3021話

 赤いドームが消えた後、残っているのは何もない。

 黒い塊はレイの使った魔法によって一匹を抜かして全てが消滅してしまったのだ。


「まぁ、こんなものか。……それで一匹残ったが、あれをどうやってその性質を調べる? 捕らえるはちょっと難しいし」


 セトによって意図的に残された最後の黒い塊を見ながら、レイが尋ねる。

 黒い塊……穢れと何らかの関係のあるそれを一匹残し、どういう性質なのかを知るという長の言葉に従っての行動ではあったが、問題なのはその黒い塊を一体どうやったら確保出来るかということだろう。

 勿論、捕らえるという真似をしなくてもいいのだが……それでも黒い塊の性質を少しでも多く知りたいのなら、何とかして捕らえた方がいいのは間違いない。

 問題なのは、黒い塊をどうやって確保するのかということだ。

 触れた場所を黒い塵にして吸収するという、非常に厄介な能力を持っている相手だ。

 この場合は、下手に触れるような真似をした場合、それが致命傷になる可能性もあった。


(そう考えると、あの黒い塊の移動速度が遅いのは俺達にとっては助かったところなのか)


 相変わらず見ているだけで本能的な嫌悪感が浮かんでくる黒い塊だったが、それを何とか押し殺して考えを進める。

 触れるだけで対象を黒い塵に変えるという能力は、黒い塊に触れることが出来ないということを意味している。

 あるいは何らかの理由で触れても黒い塵にならない条件があるのかもしれないが、今はまだそのような条件も見つけられていない。


(そもそも、そういう条件があるのかどうかが問題だけど)


 仲間が全て死に、ここに残っているのは既に自分だけだというのに黒い塊はそれを全く気にした様子もなく空中に浮かんで移動し続けている。

 自我や知性の類はないのだろうとレイは予想していたが、それが正しかったのだろうと思える光景だ。

 あるいはレイには理解出来ないだけで、何らかの自我や知性があるのかもしれないが。

 その場合は仲間が死んでも全く気にしない……異質な自我や知性となるのだろう。


「長の力でどうにか出来るか?」

「……難しいですね。滅ぼすだけならニールセンもいますし、どうにか出来ますが」

「え? ちょ……光を使うのはちょっと……大きな黒い塊を攻撃する時も、私は光を使わなかったじゃないですか」


 ニールセンの言葉に長は何か言いたげな様子を見せるものの、結局それ以上は何も言わない。

 ニールセンには多少思うところがあるのだろうが、今はそれを言うべきではないと判断したのだろう。


「ニールセンの件はとにかく、今の状況でどうにかしたりといった真似は出来ませんね」

「前にボブから穢れを吸収した、花の形をした宝石は? あれを使ってもあの黒い塊を捕獲出来ないか?」

「難しいでしょう。ボブに取り憑いていた穢れと黒い塊では、色々と違う部分も多いですから。花の形をした宝石には……それに私達が調べたいのは、あくまでも黒い塊の性質です。花の形をした宝石に封じてしまっては意味がありません」

「そうか。……ダスカー様の前で実際にあの黒い塊を出してこういうのもいるというのを見せるというのはいいかもしれないが……」


 ダスカーではなくても、王都からやって来る者達に穢れはこのような存在だと見せることが出来るのは、大きい。

 穢れについて見せるだけなら、穢れを飲んで死んだ者の死体がまだミスティリングに入ってはいるが、同じ穢れであっても違う形で存在している穢れを見せることが出来るというのは穢れがどのような存在なのかを知らせるという意味で大きな意味があるだろう。

 そう考えたレイは、改めて長に頼む。


「王都からやって来た連中がギルムに到着したら、穢れがどういう存在なのかを見せたい。俺が確保してある死体についてもそうだが、あの黒い塊も穢れという存在について教えるのなら悪い話じゃないと思う。……どうだ? 封印するのを頼めないか?」


 そうレイに言われると、長も即座に断るようなことは出来ない。

 長にとて、レイは紛れもない恩人なのだから。

 そんな恩人の頼みとなると……


「ですが、花の形をした宝石はあまり数がありません。ここでそれを使うようなことになったら、後で足りなくなるということにもなりかねませんが、それでもですか?」

「それでも頼む。今の状況で何よりも怖いのは、王都から来た連中が穢れについて何も知らないままで、妙な行動力を発揮することだ」


 王都から来る者達は、国王からの命令でやって来るのだ。

 ダスカーに命令をするということはさすがに難しいだろうが、それでも強力な要請は出来るだろう。

 そのような者達が穢れという存在を侮り、大きな間違いを起こすことになったら、レイにとって洒落にもならない。

 あるいは何かやらかすにしても、ギルム以外の場所ならレイもそこまで気にするようなことはないかもしれない。

 しかし、ここはギルムだ。

 レイにとってこの世界の故郷とも呼ぶべき場所。

 そのような場所で穢れによる大きな被害が出るのは絶対に遠慮したい。


「話は分かりました。……そうなると、封印した方がいいのかもしれませんね。ただ、あの黒い塊の力を考えると、実際に封印してみないと出来るかどうかは分かりません。場合によっては、封印する宝石そのものを黒い塵にしてしまうという可能性もありますし。それに……どこに保存します?」

「どこにって、それは……」


 勿論ミスティリングに。

 そう言おうとしたレイだったが、その言葉は途中で止まる。

 穢れを飲んで自殺した者達の死体はミスティリングに収納出来た。

 だが、死体を収納出来たからといって、黒い塊を封印した花の形をした宝石を収納出来るかと言われれば、素直に頷くことは出来ない。

 基本的に生き物を収納することが出来ない以上、黒い塊を収納出来るかどうかは分からないのだ。

 黒い塊に自我や知性の類がないのは間違いない。

 それでも敵が生物に分類されるのであれば、ミスティリングに収納は出来ないのだ。

 つまり黒い塊を花の形をした宝石に封印しても、それはどこか他の場所に置いておく必要がある。

 それでもある程度はどうにかなるだろうが、色々と苦労するようなことになってもおかしくはない。

 花の形をした宝石がそもそも希少である以上、そこまでして黒い塊を封印する必要はないとレイには思えた。


「分かった。なら封印するのはなしだ。……個人的なことを言わせて貰えば、あの黒い塊をミスティリングの中に入れるのは俺も嫌だしな」


 本能的な嫌悪感を抱く存在をミスティリングにいれなくてもいいというのは、レイにとって少しだけ助かることではあった。

 それでもその行為が最善だと判断すれば、行っていたのだが。


「そうなると、今この状況であの黒い塊がどういう性質を持つのかを調べて、最後にレイ殿の魔法で倒して貰う……と、そのような流れで構わないでしょうか?」

「ああ、それで構わない。ミスティリングに封印出来ない以上、今はそれが最善なのは間違いないと思う。……そうなると、まずはあの黒い塊の弱点が何か、か」


 もし何か明確な弱点があった場合、レイの魔法を使わずとも対処出来る可能性がある。

 ……勿論、あの黒い塊が今後も姿を現すならの話だが。


「レイ殿の認識ではどうです?」

「どうと言われてもな。……そう、俺の魔法が効いたから炎は弱点になるのかもしれないが……」

「いえ、あれだけの魔法を使ったのですから、別に炎が弱点ではなくても効果はあったかと。そちらの方面に耐性がないというのを理解出来ただけでも大きいとは思いますが」


 レイの魔法の威力は、規格外と言ってもいい。

 レイが持つ莫大な魔力と、日本にいた時に漫画を始めとしたサブカルチャーから得た明確なイメージによって、その魔法の威力は極悪なまでの威力と表現してもいい。

 耐性がなく、普通に炎に効果のない敵であれば、レイの魔法を使われればその時点で死んでもおかしくはない。


「ぐ……なら……そうだな。セトが水球やウィンドアローを使っていて効果はあったから、炎と同じく水や風も弱点という訳ではないにしろ、特別な耐性とかを持ってる訳じゃないな」

「その意見には全面的に賛成します。しかし、そうなると……何か他の攻撃をしてみる必要がありますね」

「……その前に、実体のない風の矢はとにかく、水球……水に触れても黒い塵にならなかったことには疑問がないの?」


 他の属性の攻撃を……と考えていたレイだったが、ニールセンのその言葉で今更ながらに疑問を抱く。

 そう、ニールセンが口にしたように、実体のないウィンドアローが黒い塊に効果があった――塵にならず注意を惹いたという意味で――のは事実だが、水球も何故か黒い塊に触れても黒い塵にならず、普通に命中したのだ。

 これは明らかにおかしい。

 おかしいのだが……何故そうなったのかは、生憎とレイにも分からなかった。


「考えられるとすれば……例えば、その水が普通の水じゃなくてセトのスキルで生み出された水だから、とか?」

「可能性はありますね。……レイ殿、セトにもう少し別のスキルを使ってみて貰えませんか? 風のように実体のないものではなく、何らかの実体があるもので」

「分かった。セト、あの黒い塊に向かってアースアローを使ってみてくれないか?」

「グルルルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは即座に反応する。

 生み出された土の矢の数は、十本。

 その十本の土の矢が一斉に黒い塊に向かって放たれる。

 真っ直ぐに飛んでいった土の矢は、あっさりと黒い塊に突き刺さり……そのまま貫いて地面に突き刺さる。

 長が予想したように、黒い塊は土の矢を黒い塵として吸収することはなかった。

 ……そして攻撃をされたと判断したのだろう。

 黒い塊は空中で形を変えながらセトのいる方に向かってゆっくりと進み始める。


「来たわよ!」


 自分達のいる方に向かって近付いてくる黒い塊を見て、ニールセンが叫ぶ。

 黒い塊に触れれば黒い塵となり、吸収されてしまう。

 それが分かっているからこそ、真剣な表情なのだろう。

 しかし、真剣な表情ではあるがそこには幾らかの余裕もある。

 そのような余裕は、黒い塊の速度が遅いところから来ているのだろう。

 いざ黒い塊が自分に近付いて来ても、ニールセンなら……いや、それ以外にも一定の速度を持つ者であれば、逃げるのはそう難しい話ではない。


「セト」

「グルゥ!」


 レイの言葉に頷き、セトは移動する。

 当然だが、黒い塊はそんなセトを追う。


「今更の話だけど、あの黒い塊はどうやって相手を認識してるんだろうな。視覚か嗅覚か音か……それとも魔力か」

「やはり魔力では? あの様子だと目や鼻、耳があるとは思えませんし」


 長の言葉には、レイも異論はない。

 黒い塊は不定形のまま空中を浮かんではいるものの、それがそんな状況で目や鼻、耳は存在しない。

 であれば、やはり当然ながらそこには何か他の感覚器官のようなものがあるのは間違いない。


「その辺も今後の課題だな。まずは、黒い塊の弱点を……セト、次はアシッドブレスだ!」

「グルルルルルゥ!」


 レイの言葉に即座にアシッドブレスを放つセト。

 アシッドブレスというのは、その名の通り酸のブレスだ。

 レベルはまだ二とそこまで強力な訳ではないが、それでももし黒い塊が酸を弱点としているのなら……その場合は、ブレスだけに広範囲攻撃が可能なので大きな成果を期待出来る。

 そう思ったのだが、放たれたアシッドブレスは黒い塊に吸収されたのか、致命傷を与えるといったことはない。


「効果は……取りあえず溶けたりした様子がないところから考えると、あまりないのか?」

「どうでしょう? もしかしたら黒い塵になって吸収されているのかもしれませんが」

「でも、そういう風には見えませんでしたよ?」


 レイ、長、ニールセンの順番でそれぞれアシッドブレスの感想を告げる。

 最終的にはニールセンの言う通り、アシッドブレスはほとんど効果がなかったのでは? ということになった。

 あるいはもっと高レベルになれば、アシッドブレスでも効果はあったのかもしれないが。

 具体的には、レイの魔法のように。


(ん? だとすれば……自分が触れたり攻撃されたりして塵に出来るのは、限界があるのか? 考えてみれば当然かもしれないけど)


 レイの魔法は強力だったからこそ、効果があった。

 そう考えるも、実際にはどうなっているのかは試してみるしかない。


「セト、悪いけど他にも色々とスキルを使ってみてくれ」


 レイのその言葉に、セトは任せてと喉を鳴らし……バブルブレスを放つのだった。

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