3051話
黒いサイコロによって身体を黒い塵にされ、それを吸収されていく巨大なスライム。
そのような巨大なスライムを見て、レイは自分の魔法に長い間耐え続けている巨大なスライムを黒いサイコロが殺してから魔法で一掃しようと思っていた。
しかし、突然姿を現した長が未知の存在を吸収した黒いサイコロがどのような反応をするか分からない以上、出来るだけ早く倒して欲しいと言う。
最初はそれに反対したレイだったが、長やエレーナに説得されて最終的にはすぐに魔法で一掃するということを決意する。
(さて、そうなると……どんな魔法を使うかだよな)
ミスティリングの中から取りだしたデスサイズを手に、レイはどのような魔法を使うのか悩む。
今までのように黒いサイコロを殺すだけなら、火精乱舞を使えばいい。
最初に魔法の発動する範囲を限定出来るという点で、この魔法はかなり使い勝手のいい魔法だった。
しかし、この場合問題なのは巨大なスライムの大きさだ。
山とまではいかずとも、ちょっとした丘くらいの大きさを持つ敵を相手に、そのような魔法を使う場合、範囲が広くなりすぎる。
範囲が広くなると消費する魔力も上がるのだが、莫大な魔力を持つレイにとってはその程度のことは何の問題もない。
しかし、火精乱舞は最初に決められた範囲の外には魔法の効果を発揮しないが、それは逆に言えば最初に決められた範囲内には確実に魔法の効果を発揮するということになる。
そうなると、ちょっとした丘程の大きさを持つ巨大なスライムを攻撃した場合、燃やしつくされる範囲がかなり広範囲となってしまうのだ。
エレーナの使う竜言語魔法によるレーザーブレスが湖周辺に大きな環境被害をもたらすからということを考えたレイだったが、火精乱舞を使った場合はそれこそレーザーブレスよりも湖の周辺環境に与える被害が大きい。
(となると、火精乱舞は使えない。周辺に多少の被害が出るような魔法でも、巨大なスライムを倒す時のことを考えれば、火精乱舞よりも他の魔法の方が結果的にいいか)
どのような魔法がいいのかを考えつつ……やがて決断し、口を開く。
「じゃあ、行くぞ。火精乱舞……今まで穢れを倒してきた魔法だと敵の大きさの関係上周辺の被害が大きくなる。なので、もっと直接的に攻撃させて貰う。もしかしたらこっちにも危険が来るかもしれないから、注意してくれ」
そう宣言すると、レイはデスサイズを手に呪文を唱え始める。
『炎よ、我が魔力を力の源泉として、全てを燃やし尽くす矢となり雨の如く、嵐の如く、絶えず途切れず降り注げ』
呪文と共に、レイの上には炎で出来た矢が大量に生み出されていく。
その数、約五百本。
周囲で見ている者達は、その炎の矢の危険性を察知して即座にレイから距離を取ったり、もしくは何らかの防御を行う。
炎の矢の一本だけでももの凄い威力を持っていると理解したのだろう。
ここに何らかの手段で魔力を感じる力を持つ者がいれば、あるいは腰を抜かしていただろう。
冒険者やリザードマン達には、炎の矢が強力な……それこそ下手をすれば一本命中しただけで自分達は死んでしまってもおかしくはないと理解は出来たものの、実際にどれだけの魔力が込められているのかは分からなかった。
もし正確に魔力を察することが出来るのなら、矢の一本に一般的な魔法使い五人分が魔力を限界まで絞り出した程の魔力が込められていると理解出来るだろう。
莫大な魔力を持つレイだからこそ出来る攻撃。
もっとも、そのような魔力を込めて五百本もの炎の矢を維持し続けているのだから、それだけで非常に高い技術が必要となるのだが、その辺りはレイは感性だけで行っていた。
『降り注ぐ炎矢!』
そして、発動する魔法。
同時に五百本の炎の矢が、一斉に巨大なスライムに……正確にはその巨大なスライムを貪り食っている黒いサイコロに向かう。
巨大なスライムの内部や外側でも炎のない場所にいる黒いサイコロ。
そんな標的に向かって放たれた炎の矢は、まさに横殴りの炎の豪雨とも呼ぶべき勢いで叩き付けられた。
「どうだ?」
デスサイズを手に、何かあったら即座に反応出来るようにしながらレイは自分の放った魔法の効果を見る。
巨大なスライムを燃やしている炎をも貫き、その体内にいる黒いサイコロに向かっていく炎の矢。
数本の炎の矢は黒いサイコロに触れると、その身体を燃やしつくす。
中途半端な魔法では意味がないのだが、今回の魔法ではレイの魔力がたっぷりと込められている。
巨大なスライムの身体も貫き、燃やすのに十分だった。
そうして炎の矢が全て放たれた後……レイの視線の先にあったのは、燃え続けている巨大なスライムだけで、黒いサイコロは燃えつきていた。
(今更……本当に今更の話だけど、黒いサイコロが燃えて灰や炭になったのを巨大なスライムが吸収して強化されるってことはないよな?)
レイはふとそんな疑問を抱く。
長の指示に従い、黒いサイコロが巨大なスライムを吸収して何らかの手段で強化されるよりも前に殺して欲しいと言われた。
思うところのあったレイだったが、それでも長の説明には納得出来る部分があったので、その言葉を受け入れ、こうして倒した。
だが、今のように黒いサイコロをこの場で倒した場合、長が心配していたのとは別の方向に事態が発展する可能性も否定は出来なかった。
それでもどちらが危険なのかと言われれば、やはり黒いサイコロが巨大なスライムを吸収した方が危険なのは間違いないだろう。
そういう意味では、今が最善の結果なのだろうというのはレイにも理解出来ていた。
出来ていたのだが、それでも今の自分の行動で巨大なスライムが自分の手に負えなくなるようなことがあった場合、かなり面倒だと思ってしまう。
「長、あの巨大なスライムが黒いサイコロが燃えた灰や炭を吸収して強化されるという可能性はあると思うか?」
「え? そうですね。可能性があるかないかと言われると、ない訳ではないと答えるしかありませんが」
曖昧な言葉を発する長。
長にしてみれば、一番危険だったのは間違いなく黒いサイコロだ。
その黒いサイコロを倒してしまえば、後はどうとでもなると判断していたのだろう。
もし巨大なスライムがどうにかなっても、レイなら対処出来ると考えたのかもしれない。
「出来ればもう少しその辺については考えてから行動して欲しかったな。……俺が黒いサイコロを倒さないで見ていると判断したから出張ってきたのかもしれないけど」
ニールセンを通して、レイが巨大な黒いスライムを相手にどうするのかを知り、だからこそ自分が直接出て対処するしかないと判断したのだろう。
その判断はそう間違っていない。
実際、もし長が出て来なければ、レイはそのように判断していたのだろうから。
「レイ!」
長と話していたレイだったが、不意に鋭く名前を呼ばれる。
何だ? と視線を向けると、そこにはガガの姿。
指さしている方を見れば、五百本の炎の矢によって燃やされていた巨大なスライムの状態に変化があった。
巨大なスライムが燃えているというのは、以前と変わらない。
しかし、それはあくまでも燃えているという現象についてだけだ。
単純に燃えているのは同じでも、そこにある状況は大きく違っていた。
具体的には、黒いサイコロに食われるまで燃えていた時に比べ、明らかに炎の勢いが増している。
「勢いが増している? これは……いいことなのか?」
レイにも巨大なスライムを見て迂闊に判断出来る訳ではない。
しかし、こうして見る限りでは巨大なスライムを燃やしていた炎が大きくなったのだ。
それは巨大なスライムに与えるダメージが大きくなったという風に思っても問題はないだろう。
同時に、レイの魔法で炎の威力が強まったのなら、黒いサイコロも燃やしつくす可能性もある。
今のこの状況でそう期待するのは決しておかしくはない。
「長、どう思う?」
「少しお待ち下さい」
レイの隣を飛んでいる長は、燃え続けている巨大なスライムを見て、意識を集中する。
具体的に長が何をしているのかはレイにも分からないが、長が待てといった以上はここで待っておいた方がいいだろうと判断し、黙り込む。
そして一分程が経過し……長の顔に笑みが浮かぶ。
「あの巨大なスライムの中や周辺にいた黒いサイコロは、レイ殿の魔法によって燃やしつくされてしまいました」
その言葉に、レイは安堵する。
長の言う通りに魔法を使ったが、実際にそれがどのような結果になるのかというのは、レイにも分からなかった。
場合によっては、巨大なスライムと黒いサイコロが融合し、レイであっても対処のしようがない……最悪、そのような状況になってもおかしくはなかった。
勿論、長もそのようなことにはしたくなかった筈で、そういう意味ではある程度の勝算があったからこそ、今回のように攻撃をして欲しいと指示を出したのだろう。
それはレイにも分かっているが、それでももしかしたら……と、そのように思ってしまうのは仕方のないことだった。
「取りあえずこれで安心だな。結果だけを見れば、最大の問題だった黒いサイコロは勿論、巨大なスライムに対しても大きなダメージを与えたようで何よりだ」
五百本の炎の矢によって、巨大なスライムに具体的にはどのようなダメージがあったのか……それは生憎とレイにはしっかりと分からなかったが、それでもこうして見る限りではかなりのダメージを与えたと思ってもいい筈だ。
出来ればこのまま炎の矢によって巨大なスライムが死んで欲しい。
そう思うレイの希望が叶えられるかどうかは、微妙なところだったが。
「では、レイ。あの状況は悪い話ではないのか?」
ガガは燃えているスライムを眺めつつ、改めてレイに尋ねる。
ガガにしてみれば、巨大なスライムが燃えるというのはずっとそこにあった光景だった。
そうである以上、いきなり燃えている巨大なスライムが消滅するのは思うところがあったのだろう。
「ああ、悪い話じゃない。ガガも知ってると思うが、あの巨大なスライムは湖の主だ。こっちに被害を与えるのは……うん?」
ガガに説明する途中で、不意にレイは湖の方に視線を向ける。
湖で何かが動いているのか分かったのだ。
湖には多くの生物が存在する以上、湖で何かが動いてもおかしくはない。
おかしくはないのだが、それでも何かが動いたのだから、それでレイが何かがあると判断するのは当然だった。
そして視線を向けると、こちらにやってくる何かが見る。
即座に攻撃の準備をしなかったのは、自分の方に向かってくる存在に敵意がなかったからだ。
「水狼?」
そう、それは水で出来た狼。
以前レイがこの湖で遭遇したモンスターだった。
ただし、モンスターではあっても一度戦闘したからか、今はレイを攻撃してくるような様子はない。
湖のモンスターはこの水狼もそうだが、レイに対して……より正確には他の者達に友好的な存在がそれなりに多い。
それだけに、こうして水狼が来るのも決しておかしな話という訳でない。
水狼とは最初に派手に戦いとなったのだが。
何故このタイミングで水狼が来るのかということは、レイには疑問だった。
(妖精郷の周囲を守っている狼達といい、妖精郷の中にいる狼の子供達といい、この水狼といい……何だか最近狼と触れ合うことが多いな。何か理由があるのか? いや、水狼がやってきたのには理由があって当然か。……そもそも、見るからに大きくなっているし)
以前レイがこの湖で遭遇した水狼は、普通の狼よりは大きかったものの、それでも結局のところ常識の範疇だった。
しかし、今こうして水の上を蹴ってレイの方に向かってくる水狼は、明らかに以前よりも小さい。
以前は体高七mから八mくらいだったのに比べると、どう見ても小さくなっている。
その割に、感じられる迫力は増しているが。
「長、あの水狼は分かるか?」
「分かるかと言われれば、分かります。ですが、初めて見る存在ですね」
「異世界から転移してきた湖だしな。けど、この世界にもケルピーとかそういうのはいるんだし、水で出来た狼くらいはいてもいいと思うが」
「いえ、水狼でしたか。確かにあの存在と似ているようなモンスターはいますが、私が見る限りで根本的なところで存在が違います」
「根本的なところで……それはつまり、異世界からやって来たからとか、そういうことか?」
「はい。私の目で見る限り、かなり特殊な存在のようですね」
長の言うことはレイにも分かった。
水狼が湖で特殊だというのは、こうしてレイの前に姿を現したのが一匹だけなのだから。
あるいは他の場所にもこの水狼と同じくらいの大きさの個体がいるのかもしれないが、今この状況で出てくるかどうかは……分からなかった。
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