3044話

 自分の話を完全に信じた様子ではない者達を見つつも、レイは改めて口を開く。


「だから言っただろう? 俺が説明しても、素直に信じられないって。そんな訳で、俺はちょっとこれからギルムに戻ってダスカー様にお前達の説得を任せる」

「ちょっと待て。ダスカー様をここに連れてくるのか?」


 レイの言葉に、冒険者達の指揮をしている男が思わずといった様子で尋ねる。

 今この状況で、ダスカーが忙しいというのは男も十分に理解しているのだろう。

 そうである以上、ここにわざわざダスカーを連れてくるのはどうかと、そのように思ってもおかしくはない。

 レイはそんな男に首を横に振る。


「何の為に俺がエレーナを……正確にはエレーナとアーラだが、とにかくそんな二人をここに連れて来たと思ってるんだ?」

「それは……俺達がレイの話を信じないと思ったからだろう?」

「半分正解」


 エレーナを連れてこなければ、レイの言葉に従って見張りをしている者達をこの場に集めるといったことは出来なかっただろう。

 そういう意味では、エレーナの役目はこうして人を集めた時点で達成したのだろう。


「エレーナには離れた場所でも俺と話が出来るマジックアイテムがある。それを使って、ダスカー様から直接お前達に説明して貰おうと思っている」

「噂では聞いたことがあるが……そんなマジックアイテムを個人で……?」


 生誕の塔の護衛を任されるだけあって、ギルドの事情にもそれなりに詳しいのだろう。

 それだけに、ギルドマスターの執務室には対のオーブと似たような通信用のマジックアイテムがあるというのを知っていてもおかしくはない。

 だが、ギルドマスターという地位にある者が使うのならともかく、高ランク冒険者や異名持ちとはいえ、それを個人で持っているのは驚かせるには十分だったらしい。


(これ、俺とエレーナが持つ対のオーブだけじゃなくて、俺とグリムの間にも対のオーブがあるって言ったら、どう思うんだろうな? いやまぁ、グリムの正体を考えると言えないけど)


 アンデッドのグリムと繋がりというのは、それこそレイと親しい相手にしか話せるようなものではない。


「ああ。ダンジョンで入手した奴だ」


 正確には微妙に違うのだが、レイは取りあえずそう誤魔化しておく。

 対のオーブのようなマジックアイテムは、ダンジョンで入手したといったことにしておくのが一番いいと判断した為だ。

 事実、その話を聞いていた冒険者達は、レイの言葉に納得の表情を浮かべている。

 これはレイが今まで複数のダンジョンを攻略したという実績を持っているのが大きい。

 普通なら一人の冒険者が一生のうちにダンションを攻略出来るのは、頑張っても一つあるかどうか。

 それどころか、大半の冒険者がダンジョンを攻略するといった真似は出来ない。

 ……エルフのように長い寿命を持つ種族であれば、多少話は違うが。

 そのような状況の中で複数のダンジョンを攻略しているレイは、腕利きの冒険者が集まるギルムにおいても特殊な存在だった。

 そんなレイだからこそ、ダンジョンで稀に入手出来るという非常に高性能な……いわゆる、アーティファクトと呼ばれる古代魔法文明のマジックアイテムを入手していてもおかしくはない。


「そ、そうか。羨ましいな」


 この場所で冒険者を指揮している男にとっても、やはりレイが持つようなマジックアイテムは羨ましいのだろう。

 高ランク冒険者、そして異名持ちの冒険者であっても、これはそう簡単に入手出来るような代物ではないのだから。


「これを使って連絡をする。……そんな訳で、俺は一度ギルムに戻る。少し時間が掛かるかもしれないが、待っていてくれ。ただ、セトは俺と一緒に移動するから、見張りにはまた戻った方がいいと思う」


 領主の館で対のオーブを使って色々と説明した後、レイはまたここに戻ってこないといけない。

 ここなら、もし樵の方に穢れが出てもすぐに移動出来る。

 ……トレントの森の中央の地下に存在する場所に穢れが姿を現せばどうしようもないが、そちらにはダスカーが人をやるという話だったので、レイもそこまでは気にしていない。

 物理的に、トレントの森の中央を含めた三ヶ所を守るのは不可能であるというのも、この場合は影響しているのだが。


「分かった。色々と言いたいことはあるんだが、ここでそのような真似をしていればダスカー様を意味もなく待たせるようなことになるのだろうし、ここは言わないでおく」

「そうしてくれると、俺も助かる。色々と分からないことは、俺じゃなくてダスカー様に聞いて貰えば分かりやすいだろうし」


 それは、ある意味で細かい説明をダスカーに丸投げしたということでもある。

 レイは特に気にした様子もなかったが。

 ただでさえ、ここで自分が口にしているのは色々と信じられないようなことだ。

 その上で妖精郷も含めて色々と説明しても、ここにいる者達が全てを信じるとは思えない。

 エレーナがいる以上、そんな心配はいらないかもしれないが、場合によっては妙な薬をやっているとか、気が狂ってると思われてもおかしくはないのだから。

 妖精についてはドラゴンローブの中にいるニールセンを見せれば、それはどうにでもなるのかもしれない。

 しかし、それはそれで面倒なことになるのは間違いないだろう。

 だからこそ、レイとしてはここで迂闊に自分が細かいことについて説明するよりも、ダスカーに説明を任せた方がいいと、そう思ったのだ。


「よし。じゃあ、そういうことで。……エレーナとアーラは少しここで待っていてくれ」

「うむ」

「分かりました」


 二人がそれぞれ頷いたのを確認すると、レイはゾゾにリザードマン達の方を任せると最後に口にして、セトのいる場所に向かうのだった。






「お帰りなさいませ。これから領主の館に向かうということで構わないでしょうか?」


 セトと共に馬車の待っていた場所に戻ると、御者はそう言って一礼してくる。

 エレーナとアーラの姿がないのは、当然御者も気が付いているのだろう。

 しかし、そのような状況であっても御者が何かを尋ねる様子はない。

 ダスカーからその辺りについて聞かされていたのか、それともエレーナ程の人物がいないということに迂闊に関わると面倒なことになると判断しているのか。

 その辺りはレイにも分からなかったが、ここでその件について色々と話をするよりも、こうしてスルーしてくれた方が助かるのは事実。


「ああ、そうしてくれ。少し急いでくれると助かる、そのくらいの速度なら、セトは問題なくついてこられるだろうし。……なぁ?」

「グルゥ!」


 当然! と喉を鳴らすセト。

 空を飛ぶのは勿論、地を走る速度であってもセトはかなりの速さを持つ。

 馬車は勿論、馬だけが走っていても楽に追い付き、追い越せるだろう。

 そんなセトの様子に笑みを浮かべて軽く撫でると、レイはその馬車に乗り込む。

 するとすぐに馬車は動き始め、ギルムに向かう。

 その馬車の中でレイは特に何かをやることもなく黙っていた。

 ドラゴンローブの中にいるニールセンに話し相手になって貰おうかと思ったが、ちょっと確認すると、ドラゴンローブの中が快適だからだろう。ぐっすりと眠っていた。

 眠っているニールセンを起こすと、何で起こすのだと暴れそうだったので、そちらについては放っておく。

 放っておくが、そうなるとレイは話す相手もおらず、暇になってしまう。


(いっそ、セトに乗ってギルムに向かった方が早かったか? けど、そうなるとそれはそれで面倒なことになったのは間違いないしな)


 レイだけなら、ギルムに向かうのはそう難しい話ではない。

 先程ギルムに入った時のように、セトを連れずにドラゴンローブのフードを被って移動すればいいのだ。

 しかし、そうなると当然だがセトがギルムの外にいるか、マリーナの家にいなければならない。

 ダスカーとの話が終わったらすぐにまたトレントの森に向かう必要があると考えると、やはりセトと一緒にギルムに入るのは最善だった。


(セトに乗って堂々と入っていくか? ……けど、そうなれば俺を目当てに集まってくる連中もかなり多くなってしまうだろうし。そうなると、それはそれで面倒なんだよな)


 近付いて来た相手を全て吹き飛ばしてもいいのなら、そこまで問題もないだろう。

 しかし、相手は敵でも何でもない一般人だ。

 まさかそのような相手をセトで吹き飛ばしながら進むといった真似が出来る筈もない。

 そのような真似をすれば、警備兵に掴まってもおかしくはないのだから。

 そんな風に考えている間に馬車は街道に出て、ギルムの前に到着する。

 ギルムの中に入る手続きをする際も、ダスカーから特別な許可を貰っていることもあって他の者達のように並ぶといった真似をする必要はなく、その上で冒険者達よりも優先して中に入る手続きは行われる。

 そんな馬車を見て、商人やそれ以外の旅人、冒険者といった者達も驚きの表情を浮かべている者もいたが、その理由としては単純に馬車が早く手続きを受けたから……ではない。

 勿論それも影響しているのだろうが、それよりも周囲を驚かせているのは馬車の側にセトがいることだろう。

 セトを見れば、この馬車に誰が乗ってるのかは明らかなのだから。

 マリーナの家から出て来る時もセトが一緒にいたので、レイがこの馬車に乗っているという情報を持っている者もそれなりにいるのかもしれない。

 その辺についても込みで、馬車が周囲から多くの者の意識を引き付けるのは当然のことなのだろう。

 それでもダスカーの馬車ということもあり、何らかのちょっかいを出されることもなく馬車はギルムに入ると、領主の館に向かって移動する。


「ぶはぁ……ねぇ、何だか私このままずっとドラゴンローブの中に住んでいてもいいような気がしてきたわ」

「それは言いすぎだろう。いや、気持ちは分かるけど」


 生誕の塔の近くで話していた時はまだ起きていたのだが、ずっとドラゴンローブの中にいたことによる影響か、馬車の中ではぐっすりと眠っていた。

 起こすのも可哀想だったので眠らせておいたのだが、十分に眠ったのか、それとも野生の勘でギルムに入ったのに気が付いたのか、こうして起きてきたのだ。


「窓の近くには行くなよ。もしニールセンの姿が見られたら、騒動になってもおかしくはないし」


 妖精であると外からは見えなくても、馬車の中にいる者……この場合はレイが小さな人形を使って遊んでいるといった噂をされる可能性もある。

 レイとしては、そのように言われるのはごめんだった。


「分かってるわよ。でも、ちょっとくらい……窓の外から見えないようにするのならいいでしょう?」

「気を付けるならな」


 窓の外が見えるということは、窓の外からも見えるのでは?

 そんな風に思ったレイだったが、顔だけを出して窓の外を見るのなら、そこまで問題はないだろうと判断する。


(この馬車は、恐らくかなり注目されている筈だ。けど、顔だけを出している状態なら、そう簡単にそれがニールセンだと……妖精だと見抜かれるようなことはまずないと思う)


 ニールセンと話している間にも馬車は進み、やがて領主の館が見えてきた。

 当然の話だが、領主の館に続く道にはダスカーとの面会を希望する者達が多く並んでいる。

 その大半は商人で、だからこそ馬車のすぐ近くにセトがいるということの意味を理解出来ていた。


「ちょっ、おい。あれセトだろ? なら、あの馬車にはレイが……」

「多分、お前さんの予想通りだろ」

「だろう? くそっ、出来ればレイと交渉したい……」

「あの馬車は恐らくギルムの領主のダスカー様の馬車だ。そんな馬車を何の理由もなく停めてみろ。どうなるか分かったもんじゃないぞ?」

「ぐ……」


 理由という意味では、レイと交渉したいという大きな理由がある。

 だが、それはあくまでも商人にとっての理由でしかない。

 そのような理由で領主の馬車を停めるような真似をした場合、間違いなく罰せられるだろう。

 そうして罰を受ければ、この商人ともう取引をしようと思う者はいない……訳ではないが、大部分は手を切るだろう。

 迂闊な真似をするような相手と取引をした場合、最後に待っているのは自分も破滅する未来となってもおかしくはないのだから。

 そのような相手と取引をしたいと思う者は……それこそ相手を騙して利益を得ようとする者か、他にどうしようもないと思った者か。

 商人になったばかりの者でも、少し情報を入手すれば男がどういう者かは理解出来るので、取引をしたりはしないだろう。

 レイと会いたいと言っていた男も、結局それ以上は自分の未来を考え……最終的に諦めるのだった。

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