「長がこの場所について知ったし、場合によっては他の妖精もやって来ると思う。それまで待ってろ。……もっとも、新しい妖精が来ても、ニールセンに接した時のような行動をすれば避けられる可能性が高いが」


 そう言うと、話を聞いていた者達は明らかに落ち込んだ様子を見せる。

 自分達でも、ちょっとやりすぎたと思っているのだろう。

 それでも新しい妖精が来た場合、結局興奮しすぎて同じような結果になるようにレイには思えた。


「エレーナ、アーラ、そろそろ行くぞ」


 そう告げ、取りあえずこれ以上触れるのは止めるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る